128話 ライラック家の秘技 (挿絵)
「じゃあそんな2人には特別に、我が家に伝わる剣術でも見せてあげようかな」
ご機嫌なブランが、そう提案してくる。あーそうか。ライラック家は、優秀な剣士の出る家でもあるから、ブランも剣術が出来るのか。それも見たことないなぁ。
「いいのっ⁉︎」
「うん。これなら魔術も使うからね。セス君も、2度も同じのを見るのは飽きるだろうし」
「いやそんなことないけど。『操花』面白かったよ? ニョキニョキ伸びて」
む……それも気になる……! いいや! 今度見せてもらうもん! どうせ長い付き合いになるのだから、そういう機会もあるだろうし!
「うん、今度それは見せてあげるね」
「えっ私声に出てた⁉︎」
思わずバッと頬に手を当てる。えっ心の中で思ってるだけじゃなかった⁉︎ 無意識⁉︎
「顔だろ……」
「ふふっ分かりやすかったね。セス君を羨ましそうに見たあと、ちょっと考えてから握り拳で何かを決意してたから」
セツにはアホを見る目で見られて、ブランは面白そうに笑っている。ば、バレバレでした……。恥ずかしいな……。静かなる決心のつもりだったのに。
「そ、それより! 早く見せてよ‼︎ 秘伝の剣術‼︎」
慌てて話を逸らす。もう、早く忘れて! それに見たいのも本当だもん!
「ちょっと寒いけれど、外でも良いかな? これは室内だと危ないからね。僕は剣を取ってくるから、先に外出ててくれる?」
「分かった! ケープ着て待ってる‼︎」
「いやもうちょっと経ったらでいいんじゃ……」
面倒くさがりのセツは渋っている。この部屋は温いし、外は寒かったから行きたくないらしい。折角見せてくれるって言ってるのに!
「セツー! 思い立った時にやるのよ! じゃないと忘れるでしょう‼︎」
「それはくー姉だけ」
「わ、忘れないわよっ⁉︎」
「そうだよね、帰り際に思い出すよね」
「ちょっとブランまで何言ってるの⁉︎」
クスクスと笑いながら、ブランは準備の為に部屋を先に出た。私はセツを引っ張りながら、玄関先でメイドさんを捕まえて、さっき脱いで渡していた上着を回収。
「すぐ終わるなら、着なくても良くない?」とか言う、どんだけ横着なんだというセツに、コートを着せて自分も羽織って、外に出る。そんな事してるうちに、ブラン来ちゃったじゃん!
「お待たせー。ごめんね、寒かった?」
現れたブランは、左手に鞘に仕舞われた剣を手にしている。
子供用の剣なのだろう、普通のものより二回りは小ぶりだ。しかし、柄のがっしりした感じや、太めの刃、鞘の綺麗な模様の彫り、何より鍔のところに大きな石ーーあれは魔石? が付いている。
見るからに高そう! って言うのが素人の意見です。ごめん、良し悪しは分からない。
「おわー、かっけー!」
セツはリアル剣に興奮して、目を輝かせている。男の子って、こう言うの好きだよね。セツ、戦隊モノとか昔好きだったもんなー。
「ふふっありがとう。実際にこれで切るから見ててね」
「えっ切るの⁉︎」
その発言に思わず、驚きの声を上げる。子供に危ないもの持たせていいの⁉︎ うちなんて包丁もダメだよ⁉︎
「大丈夫、いつもやってるから。僕はまだ呪文を唱えないといけないから、もっと練習しなきゃなんだけどね」
「それじゃあ裏手に移動するよ」とにこりとしながら言い、移動し始める。私たちはその後ろに付いていく。ペンギンの列みたいだ。
屋敷の裏手は開けた場所で……大きな木があった。その太い幹には、これまた丈夫そうな枝が生えていて、そこからロープが垂れている。その先にはーー大きな岩が、吊るされていた。
岩。岩だ。私達の顔より大きい。勘違いかと思って、走って近付いたけどやっぱり岩。
「……これ何?」
後ろにいるブランに、不審顔で岩へ指差しながら尋ねる。普通、岩をぶら下げたりしないですよね?
「訓練道具だよ?」
何かおかしいのか? といったきょとん顔で返されました。嘘でしょお兄ちゃん? これは普通ではないでしょ?
「結構重い……」
気になったのか、セツが触って持ち上げている。そりゃそうだ! 見るからに重そうでしょう!
「あーまぁそうかもね。ちょっと貸してね」
セツに断ってから、ブランはその岩をぐるぐると……いや、その岩の結ばれているロープをぐるぐる捻り始めた。
「な、何してるの?」
「練習の準備だよー。うん、こんなもんかな」
「その捻るの、意味あるんだ?」
心配な私を他所に、ブランはいつも通りだしセツはむしろ興味津々だ。目を爛々と輝かせながら、そんな質問を投げかける。
「ははっ不思議に見える? まぁ、見てたら分かるよ」
答えるつもりはないらしい。全ては見てから、と言うことか。そんなに自信あるんだ?
ブランはそのまま、岩を持って右へ移動できるだけ移動して……手を離した。
「加速」
空気がキンッと張り詰めるのを感じた。ブランも真剣な表情に変わる。
瞬間そう呟き、風を纏う。手から離れた岩は、振り子の原理で大きく揺れる。しかも捻られてるから、ぐわんぐわん不規則な動きをする。
当たり前だが、岩は戻ってくる。それも、その不規則で予想のつかない動きのままーー!
「ブラン!」
思わず叫ぶが、ブランは避けた。加速しているとはいえ、反射や動体視力が鈍ければ避けられないのに。そのまま避けながら、剣を抜く構えで唱え出す。
「……神マウティスの名のもとに集いし精霊よ、その力を我に寄与し賜らんーー切り裂け、爪岩!」
いつの間にか抜かれた剣は、綺麗な放物線を描き岩に鞭打つように……伸びた⁉︎
シュンッと風を切るような音の後に、ゴトンと岩が半分地面へ落ちた。
「どうー? これがうちに伝わる魔法を使った剣技だよー!」
こちらを向きながら暢気にブランはそう答えてるけど、これまだ残ってる岩避けながらだからね⁉︎
「ブラン前向いて前! それか早く戻ってきて‼︎」
「あはは、大丈夫大丈夫ー」
「何がっ⁉︎」
「すっげぇぇぇ‼︎ ブラン兄ちゃん、超カッケーーーー‼︎」
目から光線でも出そうなほど、その瞳をキラキラさせながらはしゃぐ弟。いやすごいんだけどさ! 危ないからね⁉︎ 私はそっちが気になっちゃうんだよ‼︎
「んっ、と。ありがと! 心配性なクリスティの為に、ここまでにしようか」
やっと岩を避けるのをやめて、ブランがこちらに帰ってきた。
はぁぁぁ……っ生きた心地がしなかったよ⁉︎ ブランは才能の塊なのかも知れないけど、私はそれでも心配になっちゃう!
そんな私の心とは真逆の思考のセツは、今にも抱きつきそうな勢い。ブランはその頭をポンポンと撫でている。普段嫌がるのに今日はそんなのどうでもいいくらい、感動している我が弟。一番楽しんでるよね。
「さっきのあの伸びたの、なんなの⁉︎」
「あれは地の魔法だよ。本来は岩とかに使うんだけど、金属も大地の恵みだからね。応用して使えるんだ」
「く……っ! オレは使えないのか……!」
あ。いつぞやの私みたいに苦しんでいる。
「まぁこれが使えないと、剣が扱えないわけじゃないから、ね?」
思わず苦笑いしながら、ブランがフォローを入れている。その苦しみ、分かるぞ弟よ……でも私は風さえ使えないからな⁉︎
その後は何故か焚き付けられたらしいセツに、ブランが木刀で稽古をつけて終わった。結果はどうかって? 私の弟は、剣なんて扱ったことがない……それが答えよねー。