141話 断固拒否の構え
「うぅ……! アルごめんっ‼︎」
ダンスが終わって横にはけた後、他の子たちが踊り出すのが見える。でもそれどころじゃない! 私は手を合わせて、アルに必死に謝る。
「大丈夫だと言ったでしょう? というか、もっと近くに寄ってくれれば、踊りやすかったと思いますよ。腰が引けているから足ばかり気になるんです」
少し苦笑して、指先で頬に触れてくる。私はかぁぁっと頬に熱が集まるのを感じた。もう! だからこういうの、やめてってば‼︎ ムッとしながらその手を掴んで、ちゃんと話を聞いてくれるように両手できゅっと捕まえておく。
「だ、だって! アルとすっごい近いんだもん! それに悪戯がすぎるわ!」
「なんのことでしょう?」
はて? といった感じで、もう片方の手を顎に持っていっくポージングが決まりすぎていて腹立たしい。
あぁもー! イケメンじゃなければ!
アルじゃなければ!
一発お見舞いしてやるとこなのに……‼
「とぼけないでよ! こ……腰に回す手に力入れすぎで近いし! それにびっくりして足を踏んだら、耳元で『気にしないで笑顔でいて』だの……言い出したじゃないの! 逆にいろいろ気になるでしょう⁉︎」
噛みつくように捲くしたてた。さぞや私の顔は赤いことだろう。そりゃそうでしょっ⁉︎ 私が動揺でさらに足を踏んだのを誰が責められるだろうか、いや責められまい‼︎
どうしてこんなに意地悪に育っちゃったんですかねぇ⁉︎
最初はもっと優しく……いや、でも『学プリ』内でも腹黒ドS王子だったかも? あれ? 私がおかしいのか?
思案し混乱し百面相を始めた私に、アルがぷっと笑う。
「今日も可愛いですね」
「ねぇ、今そういう話だった?」
私は怒っていたのだ。それがどうしてその結論になったのか、レイ君じゃないけど一度その頭を解剖したいですよ?
「お姉様〜!」
そこにパタパタと、駆け寄ってくる音が聞こえた。正確には声の方が早かったけど、振り返った時にはもうその声の主は目の前にいる。まさかドレスで加速使ったの?
「お姉様! 今日も素敵ですの‼︎ お兄様とのダンス、可愛らしかったですのよ‼︎」
スカートがボブッと、音を立てそうなほどの勢いで抱きついてきたのは、もう「ですの」口調が板についたリリちゃんだ。慌てて抱きとめる。こんな事をしても可憐なお姫様は許されてしまう。
「リリちゃん! ありがと! リリちゃんも可愛いよ‼︎」
「ふふん! お姉様のデザインですもの。当然ですの!」
抱きついたままドヤ顔を決めている。可愛いって最高ですね! 可愛い子、それもお姫様に抱きつかれてる私って、とっても勝ち組では⁉︎ やだ、男子の嫉妬が怖いわ〜!
とまぁ、冗談は置いておいて。
そう、リリちゃんが今着ているドレスは、私のデザインだ。話すと長いから省略するけど、私今頼まれた時にリリちゃんのドレスのデザイン考えてるんだよね。
彼女の人魚好き、というか女神好きは今も健在で、それのお眼鏡に叶ったのが小さい頃描いた私の絵だったらしい。まぁそんな感じで、恐れ多くもドレスをデザインする機会を得た。
今日は『氷華』のイメージにも合うように、淡い水色のオーガンジーを重ねた軽やかなドレスだ。フリルが人魚のヒレのように、ゆらゆらと揺らめく。
中身は変わらないけど、リリちゃんはお姫様ーって感じの、めちゃくちゃ美少女である。ブロンドの髪の艶やかなこと。そして長いまつ毛に隠れた、美しい海のような青い瞳。薄いピンクの頬と唇は、白い肌に映える。
見てくださいみなさん!
これが儚い系美少女というやつですよ‼︎
「姫様、今日くらい大人しくされてはいかがですか? ドレスで走るなど、淑女として問題がありますよ」
そんな小言を言いながら、リリちゃんの後ろに来たのはヴィンスだ。こちらも綺麗な言葉遣いが板についた。まぁたまに戻るけど、それもご愛敬だね。
そんなヴィンスは今日はシュッとした、深い赤と漆黒のコントラストが美しい出で立ち。真紅の髪とあいあまって、薔薇のようである。思わせぶりな垂れ目の奥では、怪しい黄色の光が宿り、世のお嬢さんは腰が抜ける事でしょう。
成長するにしたがって、タラシじゃないのに謎の色気を振りまいている。これが攻略対象補正なのか……こんなに着込んでても、それが薫るようです。つまりめっちゃ似合っている。
「ヴィンスもかっこいいね! とっても似合ってるよ」
「ふふ、そうですか。ありがとうございますと、お礼を述べておきましょう。クリスも可愛らしいですよ」
サラッと流されてしまった。いや社交辞令じゃなくて、本当に思ったんだけどね。だけどそれより気になる事があるよ。
「けど素敵だけど……2人とも、合わせた格好にしなかったんだね?」
2人とも素敵だ。素敵なのだが……だからこそ、私は戸惑っていた。
私もいいって言われたから、気にしなかったのがいけなかったかな? 普通こういうのって、相手と多少揃えるものでは? もしくは違和感をなくすとかさ?
君たち、デザインが正反対だけど?
「ヴィンセントと合わせるなんて、まっぴらごめんですの」
「って言って、教えてくださらないんですよ。お陰様でごちゃごちゃですね。そう言う僕も合わせなかったんですけど」
フンッとそっぽを向くリリちゃんと、やれやれと言った様子のヴィンス。それはどっちもどっちだね……ていうか、服でまで喧嘩をするもんじゃないよ?
「まぁこういうものは、意思表示でもありますからね……」
「というと?」
「こいつと付き合うつもりは、毛頭ないということですの!」
私の険しい眼差しに弁明するように、チラチラとリリちゃんを見るヴィンス。腕を組みながらヴィンスに向かって、指を差して怒り顔で訴えてくるリリちゃん。うん、どっちもどっちだ。
「……私は賛成なんですけれどね。2人とも頑固な事で」
はぁ、とため息をついて目を瞑るアル。そうなのだ。この2人には縁談が持ち上がってる。
まぁ身分的にも妥当だし。
よく知ってる仲だから安心だもんね。
アルもヴィンスと仲良いし。
だけどまぁ、2人とも首を縦には頷かない。周りはなんとか引き合わせようとしているんだけど、2人は華麗にそれをかわし続けている。今日のもその一環ですねー。美男美女だから、お似合いではあるんだけどね……。こういうのは時間の問題な気もする。
さてと。今はそんな事より……。
「リリちゃん! 人を指さしちゃ、いけません‼︎」
お姉ちゃんとしては、そこが一番気になるので怒りました! 失礼なことはしちゃいけません‼︎