178話 密談始まります
『あの、突然すみません! もし宜しければ、後でシンビジウム様について、少しお尋ねしたいのですが……ご迷惑でしょうか?』
その声は頭に響いた。口は開いていない事からも、これがウィスパーボイスを使って、話しかけられていることが分かる。
アルバート王子は少し思案し、顔はフィリアナから外して伝える。
『それは、ティアさえいなければできる話ですか?』
『はい、大丈夫です! セス君も知ってますし!』
彼女も前を向いたはいいが、チラリと見れば首を縦に振っている。会話の分からないものからすれば、少し不思議に見えるが。
……ちょっと天然なんですかね?
アルバート王子は、そんな感想を持ったが顔には出さない。
まぁ天然くらい、可愛いものですよね……誰かさんの思い込み具合と、比べたら……。
そう思い、反対側の隣もチラ見すると、ティアはまだ考え事をしている。
しかし妹と目があった。目つきが怪しい。
『お兄様、何していらっしゃいますの。あんまりしっかりしてないと、お姉様本当に貰いますのよ』
リリーはいつから番犬になったんですか?
そう思いつつも、これは言っておかなければ、後が怖いので伝えておく事にする。
『後できちんと伝えますが、これは揺さぶりをかけて、ティアに気付かせる為ですよ。このままでは、一生躱されてしまいますから』
素知らぬ顔で、ブランドンからどういう仕事か説明を受ける、ヴィスとセス、そしてチャチャを入れているレイを眺めながら伝える。
『……運命とやらに、惑わされてないですの?』
『幸いな事に運命よりも、自分の強欲の方が信じられるので』
訝しげな視線を感じながらも、涼しい顔をして返す。
別に欲が多いわけではないが、これと決めたものは追求する。アルバート王子は、そういうタイプだ。
そもそも疑わないで、出来ると信じるように言ったのは、ティアですからね。
実際それで、使える魔法も増えたのだ。
胸を張って、妹の隣にいられるくらいに。
『だから、リリーにも協力してもらいますよ』
その堂々とした様子から、何かを感じ取ったのか。姫は睨むのをやめた。
『……信じてますの、お兄様』
それだけ伝えると、会話は終了する。
「……と、いうわけで! 他のみんなは庶務、つまりサポートをしてもらう事になるよ! ここで他の役員の仕事を、何となく覚えておくといいよ。来年は自分かもしれないからね?」
ブランドンはそう笑って、全体に語りかける。話が終わったようである。
「クリスティ? 考え事も良いけど、仕事には集中してね?」
「はっ! ご、ごめんなさいおに……ブラン!」
険しい顔で固まっている彼女に、どうも気付いていたらしい。困り笑顔で注意すると、当の本人も戻ってきた。
お兄ちゃんって、言いかけましたね。
セスと言いティアと言い、人前では格好付けるタイプですよね。さすが姉弟。
彼は密かに思うが、口には出さない。
「きょ、今日は何をするの?」
誤魔化そうとしているのか、焦った様子でそう尋ねるクリスティアに、ブランドンは優しく返す。
「急ぎなのは予算の振り分けかな。僕1人じゃさすがに出来なかったからね。まだ手をつけてないんだ」
「うわ、面倒くさそ……」
それに反応したのは、弟の方であった。
明らかにゲンナリした様子だ。会計に就いてしまったため、余計にそう感じるのかもしれない。
「大丈夫だよ、前年度までの資料もあるから。それにあくまで、僕たちで話し合いながら決めるからね。まぁまず、今年の資料が必要だから、誰かに職員室まで確認に行って欲しいな」
「届けられてないんだ?」
「平等の精神だよ、セス君。こんな事で特別扱いされてたら、廃れちゃうよ」
貴族位を無視できないとはいえ、ここは平等の学び舎である。
いくら高位の貴族集団の生徒会とはいえ、これは贔屓されない、しないように、教師は努めているのだ。
「あ、じゃあ私行ってきます」
「お姉様が行くなら私も行きますの!」
軽く挙手してそう言うクリスティアに、リリチカ姫も気合を入れて宣言した。
ちょうど都合良く、怪しまれないように別行動にできそうだ。
「じゃあ悪いけど頼めるかな? 職員室の場所は分かる?」
「あっ」
「お姉様! お任せ下さいませ! 私が分かりますの!」
にこやかに問うブランに、本人的には盲点だったところを指摘されて、目を泳がす。そこにすかさずドヤ顔で、フォローが入った。
「リリちゃん……! 頼りにしてるね!」
「ええ! このまま惚れてしまわれてもよろしいですの!」
「それはもう少し考えた方が良くないかなぁ?」
手を口元で組み、感激に煌く瞳で見つめられ、調子乗る姫にすぐに突っ込みが入った。
「そうと決まれば、早速行きますの! お姉様に良いところを見せますのー!」
「わわっ、ちょっとそんなに引っ張られると私、転んじゃうよー!」
走り出しそうなくらい張り切る姫に、腕を掴まれて、クリスティアは驚いている。
そしてそのまま2人は、扉を出て行った。
「……それで、話とは何でしょうか?」
その姿を見届けてから、アルバート王子は話し始める。
「あの、私預言師様と仲良くなりたいのです!」
フィリアナは決意を拳に込めたのか、とてもガッツポーズに力が入っている。表情も気合いそのものである。
「その預言師様、やめろって言ったじゃん。姉ちゃん引くからって」
「あ、そうだった! ごめんねセス君!」
サラッと注意するセスに、自分の発言に気付き、フィリアナは口を手で覆って、そちらを見つめ謝罪した。
「……随分と仲が良いのですね?」
「殿下もそう思いますよねー? オレもビックリしましたもん」
少し目を見張って言えば、レイナーがチャチャを入れる。
「いやいや。『フィーちゃん』が、『預言師』様狂いなだけですよ」
「預言師様は特別なんですー!」
『フィーちゃん』の所だけ戯けて言う彼に、フィリアナは力強く抗議する。……まぁ抗議しているのは、そこではないのだが。
「……クリス、そこまで憧れるものですかね?」
ヴィスが少し遠慮がちに、失礼な、でも素直な感想を漏らす。
「えぇっ⁉︎ あれほど近くにいらっしゃるのに、分かっていらっしゃらないんですか⁉︎」
フィリアナはその目を大きく見開き、驚きの声を出した。
「美化されてますねー」
「それはある」
「ははは……やってる事はすごいんだけどね」
「私達は振り回されてますからね……」
レイナーに続き、セス、ブランドン、アルバート王子と、各々が苦笑して言うので、フィリアナは困惑の表情を浮かべる。
「まぁそれは置いておきまして……是非お話をお聞きしたいのですが、伺えますか?」
王子が丁寧に促すと、彼女は慌てて口を開いた。




