151話 奇才の考えは分からない
「えーと……ごめん、その実験が分からないから、詳しく説明してくれる?」
君と一緒にいると、驚きすぎてむしろ無になるよ。
そんな言葉は飲み込んで尋ねる。
「いやークロは魔力の塊じゃないですか。じゃあその体液から、なんか作れないかなって」
「待って待って待って」
不穏な言葉が聞こえたぞー?
体液? 今体液って言った?
「クロに何してんのよ⁉︎」
最初の時ならいざ知らず、もう私の心のペットなのに‼︎
預けてるけど、危ないことはやめてほしいんですけど⁉︎ 怒りますけど⁉︎
「いや、問題ない範囲ですって! そもそもその神秘を解き明かすために、日夜研究をですねー……」
「こ、このマッドサイエンティスト……!」
弁明されても私は信じられません!
クロは掌に乗るサイズなのよ⁉︎
そこからどれだけ採るというのよ⁉︎
下手したら死んじゃうのでは⁉︎
「クリスちゃん……忘れてそうですけど、スライムは魔力の塊ですよ。つまり、魔力が枯渇しなければ死にません。ちょっとだけ採っても、すぐ元に戻ります。人間の採血と一緒ですよ」
レイ君は眉を下げて、悲しそうにそう言った。む、そう言われると、そうなのかもしれないけど……。
「……特に怒ってはいない」
「えっノア君、クロの感情も見えるの?」
「魔獣の場合は、なんとなくだけど」
「いや、すごいね! ありがとう教えてくれて!」
いつも通りの落ち着いた感じで言うが、その内容がすごいので褒めました!
何となく、微笑んでる気もしないではない。
しかし光の魔力羨ましすぎでは?
ペットの感情も分かるし、魔獣も分かるし。
あれ、闇の魔力不遇すぎでは?
……胃が痛くなるから、やめましょう!
「で! そうじゃないよ! レイ君いると脱線する‼︎」
「オレのせいですー?」
「あなたのせいです!」
不満そうにしてますけど!
レイ君が毎回危ない事するからですよ!
おかしな事するからですよ‼︎
「ま、まぁまぁ。クリスティ、落ち着いて?」
苦笑して止めるけれど、お兄ちゃん、事の重大さが分かってないでしょう⁉︎
でもこのままでは話が進まないので、ちょっと不満げにブランをチラ見した後、そのまま進めます。
「それで、それから何ができたの? 今回それを使ったのは予想つくけど、危なくないの?」
ため息まじりに問うと、その答えは返ってきた。
「あーどうも幻を見せる液体になりましたね」
「は?」
うん。よく分からない。
レイ君はいつも説明不足だよね。
どうしてそんなに、何でもなさそうに言うかな? お陰で淑女らしからぬ声が出たよ?
「……それはどういうものなの?」
さすがのブランも危機感を覚えたのか、ちょっと固まってましたよ。最初から気付こうよお兄ちゃん!
「ひとまずスプレーにしたんですけど」
「スライムの体液を、スプレーにしちゃダメでしょ……」
「大丈夫です! 無害なんで!」
「無害なら幻覚見えたりしないよ……」
「まぁそれを自分に振り掛けてから、相手にも振り掛けると、自分の見せたいものを見せられるみたいなんですよねー」
悉くツッコミは無視されましたが、こちら通常運転となります。
……つまり、どういう事だ?
「……擬似的に自分の魔力にしてる」
「えっ?」
「多分スプレー自体が魔道具。自分の魔力が混ざるようになってる。レイから、レイとあのスライムの魔力の混ざった、残滓を感じる」
「あ、よく分りましたねー。今回容器に、空になった魔石使ったんですよ。そこに魔力注ぎ込んでから、クロの体液入れたんですよね」
なんでそんなの分かるの⁉︎
そしてどんな発想なんだそれは⁉︎
魔石に魔力が込められるのは、昔の研究結果だよね? そこまでは知ってる。知ってるけどさぁ⁉︎
「へぇ、すごいね! 何の魔石使ったの?」
「今回は水の魔石ですね。オレが水か風しか使えないですし、スライムの体は魔力除くとほぼ水なので、なんかいい感じに誤認しないかなーって」
魔力を誤認させるって何……?
あぁいや、この場合はスライムの体液?
まとめると。
水の魔石の容器をスライムの体に見立てて、そこに体液を入れたと。
スライムと勘違いした体液が馴染もうと、魔石から魔力を抽出したりされたりして。
結果、レイ君とクロの魔力が混ざった……って事ですかいな?
頭痛い。意味わかんない。
とりあえず。
レイ君は天才というより。
奇才なんじゃないかなって事は分かった。
「論文ものじゃないですか……」
「そうなんですよ! でも! クロの存在が秘密なんで、書けません! 悔しいですー‼︎」
「書いた瞬間に、クロが消されるからやめてね」
悔しそうに、手をバタバタと縦に振る彼を見て、本当に恋人は研究なんだろうなぁと、そんな事を思った。もちろん、呆れ顔で。
「それ、まさかここに入ってくるときに使ったの?」
「そうですよ? パートナー無しじゃ、入れないですからね。どうせ数分しか保たないし。ここならたくさん、実験台がいるじゃないですか」
なんでそんな、さも当然顔なの!
「人を勝手に実験に使わないの!」
「うーん、確かに知らない人を巻き込んじゃダメだよね」
ブランも困ったように、加勢してくれた。言ってあげてよお兄ちゃん!
「でもオレはブラン君みたいに、面倒くさくなるの嫌なので」
レイ君の発言にグサッときたらしい、ブランが鳩尾を押さえて下を向く。3秒で負けたよ⁉︎
「あぁブラン! 腕の立つ騎士の卵に傷をつけるなんて、レイ君やるわね!」
「わーい?」
「褒めてないのよ! 今のは皮肉よ!」
「じゃあご褒美下さい!」
「聞いてない⁉︎」
私の悲壮な顔と、レイ君の輝く笑顔。そのドタバタ具合に、何故かノア君は少し微笑んでいる。
ノア君が楽しんでいるけど!
ここは楽しむところじゃありません‼︎
「パートナーがいない可哀想なオレと、踊って下さい!」
「待って⁉︎ それ自分で言うの⁉︎ あと自業自得‼︎」
慌てて言うけど、勝手にご機嫌なレイ君は聞いちゃくれません。いつもだけど。
そうしてそのまま引っ張られて連れ出され、踊る羽目になりました……。