181話 迷うのやめた!
「はー良かったー! リリちゃんがいて本当に良かったー!」
「ふふん! 当然ですの!」
生徒会室からリリちゃんの案内で、職員室まで書類を取りに行った。そんなに重い書類でもないから、1人でもいいといえばいいが。
道がぜんっっぜん分からない!
なんなの、この増築に増築重ねちゃいました! みたいな作りは⁉︎
階段を降りて、曲がって、進んで。
曲がって、上って、進んで、曲がって?
もう分かりません、お手上げです!
とりあえず!
渡り廊下を渡らないと行けない!
生徒会室から一番遠い!
という事は分かった!
地図読めない系迷子女子こと、私では慣れるまではたどり着けない。
それがよく分かりましてよ!
思わずお嬢様になっちゃうよ!
「まぁこれだけ、歴史ありそうな建物だと仕方ないのかなぁ……」
難しい顔をして言えば、リリちゃんがくすくすと笑った。
私は真剣なんですよ?
むーっとしながら、どこかレトロな雰囲気漂う校舎を見渡し、ちらりと外を見れば……ん? あれノア君じゃない?
私は窓に近付いて、手を置いて見てみる。
手首のブレスレットが、少し揺れた。
「ねぇリリちゃん、あれノア君じゃない?」
窓から指を差して、隣のリリちゃんに言った。
「え? ノアですの? ……いないように見えますけれど」
「えっそんな……あれ?」
リリちゃんが目を細めて見ても、見えなかったらしい。私が一瞬リリちゃんに目を移して、窓を見たら人影は消えていた。
「見間違いではございませんの? ノアは今頃、寮で寝ているかと思いますの」
「そ、そうだね……」
顔を見てそう言われれば、そんな気がしてきた。
うーん、疲れてるのかな!
フィーちゃんの事で悩みすぎか?
けど悩まない訳ないんだよなぁ。
私は死にたくない。
弟も不幸にしたくない。
でも同時に、フィーちゃんもアルも好きだ。
ゲームでだけど、何度もあの2人の仲睦まじい、素敵な恋愛を見ている。それが目に焼き付いている。
そうなる未来を引き裂いてまで。
私だけが助かりたいか?
そう問われると、自信を持ってイエス、なんて絶対に言えない。
そこがくっつかないのが、私にとって最善だとしても。
プレイヤーとして。
フィーちゃんを導く者として。
2人の幸せを願って。
そうやって、『学プリ』をやってきたのだ。
幸せになるのよーって、プレイしてきたんですよ。ニヤニヤしながらね!
私が恋のキューピットよ! って感じで!
私の推しはレイ君でしたけど!
でも、一番良いエンドだなって思ったのは、やっぱりアルバートルートなんだよね。
だからこそ。
今の自分の立場を考えちゃうのだ。
邪魔……したくないんだよなぁ!
「お姉様? 大丈夫ですの? そのまま進むと、壁にあたりますけれど?」
踏み台になるのは、まぁこの際いいんだけど……私偉い立場になってしまったんだよ。
この魔力が、有用であると国中の人が知っている。
尊敬されると同時に。
きっとどこかに、反感がある。
……ゲームより酷い結末とかないですかね。
それを、とっても心配している。
人の手のひらクルっと返しは。
そんなものは、よくある事だ。
私は経験上、それをよく知っている。
ぬるま湯に浸かりすぎたかなぁ。
アルの側……というか、みんなの、だけど……居心地がいいんだよねぇ。みんな優しいからねぇ。
これに10年浸かってみなさいな?
この距離感が普通になるのよ?
あんなに1人が平気だったのに、もう戻れる気がしなくなっている。
婚約破棄されるのが目標なのに、アルとフィーちゃんがいるのを見ると、こう、なんか……雑念が……。
ごちんっ!
「いったぁ⁉︎」
「お、お姉様! だから止めましたのに!」
下を向いていた為に、おでこから壁に突っ込み、痛みにより思考から解放された。
頭を押さえて蹲る私に、リリちゃんが慌てて「大丈夫ですの⁉︎」と、聞いてくるけど、答える余裕がない。涙目である。
「お姉様、いったん手を退けてください」
「うぅー……痛いよー……」
なんとも自業自得な痛みで、唸る私。
はぁ……私ダメダメすぎる。
みんなが成長しちゃったせいで、身長も抜かされまくり、お姉ちゃん補正も弱ってるし。
ただのイケメンに見える時があるのよ。
たまに恋愛対象に見ちゃいそうで!
とっても怖い!
勘違いだけはしたくないー!
うじうじ、もやもやしていたら。
ピタッと、冷たい手が触れる。
「わっ冷たい」
「もう、心配かけないでくださいませ。びっくりしましたの」
心配そうにこちらを覗く、オーシャンブルーの瞳が見えた。
多分、魔力のせいで冷たいのだ。
ひんやりしていて、気持ちが良い。
そして、心配してくれるのが嬉しい。
だから笑いながら伝える。
「……えへへ。ありがとう」
「あまり考え込まないでくださいませ。お姉様に難しく考えるのは、向いていませんの」
「それ褒めてないね?」
呆れ気味に首を横に振られて言われ、私はただただ突っ込んだ。
でも、おかげで頭が冷えた。
物理的にも冷えておりますが。
私、考えすぎだ!
考えるの向いてないよね!
そうだよね、そうなんだよ、うんうん。
悪役令嬢がいじめないと、あの2人がくっつかないか?
そう言われると、そんな事ない気がする!
じゃあもう話しかけられたら、普通に話したらいいんじゃないかな!
わんこは待てが出来ないんですよ!
とはいえ、『運命の強制力』はある。
だから用心しないと、悪い事の犯人にされちゃう可能性はあるけど。
その為にはやはり、仲良すぎはダメだけど。
婚約破棄に足りる範囲で!
それ以外はお邪魔虫をしない方向で!
盛り上げていけば良いですよね!
じゃあもう2人に嫌われない、丁度良い範囲で、悪役っぷりを発揮して……丁度良い悪役ってなんだ?
はて? と、悩んでいると。
『2人ともー、今どこら辺かな? もう戻りそう?』
「あ、ブランだ!」
「お姉様、口に出さなくて大丈夫ですの」
リリちゃんに言われて、手で口を覆った。
そして気付きましたが、特に意味はないですね、この行為……。
『もう戻りますの』
『分かった、みんなにも伝えておくね。クリスティも、まっすぐ帰ってくるんだよ』
なぜ私だけ、そんな寄り道好きみたいな扱いに?
そう思うと、『迷子になりそうだから』と言われた。言ったつもりは無かったんだけど、伝わったらしい。やはり難しい。苦手だ。
『じゃあ生徒会室で待ってるからねー』
そう言って、ブランからのウィスパーボイスは途絶えた。
「ふう、ごめんね。よしじゃあ行こうか!」
「お姉様、元気になりましたの?」
「なんか吹っ切れた!」
悩んでもダメなら、もう突っ走るしかない!
つまり! 良い部下であれば良い!
それが分かってもらえてれば、大丈夫!
そういう事だよ、うんうん!
そう思って頷く私を、「……冷やしすぎたのかしら?」と言いながら、リリちゃんが訝しんでいた。




