8話 悪役令嬢が悪役令嬢になるまで (挿絵)
クリスティアは『学プリ』の悪役令嬢キャラ。
主人公と攻略キャラをただ邪魔するだけに存在する。
だけどそれは、あくまでゲームの話。
現実なんだとしたら、物事にはちゃんと過程が存在する——その理由の1つに『両親の死』が関係あるのかもしれない。
『学プリ』にはなかった描写。養子なことさえ知らなかった。
だけど私はクリスティアだから、わかる。知っている。
自分の記憶として。
クリスティアは生まれると同時に、母親を亡くしている。この世界の医学は前世ほど進んでいないので、珍しくはない。だって魔法に頼るからね。治癒魔法はあるけど、主人公の使える光の魔法は誰もが使えるものではない……出産に立ち会うような人間に、それほど高位の魔法の使い手はいないだろう。そうここは、人が死なない世界ではない。
魔法はあるけれど、危ない時にはもうだいたい助からない。……ちなみに攻略キャラも治療が間に合わなければ死なので、結構『学プリ』の世界観はメルヘンなのにへんなところでシビアだった。エンド回収のために見たけど……あれはいやだったのでもう見たくない。
貴族の家には使用人がいるので生活は困らない。それにクリスティアには母親はいなくても父親はいた。でも王様付きの騎士だったから、忙しいのか滅多に顔を合わせなかった。まだ幼いから、帰ってくる頃には寝ていたし……。会えてもたまの休みくらい……けれど記憶の中のちびっこクリスティアは、それさえもいじけて逃げてしまっていた——って、自分のことのはずなんだけどね。
なんかどうも自分のことに思えないんだよなぁ。
記憶と気持ちが乖離してる……みたいな。
これも前世の記憶が戻ったせいなのかな。
セツはどうなんだろ、あとで聞いて……っていかんいかん、脱線しちゃった。今はクリスティアのことに集中しないと!
クリスティアの父親は先日亡くなった。
それは城への侵入者と戦った結果だったらしい。
侵入者は王様の暗殺を企てていたようで、実際に王の部屋まで侵入したらしいから、かなり暗殺者としては優秀だったみたい。まぁそれよりも、そこまで侵入されちゃう王宮の警護体制は大丈夫かと疑いたくなるけど。
ただ実際に暗殺されなかったのは、彼女の父親が未然に防いだからだった。
どうやってか……というと。
それは父親とクリスティアが持つもの。
闇の魔力によってだった。
闇魔法の予知——それがこの国にとっての最悪の結果《国王の暗殺》を防いだ。ただし父親の魔力はそれほど高くなくて、当たる確率も良くて4割くらいで——普通がこれだから闇魔法は主人公の魔法には向かないのだけど——だからあまり信じてもらえなくて、だれも城の警備に疑問を持たなかったそうだ。
そりゃそうだけど。
一番厳重なはずの城の警備がそう簡単に破られるなんて、さ。
夢にも思うはずがないよね……普通なら。
それで困った父親は王様へ直談判で説得したらしく、その日だけ王妃の部屋に避難させていた……というのが風に聞いた、もとい盗み聞いた話。呆然としている子どもに詳しく話す大人はいなかったから。にしてもそんなことができる立場だったなんて、なかなか不思議だけど……それが功を奏して、刺し違えて死んだ——事の顛末はそういうことだったようだ。
間違いなく父親は功労者。
だけど公にはされなかった——事件も含めて。
すべて、なかったことになった。
そんなことをしては、王様や城への民の不信感を持たせるだけじゃなくて、警備の手薄さを宣伝するようなもの。不安を煽るだけで良い事はない。結果としては、国としては、問題ないのだから——だから内密に片付けられた。
理不尽で悲しいこと。
だけど、仕方ないこと。
周りは名誉ある死と言った。
記憶の中の彼女は、ただそれを無言で聞いていた。
けれどそれを哀れに思ったのか。
それとも、ちょうどいいと思ったのか。
先日クリスティアは城に呼び出されたのだーー王様からの通達で。
そして現在6歳の王子、アルバート・カサブランカの正式な婚約者として選ばれた。
その時には養子になることが決まっていたので、歳の近い公爵家の令嬢という立場からも別段反論は出なかった。内情を知る人ほど同情心もあったかもしれない。
とても光栄なことだ。だけど。
家にいても、髪の色で。
気づかいや、ほかの些細な日常の中で。
意識するような事があったかもしれない。
王子に会うたび、嬉しいはずなのに思い出してしまったのかもしれない。
髪に王家の花を飾るたび、考えてしまったのかもしれない。
悲しい思い出を。
自分を縛るその立場を。
求められる、やがて妃になる、その重さを。
それは目を背けることさえも許されず、自由にもなれない身分の檻。
ただでさえ不安なのに、そこに現れた聖女のような愛らしく心優しい少女。
実際の親がいない立場は同じ。それどころか、貴族位としてはこちらが上で。
だけど、愛されるのはあの子。
それを目の当たりにするたびにーークリスティアの縋るものなど、もう王子と身分しかないのだと、そう、思ったとしたら。
「そっか……クリスティアは」
寂しかったのか……と、すとんと答えが胸に落ちた。
事情がわかれば同情もする。その孤独はきっと、だれにも理解されなかったんだろう。あるいは、強がりな彼女は理解されたくなかったのかもしれない。それでも彼女のしたことはいけない事。どんな理由でも人を貶めるのを肯定しちゃダメだからね……。
しかも彼女のフィリアナへのやり方は陰湿で、闇魔法の予知で先回りして、幻惑で確実に罠に嵌めていた。普通に凶悪で極悪かつ華麗な手口だ。フィーちゃんでなきゃ心が折れてる。
けどそう考えると、クリスティアって結構な闇魔法の使い手でもあるんだな。
これは父親以上に技術面は優秀じゃない?
特にその予知は怖い。
ゲーム内での予知の成功率は、この世界の基準よりかなり高い。だって毎回絡んで来るもん。まぁきっとそのすごい魔力のせいで恐れられたのもあるのでは……と今なら思う。そして現在、私がそのクリスティアさんなわけですが……。
私はそんな使い方をしてはいけない。
使用は用法用量守って正しく!
そう、清く正しく美しく(?)を心がけないとね!
使うなら、もっと他の方法で。できれば弟だけでなく、周りも含めて幸せにできるように、魔法も心も——強くならないと。上手くいったら婚約破棄後の人生もあるけど大丈夫、まだストーリーは始まってないし!
とりあえずはアルバート王子に気に入られるすべを考えよう!
策を練ろう! 備えあれば憂いなしっていうじゃん!
まぁ手始めに……あのアイディアを拝借するかな!
私は引き出しの水晶を取り出した。それは、この力を使うのに必要なもの。
「さてさて。やり方わからないから……形から入るよ!」
そうして私はゲームを思い出しながら、手探りであることを試し始めたのだった。