08.スラム街と出会い
スラムへと向かう途中、私はスラムについて思い出していた
居候先から飛び出し、生きるために必死だった毎日
道端の草を食べ、雨水を飲んだ
眠る場所は雨風をしのげそうなところを探し使った
そんな日々に余裕なんてなく、結局あまり思い出すことは出来なかった
そんなことを思い出そうとしていたものだから顔が暗くなっていたのかもしれない
ナターシャは気を使って手を握ってくれた
「大丈夫だよ!お前の居場所はもうあの家なんだからね」
「うん、ありがとう」
(我らもいることを忘れるでないぞ!)
(そうですね。主は私たちが必ずお守りしますから安心してください)
(うん!主いじめるやつは僕らが許さないよー!)
(三人ともありがとう)
ナターシャだけでなく紅玉達も励ましてくれた
正直、スラム街に行くのが少し怖かったんだ
嫌なことをたくさん思い出しそうで...
でも、その不安はいつの間にか消え去ってしまっていた
そうこうしているうちにスラム街についた
診療所にはさっきの倍くらいの患者さんが並んでいた
「ギル、今回はギルにも患者の相手をしてもらうよ。なに、さっきとあまり変わらないさ」
ナターシャはぽんっと頭を叩き先に診療所に入っていく
私も深呼吸を一回してナターシャの後に続いた
スラム街での診療はさっきとは比べ物にならないくらい大忙し、長々と話すことも出来ない
患者の症状を聞き、薬を手渡し説明する
それを何人も何人も続ける
大変な仕事ではあったけど、患者の安心した顔や喜ぶ顔を見ているとあまり疲れを感じなかった
時間も忘れ夢中で仕事をしていると
気づけば、残りの患者もあと少し
無事に仕事を終えられそうで安心しているとどこからか視線を感じた
あたりを見渡すと入口の近くでこちらを憎そうに見ている少年と悔しそうに見ている少年がいた
どちらも見たところ私と同い年くらいのようだ
しかし、私は彼らに見覚えはない
何故、そんな顔でこちらを見ているのか疑問に思ているといつの間にかナターシャが隣に来ていた
「ギル、すまないけどあの子達のところへ行ってやってくんないかい?どうやら、私に何か苦情があるみたいなんだが、私が行けば火に油を注ぎそうだからね」
ナターシャはそれだけ言うと席に戻り次の患者の対応をし始めた
私も気になっていたので、ナターシャの言う通り彼らの元に行ってみることにした
「あの、何か用ですか?」
「うるせぇ、お前に用はねぇよ!あるのはあの婆さんだ!!」
「八つ当たりはよしなよ…ごめんね」
「いや、別に大丈夫だよ」
優しく話しかけたが、キレられてしまった
しかし、隣が急いで止めに入ってくれた
私は大して気にしてなかった...というか、ある程度こういう感じの対応をされることは分かっていたから
だが、黙っていない子達もいる
もちろん、紅玉達だ
(なんだ!このガキは、主は何も悪いことなどしておらぬだろうが!)
(...こういう輩は痛い目を見ないと分からないって言いますよねー)
(僕、こいつ嫌い!!ねぇねぇ、主懲らしめちゃダメ〜?)
(それはダメだよ!ほら、大丈夫!大丈夫だから、落ち着いて!落ち着いて!!一旦、静かに!)
必死で宥めると渋々引き下がる
紅玉達がまた暴走する前にこの子達をどうにかしなくちゃいけない
「君、ナターシャに用があるって言ってたけど、もしかして治療で何かあった?」
「なんで分かるんだよお前!やっぱり、あの婆さんが話してたのか?『俺らの妹の治療』を失敗したって!!」
「...ライ!」
ナターシャはスラム街の人と関わるのはほとんどが治療関係
かまをかけてみたら案の定引っかかって勝手に話してくれた
急いで、もう一人の少年がその少年の口を閉じさせたが、もう遅い
「いや、だってナターシャがここで関わるのって治療くらいだからね。あと、ここだと目立つから移動しながらその話、詳しく教えて欲しい」
「はぁ!?ふざけんな!誰がお前な「分かった...少し歩こう」おい!レイ!」
反抗する少年の手を引っ張りもう一人の少年が歩き出す
私もそれについていく
「先週の話なんだけどね、僕らの妹が熱を出した。それもひどい熱だ。ちょうど、その日にあの医師が来ていたから風邪薬を貰ったんだ。だけど、薬がなくなるまで毎日ちゃんと飲ませたのに、妹は全くよくならなかった...だから、僕らはあの人にどういうわけか聞こうと思って今日、来ていたんだ」
「は!俺はあの婆さんのことを殴るつもりで行ったけどな!他の奴らはちゃんと治っているのに俺らの妹だけ適当に治療しやがって...くそっ!」
二人の話を聞いてようやく分かった
なんであんな顔をしていたのか
でも、一つ疑問が残る
『なんで、熱が引かなかったのか』
ナターシャが医療ミスをするなんてありえない
今日一日中見てたけど、ナターシャの治療は完璧だ
だからこそ、不思議に思った
「妹さんはちゃんとナターシャに診察してもらった?」
「いえ、妹は動けないような状態だったので、僕らが状況を説明して薬をもらいました」
ということは、この二人の言葉だけで、薬を出したことになる
それは、さすがのナターシャにも失敗が起こってしまうことはあるだろう
「それじゃあ、正確な診察はしてもらってないんだね」
「えぇ、そうですね」
「でも、あの症状はどう考えても風邪だったぞ!他になにか似た病気でもあるって言うのかよ!!」
「...こんなんでも、僕も医者の端くれなんだ。もし良ければ、妹さんのところに連れて行ってくれないかな」
「ふざけんな!!お前みたいな得体の知れないやつ信頼出来るわけないだろ!」
「...わかりました。案内します」
すぐに反論してきた少年とは違いもう一人の少年は深く考えたあと了承を口にする
「おい!正気かよ!!」
「僕だって不安..だけど、レイラを助けるには時間がない。どんな可能性にもかけてみるべきだよ」
「...ッチ、妹に変なことしたらタダじゃおかねぇからな!」
すぐに反論していた少年は止めにかかるが、説得され結局、彼らの家に向かうことになった
家に行く間に彼らのことを聞いた
彼らは三つ子で冷静な対応をしてきたのが、長男のレイ・ヒューレム、キレているのが、次男のライ・ヒューレム、寝たきりになっているのが、一番下のレイラ・ヒューレム
母親はとある貴族の使用人だったが、その貴族と報われぬ恋をしそして、妊娠と同時にその家を逃げ出した
母も頑張って仕事をしているが、給料は少なく食事代で尽きてしまうので、家が借りれずここに住んでいるらしい
その話を聞いているうちに彼らの家の前についた
「「ただいま」」
「お邪魔します」
二人のあとを追い家に入るとそこには、汗をかいて苦しむ少女とその看病に明け暮れる女性がいた
「おかえり。どうだっ...その方は?」
「あの婆さんの代わりのやつ。こいつがレイラを治すってさ」
ライの発言にその女性...彼らの母親は驚きと不安を瞳に写した
「ナターシャでなく、申し訳ないです。でも、精一杯治療させてもらいます」
「えぇ、よろしくお願いします先生」
母親は覚悟を決めたのか私に頭を下げる
私も頭を下げて、レイラの側に座った
一見、普通の風邪のように見える
でも、風邪薬で治らなかった...
となると、もしかしたら魔力関係かもしれない
レイラの手を握り魔力の流れを見てみた
やはり、レイラの魔力回路は数箇所詰まっていた
こうなったのは、一週間前...急いで何とかしなければならない
レイラの魔力回路を傷つけないよう慎重に慎重に流していく
ゆっくりゆっくり...
すると、次第に詰まりはなくなっていった
それと同時にレイラの熱も引いていき、最後の詰まりを無くすと熱は完全に引き、いまではすやすやと寝息を立て眠っている
レイラの幸せそうな寝顔を見て、ナターシャにこの対処法を練習していて本当に良かったと心の底から思った
彼らの母親はレイラの手を握りしめ泣きながら私に何度も何度も感謝を述べた
レイは妹の無事を確認するとお礼を言って頭を下げた
ライは泣きながら私に抱きつきお礼とさっきまでの態度を謝ってくれた
「どんなに感謝しても感謝しきれません...本当にありがとうございました」
「いえ、レイラちゃんが治って本当に良かったです」
「何かお礼を...私達に出来ることなら『なんでも』言ってください」
正直、お礼なんて考えてもいなかったし貰う気なんてなかった
でも、『なんでも』なんて言われてしまったら少し考えてしまう
「それじゃあ、またこの家に遊びに来てもいいですか?」
「もちろん!ぜひ、いつでもいらしてください!!」
私は妹想いの二人と友達になりたいと思っていたし、レイラともちゃんと話して見たいと思っていたので、これをお礼に選んだのだけど、母親は言ってはいないが、そんなことでいいのかという顔をしていた
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
静かに頭を下げ、診療所に向かって走る
思ってたより時間がたっているからナターシャが心配しているかもしれない
診療所に着くと、ナターシャは既に帰る準備を終えていた
「お疲れ様、その顔は...何かいいことがあったみたいだね。まぁ、詳しくは馬車で聞くとして...そろそろ、帰るとするかね」
「うん!」
二人(+三匹)は馬車に乗り込み家に帰っていく
今日の話に花を咲かせながら...
今回も新キャラ登場です!
これから、新キャララッシュが続くので、楽しんで貰えると嬉しいです!!