マタアイマショウ〜何度死んでも繰り返す〜
重なった不幸は2つ
雨が多すぎて今年分の畑の作物が、駄目になってしまったこと、昨年は日照りのせいで不作だったこと。
「まぁ去年と同じように、町へ行ってもらう奴を決めるしかないだろう」
去年もそうだったように、選ばれた者に僅かばかりの食料を渡して、町へ送り出すことが決まった。あえて明言はしないが、村にとって不要と判断した者の口減らしである。
与えられる食料も、道中で足りなくなることは明らかだ。辿り着いたとして、働き口は伝手がないと見つけるのは難しいだろう。つまり誰にも見えないところで、死んでこいというわけだ。
それが非情であれども仕方がない、村のために少数を切り捨てるという意味でこれは論理的な判断だ。
「しかし若い娘も年寄りももう居ないぞ」
こういう場合には、老い先短い老人か若い娘を選ぶ。若い娘の場合には町で身売りできるので、馴染みの行商人に運賃を渡して運んでもらう。しかし去年の時点から、既に若い娘も老人も居なくなっていた。
しばらくして話し合いは終了した。
そして子供たち数人が選ばれ、なんの心の準備もないままに村から追い出されたのであった。
俺以外の子供はみんな泣いていた。捨てられたというのが分かっているのだろう。いやわかっていないから、泣いていれば迎えに来てくれると信じて、大声を出しているのかもしれない。
そんなことを考えながら途方に暮れていた。
強い横薙ぎの雨が降ってきた。
このままここに居ると雨に濡れて凍えてしまうが、回りにいる子供たちは大粒の雨音に掻き消されてなおも、大きい声をあげて泣きわめいている。彼らに付き合って雨に打たれるのはごめんだと、山の中へと向かい一人で雨宿りをすることにする。
たとえこの中で年長だったとしても、子供たちを助ける宛などない。後味が悪いと感じつつ、その場を立ち去った。
たとえどんなことがあってもお腹はすく、人間は食べ物がなければ生きていけない。
ひたすら山の中を歩き回って、食べられる物を探した。喉の渇きははきれいな水溜まりで潤した。
そうして一睡もせずに歩き通した翌日。盗賊に襲われた村を見付けた。
生存者はゼロで、多くの血まみれの死体が野ざらしにされていた。食料はすべて持って行かれたようで、米一粒も見つけることはできなかった。これで物乞いや盗みを働いて食料を手に入れるといった、僅かな望みすら絶たれたのだった。
僕の唯一の家族であった姉は、去年村から出ていった。殊更そのことについて村を恨んでいたりはしていない。しかし「仕方ない仕方ない」が口癖になった一年前から、オレの心はどこか壊れて反応しなくなっていた。
あれから俺は、最寄りの戦場に向かう道中で倒れることになった。
戦場、そこは魑魅魍魎が跋扈して弱者の命を容赦なく刈り取る。しかし人々は戦場に挑むことをやめない。なぜならそこは溺れたものがつかむ藁であり、一発大逆転ができる唯一の選択なのだ。多くの命知らずが富と名声を夢見て散っていく。
という話を聞いていたが、俺はその舞台に立つ前に呆気なく餓死した。
死に際で最後に気がかりだったのは、優しかった姉さんのことだけだ。元気でやっているだろうか、せめて一目だけでも会いたかったな。
【人生クリアおめでとうございます。
クリア報酬として、人生ポイントが贈呈されました。あなたの人生ポイントは143です。
特典を以下の中からお選びください。】
【人生クリアおめでとうございます。
クリア報酬として、人生ポイントが贈呈されました。あなたの人生ポイントは743です。
特典を以下の中からお選びください。】
突然聞こえた声は、一息で言い切るとその後はこちらから呼びかけても一切応じることはなかった。
壁に書かれた文字を見ると、様々な特典とその消費ポイントが書かれている。
静止視力(特大|大|中|小) 動体視力(特大|大|中|小)
視野角(特大|大|中|小) 周辺視力(特大|大|中|小)
色覚(特大|大|中|小)
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☆視覚強化(特大|大|中|小)
聴力(特大|大|中|小) 可聴音域(特大|大|中|小)
絶対音感(特大|大|中|小) 音像定位(特大|大|中|小)
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☆聴覚強化(特大|大|中|小)
圧感(特大|大|中|小) 痛覚(特大|大|中|小)
温度感(特大|大|中|小)
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☆触覚強化(特大|大|中|小)
甘味(特大|大|中|小) 塩味(特大|大|中|小)
酸味(特大|大|中|小) 苦味(特大|大|中|小)
旨味(特大|大|中|小)
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☆味覚強化(特大|大|中|小)
嗅覚感度(特大|大|中|小) 嗅覚識別(特大|大|中|小)
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☆嗅覚強化(特大|大|中|小)
☆五感強化(特大|大|中|小)
感覚記憶(特大|大|中|小) 短期記憶(特大|大|中|小)
長期記憶(特大|大|中|小) 手続き記憶(特大|大|中|小)
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☆習得力強化(特大|大|中|小)
論理思考力(特大|大|中|小) 判断力(特大|大|中|小)
感情的思考力(特大|大|中|小) 言語処理(特大|大|中|小)
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☆処理能力強化(特大|大|中|小)
頑強さ(特大|大|中|小) 長身(特大|大|中|小)
速筋(特大|大|中|小) 遅筋(特大|大|中|小)
柔軟さ(特大|大|中|小) 心肺機能(特大|大|中|小)
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☆肉体強化(特大|大|中|小)
免疫力(特大|大|中|小) 治癒力(特大|大|中|小)
消化吸収力(特大|大|中|小) 解毒排泄力(特大|大|中|小)
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☆体調整強化(特大|大|中|小)
etc.
美形(特大|大|中|小) 家柄(特大|大|中|小)
裕福(特大|大|中|小)
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なぜだか懐かしい感じがする。戻ってきたと、そう感じている自分がいて安心している。
しかしたった1つだけ大きな心残りがある。どうしても、どうしても、全てを捨ててでも姉さんに会いに行く。
そう思った途端、新しい特典が浮かび上がってきた。
それは 永劫回帰 つまりまたあの頃に戻って姉さんに会いにいける。
しかし本当に、これを選んでしまっていいのだろうか。
抑制する気持ちは、すぐに消えさった。俺はあの幸せだった頃を取り戻すために、それを躊躇わずに受け入れた。
小さい頃から常に既視感がある。この場面を何処かで見てきたように、しっかりと覚えている。なんとなくこうなるだろうなと思うと自然とそうなる。そして物心がついた頃から、姉さんがどこか消えてしまうような危機感がまとわりついている。
「もう!! うざいうざい。いい加減にしないと絶交するわよ!」
フグみたいに膨らんだ顔で目を吊り上げて怒りをあらわにしているのは俺の姉さん。
姉さんは、村で1番に可愛くて世話焼きで年下にモテモテで非常に温厚だ。
その彼女にここまで言わせる奴は俺をおいて他にいない。
「なにか手伝うことがあるかと思ってさ」
「何もないっていってんでしょうが!」
俺が言葉を返すと、姉さんはズバッと切り捨てて踵を返す。
感情を真っ直ぐぶつけてくるこのやり取りが楽しくなって、フフッと笑うと
「もう知らない。お家に帰ってこないでよね」
振り返ってまたフグみたいな顔をして言うと、姉さんはスタスタと家に帰ってしまった。
でも俺は知っている、本当に家に帰らないと必死になって探してくれることを。
あれ? 今までに一度でもそんな事があっただろうか。
嫌だ嫌だ。姉さんが村から居なくなってしまう。
恥も外聞もない本気で泣き喚いて引き止めた。それができないと思っているにも関わらずに、二人一緒に何処か違う場所へ旅立とうと話した。
「これは仕方ないことなの。あんたが元気なら全然大丈夫よ。
生きてまた一緒に暮らすの、また絶対会えるからね」
姉さんは、泣きながら笑っていた。
俺はずっときつく抱きしめられて、最期の夜は過ぎていった。
姉さんが居なくなってから1年後、
俺は村を出ていくことになった。
そして、死んだ。
でも、おかしい。なにがおかしい?
何回も同じことを繰り返している。そうだ、繰り返している。
何回、いったい今は何回目なんだ。……うん、思いだした。
はっきりと思い出した。初めて死んだときのことを思い出した。あれからだ、何度も終わった過去を繰り返している。微妙に変化はするけど、ほとんどが筋書き通り。
これが 永劫回帰 なのか。
気付いたことで、永劫回帰は消えた。
そして初めて死んだときに聞いた、あの声が聞こえてきた。あの時と同じように、人生クリアおめでとうございますと。俺はなんだか懐かしいと感じる場所に、戻ってきていた。
永劫回帰していることに気づいてしまったことで、もうそれを選択することができなくなった。要するに永劫回帰していると気づけるようになってしまったので、永劫回帰という魔法は使ってもすぐに溶けてしまうようになったのだ。
姉さんとの甘く優しいあの時間は、もう取り戻すことができない。
それと同時に、姉さんを失ったときに感じるあの強い喪失感もまた、失われたということに気づく。
いやそれでも、俺は何度だって会いにいけるなら会いに行く。
だってついに見つけてしまったんだ。どこかでずっと探していたものを。
何度も繰り返した永劫回帰は、けっして無駄ではなかった。その分で溜まったポイントは1,573,443。ここで新しく人生をはじめるという選択をしたら、きっと彼女とはもう会えない。
でもただひとつだけ方法がある、チャンスは泣いても笑ってもきっと1度きり。
過去改変 1,000,000 ポイント
あのとき約束したから、また絶対に会いに行きます。
戻れたのは、死んだ時点からたった1日前だった。俺が村から追い出された日だ。
「今から町までの食料を渡すから、それを受け取ったら村から出ていってくれ」
村長が真面目な顔で話しているが、そんなことは今はどうでもいい。「今までお世話になりました」と言って走り出す。
ひたすらに山の中を走る。
思い出せ何度も繰り返したあの夜のことを、いまから強い雨が降る。
その翌日に俺は血まみれの死体が、野ざらしにされているのを見たのだ。
「へっへっへ。結構溜め込んでいたじゃねぇか。おいお前ら、全員の口封じは終わったのか?」
「はいお頭! 村から鼠一匹逃しちゃいませんぜ。荷物は馬に運び込みましたし、もういつでも出発できます」
どうやら既に生存者はゼロらしい。しかし全力で間に合わなかったのだから、これはもうどうすることも出来ない。
直接の恨みはないが、盗賊から奪ったものは遠慮なく頂いていいからな。奪った剣を抜いて目の前にいた使いっぱしりの男に斬りかかる。
「ん、どうしたお前?え、ひっうっぇ、!!」
目の前に居た男が、瞬く間に細切れになったのあとにもう一人も叫びだした。
「なんだどうして、うあぁぁっぁぁ! うぁぁぁぁっぁぁぁぁあああ!」
【視点変更】
あれから3年間が過ぎました。
私は住み込みで洗濯や掃除、遊女の世話をしながら、いつか遊女になるための下積み生活を送っています。
でも、まだお客さんを取れるような体じゃないから、生活費や教育費で借金ばかりが増えます。
はやく給料が貰えるようになって、あいつにも美味しいものを食べさせてやりたいな。
本当なら一緒に食べたいけど、その時になったらもう、店から自由に外出できないから仕方ないね。
女将さんが大事な話があるからって一体なんだろう。
【視点変更終了】
覚えているだろうか、きみと初めて出会ったとき。
あの時チビって言われて喧嘩になったよね。そりゃあ、女の子の方が成長が早いけどさ。……今なら負けないんじゃないかな。
姉さんって呼び始めたのは、それからすぐのことだったね。やたらとお姉さんぶって世話をやくから、皮肉って言ったんだけど。すごく嬉しそうにするからさ。……お互いに本当の歳なんてわからないのにね。
それにしても名前だけで人を探すのが、こんなに大変だとは思わなかったよ。2年もかかるなんてね。
思えば遠くへ来たもんだな、色々なところを探し回ってやっと見付けた。
会ったら言うことは、実は2年前から決めてあるんだ。
厳つい顔をした女性が連れてきた女の子が、
「うわっ」っと声を上げた。
一瞬で体を緊張から縮こまらせて、「えっ、なに本物、、ですか?」と尋ねる。
「うん、本物だよ。すごく心配したし探していたし元気なのかなとか考えてさ。見つけられてよかった」
「も〜。びっくりしたよ」
俺は脈略のない言葉がどんどん溢れてくる。一方で彼女はほっとしたのか、その場にへたり込んだ。
俺もしゃがんで、目線を合わせる。
何度も繰り返しても、手に入れられなかった一緒の未来。
やっと見付けたその切符を、きみに差し出すために。
「ちょっと待ってね、仕切り直し。ちゃんと一言目は決めていたんだ」
「あぁ、うんうん」
「やっと会えたね、また一緒に暮らそう」
「……」
「坊っちゃんは、本気で言ってるんだよ。お金は貰ってるから、後は好きにしな」
そう言うと、女将さんがこの場から立ち去る。そして2人きりになった。
「おい、何言ってんだこいつみたいな目で見るなよ」
「……」
やがて同時にクスッと笑みが溢れたことで、やっと落ち着くべきところに落ち着いたという心持ちになった。
さあ、まずは何をはじめようか。




