155話 返品受付不可
「ノア君もお姉様たちにしごかれてるの?」
「? 姉様たちは優しい」
「……ヴィンス、ドンマイ」
今流れている曲は、比較的ゆっくりした曲なので、私でも余裕が少し持てる。もちろん足元は注意なんだけど。
「……。」
と思ったら、何故かノア君が瞬きもせず、じーっと無言で見てくる。
え? 何かおかしかった⁉︎
あの、整ったお顔なので圧がね?
「ノア君、私ダンス得意じゃないから、変だったらすぐ言ってね?」
「……別に変じゃない」
「じゃあそんなに見られちゃうと、緊張しちゃうよ……」
「……可愛いなと思っただけ」
「うひゃ⁉︎」
予想外の角度から放たれた変化球のせいで、足がグギッとなった! やばい! まだ始まったばっかりなのに‼︎
その瞬間、ノア君の目つきも変わる。
「クリス、怪我した?」
「あ! 大丈夫大丈夫! ほっといたら治るから!」
「嘘はダメ」
「……光の持ち主は騙せないか」
心配そうな問いかけに、笑って返してみたが真剣に怒った顔をされたので、目を瞑って降参の意を示す。
そんなに心配するほどじゃないと思うけど……。
確かに、ちょっとだけ痛いんだよね。
まぁ足捻るの慣れてるけどさぁ。
運動神経悪いくせによく走るし、そして変なところで躓くから……悲しくなってきますね!
「……早く治さなきゃ」
「え! 待って待って! 大丈夫だから!」
そう言って、ダンスを中断しようとするので、急いで止める。
「曲の途中では抜けられないよ! それに、私もノア君とちゃんと踊りたいな?」
アルよりは小柄だけど、私より十分に高い、その顔にグッと首を傾けて、甘えるように言う。わざとだ!
まぁ私ごときので、効くかは別として。
空気読んでくれる人なら、無下にはしないだろう。
ノア君は良くも悪くも、常識に囚われない所がある。
気にしてくれたのは嬉しいけど。
常識的にそんな事はさせられないし。
せっかく誘ってくれたのを台無しにもしたくない。
「……無理して欲しくない」
「無理はしないよ! 大丈夫!」
少し眉の下がった表情に、笑顔で返すが。
「……クリスは嘘ばっかり吐く」
「え⁉︎」
思わず声を上げて、目を瞬いた。
ドキリとした。自分の薄っぺらい所が、ノア君にはバレているのか……そう思うと、いたたまれなくなる。気まずくなり、斜め下へ視線が向く。
「……そういう顔をさせたい訳じゃない」
「⁉︎」
繋いでいる手をちょっと上に引っ張られた。驚いて顔を見てしまった。
「……辛い時は辛いって言ったほうが良い。ダメな時はダメって言ったほうが良い。言わないと、言えなくなる」
こちらを覗き込んでくる、深みのあるアレキサンドライトの瞳は、どこまでも見透かすようだ。
それは時に恐ろしく。
時に全てを委ねたくなる。
そんな……合わせ鏡のような裏腹なもの。
この感じ取り方は、その時によるのだろう。願わくば、優しいと思い続けられる立場でいたいものだ。
だから、フッと笑って答える。
「……ありがとうノア君。頼りにしてるね」
肩の力を抜いて自然に接する事こそが、光持ちからすると嬉しい事らしい。
それは彼らが、その隠された心を見てしまうから。
でもだからこそ、心からの喜びや信頼は、他の人が思うよりももっと輝いて、綺麗に見えるらしい。嘘は光を濁らせるのだそうだ。
「……うん」
だからこうやって、慈しむように。嬉しそうに笑ってくれる。心から嬉しいと、そういう気持ちで。
「でも光持ちってちょっと不便だよねー。むしろ嘘がつけないなんてさ」
くるっと回りながら、戯けたように話す。
嘘は相手を信じない、という事だ。
信じる心、救いたいと願う心が力の源である光の魔力は、それを失うと使えなくなってしまうそうだ。
つまり、大きな嘘は吐けない。
大嘘つきの闇とは、ますます溝が深まりそうである。
闇なんて、願望ある限り無限湧きだぞ。まぁ全てが闇に染まれば、光で浄化できるらしいけどね……そう、私はギリギリの立場です。女神に聞いたよ。
そういう意味でも、私は絶対にあぁはなれないので、すごく尊敬する。
「嘘を吐く方法もある」
え? そんな方法あるの?
びっくりして視線をノア君に戻したーーが。
「全てを分けてしまえばいい」
その顔は逆光でよく見えない。
けれどニヤリと笑う口とーー黒い瞳が見えた気がした。
背筋に冷たいものが走るが……ここで曲が終わった。
「……ノア君、大丈夫?」
恐る恐る見上げて、その顔を確かめるが。
「……クリスの方が大丈夫じゃない。足、痛い?」
きょとんとした、いつもの無表情で心配する、ノア君がいるだけだった。
「代わりますよ、ノア」
「うわっ⁉︎」
ノア君と繋いでいた手は自然と離され、身体に感じる浮遊感……そしてこの声!
「アル⁉︎」
「足を挫いたんですって? まったく、大人しく待っていないからですよ。私言いましたよね? 花に目移りしないで下さいと」
目の前に、にっこり笑うアルの顔があった。
近い、近すぎる。
普通に立ってたら、こんな距離にならない。
驚きに固まる思考で、答えを出した。
「あの、なんでまたお姫様抱っこ⁉︎」
「足を挫いたと聞いたので。あとは、逃げない為ですかね? すみません、目を離すべきではありませんでしたね?」
戸惑いに、全て笑顔で返された。笑顔しか作れないみたいに……っていうか! 怖い! 怖いんですけど‼︎
「歩ける! 私歩ける‼︎」
「いえいえ、何をおっしゃいますか。怪我人でしょう?」
「さっきまで踊ってたんですけど⁉︎」
必死に訴えるも、その目は細められたままーーつまり聞く耳も持たれず、態度も変わらない。
「ええ、ええ。可愛らしかったですよ。花々と戯れる妖精は。はらわたが煮え繰り返るくらいに」
「ごごごごめんなさいいいぃぃぃぃぃ‼︎」
笑顔で返されるも、その真意はそうじゃないことがまるわかりである。そして要らぬオプションを買ってしまった。
返品! 返品したいんですけど‼︎
え、返品不可ですか⁉︎
買い取りカウンターは⁉︎
みんなの方を見るけど、バッと目を逸らされました!
売られた! 私が売られたんですけど⁉︎
「……治す?」
良心の砦が尋ねるも。
「ありがとうございます。でも城で治せますから。ノアの魔力は貴重なんですし、そんなにホイホイ力を使ってはいけませんよ」
まるで気遣うような言い方に、驚きの表情を向けて問う。
「何をおっしゃいますか⁉︎ 魔力なんて回復するじゃないの!」
「では行きましょうか」
「聞いてくれないっっ‼︎」
そうしてかわいそうな生贄は、魔王様に捧げられたのでした。後には哀れな「助けて〜!」という声が、響くばかりでした……ハッピーエンドはどこよ⁉︎