124話 手乗りスライム (挿絵)
たどり着いたその空間は……水槽が至る所にある、白い個室。もちろんその中身はーー。
「スライム……ってこんなにカラフルなものなの⁉︎」
それはそれは色とりどりの……赤、青、黄、茶、紫……みたいな感じで、沢山のスライムがいる。
「あ、カラフルなスライムは、あんまり刺激しないで下さいね。モノによっては毒がありますし」
「危ないものなの⁉︎」
「毒は薬にもなるので」
危ないとかいう割には、レイ君落ち着いてるよね! 慣れかな⁉︎ なんで笑ってられるのかな⁉︎
でもそんなこと言ったらキリがない。
それにしても毒が薬に、ね。
なるほど一理ある。
だけど、ひとつ聞きたい。
「……生きてる必要、ある?」
「生きてないと、蒸発しちゃう個体もあるので」
「もう突っ込まない……」
恐る恐る聞く私と対象的に、さして珍しくもない、といった様子で淡々と回答する。研究者の目だ……。
突っ込んでいたら身がもたない。そう悟った私は、ぽよぽよ水槽の中で跳ねている、スライム達を横目で眺めつつ。レイ君に着いて奥へ進む。
見てるだけなら、可愛いと言えるんだけどね……。
「あれ、こっち来たんだ」
足音に気付いたのか、振り返ったセツがそう言った。手に乗っけているのは……。
「水まんじゅう?」
「いや、スライム」
プルプルとした、透明だけれど、どこか水色っぽいスライムだった。つぶらな瞳をしている。
こ、これは……ちょっと可愛いのでは……⁉︎
「それは冷所に対応したスライムです。スライム自体は通常、水分量の多いんです。けど多すぎると体が凍ってしまうので、進化して小さくなった個体です」
説明をよそに、ツンと指で突っついてみる。
ぷるんっと揺れて……指に引っ付いた!
でも、別になんともないな?
……可愛い!
「魔獣自体は魔力で動いています。体を保つのも、魔力です」
私がぷにぷに触ってるのを見ながら、レイ君は解説を続ける。
「ですが寒冷地は、そもそも獲物が限られます。その為このスライムは、魔力消費も抑えるために最小化したと考えられます」
「へぇーすごいねぇー」
「そうなんですよ。しかも獲物を食べずに、相手から魔力を吸い取ります」
……ん?
なんか変なこと聞こえなかった?
気のせいかな?
聞き流して聞いていた、最後が不安な気がした。
「あの、最後のもう一回言って?」
スライムに向けていた視線を、レイ君に向けて問う。気のせいであってくれ。
「食べなくても、相手から魔力を吸い取ります」
変わらぬ口調で。
何か問題でも? と言いたげに言われました。
だから一瞬考えちゃったけど……けどね⁉︎
「問題だよっ⁉︎ えっこれ、懐いてるんじゃなくて、吸われてんの⁉︎」
手にくっついているスライムを指差して、勢いのままに尋ねる。可愛いと思ったのに騙された⁉︎
「大丈夫です。短時間であれば。スライムも獲物が居なくなると困るので、殺さないように少ししか吸わないですし」
「吸うことが問題では⁉︎」
「蚊と同じですよ。すぐ回復する範囲です」
「それは嫌われる良い例ではっ⁉︎」
こ、こんなに可愛いと思ったのに⁉︎ なんたる裏切り……!
思わず指でスライムを弾く。
それに合わせて、ぽよよんっと揺れた。
……でも可愛いんだよなぁ!
「まぁ懐く感情があるかは分かりませんが、好かれてはいますよ?」
「……えっ⁉︎」
「寒冷地は暖かいところが少ないので、暖かいものは好きなはずです」
「そっちか畜生!」
君の言葉に期待した私がバカだったよ!
つまりホッカイロだね⁉︎
どうりで寄ってくる訳だね⁉︎
これは暖をとってるとな⁉︎
「でも可愛いよ?」
セツが両手に持って、小首を傾げる……。
お、弟よ。そんな可愛いポーズどこで覚えたの?
今ならまだ小さいから、許される可愛さだよ?
お姉ちゃん教えてないですけど?
「はい」
「わ、わわっ」
そのまま戸惑う私の手に、セツはスライムを乗せた。
スライムはひんやりしていて。時折、こちらを見上げるようにぽよーんと……上に伸びる。かと思えば溶けるように平たく……。
なんだこれは……。
「……。」
「ね? 可愛くない?」
スライムを凝視したまま固まる。セツがスライムと私を交互に覗き込みながら、尋ねてきた。
癪だ。非常に癪だが……。
「可愛いです……」
「だよね。オレが触ってても大丈夫だから、魔力吸われるのは問題ない範囲だと思うよ」
「だから言ってるじゃないですか! このスライムはニュートラルタイプだって! 害のないやつなんです!」
両手を体の前でぐっと握って、振りながら力説するレイ君。可愛いなぁ、このう……。
いやでもね?
ほら前例があるから仕方ないじゃない?
被害者の会としては、疑うじゃない?
「これはスライムの中でも害がすごーく減った、珍しい例なんです!」
聞く耳を持っている私へ、彼は説明を畳み掛ける。
「ひとつ気を付けるとしたら、口を開けて近くで寝ないことですね! 暗くてジメジメした場所と、暖かい所が好きなので入ってきて窒息します」
「危ないじゃないのよ⁉︎」
思わずブンッと顔をスライムから離して、レイ君を驚愕の顔でガン見した。
やっぱり危ないやつだった!
安全なんて最初からなかったんだ!
案の定信じないことが正しかったじゃん!
「そのくらいなら可愛いもんじゃないですか!」
「死のリスクは可愛くないんですけど⁉︎」
「まぁ顔の近くには寄せないで下さい。念の為」
「絶対にしない!」
言うのが遅いし!
これが『比較的安全』の理由かっ‼︎
安全の基準が私とは違いますね⁉︎
しかしセツは、のんきにこんなことを言う。
「でもこいつ、移動速度遅いし大丈夫だと思うけど。肩乗せも出来るし」
「そんな肩乗りインコみたいな⁉︎」
「こう見えて、頭も良いんですよ! 言葉も理解できます!」
2人に言われて、ちょっと考える。
いやだって、1名信用できない人いるから。
「ほんとに……?」
「魔力をあげていれば指示できますよ。例えば……」
懐疑的な私を他所に、レイ君はそう言うなり指をスライムに伸ばして近付ける。
スライムがくっ付いてくる。
しばらくしてその指を離した。
そのまま指で肩を叩く。すると……。
ピュンッ‼︎
「⁉︎」
「このように、肩に乗せられます」
私の手の上にいたスライムは、華麗な跳躍を決めてレイ君の肩に乗り、指にしがみ付いている。
……あれも、吸ってるんだろうな……。
見る目が変わってしまったせいで、感動が少し減っている。が、すごいことはすごい。
「た、確かにすごいね。跳躍力もあるし、可愛いと言えば可愛い……」
「まぁこのスライムたちは、凍化防止材にするためにすり潰すんですけど」
「いきなり物騒なの投げ込んできた⁉︎」
驚く私とは正反対に、彼の目の穏やかなこと。……研究者が研究を語る顔でしかない。
気のせいだろうか。
レイ君の平坦な声で解説される言葉。
それにスライムがプルプルしてる気がする……。
「全ては実験のためですからね」
「……君はそういう子だったよね」
可愛い顔に騙されて、忘れる所でしたよ。