118話 最高のサプライズを君に (挿絵)
「くー姉! 起きて! 起きてってば‼︎」
「む、ん……? せつー?」
「寝ぼけてないで早く起きて。 夕飯出来てるから」
ゆさゆさと揺らされて、眠りから目覚める。気づけばもう、外は真っ暗だ。室内の明かりをつけたらしく、光が目を刺すように眩しい。あとセツがうるさい。
「料理冷めるから! 早く‼︎」
「セツいつの間に帰ってきたの?」
「結構前だよ! まぁいいから早く!」
むぅ……いなかったのそっちなくせに、いやに急かすなぁ。
むくりと起き上がると、「早く来てよね!」と言って、当の本人は走って出て行った。なんなんだ? ……まぁ、昔なら誕生日に塾とか普通にあって、そもそも家帰って1人でケーキ食べて寝る、とかだったからそれより良いけど。
仕方がないので顔を洗って髪を整え、部屋を出て急いで階段を降りて行く。なんか屋敷が静かな気がする。気のせい?
不審に思いながらもドアを開けると……。
パンパンパンパンッッッ‼︎
「⁉︎」
『クリスティアお嬢様、お誕生日おめでとうございます‼︎』
大きな破裂音と共に、降ってくる紙吹雪とリボン、そして沢山の祝いの言葉……それに続く拍手。
「……えっ?」
広いはずの部屋にはテーブルに座っている家族、豪華な料理、そして人が沢山……というか、使用人ほとんどいるのでは? みんながクラッカーを持っていたので、破裂音の原因はそれなのだろう。
「今日はクーちゃんがここに来て、初めての誕生日だろう? ここに来た時は色々あった。だから今この屋敷全体で、ちゃんと歓迎したいなっていう話になったんだ」
今日も爽やかなお父様が、優しい笑みでそう話す。
「うふふ、びっくりした? どうせやるのなら秘密にしましょうって、みんなで話してたのよ!」
イタズラが成功して喜ぶ子供のように、けれどお淑やかに笑うお母様。
「まぁ、ほっといても気付かなそうだけどね、くー姉だし」
そしていつもながら不遜な態度の、私の弟。
「……ありがとう……! びっくりして心臓が止まりそうだわ!」
クラッカーの音にもビックリしたけど。でもそれよりも、心が温かくなる驚きを貰った。
「でもまだ終わりじゃないのよ?」
「え?」
「まずは、クーちゃんが欲しがっていたものだね。こちらでどうかな?」
「はい、どうぞ」と渡された箱には、綺麗にリボンが掛かっている。
「開けていいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」といって、リボンを解いて開ければ、そこには赤いツヤツヤとした、綺麗な靴が入っていた。足首に可愛らしいリボンのついたデザインだ。
「わぁ……! 可愛い‼︎」
「クーちゃんが『履きやすくて走れる靴が欲しい』なんて言った時は、ちょっと困ったけれどね」
「採寸が間に合って良かったわねぇー!」
そうこの靴はオートクチュールだ。私は結構走るーーまぁ令嬢的にはアウトな人間だが、そうなると靴は死活問題。何故って、ここ貴族はほぼ革靴なのだ。足が痛くなる。という訳で、靴をお願いした。
「履いてみて!」と言われて履く。うん!ピッタリ! 調子に乗ってくるくる回ってみたりする。その度に「可愛いねー!」「良かったわねー!」と、おだてられる。
「さぁ次に行きましょう!」
「え、まだあるんですか?」
「まだまだあるよー次はコレだね」
差し出されたプレゼントは、丁寧だが簡素な包み紙につつまれている。開けてみると……?
「これは……パッチワーク?」
「可愛いでしょう? これは私と針仕事が得意な子達で作ったのよ!」
ピンクとクリーム色を基調とした花柄が、幾つも組み合わされた繊細なパッチワークの膝掛けだった。お母様は自慢げである。
「……もう、なんて言ったらいいか……とっても可愛いです! 大切に使いますね‼︎」
お母様の後ろでニコニコしているメイド達にも、「ありがとう!」と言った。寒い時期には必需品になりそうだ。
「じゃあ次はセスかな」
「えっセツが?」
さっきから何も喋らない弟が、何か持っていた。これって。
「はい、これ『みんな』からだよ」
それは紫から白へグラデーションを描く、大きな花束だった。入っている花は、百合、ピンク紫の縁取りのシンビジウム、薄いピンクの小ぶりの薔薇、ライラックに紫がかったリンドウ……。あぁ、これは。
「……家名の花……」
何てことだろうか。そうか、セツは今日、みんなと会っていたのか。百合は王家のカサブランカ、薔薇といえばローザ、ライラックは公爵家ので、リンドウは別名ゲンティアナだから侯爵の……シンビジウムは言うまでもない。
あ、やばい。涙が。
うるうるとしてくる目を、ぱちぱちと閉じて堪える。
「……あ゛りがとう」
「涙声じゃん」
クスクスと笑う弟よりも、私は堪える方が大変である。
「では、次はこちらだよ」
「……私が縫いましたので、こちらにお父様の水晶はいれさせていただきました」
そう言って、シーナが歩み寄る。渡されたのは艶のある薄紫のシルクの布。左右にリボンが付いており、そこを縛ることで口が閉められるようになっている。ズシリと重い。
「……急に貸してくれと言われたから、どうしたのかと思ったわ」
「すみません、お借りしないと大きさがわからなかったもので。それにそのままでは、怪我をされてしまいますから」
困ったように笑うその顔を見ながら、胸から熱いものが込み上げる。みんな私をどうしたいのか。
「……ありがとう、シーナ。一生ここに入れるわ」
「破けたら替えて下さい」
「もう決めたからいいわ」
「それはどうなんでしょうか……」と言いながらも、シーナも照れている。
「ここにいないみんなからも、お手紙を預かってるのよ」
「えっ」
「うふふ」と笑うお母様から、沢山の手紙が渡される。使用人や家族がほとんどだけど。
「あれ、この字……」
「リリチカ姫が頑張って書かれたそうだから、多めに見て頂戴? 初めて字を書いたみたいだから。今日王妃様から頂いてきた、出来立てホヤホヤなのよ?」
慣れてない、歪んだ丸い字は、読みにくいが『おめでとう、だいすき』と書かれている。
「……あとでお礼言わなきゃ」
きっと頑張ったのだろう。リリちゃんのそんな様子が思い浮かぶ。
「では最後に」
「えっまだあるんですか⁉︎」
「ふふっこれが1番なんじゃないかなぁ? ……殿下からだよ」
渡されたのは、シルバーがかった箱に、ピンクと黄緑の透けるようなリボンのかかった、小さな箱。両手で抱えられるサイズ。
開けてみるとそこには……。
「……ネックレス?」
それは綺麗な、水晶のネックレス。深い青の色が上に行くほど淡くなる。そして中に……なんだろう? キラキラと輝く結晶が、舞っている。まるで雪のようだ。
「……カケラはそのままでは危ないからね。そこに入っているのは、君のお父さんの水晶のカケラさ」
「えっ」
「そうすれば、持ち運びもできるだろうと殿下が仰ってね。割れた水晶は、あくまで家において置くしかないから……すまない、何も言わなくて。怒ったかな?」
「そんな……そんな事ないです! ……私、またこの水晶を使えるんですね……!」
なんて事考えるのか。そんな事、一言も聞いていない。そんな素振りも見てないのに、お父様と競合していたとは。
あぁ……アルに会いたいな。
じんわり温かくなる心と、目頭を意識しながら、そう思う。
会って、とっても言いたい。沢山言いたい。まずは、「ありがとう」から。
幸せな誕生日はまだ終わらない。
温かく豪華な食事を取りながら、豪華なケーキを食べながら、沢山の笑顔に囲まれながらーー私は人生で1番の日を過ごした。