136話 惑わしの悪役令嬢 (挿絵)
「はい! それではこれから特訓を始めます! 注意事項はひとつ! 何かあったらすぐ止めて、オレか殿下に報告して下さい‼︎ 記録とりますので‼︎」
レイ君はパンッと手を叩いて、張り切ってみんなにそう言う。お城の中庭で、その高めの子供声は響いた。うん、今日も欲望に忠実な注意事項だね。
ここはあれですよ、私が落ちた噴水とかある所ね。まぁあれは真ん中なので、今いるのはもっと端、小さな庭園とかあるところだ。
これからみんなは、魔力を複属性扱う練習をするんですけれど、私とノア君は応援係&緊急時の待機要員です。光と闇は、そもそも他の属性と混ぜられないの。まず呪文ないし。
私ですか? 水も雷もあるけど……ショボすぎると、混ぜようとしても相殺されるんだって! ねぇ、泣いていい?
でも他者の目線も大事との判断と、あとノア君の癒しの力に頼る気満々のレイ君は、私たちをここにいるように指示した。まぁ言わないけど、何かあれば私が強制的に消しますので。揉み消しますので。
それに見えないだけで、アルとリリちゃんには護衛がいるしね。いやぁいつも思うけど、隠密っぷりがすごい。多分なんか魔術使ってるのよね。見つけられないから。
まぁそれはいいとして。何故か我が弟君もあっちに混ざってます。あっちにいるのなんでかなーと思ったら。
「魔法オレも使えるから」
との事……え? 私知らないんだけど? ってなったのは、ついさっきの事だ。どうも、ブランは知ってたらしい。こやつ、私がいないときに結構な頻度でブランに会っている‼︎
「聞かれないから、言わなかった」
とか、小賢しいこと言うんですよ⁉︎ どうも私がお城に授業行き始めて、その時に家で勉強してたらしい! 知らないよそんなの‼︎ 家にいないじゃんそれ‼︎
「ていうか……そのレベルで、混ざったら迷惑では?」
私は半目でそう言った。だって私も、初期魔法しかほぼやってないのだ。そんなんで混ざったら、ねぇ? 足引っ張るじゃん?
「でもセス君、ブラインドエリアも上手いから、この間の隠れんぼも大活躍だったよね」
「は? なにそれ?」
ブランが話に混ざってきて、セツのフォローをする。ブラインドエリアも隠れんぼも、やった事知らんのですけれど?
「ブラインドエリアは中級の風魔法だよ。クリスティアは使えないやつだけど?」
ツーンとした態度で、セツはそう言った。
おいこいつ! わざとだろ! わざと煽っただろう⁉︎ 私が風の魔力ないからってぇぇぇ‼
「あはは。ま、まぁまぁ。セス君、クリスティはもうさっき謝ったから、許してあげなよ。ブラインドエリアは、姿を隠す魔法だよ。音や匂い、まぁ空気の動きを遮断して、気付かれにくくするんだ。弟たちとの隠れんぼの時に、使ってたんだよね」︎
「はっ⁉︎ お子様の遊びに、あんたなんて魔法使ってんのよ‼︎」
思わずバッとセツを見て怒る。
めちゃくちゃ本気じゃないか! そんなの子供の遊びじゃないだろう‼︎ 大人げない‼︎
「いや、魔法ありのやつだったんだって。ブラン兄ちゃんちは、訓練の為によくやるらしいよ?」
「そうそう、フィールエリアとかも使いつつねー」
しれっとそう告げる弟に、ニコニコと返すお兄ちゃん。……私は鬼ごっこや隠れんぼを、してはならないと悟った。すぐ見つかるわ‼︎ どうせ加速も使えるんだろ⁉︎ どんな遊びなのよそれ⁉︎
しかし私の弟なのに、才能があったとはね……いえ、悲しくなんてないですけど……?
「ほらほら! もうみんな始めてますよ! そこのお2人も早く!」
レイ君の声に、私たちは本来の目的を思い出す。あ、邪魔しちゃったわ。ごめん2人とも。
「ところでみんな、どうやって混ぜようとしてるの?」
疑問に思っていた事を、レイ君に投げかける。彼は便利である。研究に対しては、いらない事まで答えてくれるからね。
「ふふん! 気になりますか? 気になりますよね!」
「なんか聞く気なくなってきた」
「実はですねー!」
「あっ無視だねー」
「ひとまず初期から中級の風以外の魔法に、風の威力を足す練習をしています! これが一番、分かりやすいですからね! 風ならみんな持ってるから、アドバイスもしやすいですし」
ほらねー。すごい詳しく話してくれるでしょう。ドヤ顔もすごいよ……まぁ、可愛いんだけどさ!
「具体的には?」
「火や水なら、それに風で回転をさせる練習、土なら、削土で掘り起こした土を同時に巻き上げる練習、ただ雷が相性悪くて、まだ考えられてないんですよねー」
その可愛らしいお顔で、可愛くないため息をついた。確かに、雷って電気だから風でどうこうってものじゃないね。うーん。
「……風で対象を近くに寄せて、雷当てるとか? 同時に使えれば、当てられる確率が上がるよね?」
その発言をした瞬間、獲物を見つけた瞳がキラリと輝いた!
「おぉー! いいですねそれ‼︎ それで行きましょう! やっぱりクリスちゃんは、研究者向きだと思うんですよね!」
「えっどこが?」
「発想力ですよ! その柔軟な考え! これが一番大切なんです‼︎ どうです⁉︎ オレと結婚して素敵な研究ライフを‼︎」
「どうしてそうなった⁉︎」
その発想に、驚きを隠せない! あと顔が近い‼︎ 私可愛い子に弱いの‼︎ やめて下さい‼︎ うっかり頷いたら、この先のライフプラン崩れちゃうでしょ‼︎
「ていうか! 私一応、アルの婚約者なんだよ⁉︎ 知ってる⁉︎」
「一応ですよね⁉︎ 大丈夫! 一発不祥事で退却しましょう‼︎」
「諦めないだと……⁉︎」
ていうかやめなさいその発想‼︎ それで私死ぬ事になるんだから‼︎
「いやー! だってもったいないんですもん! オレならもっと有効活用します‼︎」
「研究材料としてだね⁉︎」
「……レイ、君も早く混ざって下さい」
いつの間にかレイ君の肩に手を置く、アルの姿があった。その声は凍りそうなほど冷たく、視線は刺すように鋭い……あ。怒ってる。
「『研究』が遅れたら困るのでは? 新しい発見は、少しの隙で逃しかねませんよ」
「おお! 殿下は分かってらっしゃる‼︎ その通りです! じゃ、オレ行きますね!」
シュバッと敬礼を決めたレイ君は、何事もなかったかのように走り去って行った。うん、本当に研究しか考えていないね……。
アルのコレも……気付いてないんだろうなぁ、と思いながらアルをチラ見する。
「全く……ティアは目を離した途端にこれですか」
「えっ⁉︎ 今の私が悪いの⁉︎」
驚愕に震える。今の私のせいじゃないよね⁉︎ 言い掛かりもいいところだよ⁉︎
驚きの瞳でアルを見つめるが……うん?
「面白くないです。私ばかりで」
なんと……ほっぺがぷくっと膨らんでいらっしゃる‼︎ えっ可愛い‼︎ どうしたのアル可愛いよ⁉︎
思わずそのほっぺに手を伸ばす。
「⁉︎ なんですか⁉︎」
「あっ萎んじゃったかぁ」
「なんですか突然⁉︎」
「あははっだってとっても可愛かったの!」
アルを見て、ケラケラ笑う。その表情はむくれている。あぁこういう顔は、最初じゃ考えられないね。仲良くなったんだなーって実感する。
「……どっちがですか」
「うん?」
「えい」
「いひゃい!」
な! 小首を傾げたところで頬を摘むとは、卑怯な‼︎ 何がダメだったのよ〜‼︎
「……ふふっもちもちですね」
「酷いよ〜」
すぐにパッとアルは手を離した。もうご機嫌である。なんだったのよー。ヒリヒリするよう。
「……たらしてる」
「わっ⁉︎ えっノア君⁉︎ いつからいたの⁉︎ ていうか、何私なにか垂らしたの⁉︎」
「……そっちじゃないと思うんですけどね」
後ろからにゅっと現れたノア君に、驚き飛び退く。アルは呆れ顔である。さっきの笑顔は幻かな?
「……邪魔になっちゃう。見学、する?」
「うん、そうだね! アル! 私応援してるから、無理せず頑張って‼︎」
どうやらいつまで経っても、誰かを捕まえている私を、迎えに来てくれたようだ。ノア君に返事した後、アルの方を向いてそう告げる。
「仕方ありませんね。これも認めてもらうためですから。……待っててください」
力を抜いたようにフッと笑って、アルはみんなの所へ戻っていく。
大丈夫! 私、アルがすごいって知ってるから‼︎
声にならない声援を、歩いていくその背中にかけた。