187話 場違い感がすごい
「えへへへ!」
右隣には満面の笑みで、私の腕にしがみつく美少女。たまにすりすりされるのが、小動物みたいで可愛い……が。
「ティア……君、どれだけ誑かす気なんですか?」
「ごめん、言っている意味がよく分からないよ」
左側から唖然として、こちらを見る彼に私は真顔で返した。何故複数形? と思いながら、もう一度右側を見る。
別に誑かしてない。
でも説得力ないね確かに。
フィーちゃんの懐き加減が異常だ。
このフィーちゃん、まるでまたたびに擦り寄る猫のように、離れない。
そして多分離しても、刷り込みされた雛鳥のように、後を付いてきそうな気さえする。
あの後、今日は大した仕事はないと、ブランに確認を取ったので、帰っても大丈夫だと言ったのだが。
「あの、誰かいるところの方が、すこし気が紛れるので……」
そう赤い、熱のまだ残る目元で、申し訳なさそうに言われた。そんなこと言われると、帰すなんて選択肢はなくなる。
「でも、目が腫れちゃうね……」
心配してそう言うと。
「大丈夫です! これですぐ治ります!」
そう言うなりフィーちゃんは、目元に手を当てる。そこから金色の優しい光が漏れる。
次の瞬間には何事もなかったかのように、目元の腫れぼったさは引いて、ぱちぱちおめめの笑顔があった。
「おお! さすが光の使い手」
「えへへ! 褒められちゃいました!」
私の少し驚いて出た感想に、素直に嬉しそうに照れている。
国宝級に可愛いんですが?
なんだこの純粋生物。
可愛さ純度100%で出来てるの?
その眩しさに、思わず目を細めちゃうね。
ありとあらゆる負の感情を、煮詰めて濃度濃くしちゃった私には、眩しすぎるよ。
「でもこれで分かっちゃいました」
得意げな声に、ん? と思ってその顔を見ると。
「もう、忘れてあげませんよ! 私10年探したんですから……『リスティちゃん』!」
「へ?」
ガシッと手を握られて、言われた言葉は予想外のものだった。
びっくりして思わず声に出る。
「あれ、私のおまじない……」
「原因さえ分かれば、私は仮にも『聖女様』なんですよ!」
ふふーん! と、自慢げに言われて気付いた。
あぁ、記憶消したのバレたのか。
つまり、闇の魔法だと気付いたのね?
その上でそれを解いたのね?
「……怖くないの?」
視線を逸らして、躊躇いがちに尋ねる。
人の記憶さえも、変えてしまう力。
都合の悪い事は、捻じ曲げてしまえる力。
底無しの願望の具現化。
返事がないので、恐る恐る視線を戻すと……大きな目できょとん、としていたその顔の、眉が下がり、目が細められて、口角が上がる。
「……私の10年分の思いを、舐めないでほしいですね! ずっと気にしてたんですか? そんな優しい人のこと、嫌いになったりしないですよ!」
少し思わせぶりに、ニヤッと笑った後に、屈託のない笑顔に切り替わる。
「……よく覚えておいでで」
苦いやら恥ずかしいやらで、微妙な顔をしやっぱり目は逸らしながら絞り出す。顔が熱い。
その台詞回しは、私が言ったものだよね!
くっそ! 超恥ずかしいんですけど⁉︎
私はあの時酔っていたのか⁉︎
ギリギリと、奥歯を噛みしめて羞恥に耐える私に。
「ずっと探してました……もう離してあげませんよ!」
「えっわわ⁉︎」
そう言うなり、フィーちゃんはぎゅーっと、私に抱きついてきた。
えっあの、えぇ⁉︎
わ、私はどうすれば良いんだ⁉︎
混乱しながらも、その背中に手を回すと、抱きつく力が少し強まった。
そして視界の端には。
頬杖をついてふて腐れたような。
面白くなさそうに見る、アルの姿が見えた。
あ。ごめん。貴方のヒロイン、盗ったみたいになりましたね。
それに気付いた私は、そっと目を横にスライドさせ、見なかったことにした。
その代わり、フィーちゃんの背中を優しくポンポン、と叩いて。
「遅くなっちゃうから! 生徒会室行こっか!」
と、フィーちゃんに向かって、言ったのでした。
「完全に記憶が美化されている……」
「10年あれば、それはそうなのでは?」
呆然と呟く私に、ちょっと睨んでそう返すアル。首を竦めます。
ごめんてご主人様。
大丈夫、心配しないで。
ちゃんとご主人様に、返しますから!
そう決意のガッツポーズをして、アイコンタクトをはかっても、ご主人様はため息しか吐きません。なんでよ。
「あの時私が探しても、どれだけ心配しても帰ってこなかったのは、フィリアナ嬢と楽しくしていたからですか」
「ぎくり」
睨まれ、視線を明後日の方向に向けながら、素知らぬフリをしてみる。
尚、睨みの視線は消えない模様。
「えっ殿下もいらっしゃったんですね! あの時探していたの、殿下だったんですか?」
「ええ。迷子の子犬を探していたら、遊んでもらったようですみません」
「犬扱いだ……」
しがみついたまま、驚きの表情をアルに向けるフィーちゃん。
あの、君の好きな人の前で、その態度で大丈夫なの?
それににこやかに、そして爽やかな返しをしながら、私にトゲを刺してくるアル。
すみません。でも掘り返さなくても良くない?
「私の婚約者はどうしようもないですけれど、見捨てずに付き合ってあげて下さいね」
「はい! 私の一番のお友達なので! 是非そうさせてもらいます‼︎」
にこにこにこーっと、ここは笑顔の宝石箱かな? ってくらい、笑い合いながら私を挟んで、談笑しております。
まぁ、そりゃ2人とも運命の人だものね。
私は空気になるよね。
分かる。分かるんだけども。
「なんで私、ここに挟まってんだろうなぁ……」
こんなに死んだ目をしているのに、何故か2人とも、私を挟んだまま会話します。
死体蹴りか?
私にも尊厳はあるのだぞ?
大切に扱ってください。
どうしてラブラブの空気の中に、それも中心に私はいるんですかね。
自分という異物の存在に、頭を悩ませながら、生徒会室に向かって歩く。
ただ足を動かすだけの、機械と化した。