154話 勘違いしないで下さい
「はい! ヴィンスさんやる気だしてー! 曲始まりますよー‼︎」
「……他2人の時と、テンション違くないか?」
不審そうに言われますけど!
当然ですよね‼︎
これは道連れのダンスですからね!
「悪役令嬢なので、王子の親友も道連れにします!」
「それは何の宣言なんだ……」
「情けは人の為ならずだよ!」
「それは情けを掛けられる側が、言うセリフじゃないな……」
そして目を閉じ、ふぅ、とひとつため息をつく。辛気臭いぞー! こういうのは、テンションが大事なんだぞー‼︎
だけど曲が始まってその瞳が開かれた時、雰囲気がガラリと変わった。
「どうせ行き着く先は同じならば、楽しく行きましょうか」
「へ?」
不穏な一言と、思わせぶりな笑顔を残して、ダンスが始まる。
「さぁ背筋を伸ばして、足先に神経を尖らせて下さい」
「え、うん」
「指先まで見られている事を意識して」
ヴィンスはそう言い、こっちを見ずに他所を流し見ている。
な、なんか始まったぞ⁉︎
何ですかコレは⁉︎
レッスン? レッスンなの⁉︎
困惑はしているがでも確かに、ヴィンスは背筋がピッと伸びていて、それなのにその視線、腕の動き、足の運び、そしてリードが何よりも巧みだ。
「す、すごいねヴィンス! なんか一番踊りやすいかも!」
「踊れると楽しいでしょう?」
「うん! なんかどこまでも踊っていけそうな気分‼︎」
チラリとこちらを見て微笑むので、私も見上げて笑い返す。
みんなが下手とか、そういう話ではないのだ。というかみんな上手い。私が下手なだけだ。
だけどヴィンスは、一等上手い。
なんていうか、リードに慣れてる。
だから私でも、上手く踊れてるように見える。
「……あれ? なんでこんなに慣れてるんだ?」
はた、と思った。
みんなが慣れていないのは、特定の人としか踊らないからだと思うけど……。
「……さぁ? 何ででしょうね?」
はっと思った時には、ヴィンスの顔がすごい近くにあった。
薔薇の香りが香る。色気のある、妖艶で芳醇な香り……そして握っていた手を握り直される。
びっくりして見上げると、弧を描く唇に、怪しげな火を灯す、黄みの強いシトリンの瞳。伏せがちなまつ毛が、さらに思わしげだ。
何でだろう⁉︎
なんかすごい、いけない気分に‼︎
そんな気分になるんですけど⁉︎
「おや? 頬を赤らめて、如何なさいましたか?」
「なんでも! ありません‼︎」
「本当ですか?」
「むしろ何かあってはいけません‼︎」
クククッと笑われてますけど、なんか恥ずかしくなっちゃったので、無視して横向きます‼︎
一度気付いてしまえば、もうすっごく意識してしまう。動く度に薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。繊細な動きの全てが、なんだかこちらを落ち着かなくさせる。
「お子様には刺激が強かったですかね?」
「……まさか本当に変な事してるの⁉︎」
何かを匂わせる発言をするので、耐えきれなくなってバッとその顔を見た。
「ふふっやっと目が合いましたね、クリス」
「……目は合わせてたけど」
焦った割には、いつも通りの笑い方のヴィンスだった。さっきの色気どこにしまったんだ。
「いいえ。私を通して、アルバの事ばかり考えてたでしょう? それはちょっと妬けると言うものですよ」
「む? そうかなぁ?」
「そうですよ。私と踊りたいから踊るわけでもないし、踊りもアルバと比べていたのでは?」
少し眉を下げて苦笑しながらそう言われ、初めて気付いた。
たしかに……!
でもみんな別に乗り気ではないよ!
「少しは僕の事も、見て欲しいんですけどね」
「見てるよー! もうめっちゃ見てるよー⁉︎」
「どの口がそれを言いますか」
熱を込めた目を送ってあげたのに、呆れられました。酷いですねー。
「まぁでも、私から誘ったのはヴィンスが初めてだよ? それじゃあダメ?」
そう目を見つめながら言うと、瞬きをパチクリした後で。
「……変な殺し文句ばかり、覚えてこないで下さい」
また、目を伏せそっぽを向いて、ため息を吐いて呆れられた。
なんでよーーーー!
本当なのにー!
「そもそも仲良くないと、こんな無茶振りしないから! ね? 許して?」
そう小首を傾げて言ってみるけど、チラッとこっちを見るが、その視線は帰ってこない。
「……言っておきますけど、ダンスに慣れているのはうちの女性陣に、しごかれただけですからね。クリスが考えているような事は、ありませんから」
よそ見したまま、それだけ言われた。
え、何。そのすまし顔でこのダンス中、ずっと気にしてたの?
思わずクスクス笑ってしまう。
「……なんですか、今度は」
「いや、ごめ、ヴィンス可愛いなぁと思って」
「はぁ⁉︎」
「あーよかったー。擦れてなくて何よりだよ」
しばらく笑っていたら、曲が終わってしまった。
ヴィンスからは冷たい目線を頂きました。
戻ってくるなり、ヴィンスはまたさらわれて行かれた。あ、女の子にですよ。あれはみんな惚れちゃうっていうのが、よく分かりました。
ていうかダンス上手いの、単純にあれのせいでは?
「……クリス」
「ふやぁ⁉︎」
移動する女の子の大群を眺めていたら、背後から声を掛けられてめっちゃ驚きました。
「の、ノア君か!」
びっくりして背後を振り向けば、そこにはぽへっとしたノア君が佇んでいた。
「ど、どうしたの? お兄ちゃんは今連れて行かれちゃったけど……」
「……僕とも踊って欲しい」
「へ?」
「ダメ?」
な、なんと! あの表情を殺されてしまったノア君から、お願いが聞ける日が来るなんて‼︎
後その小首傾げるの、可愛い!
お姉さんなんでも聞いちゃう‼︎
「いいよ!」
そう手を握って、満面の笑みで答えると。
「うわさすがクリスティア。チョロ……」
「お姉様は変な方について行かないか、心配ですの……」
「そ、それは流石に、クリスティ大丈夫なんじゃ」
「あぁやって研究に誘えば良いんですねー! オレ学びました‼︎」
という、不穏な言葉が聞こえたので、そのままノア君を引っ張って行く。
「ノア君そこのみんなに伝えて。『私はチョロくないし、ついて行かないし、研究もごめんだ』って!」
「……うん、分かった」
コクリと頷くノア君を確認して、みんなの方は睨んでおきました。