12話 悪役令嬢は聞き込み捜査ができない
悪役令嬢三箇条。
一、不敵な笑みを浮かべること。
二、言葉遣いは丁寧に。含みを持たせて。
三、どんな時も自信しかなさそうであれ。
以上、私が悪役令嬢に必要だと思うもの! あとは勢いです!!!!
そんな私の渾身の凄みの成果か、王子は圧倒されたようにこくりと首を縦にふった。でも気を利かせたつもりなのか、セツは「……なんだか忘れ物をした気がしますので、一度戻りますね!」なんていってすごい勢いで来た道を戻っていった。
マジか弟よ。
私を見捨てる気なの?
なんで? 正気? 私が正気じゃないのに?
しかもあの王の圧力下に戻るとか、実は心臓に毛が生えてたりするんだろうか。……そうかもしれない。
「えっと……それでは、どこか不自然ではなく人が来ないような場所はないでしょうか?」
ここで私が崩れるわかにもいかないので! 泣きたいけど! 内心汗ダラダラではあるけど! 笑顔を崩さずに行き先の提案をうながす。
「そうですね……では庭園の迷路はいかがですか? 薔薇がきれいですし、奥のいきどまりには休憩スペースもあるので、ちょうどいいかもしれません」
「そうなのですね! ではそちらへ参りましょう……内密なお話ですので、ふふふふ……」
精一杯のあやしい凄みオーラ(?)を出しつつ、迷路へと歩を進めた。そうやってたどり着いた迷路はとても立派なものだった——いやまぁ王宮のだものわかってはいたけれど、5歳児にとって迷路の生垣は本当に壁だった。中が何も見えない……迷子になったら終わるやつだね。
そんなことを考えて圧倒されていたら、アルバート王子はいつのまにか大人としゃべっている。剣を下げているから、あれは護衛? いつからいたんだろ、全然気づかなかった……まぁ子どもなうえに王子様を放置はしないもんね。あらためてここは、私の記憶とは違う世界なんだなと実感する。王子は、入口と出口で待って入ってこないように伝えていた。
物理的にいやでも逃げられなくなったなぁ……!
いや別に、あぶないことはしないけどね?
でもなんだか箱につめられた気分。
でも実際に箱につめられているのはアルバート王子の方なのかもなぁ……など思って王子を見た。大人びた表情はきれいだけど、心なしかつまらなさそうに見える。うながされるがまま、なすがまま、どなどな。出荷されるため連れてかれる子牛気分で、王子との後ろに従って迷路へ踏み入った。そして、目の前の光景に思わず声が出た。
「わぁ……きれい! すごーい!!!!」
遠くからも何となくは見えていたものの、近くにくるとわかる圧巻の色どり。華やかな香りに包まれた。ちょっとテンション上がる! ……と思ったら視線を感じてはっとした。まずいまずい、うかれて使命を忘れるとこだった。
「こほん。たしかに、たくさん薔薇があるのですね。……でもなぜ薔薇なのですか?」
気を取り直して聞いてみる。迷路全体にあるわけではないんだけれど、たまに遊び心のように突然現れる薔薇のアーチなどは、目が奪われる美しさだ。
赤や白、ピンクと色とりどりで緑に映える。
近寄ればふわりと、芳しく色気のある香り。
けれど王家の花は百合の花なのだ。
お城に薔薇は似合うけど……お城の中は百合だらけだったから、なおのこと違和感があった。ゲーム内では学園生活がメインだから、こういうところはよく知らないんだよね。
「こちらはローザ家が献上してくださっているものなのですよ。それに、迷路に百合はむかないですからね」
おだやかな笑みでそつなく王子は答えてくれる。迷路の中ではどうしても、百合は埋もれてしまうのだそう。この背の高い生垣の中ではたしかにそうなのかも。その点薔薇は手入れは難しいけれど、形も変えやすくて見栄えもいいとのこと。なるほど~納得はしたのだけど……。
正直それより、ローザの名前が気になる。
何故かって?
それはずばり、攻略対象キャラだからだ。
私の死因というか、左遷命令を出したのはアルバート王子なんだけど。それを唆した——いや、アドバイスしたのは……。
「あぁ宰相さまが……それは立派なわけですね! そういえばたしか、アルバート王子と同じお年のご子息さまがいらっしゃいませんでしたでしょうか?」
少しでも情報が欲しくて、話を振ってみた。
その子息こそ、ヴィンセント・ローザ——薔薇の君といわれる、『学プリ』のお色気担当キャラだから。
女の子好きな遊び人。それはのちに美しいが愛のない母親への感情を拗らせた結果だと判明するんだけどね。当然主人公にもちょっかいをかけまくるんだけど、そのやさしさと誠実さに触れて、真の愛情に目覚めちゃうんだよねぇ。うーんいい話!
ま、それも気に食わないクリスティアは主人公を虐めてたわけだけれど……もちろん結末は2人はハッピー、悪役令嬢はアンハッピーという訳だ。これがヴィンセントルート。
そんな彼は次期宰相と言われるほど頭の回転が速いのだ……。
まぁ現時点でどの程度かわからないけど、要注意人物ってこと。
拾える情報はほしい。ご本人さまに会わない範囲で。
悪い方にも聡そうな彼の前に出るのは、私にはまだ早いのでね。
「ええ、よくご存じですね。それにしても、クリスティア嬢はまだお会いしたことがないのでは?」
……たらりと汗が流れる。
あぁー! そうですよねー!
まだお茶会もデビュー前ですわー!
聞き出すとかそんな話どころではない!!!!
ばかっ! どうしよ! また墓穴‼︎ あせっている時ほど思考は正常にいかないもので……墓穴とポリバケツって語感が似てるな、そんなのどうでもいいんだけど! とか思いながら、なんとか回らぬ頭を動かした。