140話 物語の第一歩はあなたと共に (挿絵)
結局、あのあともワンちゃんは見せてもらえなかったのよねぇ。
一体どこで飼ってたのかな?
お城は部屋もいっぱいあるし。
こっそり部屋を覗いても見つけられなかったなー。
リリちゃんも笑ってるだけだったし。
その後も色々あったなぁ……。
セツの誕生日に、こっそりおにぎり作ったり。アルとリリちゃんが初めて大喧嘩したり。ヴィンスとノア君と一緒に飼い犬の捜索したり。レイ君の家で大量発生したスライム――うーん、アレは思い出したくないや。
水晶のペンダントがすごい魔道具で、レイ君に狙われたり……リリちゃん専属デザイナー契約させられたり……女王のお茶会に呼ばれたり……うちの屋敷の別名が魔宮になったり、何故か私を崇めようとする宗教ができたり……。
気のせいかなぁ?
頭痛くなってきたんだけど?
私の脳内は、悩みの記憶倉庫か?
どこに出荷したら空になりますか?
しかも女神様に言われたんだよねぇ。
「まだ終わってない」って。
「ちょっと! あんた何してんのよ‼︎ 全然死の未来、変えられてないじゃないの! もっと真剣に動きなさいよ!」って、チョコを頬張りながら言われた。真剣味がない。
最近貢物として、すっごい強請られるチョコ。
女神様、あんなに甘党だったとはねぇ。
まぁ気に入ってくれたなら良かったけどね?
ていうかわざわざその為に、人間に化けてこっちに来たときとかすごい驚いたなぁ。あれは最高に心臓に悪かった……ってあ、話逸れたわ。
女神様曰く、「死の運命が変わっていない」し、「人類滅亡の運命も、緩やかにはなったが変わっていない」らしい。
あれだけ頑張ったのに⁉︎ って感じです。
私結構奮闘したんだけどなー⁉︎
はぁ……全くこの調子で大丈夫なんだろうか……。
未来に不安しかないんですけど。
「ティア? 考え事から戻ってきて下さい。もうすぐ行きますよ? 私たちは、プレデビュッタントのトリですからね」
その声で、私を脳内旅行から引き戻された。その声の主はもちろん――私の隣の眩しすぎる婚約者(仮)。
スラリと伸びたスタイルの良い長い手足は、あの可愛らしさが嘘のよう。本日は白地でとても質の良い、でも着る人を選びそうな豪華な衣装に包まれている。細部には金の飾り紐が付いており、これは彼にしか似合わないのでは? と思う。
見上げると目に入る見慣れた美しいその彼は、正に大輪のカサブランカ――ブロンドのその髪は絹のように繊細で、シャンデリアに照らされて一層存在感を放つ。端正な顔立ちは、世の少女の視線を釘付けにするために用意された、と言っても過言ではない甘さだ。
天使の羽ばたきを思い起こさせる、そのまつ毛は健在で、その内側に秘められた宝石……思わず誰もが見惚れるような輝きと自信に満ち溢れた、イエローダイヤの瞳を際立たせる。
「はぁ……。アルがカッコ良すぎて気が重すぎる……」
「ふふっ褒め言葉として受け取っておきましょう」
扉の奥を思いどんよりな私の横で、そんなふうに輝く笑顔120%を向けてくる。これだ。これが一番いけない。
そうだよ。みーんな、アルに目を奪われるんだよ。
もうね、よく知ってるの。
だって毎回そうなんだから!!!!!
さすが『学プリ』メインルートキャラである。誰よりも輝かしく、誰よりも心を惹きつける。そのお陰で私はいつも居心地が悪いです‼︎
だって考えて見て下さいよ!
こーんな、キラッキラの隣に!
黒髪のキッツそうな悪女っぽいのがいるんですよ⁉︎
絵面最悪なんですけど⁉︎
それなのに、アルはどういう訳か私を隣にいさせたがる。
もう婚約破棄まで、もうちょっとなのに!
わかってるのか⁉︎ このキラキラ王子‼︎
まったく! 今日もニコニコしちゃって‼︎
めっちゃカッコいいわ‼︎ 隣が眩しすぎてツラい!
ちなみに今日は『プレデビュッタント』と言って、要は学園に入学する子たちの顔合わせみたいな会だ。
正式なデビュッタントじゃないの。でも舞踏会を模してる練習みたいなものだから……。
トリは王子が踊るんですよ。
ええそうです。婚約者(仮)の、私と‼︎
「リリちゃんとヴィンス、もう終わったのかな? 私も群衆の中で2人のダンス見たかったんだけど……」
でも文句ばっかり言っていられないから、違う話を振ってみる。あの2人も美人さんなので、相当絵になるんだよねぇ。私はどこへ行っても浮きっぱなしなのに。せめて眼福拝んで、私の笑顔の糧になってくれないかな。
「まぁ後ででも、もう一度強請ってみては?」
「それ絶対2人が嫌がるやつじゃないの……」
「君の頼みなら、あるいは聞いてくれますよ」
そんな爽やかに言ってるけど、2人のいがみ合いを忘れた訳ではあるまい。
そうだよ。そこは子供の時と変わらないんですよ。
無理でしょ! 聞いてくれないでしょ!
今日リリちゃんもヴィンスも素敵だったのに!
ここにさえいなければ見れたのに‼︎
音楽が漏れ聞こえてくる扉の前で、そう悶々と悩みが駆け巡る。今ハンカチを両手で持てたら、歯でキーッてしたい気分よ!
「さぁ、行きましょうか。お手をどうぞ私のお姫様。……今日も花の妖精のように美しい君は、隣で捕まえておかないときっと何処かへいなくなってしまうのでしょう? 花々に目移りしないで、私の方だけ見ていて下さいね」
もうすぐ曲が変わるタイミング。白い手袋を嵌めた長く美しい指先をこちらに向けて、手を差し出された。
花の妖精、とか言ってるのは私がピンクの可愛らしい、ひらひらドレスを着てるからだ。これを着るようにとアルから贈ってきたもの。
ねぇ知ってる? ゲームのクリスティア、もっと毒々しい色着てたんだけど? 真っ赤とかさぁ?
それに比べまして……。
これ似合わなくない?
可愛すぎるんですけど⁉︎
ていうか……っ! なんだこの甘いセリフは‼︎
これをこの、超イケメン顔で言われるんですよ⁉︎
リアル王子に言われるんですよ⁉︎
あと声がすごい良い‼︎
もうっなんで成長しちゃったのよ⁉︎
「……とんだタラシになってしまったわ……」
私はこの煮えたぎる想いを、ため息に込めて吐き出し耐える。
頑張れ私! あとちょっとよ!
この我慢地獄から、解放されるんだから!
甘むず痒いのも、遠くからキャーキャー言えるようになるんだから‼︎ 早く叫ばせてください発狂してしまうわ……!
「ティアにだけですよ?」
「それも困るわ……」
ふっと柔らかく微笑んだ顔をチラッと見て、すぐに目を逸らす。
いやーっ! 直視してられないのっ‼︎
なんか恥ずかしいのっ‼︎
こっちまで甘い気分になりそうで怖い‼︎
あぁ曲も終わってしまった! いよいよ、私たちの出番。
「足を踏まないか心配……」
ドアがゆっくり開かれるのを見ながら、ポロリと零す。私はダンスが得意じゃない。ていうか、運動音痴なので……とか悩んでたら。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だから笑っていて下さい? ティアは花の妖精のように軽やかですから、踏まれても気付きませんよ。笑って、私の可愛らしい花」
だからそのっ!
甘々顔による甘々ボイスでのっ!
謎の甘々ゼリフやめてよ!!!!
顔から火が出ちゃうんですけどっ!!!???
「それは忠犬への、ご主人様命令かしら?」
ちょっと恥ずかしすぎて、ふてくされながら尋ねると。
「……今は、それでも許しましょうか」
そう、クスリと笑う。お! お許しが出たぞー! 上司命令だぞー‼︎
「ふふっ! そう来なくっちゃ‼︎」
やっと気分の乗った私は、満足げに笑う。
上司に恥をかかせる訳にはいきません!
この忠臣、御命令とあらば意気込んで参りましょう!
そして私たちは、シャンデリアと大理石とドレスが美しい、煌びやかなその場所へ踏み出した。