139話 可愛い犬のリードは離さない (挿絵)
「もう、また何かしたのクリスティ?」
アルに引き摺られて、部屋に入ってきた私を見て、ブランの呆れ果てた声を出す。隣ではセツがため息を吐いている。だから私何もしてないのに!
「言い掛かりだー! ヴィンスとリリちゃんが大人になるために、言葉遣いを変えようとしてたから、手伝ってただけなのにー‼︎」
「おや、そうだったんですか。てっきりまた変な事をしたのかと」
「信用がないっ‼︎」
私は愕然とした。だって信用がないって事は、バッドまっしぐらなんですよ‼︎ 私は信用獲得の為に忠臣になるべく、日々頑張っていると言うのに‼︎ はぁ、もう自分だけなら諦めちゃうとこだよ。
「どうやったら、アルに信用してもらえるのかなぁ……?」
「……普通本人に聞かないのでは?」
「あまりにも分からなさすぎて……なら本人に聞いちゃった方が早いかと!」
ちなみにまだ腕を掴まれている。だから聞いたのもあるし、迷って途方に暮れるより、素直に人に聞いた方が良いと、私は思ってるから聞いた! アルは耳を疑うかのような表情だけど!
藁にもすがる思いなんですよ! 私は転生が分かった時に、なり振り構わないと決めてるのよ‼︎ 弟が可愛いお嫁さん貰って、ほしかった妹を手に入れる野望もあるの‼︎
そう! 私は誰よりも欲深い……闇の使い手なのだから‼︎ そういう事なので、良いアドバイス下さい! ご主人様‼︎ 良い忠犬になるためのアドバイスを‼︎ さぁ!
私は期待を込めて、キラキラの瞳を向ける!
「……なんでそんな目で見るんですか……はぁ……別に婚約者の自覚を持ってくれたら、それで……」
「つまり、もっと完璧になれという事ですね! 婚約者に相応しい、淑女であれと! なんか前も言われた気がする‼︎」
「それもそうなんですけど、そこじゃな……」
「あ、でも婚約破棄するときの口実があった方が……」
「その度々出る『結婚しない』、だのなんだのはなんなんだ?」
やっと回復したらしいヴィンスが、疑問を放り込んできた。口調は諦めたんですかね? 今日はもうお休み?
「……それは」
「あ、そうだよね! もうヴィンスにも言っといた方が、というかみんなに知っておいて貰った方が、協力が仰げるよね!」
「ティア……」
不安げな色を浮かべるその表情に、ご安心下さい! 私忠臣ですので! の意を込めて、満面の笑みを返す!
「私、アルの運命の相手じゃないの! だから結婚しないよ‼︎」
バーーーーン! と効果音のつきそうな勢いで、そう高らかに宣言した!
「えっおにいちゃん、おねえちゃんとけっこんしないの⁉︎」
よほど驚いたのか、リリちゃんはアルに詰め寄っている。その勢いか、アルの手が離れた。
「へぇ……それは良いことを聞きましたね!」
良い笑顔で喜ぶレイ君。あ。このマッドサイエンティストに言ったのは、間違いだったかもしれない。
「……そうなんだ?」
そもそも婚約の事知ってたんだろうか? くらいの温度感のノア君。
「……やっぱり、殿下に差し上げるには早いよね」
どこか安堵顔のブラン。私がアルに迷惑掛けてるから、ブラン的には結婚なんて胃が痛い話だろうしねぇ……。
「うわぁ……公開処刑とかえげつない……」
あり得ないものを見る目でこちらを見るのは、私の弟ですね! なんでセツはそんな顔してるんだ?
「……アルバ、これ本当なのか? クリスの言ってる事……」
さすが疑り深い王子の右腕殿は、すぐにアルの方を向いて尋ねた。……ほんと私って、信用ないですよねぇ……。
「……それがティアの予言なら、事実はそうなんじゃないですか?」
俯いて目を瞑るアルは投げやりに、そんな答え方をした。あれ? どしたの? 元気なくない?
「おにいちゃん……」
リリちゃんが心配している。えっ本当にどうしたの? 私なんかした……?
「……クリス、お前はそれで良いのか……?」
ヴィンスが少し悲しそうに、そう問いかけてくる。……なんで? どうしてそんな顔なの?
「いいよ? だってそれがアルの幸せなんだよ? 私はそれに、忠臣として協力するって決めてるの。だから、裏切らないよ」
そう、裏切らない。そしてアルもフィーちゃんも幸せにした上で、私やセツもフツーに暮らす! それが目標だから。
私は強欲なので、みんなハッピーが好きです!
「……その幸せは、誰の幸せなんですかね」
ふと、そんな呟きが聞こえた気がした。
「へ?」
「……まぁいいです。ダメでもともとなら、それに懲りずに手繰り寄せるだけですから。私は君ごと変えるつもりなので、覚悟して下さいね、ティア?」
次の瞬間には、さっきの暗い顔が嘘のようなにこやかな……笑みの怖すぎる悪魔がいた‼︎ 天使のように光を放つその笑みには、どす黒い何かが渦巻いている気がするんですが、気のせいですか⁉︎
「えっえっ⁉︎ 私何か悪い事しました⁉︎」
「ええ、ええ。良いんですよ。気にしないで下さい。犬のリードは手繰り寄せて、しっかり躾けないといけないですからね。それでこそ、良い主人になれるというものですよね?」
「ん? んん⁉︎ そ、そうなのかな⁉︎」
気温が低くなった気がしますが⁉︎ これも気にするなということですか⁉︎ しかしそのニコニコ圧に気圧されて、何も言えない‼︎
な、なんか分かんないけど、怒らせたのは分かる! 大混乱しながらも、それだけは分かるよ‼︎
「リリー、大丈夫ですよ。お姉ちゃんは、お姉ちゃんですから。お姉ちゃんに、ちゃんとなりますから」
「……! うん!」
「うん⁉︎」
にこにこ優しげに言うそのセリフに、リリちゃんの可愛い頷きと、私の困惑の疑問符。奏でられる音は不協和音だ。どういうことだ⁉︎ 噛み合わなくない⁉︎ 気のせいですか⁉︎
「……はぁ。なんだ、心配して損した」
「貴方に心配されなくても大丈夫ですよ、心は砕かれ慣れてますから」
「……ご愁傷様」
何を心配したのかよくわからないけど、本当に心配したらしいヴィンスに、アルは爽やかにそう返す。なんかよく分からないけど、大変だね!
「ま、失敗しても……件の犬は誰かここら辺の奴らが預かるから、安心すれば? 僕とか、家にいるくらいですから慣れてますよ?」
終わったかと思いきやヴィンスは挑発するように、笑顔を向けてそんなことを言う。ヴィンスが話す犬って、こないだの子犬ちゃんだよね? じゃあアルもワンちゃん飼ってるって事? だってこれ、私の話じゃない、リアル犬の話よね?
「……犬は可愛い」
「良いですねー! 研究も捗りますし、癒されますしね!」
「そうですね、手元にいたら手間もかかりますけど、可愛いですから。構いたくなります」
「? 犬飼いたいの? ブラン兄ちゃん」
「! わんちゃんはかわいいのー!」
みんなにこやかに犬談議をする中で、違和感のある発言1名。あ。私だけじゃなくて、弟も置いていかれてたね! 良かった! 私安心したよ‼︎
にしてもみんな、アルが犬飼ってるって知ってたの? ズルい‼︎ 私にも教えて欲しかった‼︎
「大丈夫ですよ。ちゃーんと、リードを離さずにいますので」
アルもどこか戯けたように返した。珍しいなぁ、アルのそんなところを見るの。それより!
「アルもワンちゃん飼ってたの⁉︎ 知らなかったよ‼︎」
私の興味は俄然そっちだ! ヴィンスのところのワンちゃんみたいな感じかなぁ! 気になる‼︎
「……そうですね、飼って欲しいとやってきたので」
「へぇー! 誰かから譲って貰ったとか⁉︎ 今度見せてよー! 可愛い⁉︎」
期待に胸を膨らませて、アルに思わず飛び掛かる勢いでそう問い掛ける。どんなワンちゃんかなー⁉︎ 小さい子? 大きい子? 大人しい子? 元気な子?
でもワンちゃんなら、みんな可愛いよね‼︎ あのふわふわがたまらないよね‼︎
「そうですね……でも、クリスは会えませんよ」
少し目線を外した後、こちらを向いてそう答える。な、なんですと……⁉︎ そんな殺生な⁉︎
「け、ケチ! 私も会いたいのにー‼︎」
「ダメですね……だって」
そこでふっと息を吐いて。
「隠しておきたいほど……独り占めしたいほど、可愛らしいですから」
アルは溶けそうなほど、蕩けそうなほど、見るものを思わず釘付けにするようにーーそれが本当に愛おしいと言いたげに、柔らかく笑った。