138話 形から入る
まぁ特訓って言ってもそう長くはやらない。みんな子供だからね。それでもコツ掴んでそうだけどさ。ひと段落ついたので、私はヴィンスに声をかけに行く。ノア君はアルのとこに呼ばれてた。
「ヴィンス! ヴィンス‼︎ 優秀な弟を持つ、悲しみと喜びのジュースを飲み交わそうよ!」
「え、あぁクリスですか。何事かと思いましたよ」
私は最初の違和感に気付いた……にこやかに笑う、ヴィンス……その口調なんなの⁉︎
「どうしたのその話し方? 何か悪いものでも食べたの?」
「……何故そのような発想になってしまうのか、頭がお粗ま……い、いやこれが悪いんだよな」
あ。ヴィンスだった。自分の発言に苦い顔をしている。なんか安心したよ。ヴィンスの敬語とか、最初に会った時思い出すもん。
「何? 話し方変えようとしてるの?」
「……クリスが言ったんだろ、言葉遣いを大人っぽく優しくしろって」
そう少し睨まれる……えっあぁ! あれかー‼︎
え、ヴィンスその事について、改善しようとしてたの? えらーい‼︎
「いい子ー‼︎ そういう事なら、練習が必要だもんね! 私協力するよー‼︎」
にこーっと笑いながらそう言う。すぐに実行出来る人は出世するって、何かで聞いたよ‼︎ きっとヴィンスも出世頭ねっ……て、そりゃ当たり前かぁ。『次期宰相』と謳われていたんだからね。こりゃ失敬。
「……ヴィンセントがいまさら話し方かえたところで、変なだけなのー」
「あっリリちゃん!」
いつの間にか後ろに来ていたリリちゃんが、後ろにだきついてひょこっと顔を出している。その様子は可愛いが、そのお顔は険しい。眉間にシワ……。
「おや姫様、どういう事でしょうか?」
にこやかに返す……返しつつ顔しか笑ってない気がするヴィンス。頑張れヴィンスー! リリちゃんと仲良くなるんでしょー‼︎ 抑えるのよー‼︎
「それが変なのー。いつもおにいちゃんと話してるところしってる、私からみたらとてもこっけいなのー」
そんな難しい言葉、よく覚えたね。でもその言葉選びは煽りにしかならないぞー。という訳で。
「リリちゃん、その言い方はダメだよ」
「えっおねえちゃん?」
「ヴィンスは今頑張ってるんだよ! 言葉遣いって直すの大変なんだから! ヴィンスは今、大人になろうとしてるのよ‼︎」
私がヴィンスを庇った事に、驚いているリリちゃんへ、バーン! と効果音が聞こえそうなほど拳を握り、力説する。やっぱり『次期宰相』が、この話し方はダメだからね!
「そ、そうですよ。僕は姫様と違ってカッコいい大人になるんです!」
「うーん、でもやっぱり違和感あるけどね」
「庇った側からそれ言いますか……」
呆れ顔をされたけど、いや素直な感想だよー。もうあの乱暴口調になれちゃったんだもん。最初はあれだけ違和感あったのにね。
「……リリーも……」
「うん?」
「リリーもオトナになるのー‼︎」
落ち込んでたのかと思いきや、いきなりそう告げられた。うーん、どうしたの?
「リリちゃんはそのままでも可愛いよ?」
「クリスは可愛いものに弱過ぎでは?」
「だってぇ……」
「でもリリーもおとなになるの! そうしたら、きっとじゅぎょーも、はじめからできてたの! おねえちゃんも、おにいちゃんのためにおとなになれっていった‼︎ それにヴィンセントにまけるのはいやなのー‼︎」
キッとしてそう話すリリちゃんは、燃えている……あれを覚えてたのかぁ。それはこういう意味ではないんだけどね。
あと何故かよくわからないけど、リリちゃんはとことんヴィンスを、目の敵にしたいらしい。ドンマイヴィンス。たぶんリリちゃんとはもうこのまんまだよ。
「姫様では無理なのでは……」
「キーッ! リリーもできるの! おねえちゃん! リリーにオトナっぽいはなし方、おしえてなの‼︎」
「えぇ⁉︎」
突然の振りに、たじろぐ私。私も別に、大人っぽくはないんだけどなぁ。でも小さい子は言い出したら聞かないから、とりあえず納得させよう。う、うーん大人……大人ねぇ……。
「……私とか?」
「あぁ、まぁ確かに偉い大人っぽくはありますね」
捻り出した答えは、ヴィンスの同意を得た! よしよし! 苦肉の策にしては上出来‼︎
「リリーはえらいの! ならわたくしはぴったりなの! 今度からつかうの!」
リリちゃんも納得してくれたし、まぁ多分続かないし、これで一件落着……。
「しかし今更一人称だけ変えられましても……不自然では?」
「む! じゃあほかにもやるの! おねえちゃん‼︎」
ヴィンスがまともな反論をしたばっかりに、リリちゃんの闘争心に火がついた。油を注がないでください。せっかく情熱が鎮火しかけていたのに……。他かぁ……なんだろうなぁ……?
「……ですます口調?」
「ふむ、それは一理ありますね。公の場では大人は大抵そうですし」
うん。まぁ丁寧な話し方って事であって、別にこれが大人ではないのだけれどね。本当はね。言わないけどね。焼け石に……いやヤケ意思に水だし。もうリリちゃんのはヤケだよ。
「わかったの! わたくし、がんばるです!」
グッと体の前で拳を握り、重いものでも持ち上げそうな、気合を見せるリリちゃん。うん、惜しい。でも可愛い。……違いますね。指摘してあげましょうか。
「リリちゃん、『の』を付けたら?」
「の? がんばるですの?」
「そこじゃなかったけど、可愛いから許す‼︎」
「がんばるですの〜!」
そう言って、ですのを練習し始める。
うーん、まぁお嬢様チックになったけど、アリでしょう! ていうかリリちゃんはお姫様だし‼︎ 違和感ないからいいか! 可愛いし‼
「ていうか、まずお兄ちゃんとか言ってる時点で、そんな大人ではないよな」︎
面倒になったのか、いつもの話し方に戻るヴィンス。突然だなぁ。まぁ、まだ練習中だもんね。
「ふふっ戻っちゃったね! でもそっちの方が安心するけど」
「……クリスは僕をどうしたいんだ?」
「?」
なんの話だ? 私は別にどうもしたくないよ? なのにヴィンスは悩み始めた。んー?
「おねえちゃん……おにいちゃんよび、ダメなの?」
こっちはこっちで、すごく深刻そうに悩み始めた……悩みを投下した本人は、悩みの迷宮から返ってこないので、私が答えるしかない。
「えーっと、可愛いと思うよ?」
「オトナがいいの!」
「大人、大人ねぇ……お兄様とか?」
「わかったの……あっわかったですの! 今度からおにいさまにするの!」
うーん、言葉遣い違うよリリちゃん。でも可愛いから言わないでもいいかなぁ? その必死な感じが、可愛いんだよねぇ。
「ティア、リリーとヴィスも、部屋に戻りますよ……ヴィス? 何かティアにされました?」
話が終わったらしいアルが、呼びに来たようだ。ってちょっと待ってよ‼︎ 親友心配するのはいいけど、私が何かした前提⁉︎
「なんで私が何かしたことになってるの⁉︎」
「人の悩みを作り出すのが上手いので」
「酷い! そんな悪女みたいな!」
「ある意味そうでは?」
なん……だと⁉︎ いや、確かに悪役令嬢だから……そうなのか⁉︎
衝撃に戸惑う私を他所に、アルはリリちゃんに話しかける。
「リリーも戻りますよ」
「はーいおにいちゃ……おにいさま!」
「え? どうしたんですか突然」
「リリーは、あっ! わたくしはオトナになるですの!」
「……ティアちょっと中で話をしましょう」
そう言うなり、ガシッと腕を掴まれた! ひぃぃにっこり笑顔の悪魔様がー‼︎
「私何もしてないよっ⁉︎」
「そう言う時は大抵していると学びました。さぁ、戻りますよ。ほら、2人も。行きますよ」
「なぁんでよぉぉぉ! 私は何もしてないのにぃぃぃ‼︎」
そう叫ぶも、誰も助けてくれません。哀れな公爵令嬢は、王子様の皮を被った悪魔に、引き摺られて連行されたのでした……。