閑話 なんか捕まった【Ⅲ】
「別に花に詳しくはないけど……蘭っぽいか?」
「そうですよね! それですよ! 蘭と言えば、高貴な花です! ですから、公爵家の方なら何かご存知かなー……と」
そう言いながらチラチラと見られる。
思惑が丸わかりだけど。
「そもそもそれ、どうしたんだ? クリスティアとどっかで会ったってこと?」
「……たぶん?」
「多分ってなんだよ」
フィリアナが首を傾げながら、自分でも分からない物のように答えるので、呆れて突っ込みを入れる。
「お、覚えてないんです……10年前なんですけど」
「あ、そんな前じゃ覚えてなくて当然……って10年前⁉︎」
おずおずという彼女の発言に驚く。
10年間これ持ってたのか⁉︎
え、ヤバいやつなのでは?
ちょっとセスの、フィリアナを見る目が変わった。悪い意味で。そしてちょっと後退りした。
「引かないでください! 私の恩人なんですー!」
フィリアナはセスの服を引っ張り、必死に抗議する。
「話を! 話を聞いてから判断してくださいぃぃぃ!」
「ちょ、分かった、分かったから引っ張るなよ」
ギリギリ引っ張られてしょうがないので。
ひとまず話を聞くことにした。
それは海送りの日。
仲良くなった貴族っぽい服の女の子の話。
道に迷っていたところに声をかけたらしい。
その少女は心が読めるという光持ちの特徴を知っても臆せず、普通に話したという。しかも氷のコップを作ったりしていたらしい。オレの知る限り、氷といえばリリチカ姫だけど——その姫様でも氷をコップの形にするのは、無理じゃないか?
大きな力では、力任せに凍らせたりはできる。
だけどそんな小さな制御は難しい。
また、小さな力でならできるかというと。
魔力がある程度ないと、そもそも制御がしにくい。
というか、火の魔力を温度差ととらえる考えを普通持っていないので、一般人にはできないだろう。そうなると——浮かぶ容疑者は1人しかいない。
「私、あのとき協会の話までしたんです! その後に大規模な解体もあったし、なんだかタイミングが良すぎて……だから余計に、バレてはまずい話なのかな、と思ったんですけど」
「あー……」
真剣な表情で語るフィリアナから目を離し、開いた口の塞がらないまま間の抜けた返事をする。まぁそういう情報の漏洩も警戒してここに連れて来た、ということなのか。
開きっぱなしはさすがににみっともなさすぎるので苦し紛れに手で口を軽く塞いでみるけど、実に返答に困る。
うん、バカ姉じゃないか?
どう考えても。
迷子になった後、何してんだよバカ。
セスは今日この時まで、こんな話は知らなかった。迷子になった先で、熱中症になって倒れたのは知っていたがーーこれは初耳である。
でも不思議なのは。
これだけ覚えているのに。
フィリアナ自身が、確信が持てないことだ。
「え、でもそこまで分かってたらさ、顔とか思い出せないの?」
「それが……何故か分からなくて」
苦虫を噛み潰したような顔で、告げられる。
ちょっと変じゃないだろうか?
こんなに覚えてるのに?
どう考えても何があるとしか思えない。
「あのバカ姉、昔から黒髪だよ? 黒髪珍しいよな? それも覚えてないの?」
「……すみません、思い出せなくて」
苦しそうに告げられて、不信感が高まる。この不信感は、目の前のフィリアナへじゃない。自分の姉に対してた。
……何やってるんだバカ姉。どうやったのか知らないけど、クリスティアの仕業だろうと思う。そうでもなければ、都合が良すぎるからだ。でも闇の魔力の効果って——。
「情報操作、だよなぁ……」
「へ?」
「あぁいや、姉の話な。闇の魔力の特性について考えてて」
目をぱちくりさせるフィリアナを他所に、セスは思考する。
情報操作。
この世界を作り替える力。
それ、記憶と関係ないよな?
「……闇は予知と幻惑ですよね? あの子の作ったコップの魔法は、よくわからないのですが」
「あ。幻惑か」
「へ?」
「なんでもない」
いぶかしげにこちらを見てくる瞳とは、目を合わせない。フィリアナの協力はしたいが、姉の邪魔も別にしたいわけではない。
全然意図が分からないから、アクションとりようがないな……。
困ったオレは行動に出ることにした。
「……とりあえず、ハンカチがあいつのかは聞いてみようか?」
「へ? いいんですか⁉︎」
「うん、それで分かればまぁ、解決だし。分かんなかったらごめん」
これで答えてくれなければ、自分からはそうじゃないかとは言わない。そう思って、姉にウィスパーボイスを飛ばす。
『くー姉、ハンカチについてなんか知ってる?』
『ハンカチ?』
タイムラグがなかったので、これはそのまま口に出したな、と思ったが何も言わない。
まぁ別に、事実確認できれば良いのだ。
生徒会室で姉が恥をさらしていようと、自分には関係ないし。
でもいい加減学べよなーと、ちょっと呆れたまま話を続ける。
『お姉様溺愛のフィーちゃんが、そう聞いてますけど』
その気持ちが言葉にも出てしまった。まぁ仕方ない。姉がバカなのが悪い。ちょっと沈黙の後、返事が言葉がある。
『……え、まって。それどういうやつ?』
『なんか花の刺繍が入ったやつ。これ、うちのじゃない?』
というか、バレてますけど。というニュアンスで言うと。
案の定全然返答が来ない。
絶対悩んでんな。
バレバレだし穴だらけなのはいつものことだけど、なんとかならないものなのか。思考も読みやすすぎて、逆に心配になるレベルだ。
『……見てないしわかんない』
迷った末の返答は、逃げの一手だった。こりゃここで聞いても無理だな、とそう判断したのでそのまま伝える。
『そ。じゃあまぁいいや。今度自分で見て』
『は⁉︎ え、ちょっとそれ困る!』
そう言われてもこちらも困るので、無視して通信を切った。
慌てていたが、オレは知らん。
そもそも相談もされてないし。
なんか言ってくれれば、その通りにしてやったのに。
どうも何も言われてなかったことに拗ねているらしい自分に気付いて。顔をしかめた。
「どうでしたか⁉︎」
詰め寄るように聞かれて、そのままの顔で返す。
「見てないから分からない、だとさ。まぁ、一度見せてみたら?」
「そ、そうですか……。まぁ言葉と見るのとでは、全然違いますもんね……」
明らかにしょげっとしてしまって、ちょっと焦る。
「まぁ、見たらクリスティアも、思い出すかもしれないし……」
「そもそも私……避けられてる気がするんですけどね……」
視線を明後日に向けて、ははは……と笑われたら、もうどうしていいか分からない。お手上げだ。
「……えーと。まぁ、生徒会入った時にでも、相談してみたら……」
「え? なんで生徒会ですか?」
「あそこら辺は、オレ達の知り合いだから」
まぁここまではセーフだろう、と思って一応言ってみた。
くー姉が何も言わないのがいけない。
なんかあってもオレは知らん。
「そうですね……そうします! ありがとうございます‼︎」
そう言って、フィリアナはぱぁっと明るい笑顔になった。わかりやすいなー。
「……あ! あとひとつ聞きたいんです!」
「え、まだあんの……」
流石に面倒になってきて、渋い顔をする。でも気にされない。めんどい方で強靭な精神の持ち主だな。
「その『フィーちゃん』! お姉様が言われてたんですよね⁉︎」
「……あぁ、うん」
「私フィーちゃんって呼ぶ人、協会の人以外だと彼女しか知りません!」
うん、もう庇えないや。
あきらめよう、そう思ったから。
「……とりあえずオレの事、セスでいいよ」
そう言って話を逸らした。もう考えたくない。あの姉が悪い。
「セスさん、ですか?」
「なんでも。呼びやすいようにしたら? 生徒会入るんでしょ? じゃあ仲間だし」
その言葉に、フィリアナは今までで一番嬉しそうな顔になって……。
「ありがとうございます! 色々頼りにしますね、セス君!」
と言って笑った。オレはその色々は考えない事にして、「よろしく」と笑顔を返した。




