180話 協力関係
「ひとまずティアが何か考えているのは、分かりました」
ため息と共に、吐き出すようにアルバート王子はそう告げた。
「そして一つだけ、その大元の理由に心当たりがあります。でもまぁ、それがどう関係あるかは分からないのですが」
「お、教えて下さい! 私ちょっとでも近付きたいんです‼︎」
奥歯を噛みしめるように言う王子に、フィリアナは飛び跳ねそうな勢いで食い付いた。
「……アレのこと、話すんですか?」
「その方が早いかと思いますよ」
「……。」
セスが少し躊躇うように、尋ねてくる。
王子の返答を聞いて、なんともいえない顔をしている。
何か考えているようだ。
それはフィリアナの事か。
それとも姉の事なのか。
「……まぁ王子がどこまで知ってるのか、オレは詳しく知らないですけど。最終的に姉が良いようになるなら、止めません。そうじゃなければ止めますけど」
「君は、どこまで知ってるんですか?」
「……さぁ? オレも姉じゃないので、大した事は知りません」
渋りながらも止めないくせに、尋ねたら戯けたように答えをはぐらかす。
この姉弟、秘密主義すぎませんかね?
若干笑顔がひきつりつつも、フィリアナの方へ向き直る。
「もしかしたら、フィリアナ嬢に嫌な話かもしれませんが、聞いていただけますか?」
「はい! 是非! 何も分からないままなのは、とっても悲しいですから!」
唇に力を込め眉を上げ、拳をグッと握り気合十分! といった様子だ。
そう言われてしまえば話さざるを得ない。
「ティア……いえ、ここでは預言師と言いましょうか。それがどういう役割か、フィリアナ嬢は知っていらっしゃいますか?」
いつもはチャチャを入れまくる、レイナーでさえも空気を読んで黙る中、王子は落ち着いた様子で話始めた。
「はい! 予知と予言ですよね? 予知でこの先のことを知って、予言で対策を伝える……その強力なお力で、あのシブニー教解体が行われたくらいですから!」
コクコクと頷きながら、彼女は答える。
「そうですね。その力の大きさは、件で分かっている事かと思います。あれももう10年くらい前ですね」
そこで視線を外し、一息ついてから王子は続ける。
「この予知予言は、闇の魔力の持ち主しかできません。10年もあれば、当然魔力は成長しますよね。……私は当時あれだけのことをした彼女に、今でも言われ続けてる事があるんですよ」
王子は微笑んでいる。けれどその笑顔は、どこか悲しみを感じる笑顔だ。
ここにいる全員は、その真意を知っている。
当の本人に協力を求められたくらいだ。
だから、何も言わずに黙っている。
フィリアナもそれに気付いたのか、少し眉を下げて遠慮がちに尋ねた。
「それは……なんでしょうか?」
微笑みはそのまま視線を少し逸らした後、目を閉じて諦めたように、ため息を吐いてからこう告げた。
「私の運命の相手は、彼女じゃないんだそうです……フィリアナ嬢、貴女なんだそうですよ」
「え……?」
よほど予想外だったらしく、呆然としたまま王子を見つめている。
王子はその様子を見て、優しく微笑んでから言った。
「……けれどすみません。私はそうなりたくないんですよね」
それは強い意志が感じられる言葉。
諦めないという思いの表れ。
瞳のイエローダイヤの輝きは、自分の期待する未来だけを映しているように、煌めいている。
「私も、そうなりたくないです!」
フィリアナもそれに触発されたのか、力をなくしていた表情に、先ほどの元気が戻った。
「あ、あの! 殿下が嫌というか、そういう事じゃないんですけど! ただ私は2人がお似合いだと思ってますし、あと……私ちょっと気になってる人がいるのでっ!」
最初は焦ったように、後からだんだん顔を赤くして、最後は勢いだけで言い切った。
「え、聖女様好きな人いるんですかー?」
気の抜ける声が横槍を入れた。
レイナーは、彼には珍しく少し驚いているようだ。
「ま、まだ好きかは! ちょっと分からないですけど……」
その声の方をチラリと見て、すぐに視線を逸らし恥ずかしそうにいている。完全に恋する乙女のそれである。
「ちぇー。アタックかけようかと思ったのにー」
「お前は節操なしかよ……」
さして悔しくもなさそうに零すその言葉に、呆れたようにセスが突っ込みをいれた。
「オレだって選びますー。でも、どうせ付き合うなら、性格良くて研究手伝ってくれそうな子が、いいじゃないですか!」
「ドン引きだよ……しかもその手伝うって、実験体としての手伝うじゃねーか! 姉ちゃんは許すけど、仮にも聖女様にまで手を出すな! 尻拭いできないから!」
「いった⁉︎」
抗議の声にも素早く対応し、最後はチョップをお見舞いする。
なんだかんだ仲が良い。
姉の扱いは哀れだが。
それを目にして、最初は驚いていたフィリアナは、くすくすと笑い始めた。
「……すみませんね、ラナンキュラス嬢。この2人はこちらで言っておきます。殿下の話を聞いて頂いて良いですか?」
ヴィンセントが諦めたように、2人を眺めながら、フィリアナに告げる。
「ふふっ仲良しなんですね。楽しそうで良いですね!」
「……貴女も結構、その……心の広い方ですね」
フィリアナの反応にヴィンセントは、微妙な顔で言葉を選んで返した。これがクリスティアなら、こき下ろされているところだ。
「殿下、そろそろ2人が帰ってきますから。手短に伝えてしまわれた方が宜しいかと」
困ったように様子を眺めている、ブランドンに促されて、「そうですね」とそちらを向いて答え、アルバート王子はフィリアナを見る。
「まぁでもティアは、今言った結果を疑わないんですよね。このままでは、本当にそうされてしまいます。それくらい、予言の力は強力なので」
「……それは」
面白くなさそうに言う王子に、どう返すか悩んでフィリアナの表情が曇る。
「だから私はティアに、私の事を好きになってもらいたいのです」
「え? もう仲が良さそうでしたけれど」
フィリアナの返答には苦笑いで返し、王子は続ける。
「予知や予言の力は、その使い手が疑わないことが条件で発動します。だから、そこを突きたいんです」
「……予言そのものを壊すおつもりですか?」
自信満々な彼に、信じられないという目を送る。
「やってみなければ、分からないでしょう? 大丈夫です。それなりには……好かれてると思うので」
人差し指を唇に当てて、思わせぶりに微笑んだ王子は、後半になって遠い目になる。
「だ、大丈夫です! やりましょう! 私協力しますから‼︎」
「ありがとうございます」
フィリアナは励まそうと力み、それに少し笑う。
「では、たまに私はフィリアナ嬢に話しかけますけれど、普通に話してください」
「え? それだけですか?」
「後は上手くやります」
不思議そうな彼女に、王子は輝くーー裏に黒さを感じるスマイルを贈った。
「あ、クリスちゃんと仲良くなりたいなら、それは押せ押せで行けば大丈夫ですよ! クリスちゃん可愛いものに弱いですから!」
唐突に横槍が入る。しかしたまには良いことを言う。
「まぁ、『フィーちゃん』可愛いしな」
「えっ⁉︎ そ、そうですか⁉︎ あ、あの……ありがとうございます……」
セスの何気ない一言に、フィリアナは湯気がたちそうなほど、混乱している。
周りは、おや? と思ったが、気のせいかもしれないのでスルーした。
「あ、2人とももう着くって言ってますよ!」
どうもウィスパーボイスをしていたらしい、プランドンがそう告げて、この会議はようやく終わりを迎えた。




