162話 千年の眠気も覚めるレベル
『それでは、学園生活を楽しいものにできるよう、一緒に頑張りましょう。以上です』
ブランがそう締めて、お辞儀をするとアイドルコンサート並みの拍手が沸き起こる。
うーんお兄ちゃん、罪な男ね!
女の子メロメロだわ!
こんなに叩いて痛くないのかしら。
そう思いながらも手を叩いていると、顔を上げたブランがチラッとこっちを向いて……微笑んだ。
途端に周りから息を飲む音が聞こえる。
すごい! 何これ!
息を飲む音ってこんなにおっきいの⁉︎
思わずびっくりして、キョロキョロしてるうちに、ブランはサラッと脇へ捌けてしまった。いかないでとか、涙ぐむ声さえ聞こえてくる。
はぁ……乙女の心臓は、デリケートなのよ。もっと優しくしないとダメよ、お兄ちゃん。
『続きまして、新入生代表ーー』
それにしても。これだけモテてて女の子に慣れてないって、どういう事かしらね?
それどころか「自分はモテない」みたいな言い方してた気がする。まったく、なんでそんな考えになっちゃったのか悩ましいわ。
女の子と接する機会が足りないとか?
まぁ確かに、ブランのところ3人兄弟だし。
弟しかいないけど……私は一応女だけど?
そんなことを考えていたが、周りがまたバッと、頭を――というか上半身ごと身を乗り出すように向けたのに気付いた。
あれ? と思って面をあげれば……。
『晴天の爽やかな良き日に、今日この門を叩くことが出来たことをありがたく思います。新入生のアルバート・カサブランカです』
アルだーーーー!!??
そりゃ皆さん、真剣に食い入るように聞きますわね! すごいかぶりつくかのように聞いてる! すごい‼︎
いや、スピーチ読むのは知ってた!
身分的にも学力的にもアルはレベル高いし!
さっき出て行った時にあぁって思ったけど!
でも一瞬ブランの衝撃で、飛んでたと言うかね⁉︎ だからびっくりしちゃったというかね⁉︎ うーんそれにしてもさすが……!
『私たちは今日この日、期待に胸を膨らませ入学を迎えましたーー』
正直スピーチの内容は頭に入ってこない。
だって私、こういうの苦手だし。
あと周りのメロメロ加減に持ってかれてる。
でもアルはすごく堂々としてて、凛とした空気があって。たまに交える手振りなんかも、慣れてるなーって感じだ。様になっている。
その視線が向く方から、ため息が漏れるのが聞こえる。うーん、わかるよその気持ち。
これを全部紙も見ないで、ペラペラ話せちゃうのが彼だ。私と頭の作りが違うんだろうな。自慢じゃないけど私なんか、見ても多分つっかえる自信あるよ!
『この学び舎で勉学に励み、魔術に磨きをかけ、仲間たちと切磋琢磨しながら、そこから得られる経験を蓄えーー』
ちょっと興味本位で周りをキョロキョロしてみる。うわーやっぱりみんな目がハートだ!
だけど思ったより男子も結構真剣に聞いてる。意外だなぁ。その目はキラキラしていて、女子に勝るとはいはないけど、劣らない熱量を感じる。
まぁ、男の子から見ても、アルは憧れの存在なのかもしれない。同じ歳ってだけでも自慢だよねわかるわかる!
『ーー諸先生方を含め、先輩の方々にもご迷惑をおかけする事もあると思いますが、何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。以上をもって、新入生代表の挨拶とさせて頂きます』
最後に爽やかに笑ってフィニッシュ!
ひゅーひゅー! 王子決まってるわよー!
やんややんやー! ぱちぱちぱち!
そして顔を上げたアルはーー笑顔はそのままだったが、私に向かって少し目を細めた。
あ。これ。怒られるやつだー?
私は一瞬にして悟り、バッと下を向いた。
なんでバレたの? 聞いてなかったって。
だってね、こういうの難しいじゃん?
聞いても次の日には忘れるしね?
そんな言い訳をし、心の中で冷や汗を流しているうちに、アルの姿は見えなくなった。
その後の式の内容なんて、覚えてないです。あー闇の魔法使えたら、全体的に起きてるように見える幻惑かけるんだけどなぁ。あの魔法、光るからダメよね。残念。
だからその後はこくこくしながらも眠気と闘ってたら終わりました。次ははお昼の時間です!
式が終わり、席から立ち上がるふりをしながら、ひそかに伸びをする。はー筋肉が固まったー! 立ち上がり足も伸ばす。座りっぱなしもキツいよねー。
「お姉様〜!」
「うおっ⁉︎」
油断してた私は、横からドンッと衝撃を受け少しよろめく。犯人は1人しかいない。
「び、びっくりした……リリちゃん?」
「お昼ですの! お昼を一緒に食べましょう‼︎ あと、カリキュラムはもう組まれまして?」
そう輝く瞳でにっこり微笑まれてしまえば、もうさっきのことを怒る気も失せる。可愛いは正義なので!
「みんなで食べようって話になったんですよ、ねぇ姫様」
「ヴィンセントは呼んでないですの」
後ろから現れたヴィンスに、振り返らずこちらを見つめるままだが、その顔はしかめっ面になって、リリちゃんが拒絶という返事をした。
リリちゃん、これでもヴィンスには反応があるから良い方よね。さっきここに来る途中で見かけた時なんか、本当に表情が無! って感じだったもん。
だから今も視線がすごいよ。
熱い視線じゃなくて、驚きの視線が。
久々だなリリちゃんの変わり身に驚かれるの。
「クリスちゃーん! ご飯食べましょー‼︎」
あ。あっちからも手を振りながら、満面の笑みで驚き2号がやって来た。もちろん皆さんが驚きの目をそちらにも向けている。
うん。忘れかけてるけど、レイ君はツンデレキャラなんだよ。忘れかけてるけど。
だから普通の人には、最初はやたら当たりが強いんだよ。忘れかけてるけど。表情も、怒ったような顔固定なんだよ。忘れかけてるけど‼︎
そこが好きだったのよ私の元推し‼︎
いや心が開けるのは喜ばしいんだけど‼︎
本当にいいことなんだけど‼︎
「……ほんとツンデレはどこに置いてきてしまったんだか……」
「え? なんですー?」
「なんでもないです……」
顔を手で覆って、私は嘆いた。今ならよほど、リリちゃんの方がツンデレっぽいと思う……あぁでも、デレしかないや。みんな私にツンをくれない。
「あれ、クリスティア、王子と一緒じゃないの?」
この声は弟だな、と思って手をずらして見れば、やっぱりセツだった。その後ろにちょこんと、ノア君もいた。
「……まだいない?」
「うん、まだ会ってないよー。あれ? みんな私とアルが同じクラスだって、知ってるんだ?」
私が不思議そうな顔をすると、みんなが固まった。え? 何?