スタートラインの前に【Ⅱ】
「あれ、なんかもう疲れてる? どうしたの、クリスティ」
顔を上げた私の前に現れたのは、心の救世主。
全国民がお兄ちゃんにしたい投票に違いない人!
待ってたー‼︎ 私の癒し!
爽やかな短髪は淡い薄紫。
人懐っこそうなタレ目は紺色。
全身からいい人オーラが出ている!
当然お嬢様たちの、羨望の眼差しが向けられる! わかるよその気持ち、多分世の親御さんが娘を安心して任せたいランキングもナンバーワンだし。
こちらを少し心配そうに見る彼は――ブランドン・ライラック。
優秀な騎士を輩出する、最後の三大公爵家のうちの公爵子息。彼もその『騎士候補』だ。
そして私が兄扱いしている、幼なじみ。やはりこのお兄ちゃんオーラに、お嬢さんもメロメロだよね! 私も全力で頼りにしてるし!
でも! それとこれとは別ですよ!
私の1番の悩みは、そこじゃないのだ。
「ブラン……。私この学園で過ごせる自信、ないんだけど……」
「なんかあったの? 入学不安になっちゃった? 大丈夫だよ。僕がいる間は、いろいろ助けてあげられるし」
優しげに笑ってそう言われた。
そうだけど、そうじゃないんだブラン。
私の悩みは、自分の運命の方なんだよ。
まぁそんなこと、言えないですけどね……だからちょっと誤魔化して返す。
「ありがと、ブラン。困ったらよろしくね!」
「うんそうしてね。もう殿下以外はみんないるかな?」
そう聞かれて、頭を巡らせる。ブランはお兄ちゃんなので、一つ上の学年でこの学園の在学生だ。だからみんなを出迎えに来てくれた。
さて、今日会った人から考えると……。
「まだノア君に会ってないかな……」
「あぁ、ノア君ならそこにいるよ。挨拶ちゃんとしてね。僕もみんなに挨拶してくるから」
「えっ」
そう言われて振り向いた。
「……おはよう、クリス」
どこかミステリアスないつもの感じで、声をかけられる。
ふわふわカールのシルバーの髪。
伏せがちな目に深いグリーンの瞳。
無表情ゆえに、人形のような美しさ。
お嬢様たちは、雛鳥でも見るように見入っている。なんだか庇護欲をそそる、けれども儚げなでもあるふしぎな魅力……わかる、わかるよ乙女たち!
こちらへふらふらと歩いてくる彼は――ノアール・ローザ。
三大公爵家の公爵子息。ヴィンスの弟。
類稀なる光の魔力の持ち主で、私の命の恩人でもある。
テンポのおそい話し方が特徴的だ。あと、色々あって若干感情が表に出にくい。独特の雰囲気の子なんだよね。だからみんなのなんとなく見守る視線もわかる。身長は高いんだけどね。
「おはようノア君! どこにいたの? ヴィンスと一緒に来なかったの?」
「……そこで殿下に会ったから」
「あれ、アルがいるの?」
キョロキョロ見てみるけど、姿は見えない。
「……会えたら、安心する?」
「え?」
「……不安そうに見える」
あぁ……心を覗いたのね。光の魔力の持ち主は、人の心を色で見られるらしい。
だからノア君は私の悩みをそう捉えたのね。けどどちらかと言うと、それは逆とも言えるんだけど。
だって、アルは――。
そう考えた時、視界が翳った。
「そこは即答で、安心すると答えるところではありませんか、ティア?」
私の背後から聴き慣れた声がして、後ろを振り返ると、予想通り。
眩く光を放つブロンドの髪。
輝き煌く淡いイエローの瞳。
そして万人に好かれそうな、甘いマスク。
生き残っていたお嬢様たちでさえも、見事なまでに倒れて行く。ドミノ倒しかな? 今日も麗しくていらっしゃいますね、いっそ神々しいほどに。
圧倒的オーラを持ったその人物は、――アルバート・カサブランカ。
初めてその姿を見たのなら、思わずため息をつくだろう。私でもまだ、たまにそうなる。
そんな彼は、この国の王子である。
そして、私の死の運命を握る人。
そう。私このままだと死んじゃうのだ。
家も没落するしね!
弟すらも巻き込んでしまう!
なぜなら私は恋路を邪魔する、悪役令嬢で。
彼はそれを疎ましく思う、婚約者だから。
……そういう、ゲームシナリオだから!
何を隠そうこの世界は、私が前世でやっていた乙女ゲームの世界なのだ!
今の私はクリスティア・シンビジウム公爵令嬢。
王子と主人公の恋路を邪魔して!
それ以外のルートでも死んじゃう!
バッドエンドオンリーの悪役令嬢です!
でもその運命を変えようと、今まで必死に過ごしてきた。
ゲームにない展開を、いくつも起こして。
いらぬバッドフラグをたくさん踏み抜き。
そして死にかけながらも……。
アルの信用を得るために!
家臣にまでなって、頑張っているんだから!
そしてこの後はじまる、ゲームの舞台も!
アルの恋の応援をして!
バッドエンドな運命を、絶対に回避をする!
そのためにこの学園に乗りこむんだから!
……と決意を新たにしつつ、でもそんなこと伝えるわけにもいかないので。お茶を濁す方向にもっていく。
「遅かったね、アル。リリちゃんが来たから、もう少し早いかと思ったのに」
素直にそんな感想を告げると、彼は苦笑しながら答える。
「リリーは止めたのにも関わらず、文字通り風のように走って行きましたからね……」
「風魔法使ってね……」
アルの呟きに、大きく頷く。
いつもあれで、びっくりさせられるのだ。
走ってきて、飛びつくまでがセット。
「だってお兄様! お姉様が見えましたの! 急ぐのは当然ですのよ!」
いつの間にかリリちゃんが……というか、みんながこっちに来ている。
「王族たるものいつでもその心構えは、持っていてほしいのですけれど」
「心中お察ししますよアルバ」
やれやれと首を振るアルに、ヴィンスが肩をポンと叩いて、共感を示した。ここ、一番仲良しなんだよね。だけどそれに、ブラコンかつヴィンス嫌いのリリちゃんは黙っていられない。
「お兄様を誑かさないでくださいヴィンセント。それにお兄様、考えてください。お姉様ですのよ?」
なにが言いたいんだ? と思ったら。
「見つけたらすぐ捕まえないと、何をするか……皆さんもちゃんと、理解していますの?」
シ――――――ン。
その問いかけに、黙る一同……。
「ってちょっとぉ⁉︎ なんでみんな黙るのよ! それにどうして、そんな危険動物みたいな扱いなの⁉︎ 私、超常識的な人間だと思うんですけど⁉︎」
あわてて異議を申したてる私。
お姉ちゃんな私に死角はないはずなのに!
そんなやらかしてる人みたいな扱い⁉
入学ぐらいじゃ問題起こさないよ⁉︎
しかし。
「お姉様は、そういう次元ではないですの」
「クリスの常識は、常識ではないですし」
「自覚のない姉が一番困る」
「そういう所が研究向きですけどねー」
「クリスティは、もう昔からだからね……」
「……黙秘する」
「ティアは隣にいないと、安心できませんから……」
ご丁寧なことに!
仕組んだかのように!
今日会った順に!
もれなく全員に、否定の返事をされたよ‼︎
それでも私……私は……!
「うわぁぁぁん! みんなの為に頑張ってるのにっ! もう知らないんだからぁぁぁ‼︎」
そう嘆きながら、校門に向かって走り出す。この勢いのおかげで、門をくぐるのは怖くなくなったけど! これってどうなの⁉︎
みんなと私の幸せのために!
これまで頑張って来たのにーーーー‼︎
声にならない叫びを心の中であげつつ。悲しみの中私は、今まで奔走してきた日々を思い返した。