17話 誓いと忠誠 (挿絵)
いやあきらめるにはまだ早い。おちつこう。一旦話をまとめよう。
私はこの物語の改編者なんだって!
へー! すごいね! チートだね!
魔力次第で何でもできちゃうっぽいよ!
そして私は今、1番気づいてはいけない事実!
そのチート能力のせいで危険視されているという場面に、直面している!
わーやばいね! このまま行くとバッドエンドですね!
……ていうかもうすでに詰んでない……?
……。
…………。
……………。
いや! まだ活路はある!!!!
私は事前にちらっと予知てはきてるんですよ!
これだけは言える! まだ死んでなかった!
だから交渉の余地はあるはず!
そう、たとえば——。
「家臣——そう! 家臣にしてください‼︎ そうですそれしかないのです! もうすっっっっごい忠臣どころか忠犬になりますから‼︎ だから……見捨てないでくださいーーっ!!!!」
バッと起き上がり、まくしたてるように言葉を連ねて!
必殺、懇願のポーズ!!!!
今はなんとかなるかもって知ってたって、怖いもんは怖いんです! だって私は凡人なの‼︎ 主人公のように素晴らしい勇気とか! 悪役令嬢のような不屈の精神とか! ただの乙女ゲーマーがそんなの持ってるわけないでしょー⁉
とんでもない話をしてたけど、彼もまだ6歳なんだもん!
だからお姉さんは情に訴えかけるよ。
捨てないでくださいと。それはもう捨て犬のようにね!!!!
汚い? なりふり構っていられないんですよ! それに別に裏切る気はないし、嘘はついてない‼︎ ——でも本当は王都から退却して、地方で貴族ニート満喫したかったなー! 人が来ないとこで悠々自適ライフしたかったなー! 時々弟の子供の世話しにくるようなさぁ!
もー全部諦めるんで助けてください!!!!
「えっと……そんな事しなくても、その前に君は未来の……」
「⁉︎ いえ! 辞退しますしますとも! そんな怪しいのが王妃なのは国民の心象的にもよくないって犬でもわかりますからね‼︎ あ、お望みとあらば必要な時以外は田舎にポイしといても一向に構わないので!」
王子ったらなにを言い出すのか。
これ以上反感は買いたくないんですよ!
反感の大セール会場とか見たくもないから‼︎
ていうか!
王子の未来は私が1番知ってるんですよ⁉︎
学プリエンディング回収のためにどんだけ周回したと思ってますか!!??
……とはまぁいえないですけど! 何言っても今は墓穴掘るだけだもんね!!!! だけどそんな私の鬼気迫る必死さが面白かったのか。引いていたように見えた王子は、あろうことかククッと笑い出した。
え、アルバート王子、やっぱり腹黒なんですか?
ていうか笑いすぎじゃない?
私、そんな笑うこといった……?
「ふっ……ごめんごめん、そんなに不貞腐れないで。こちらにおいで」
不満が顔に出ていたのだろうか。まだ続いてるらしい私的には不本意な笑いをこらえて、王子はそう言いながら手招きした。なんだろう、と思いながら席を立って近づく。
「私が今話したことは、王家しか知らない内容なのです」
視線と仕草で隣の席に座るようにうながされたけど、首を横にふる。 私、忠臣なので! 主君を立てます!
「けれどこれを話したのは、悲劇を起こしたくないからですよ……わかってくれますか?」
座らせることを諦めたのか、立ち上がって私の両手をとった。子どもの手のひらは、ちいさく柔らかい——私もだけども。握った手のひらが暖かくて、すこし落ち着いた。
「たしかに闇属性の力はおそろしいものです……けれどそれは、使い方を間違えればのこと。きちんと正しいことを覚えて、間違えなければいいのです」
アルバート王子と目が合う。
緑の中、風に揺れる黄金の髪。日の光に晒されて、それはキラキラと輝く。まだ幼い顔立ちだけれど、筋の通った鼻に大きな瞳。光も人の目も集めるその煌めきは、まるでイエローダイヤのようだ。時間を止められた絵画のようだな、と思った。
「一緒にこの国を、私を助けてください」
そう言ってにっこりと笑った顔は、天使より天使だった。
「ーーはい! 絶対に裏切りません‼︎ シンビジウムの名にかけて!」
そういうと、じっと目を合わせたままなのに、ちょっと微妙な顔をされた。さっき見た顔に近い、多分困り顔。あれ? 家名に誓うのに。最上級の誓いのはずだけど……。
あ、そっか。
「すみません、私の瞳は黄緑ですね……花言葉が《野心》ですから、信じられないでしょうか?」
ちょっと申し訳なくなって、ちらりと覗く。
この世界の家名は花だ。だから口説き文句や何かに誓いを立てる時、花になぞらえたりするのだ。家紋にもそれぞれの象徴の花が使われているくらい、重要なもの。
シンビジウム、我が家の花は蘭。
そして緑のシンビジウムの花言葉は《野心》。
悪役令嬢にはお似合いだけど——寝首をかかれそうだ。
「あぁすみません、そういう意味では……けれどそれを気にする」
そういうとアルバート王子は、胸ポケットに挿していた花をとりだした。花が少し大きくなる。魔法がかかってたのか……。
「この花をあげましょう。これをあなたの誓いとみなします」
「わ……! ありがとうございます!」
「花を見て、思い出してください。《純粋》な心に《祝福》があらんことを」
王子から渡されたのは、美しい純白のカサブランカ。大輪のその花は、堂々としたアルバート王子に似合いの花で、ちょっと気後れする。
私が花に掛けたから、王子も返してくれたのね。
うん、いい主人を得た!
今からならいい関係、きっと築けるよね!
素敵な花にるんるんで盛り上がっていたら、アルバート王子と目が合った。
「……誓ってくれるのであれば、魔法をかけてくれませんか?」
「どういうことですか?」
「言ったでしょう。闇属性は情報操作です。この花を枯らさないようにすることもできる」
わ、そんなこともできるのか!こわっ!
でもその前に……。
水を差すようで大変いいにくいんですけど。
「実はやり方がまだわからなくて……」
この世界では通常、魔法には言葉が必要なはず。そのシーンはゲーム内でも出てくるけど、でもこれについてはよくわからなかったし、あったとしても知らない。悪役令嬢はそんなに表に出てこないのが普通なんだもん。
「誓いを形にするように、願いながら魔力を流せばいいのです。言葉はあくまで、いつでも同じ効力を効率よく発揮するための媒介でしかないから」
つまり初めてやる魔法には言葉はない……というかもしや、闇属性の力ってその人のイメージ次第なの? ……てかこれ失敗したら、忠誠心疑われるのでは……。
それはダメだっっ‼︎
必死になって全力全開、今できる限りの魔力を流す。
この一生裏切らないこの気持ちを形に!!!!
もはや魔法というより、祈りをこめたその瞬間――眩いばかりの白銀の光が百合を包んだ。初めての感想は、思いのほか美しく感じて――そしてやっぱり闇っぽくはないなというものだった。
「クリスティア嬢⁉︎」
あせった王子の声を聞きながら、私は今世2回目の意識を手放した。