心配性とレアモンスター
ね…もい
「ヒャッハーー!経験値狩りじゃあ!」
「追え!生きて返すな!」
「ここがテメェの死に場所だぁぁ!」
背後に迫るはモヒカン三人、追われるは水銀をゼラチンで固めたような柔らかいのか固いのか分からないようなボディに尖った歯車と角ばった歯車を乗っけて失踪する超生物、灰田心その人である。
見知らぬ森で目が覚めた彼は現状確認に勤めた。
近くに流れる川の水面に自らの姿を写し、メタリックプルリンボディになっている事を確認、その後出会った人々に「経験値!」と叫ばれながら何度も追いかけられた。
現在は前述のように世紀末なモヒカン男三人に追い回されている最中である。
つまり
トンネルを抜けると経験値ウハウハのレアモンスターになっていた。
(魔が差したァァァアアアア!!)
現状はまさに僕の大嫌いな未知で大ピンチである。
今となっては操られていたとしか考えられない行動、確かにアルマジロみたいに丸まって何もない人生に疑問を抱えていたのは事実だ。
だからといって未知に走り出すなど灰田家にとって前代未聞だ。マグマに向かって飛び込んだ方が常識的だと判断されるだろう。
灰田家の血筋は巻き込まれやすい。心配性のあまり自らガチガチに対策を練って心配事の排除に向かうからだ。
常人ならば気のせいだとか、あれは夢だったとか忘れる事を選ぶような事でも、安全であるという確信を持てる準備を行い、UFOや妖怪その他諸々の不思議へと乗り込んでいく。
分かりやすい例として四代前の灰田家の当主の話がある。ある日物置を整理していた時の事だ、物置の隅の方でカタリという音がしたのを聞いた当主は迷うことなく覗きに向かった。
ものがズレた、ネズミがいた、そんな事を考えたが、確証はない。足取りはガクガクと震えていたが、見ないという選択肢はなかった。
そこで当主はコロボックルと出会い、なんやかんやで妖怪の頂点を服従させてきた。
超古代文明の兵器などを使って。
日々の安寧の為ならこれくらいは序の口、それが灰田クオリティー。
灰田家に手を出してはいけない。灰田家を知る者の共通認識である。
「どどどどど、どうすれば!?」
僕は混乱していた、これ以上もないくらないに。何度も試したがUFOとの連絡はとれないし、【|約束された勝利の剣[エクスカリバー]】とか自宅だし、人間の体じゃないから鍛えた格闘術とか使えないし!
上部に乗った二つの歯車は持ち主の心情を表すごとく激しく右回転し始めていた。
「ト、トリアさん!現状確認お願いします!」
その発言は何処かのにゃんこロボを頼るような言葉に似て、現状の打破を求める声色を出していた。
【|血に宿る精霊賢者[ブラトリア・フェイズ]】と呼ばれる精霊がホログラムのような青白く髪の長い半透明な女性の姿をとって、逃げ惑う金属ゼリーの視界の前方に現れた。
彼女は切れ長の瞳を気だるげに開き、昆虫の羽に似た透き通った透明な妖精の羽を肩と共にやや下げる。
『はぁ…実家帰りとかテンション上がらないですね…』
溜め息混じりに彼女は鈴のなるような凛とした言葉を発した。
「実家!?ここトリアさんの実家なんですか!助かった!帰る方法を教えてください、猛省しますから!!」
彼女の言葉に安心感を覚え、すがるように問いかける。
【|血に宿る精霊賢者[ブラトリア・フェイズ]】灰田の始祖と共にあったもの。異界からの訪問者であり、あらゆる叡知を|暴く[あば]者。
恐らく、彼女が存在しなければ灰田家というものは存在していなかっただろう。彼女は未知の正体を覗く事が出来る。
確証を持って情報を得るという事がどれだけ大切な事かは考えなくても分かるだろう。ブラトリアと共にあることは、あらゆる物事の攻略本を常に所持している事に他ならず。ある程度の条件はあると言えどその価値は計り知れない。
『まず、ここは私の産まれ故郷である【ファオーム】と呼ばれる世界でございます。カテゴリはファンタジー、特色は|魔力素[マギル]と|経験値[エネルギア]ですね。詳しくはモヒカンから逃げ延びてから話ましょう。そこの大樹を右に曲がってください。』
ブラトリアは淡々と宿主の危機を横目に雑務の様に用件を伝えていく。
「右って崖なんですけど!?」
大樹は崖のすれすれに植わっており、アルプスの少女も泣き出しそうな程に高くそびえ立っている。しかも、この重量にどうやって耐えているのか不思議なくらい崖の先端は細く頼りない。
『大丈夫です。現在の硬度ならばかすり傷一つつかない程度の高さですから。』
「むりむり!何の備えもなしに決断出来る高さじゃないから!パッと見30mくらいの高さですから!」
生身の人間がパラシュート等の準備無しに身を投げ出せば、眼下に広がる木々に生々しい真っ赤な花を咲かすこと間違いなしだ。
清々しいまで景色の良い光景と混じり、その高さの迫力はビルの屋上から見た景色等よりも強く死を思い起こさせた。
『現状最も生存確率が高いルートです。モヒカントリオのステータスは中々に高い、もたもたしていると追い付かれますよ?』
「いやいや、無理ですって!万が一がありますし、普通に怖いですし!」
『…死にますよ?』
「逝ってきます!」
有無を言わせぬ絶対零度のような言葉に理性と本能共々右側へ跳ねろと同時に指令を出し、全力で地面に投げつけたスーパーボールみたいに体が崖の外へ飛び出した。
ブラトリアは嘘をつかない。彼女が死ぬと言ったらほぼ死は免れない。ならば灰田にNOはないのだ。
流線型のボディが風を上から割ってゴウゴウと激しい風の音を鳴らす中、モヒカントリオの悔しそうな舌打ちがかすかに届く。
どうやら崖から落ちる等考えず完全に追い込んだと思っていたようだ。
こんなにも速く下から上に流れていく景色を見るのは初めてだった。恐怖感から過去の記憶が走馬灯のように巡る。
妖刀村雨でスイカ割りをしようとする従兄弟を全力で止めたあの夏の思い出や、雪だるまの頭に呪われたツタンカーメンの仮面をつけようとした従兄弟を止めたりしたあの冬…
あぁ、帰ったらアイツはガムテープで簀巻きにしてやろう、と彼は心に決めた。
地面に到着するまで数秒のような、数十秒のような、はたまた一瞬のような時間が経過し、着地点に小さなクレーターをつくる。
ブラトリアの言った通り体には一つの傷もついてはいなかった。感知できるような痛みもない。
「はぁ…助かった…」
『お疲れ様です。ここなら地形的にも彼らのような人間は訪れないでしょう。』
心臓の鼓動代わりのように激しく回転していた歯車は段々と緩くなり次第に動きを止めた。
【血に宿る精霊賢者】(ブラトリア・フェイズ)
「繋ぐもの」と「情報集合体」の特性を持つ
何かにとりつく精霊。基本的には血液に宿り
寄生する。エネルギー原は既に知っている
情報であり、より多くの知識を得ることで
より多くのエネルギーを獲得する。




