179話 発端の解明
「私その、えっと、シンビジウム様に憧れているので、仲良くなりたいのですが……なんだか避けられてる気がしまして」
最初の元気な声は、後半になるほど萎んでいく。そして終いには、顔が下を向いてしょげてしまう。
「……これは言っていいものなんでしょうか?」
「あー王子が言いにくいならオレが言いますよ。多分それ、間違いないよ」
アルバート王子が顎に手を当て、言い渋っていたら、セスがそちらをチラリと見てバッサリと切った。
途端にバッと上を向いた顔が、悲しみの色に染まる。
「やっぱりそうですよね⁉︎ いえ、あの、クラスの方々とさほど、変わりはないと思うのですが……なんだか皆さんより壁があるのが、実感できてしまって……」
ズーンとした表情で、肩も落ちている。
ご令嬢としては少し心配になるほど、ストレートな感情の出方だ。
「まぁオレも不思議なんだけどな。フィーちゃんフィーちゃん言ってたのは、むしろ姉ちゃん……」
「それもですよー!」
何気なく発したその言葉に、ビシーッと大きな声で指を差されて、セスは驚きで固まる。
「その、『フィーちゃん』! そう呼んでくれるのは、元協会の子か、あと1人くらいしか私知りませんっ!」
ものすごく必死な形相で、そう問い詰められたセスは、「お、おう」と、謎の返事を返した。
「その『あと1人』というのは?」
アルバート王子は目を細め、少し落ち着いたトーンで問いかける。
「これをくれた思い出の子なんですっ!」
顔に力が入ったままそう言い、制服の内ポケットから取り出されたのはーー白いレースのハンカチ。
「ハンカチ、ですか?」
「はいっ! これ端にお花の刺繍があるんです‼︎ 貴族の家花に詳しそうな皆さんなら、何か分からないでしょうか⁉︎」
その花の刺繍が見えるようにしつつ。
顔の近く両手でギュッとハンカチを持ち。
見渡すようにぐるーっと見せる。
「ええと、近くで見ても良いですか?」
「はい! どうぞ!」
少し覗き込むように王子が尋ねると、ずいっと差し出すように両手で渡される。彼女の顔は真剣な表情のまま、固まっているようだ。
手で受け取って、見てみるが……。
「……まぁ蘭ではありそうですね。細かくはよく分かりませんが……」
「殿下ー俺たちも見たいです!」
王子はくるくると回してみるが、最近見たような記憶はない。
そこに皆が集まってきて、覗きたがる。
「良いですか?」
「是非是非!」
顔をフィリアナに向けて、念のために聞いてみれば、手のひらで何かを持ち上げるような、そんな動作で促される。
……随分と必死ですね……。
その様子に少し戸惑いながら、王子はレイナーに渡した。
「んー……それっぽい魔力は残ってないですかね。これどのくらい前に貰ったんです?」
レイナーは、魔力を流してみたりして、痕跡をみたようだ。その後も、日にかざしたりしながら、そのハンカチを観察している。
「10年くらい前です!」
「えっそんなに前ですか?」
元気にいう彼女に、ヴィスが驚きの顔を向けて返した。
「まだ私が施設……あぁ、私孤児院にいたんですけど、その頃に預かった物で……」
「預かった? 貴族からですか?」
「それが……申し訳ないんですが、ちょっと記憶が曖昧でして……」
王子は孤児院のことには触れずに、ハンカチの事だけ尋ねる。
しかし、返答はいやに歯切れが悪い。
「それは孤児院の中で、受け取ったものですか?」
今度はヴィンセントが尋ねる。
「いえ違います! お祭りの日に」
それにフィリアナは、首を振って答えた。
「お祭り?」
「あれは海送りの祭りの日です」
そのまま王子が復唱すれば、顔をそちらに向けて答えた。
「たしかに、海送りなら貴族がいてもおかしくないですけれど……失礼ですが、その時はどのような用事で来られていたんでしょうか?」
ヴィンセントは視線を上に逸らし、考えた後に言葉を選んでフィリアナに聞いた。
たしかにあの祭りは、平民と貴族が集う。
しかし、やはり交わることは、あまりない。
皆気にしないようでも身分に囚われるので、貴族と庶民の境界を行き来するような者は、いないに等しい。
それが出来るのは、よほど豪胆な者か。
そうでないなら、よほど無知な者か。
もしくは……何も考えていないような者。
「10年前の祭り……ですか」
アルバート王子は1人だけ、庶民の屋台の方向へ向かった人間を知っている。
人差し指に顎を載せるようにポーズして、考えながらも、ほぼ答えは出ている。
「その時どんなことをしましたか?」
「……あまり覚えていないのですが、お喋りをして、何か食べたり飲んだりした気が……」
難しい顔をして、フィリアナは思い出そうとしているが、曖昧になっているらしい。
「では端的に伺います。高台に行きましたか?」
「えっ! なんで分かるんですか!」
「……はぁ。話が繋がりました」
予想外なことに、ビックリしている彼女とは裏腹に、王子は目を瞑り頭を押さえた。
そこへ何故かブランドンは、言い辛そうにおずおずと口を挟んだ。
「ええと、ごめん。それクリスティだよ。そのハンカチ見たことあるし」
「今それを言いますかブランドン⁉︎」
思わず目を見張って、王子は突っ込んだ。
分かってたら普通、もっと早く言いますよね⁉︎
そんな言葉が表情から読み取れる。
「いえ……殿下が何か、知りたがっていらっしゃるように見えましたので」
苦笑いで返されるが、思わず少し眉を寄せてしまった。
「あ、やっぱり姉ちゃんのなんだ」
「セス君、気付かなかったの?」
「人のハンカチに興味ない」
しらっと言い切るセスに、ブランドンは驚きの後に苦笑いした。
「やはりそうなんですか……!」
それとは反対に、フィリアナは太陽のように輝く、満面の笑みを浮かべている。
「……でも、オレが聞いたときは、分かんないって言われたよ?」
「ご自身のハンカチを、忘れられているだけかもしれません!」
セスがフィリアナに首を傾げて言うと、必死に擁護をする声があった。
「さすがにクリスちゃんも、そこまで忘れっぽくないと思いますけどねー。とくに、クリスちゃん可愛い子とか好きですから、聖女様の事は覚えてそうですけど」
そこに冷水を浴びせるレイナー。
その言葉に、フィリアナは再び落ち込む。
「……私、嫌われてしまったんでしょうか……?」
「そ、そんなことないと思うよ! クリスティが誰かを避けるなんてーー」
「……気まずい時しか、しないですね」
励まそうと、手を否定の意味で振りながら、弁護するブランドンに代わり、途中からヴィンセントが口を出した。
「……あの気まずくなった時、くらいですからね。私達でさえ」
「私達と言うか、ヴィスとティアだけでしたけどね」
思い出して苦い顔をしている友人に、王子は半眼でそう言った。
「……じゃあ、何か理由が……?」
希望を求めてフィリアナが皆を見渡すも、他の皆も分からないので、黙るしかなかった。