スタートラインの前に【Ⅰ】
あぁ、はじまる。はじまってしまう。
今まで色々してきたけど。
結局ここが本番……覚悟を決めないと!
聳え立つ門へ続く幅の広い綺麗なレンガ造りの道を、恐るおそる進む。
まるで、地獄の門へ向かうような。
そんな重い気持ちを抱いて。
のろのろ牛歩で歩いていた――んだけど。
「お姉様〜‼︎ ついに入学式ですのね! 私、お姉様といっしょに暮らせる日を、待ち望んでいましたの!!!!」
空気を壊す元気な声。
それにハッとして振り返る。
途端にガシッと腕を掴まれた、速い!
「うふふ! おはようございます、お姉様!」
また魔法使ったんでしょ!
こんなところで走るなんて!
そんな言葉も、その笑顔に溶かされていく。
波のように美しい黄金の髪。
海を思わせるブルーの瞳。
抜けるような白さに、桃色の唇。
その笑顔に、道ゆく男性はみんな振り向く。
視線を奪われているのだ。 彼女を知るものなら当然。いや、知らない方がおかしいかな?
何故って、彼女は――リリチカ・カサブランカ。
この国のお姫様で!
『氷華』と言われちゃうほどの!
クールビューティーで有名なので!
でも私は持ち前のお姉ちゃん力で、リリちゃんの信頼を獲得している。つまり、懐かれている。
だからこんなにデレデレなんですよ。
努力の賜物なんですよ!
私の頑張りの結果なんですよー!
まぁ言葉遣いは……私が原因で、ちょっと幼めになっちゃったけどね。
「おはようリリちゃん! びっくりしちゃったよ!」
「お姉様が見えたので、はやる気持ちを抑えられませんでしたの! この日の為に、私頑張ったのですもの」
ニコッとされたらイチコロです。
可愛い! 許した! 可愛いは大正義です‼︎
それに私も頑張ったなぁ、と思う。
まさか、飛び級するほど努力するなんてね!
初めて聞いたときは、ほんとに驚いたよ!
そこにまた1人、近づく陰が。
「おはようございます、クリスに姫様。朝から賑やかなので、何事かと思いましたよ?」
リリちゃんの後ろを見ると、そこにいたのは。
薔薇のように艶やかに束ねられた赤髪。
タレ目に挑発的な黄色の瞳。
どこか色気を感じるその表情。
道端のお嬢さんたちが、それに当てられて倒れていく。
少しつっかかるように挨拶してきた彼は――ヴィンセント・ローザ。
よく宰相を輩出する、三大公爵家のうちのひとつの、公爵子息。すでに『次期宰相』の声さえある。
朝からお嬢さんたちは大変……いや本望なのかなぁ。私も初期ならいざ知らず、ずっと仲いいから耐性できちゃったけど。これが本来の威力かぁ……この子たち、彼のいつもの姿見たらどう思うんだろう?
とか思いながらも、私は挨拶を返す。
「おはようヴィンス! 今日も絶好調だね!」
「……それ褒めてないな?」
猫被りヴィンスの、敬語がとれて本音が漏れた。こっちが本性だ。
微妙な顔をされたけど、すぐにリリちゃんが「朝から嫌な顔を見ましたの」と噛みつき、2人でわーわー話し出す。いつもの口喧嘩だ。
まったく、仲が良いのか悪いのか。
呆れてそんな2人から目を離した時、また1人、知っている姿が見えた。
あんな大きなあくびしちゃって!
しかもみんなが来てるの、見えてるでしょ!
待たせてないで急ぎなさいよ!
思わず口を出さずにはいられない。
「セツ! はやく来なさいよ!」
「えー。まだ時間あるでしょ」
輝いているプラチナブロンドの髪。
オレンジにも感じられる黄色い瞳。
どこかスカした雰囲気で歩いている。
周りのお嬢さんが、桃色の視線を注いでいる。
それを気にも留めず、ちんたら歩いてきたのは――セス・シンビジウム。
そう、私の弟ですよ!
そしてうちも三大公爵家なので。
弟も公爵子息なんですよね! えっへん!
本当の名前はセス、なんだけど。昔のイメージのせいで、セツと呼んでいる。今は私だけが呼ぶ、愛称と化してるけどね!
何を隠そう、セツは私の前世からの姉弟なので!
色々あったけど、今も昔も関係性は変わらない。にしても、意外と人気あるじゃないの……あの態度は注意したくなっちゃうけど。まぁうちも公爵家だし!
これなら今度は弟の幸せを拝めそう――そんな事を、姉バカにも考える。
でも、その結末の全ては。
私の今後の頑張りにかかってるわけで――。
それを思い出して、忘れかけた気持ちが戻ってきてしまった。
気が! 重い‼︎
頭が! 痛い‼︎
そんな頭を押さえる私の事は放置して、セツはヴィンスとリリちゃんに挨拶をして、そっちへ流れていく。
姉の悩み、弟知らず。
知ろうとしません。
いや、いいけど! 平和が一番!!!!
そんな葛藤をもんもんとしていた私だけど、また別の人物から話しかけられた。
「クリスちゃんおはようございます! セス知りません? あいつ一緒に行こうって言ったのに、オレのこと置いていったんですけど!」
その声の方に目を向けると。
青みがかった艶のある紺の髪。
猫目に紫の瞳が目を引く。
全体的にも小柄で、猫のような印象。
この可愛さに、お嬢様方もメロメロになっている。目がハートになるとはこのことね。
少女のような愛らしさも感じられる彼は――レイナー・ゲンティアナ。
この歳で『天才研究家』と名高い、優良侯爵家の侯爵子息である。お嬢さんたちの気持ち、わかるよー! 私の元推しは、今日も可愛い……そのままだったら、本当によかったんだけどなー‼︎
しかし彼には欠点がある。
「おはようレイ君! セツならそっちにいるよ。ごめんね、弟が迷惑かけちゃって」
「あ、大丈夫です! でももしクリスちゃんが気にしちゃうなら……。研究材料としてその血を……ちょっと! くれたりしたら‼︎」
「却下!」
「えぇー! ちょっとでいいんですよー⁉︎」
そう……彼は極度の研究狂いなのだ。
そんな残念そうな顔をされてもダメです! ていうか! このやりとり何回目よ⁉︎ 私を実験動物扱いするの禁止って! もう何度も言ってるでしょ‼︎
これでもリリちゃんと同じく飛び級をしてきた、侯爵家きっての天才的頭脳の持ち主なのだ。魔術の腕もすごい。研究熱心だし――でもマッドサイエンティストは勘弁‼︎
しばらくしてレイ君は「ちぇー。仕方ないからセス怒りに行ってきますー」と言って、この場を離れた。やっと諦めたか。
ため息をついたところで、また知っている声がかけられる。