177話 王子は裏で考える
「アル……私頑張るから! アルも頑張れ!」
「え、あ、はい?」
私の婚約者は今日も何かを考えています。
何を考えているかは、私にもよく分からなかったりします。
例えば今、こんな時とかですかね。
チラッと視線だけ向けてみれば、何か険しい表情で、グッと握り拳を体の前で作っていました。
不審に思って声を掛けても、謎の答えしか返ってきません。
お陰で変な返答になってしまいました。
絶対に何か考えています。
そしてそれは、大抵ろくでもない事です。
しかも彼女は、とても予想外の事をします。
だからこんなにも分かりやすいのに、私には何をしたいのか、全然分かりません。とても困るので、やめて欲しいです。
全く。今度は何を考えているんですか?
素直に話してくれれば良いだけなのに、ティアが話さないせいで、いつも大変な目に合っているのは、君自身なんじゃないですか?
似たような事は、今までも言ってきてる気がするんですけれど。一向に改善しないんですよね。何故そんなに頑ななんでしょう?
なんとなく、本当になんとなくなんですが。
彼女は人の目を、気にしている気がします。
多分、自分はお妃様には相応しくない! とか、思ってそうな気がするんですよね。
だから私を『運命の相手』とやらと、くっ付けたがっている気さえします。
とても不愉快です。
私の幸せ、本当に考えてるんでしょうか?
そんな真剣そうな顔してますけど。
……ただその態度が、王妃に相応しいかと問われれば。
私も答えに窮するところではあるんですが。
けれど上に立つ者に本当に必要なのは。
そういう礼儀ではなくて。
人の為に動ける事なんじゃないでしょうか。
少なくとも、私はそう思います。
礼儀は後からでも習得できます。
でも、心根だとか信条だとか、そういった考え方は、時間をかけて作られるものです。
私も勤めているつもりですが。
すぐに手には入らないものです。
まるで明るく照らす、けれど優しい木漏れ日の光のようなーーティアの瞳も、そんな明るい色をしていますよね。
それを最初から持っている君を。
時には自分すら、捨ててしまいそうな君を。
心配だと思うのは。
隣にいたいと思うのは。
目が離せなくて、惹かれてしまうこの気持ちは、そんなにおかしいものでしょうか。
本当に死んでしまうかと思った、あの時の後悔を私は忘れてないんですよ。
まぁ、全然分かってなさそうですけど……。
「はぁ……」
考えれば考えるほど、頭が重くなるというか。
痛くなるというか。
思わず、ため息になってしまいます。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
「……そうですね。だいぶ疲れましたけど」
「え? 今日そんな大変だったっけ?」
不思議そうに見上げるその瞳には、何が映っているんでしょうか。10年くらい経つのに、全然意識されてないのは堪えますよ。
でもね。
今更この年月を覆せるほどの、素敵な出会いなんて、思い浮かばないし、いらないんですよね。
他なんて考えられない。
君がいい。
君が欲しい。
だけど、このままじゃただの平行線ですから、私は重い腰を上げることにしたわけです。
そんなに可愛い顔で、目をぱちぱちさせたって、気付くまで許してあげませんからね。
覚悟しておいて下さい。
私は少しジト目で彼女を見つめてから、視線を正面に戻した。
最後に見えた表情が、不安そうだったのがちょっと心にきますけど、私は決めた事は曲げません。
「それで、私が副会長だとして、他の役員はどうしますか?」
まぁヴィスとセスでしょうけど。
念のために声を上げて、聞いておきます。
「さっきの話にも出ていた通り、僕はヴィンス君、セス君、レイ君あたりが良いと思うんだけど、どうかな?」
どうかなと言いつつ、ほぼ確定だよ? という笑顔を向けるブランドン。
彼もなかなか、爽やかなフリして黒いですよね。まぁ、会長で年長者、この荒くれ者の集いを纏めるとなれば、そうならざるを得ません。
「えー、僕には難しいですー!」
「何言ってんだよ、飛び級してきたくせに」
こういう時だけは、謎の年下アピールをするレイ。口元に手を当てて、わざとらしい事この上ないポーズを取っています。
それをセスが眉を寄せて、呆れながらいなします。
当然そうですよね。天才研究者が、何を言っているんだという話です。
「……まぁ私は確定ですね。セス、貴方会計やりませんか?」
「え、ヴィン君何言ってんの? 気が狂った?」
「……その毒舌、気をつけた方が良いですよ」
悩んだヴィスが、セスに話を振るもフラれている。明らかにあり得ないものを見る目をされて、ちょっと凹んでますね。
「毒舌はコレのが移ったんだよ。ごめん」
「ちょっと! なんでさっきからコレ呼ばわりなの! あとオレは毒舌じゃ……毒舌かな?」
「元々は毒舌ですね」
涼しい顔で指を差しながら指摘され、一瞬怒るも本人も悩んだらしい。結局ヴィスが肯きながら、突っ込みを入れていた。
ただ私たちの中では、研究好きな面ばかり目立って、そこに目が行かなくなっていますけれどね。
「ふふっ皆さん仲が良いんですね!」
誰に言うでもなく、フィリアナ嬢がそう言う。ころころと笑う様は、確かに可愛らしい。
「そうですね」
私が隣なので返事をしたところ、リリーがギロリと睨んでいる。
あぁ……リリーには、伝えていませんからね。
でも姫のそんな顔は、誰も見たくないと思いますけど……と思ったら。
「こ、こらリリちゃん! 顔が怖いよ!」
ティアが慌てて止めていた。
まぁリリーのその睨みは、君のためのものでしょうけれど。
「セス、貴方のお父様は財務長ですよね? では今から勉強しておくべきでは?」
「親と同じになるかは、分からないじゃん……」
「とはいえ、大抵同じ道に進みますからね、貴族は」
一応理由があったらしいヴィスが、セスに促すと、彼は苦い顔をしている。
国の幹部は世襲制とは言わないまでも、やはり身分により就ける役職が変わる。
それに血は争えないのか、その家系ごとに役職に向いた者が、育ちやすくなっている。環境もあるのかもしれませんけどね。
「……はぁ。仕方ないやるかぁ。でもヴィン君が書記って、すごいもったいないんですけど」
「ご安心下さい。ほぼメインは会長副会長の補佐です」
「あ、はい」
彼は頭の後ろに手を当てながら、心底面倒そうにため息と共に答えた。
そして彼の疑問に、ヴィスはいい笑顔で答えて、彼を半眼にさせた。
「……珍しい、セツがやるなんて……あ! フィーちゃんのせいか! えっフィーちゃんの力、セツにまで影響してるの⁉︎」
横で何か小声ながらも、混乱する声が聞こえるが置いておいた。また何か考えている。
とりあえず私はフィリアナ嬢と、協力関係になるところからですかね。
そう思って彼女をみれば、彼女も何故かこちらを見ていた。




