最終話:戯れる道楽
一度、TV局が心霊スポットと勘違いして取材をしに来たほど、外見と内装がおどろおどろしい雰囲気を醸し出ている。ボロビル――「傘ビル」の三階。そこに「道楽遊戯」という困っている人を助ける「お助け屋」の事務所が入っている。ドアは相変わらずボロボロで、以前入っていた業者が付けていたであろう看板の接着剤の痕があったり、ドアの塗装が看板を無理矢理はがしたせいか剥げている部分もあった。そのドアの下には小皿に盛られた塩――。
その「道楽遊戯」、事務所の真ん中に依頼人応対用の長椅子が二つとそれに挟まれるかのようにしてテーブルが置いてある。窓際に目をやれば極端に綺麗な机と極端に汚い机が向かい合わせに置いてある。その極端に汚い机の後ろの窓は開け放たれており、白いカーテンが窓から入ってくる風に靡いている。壁を見渡せば、細い罅が至るところに入っていたり、何時付いたのかはわからない様々なシミが付いている。
ガラリとした部屋には先ほどからシャワーの音が聞こえる。この事務所、ボロビルには似つかわしくないほど設備が整っている。事務所にはいくつか部屋があり、各部屋にはプレートがかかっている。確認できるところでは「浴室」、「更衣室」、「給湯室」がある。それ以外にも部屋が二つあるが、プレートが掛かっておらず、何の部屋かは分からない。
ガチャッと事務所のドアノブが周り、ギィーと軋むような音がして開く。
「おはようございま〜す」
と気だるそうに挨拶をして、黄色いTシャツを着て、黄色いハーフパンツと黄色いスニーカーを履いた、髪の長い童顔の青年が入ってきた。ヘッドホンも黄色く、若干音が漏れている。その漏れている音から「KTタンストール」の「I Don’t Want You Now」が流れていることが分かる。
青年は原付の鍵を極端に綺麗な机の上に置き、ヘッドホンを外しiPodの電源を切り、辺りを見回した。
「本当にぼろいビルだよなぁ……」
と一言呟いた。そして「浴室」の方へと歩いていく。
ノックを二回して一息置いてから、
「中道さん?」
とシャワーの音のする部屋のドアに向かって尋ねる。
「お、陽ちゃんか? 今日は早いんじゃねぇか?」
と「浴室」の中から女性――中道凛の声がした。機嫌が良いのか明るい声で陽ちゃん――楽座陽太郎に言う。
「また、シャワー浴びてるんですか? 自宅から来てるんですから家で浴びてきてくださいよ〜」
「いいじゃねぇかよ。ここまで来んのに汗かいちまうんだからよ。汗臭ぇままで依頼人に会うわけにゃいかねぇだろ」
「よくありません。依頼人が来る予定の時刻まであと二十分しかありませんよ?」
その言葉に、中道が静かになる。
「今……何時だ?」
「九時四十分です」
と楽座は黄色いG−SHOCKで時刻を確認して言った。
「てめぇ! また遅刻か!」
「中道さんほどじゃありませんよ」
「あたしは八時半にはもうここに来てるぜ。んでシャワーを浴びてる」
「もう、一時間以上も入ってるんですか!?」
楽座は驚いた様子だ。そんな楽座に「女は気ぃ使うんだぜ」と中道は言った。
楽座は呆れたように自分の机へと歩いていった。そして自分の椅子に座るとパソコンの電源を入れた。まず、彼がするのは新着メールが来ているかのチェックだ。立ち上がりの遅いパソコンにイライラしながら楽座は待っていた。
しばらくして、いつものデスクトップ画面が表示されると、楽座は早速メールのチェックを始めた。
〔新着メール1件〕
と表示されている。早速、楽座はそのメールを確認した。だが、なんだか様子がおかしい。いきなり画面がブラックアウトをした。そして、次の瞬間、裸の女性が横たわっている画像が画面いっぱいに表示された。それを見た楽座は、
「うわあああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
とボロビルが崩れ落ちるんじゃないかと言うほど、大きな声を上げた。その声は当然「浴室」まで聞こえた。楽座は耳まで真っ赤にしている。
「どうした!?」
と急いで中道が「浴室」から出てくる。それも何もつけずに濡れたまま……つまりは裸で。それを見た楽座は
「うわあああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
とまた悲鳴を上げた。
「うるせぇよ!」
と楽座の頭をはたく中道。肌を濡らしている水滴が飛び散る。
「おっ! またウィルスか。陽ちゃん、よく引っかかるよなぁ。でもこのタイプの画像が表示されるのは初めてか。全く、あたしに比べてみたら大したことねぇ体だな」
中道はニヤリと笑ってパソコンのキーボードをカタカタと、目にも留まらぬスピードで打っていく。楽座は目の前の裸の女性と今横に居る裸の女性に挟まれ、目のやり場に困っている。完全に顔は真っ赤だった。
「よっ!」
と中道がEnterキーを押すと、ディスプレイに表示されていた裸の女性が消え、いつものデスクトップ画面が現れた。その画面を見て楽座はほっとしたのか一つため息をつき、振り返って
「ありがとうござ……」
と言いかけた所で止まった。目の前には中道の顔ではなく、中道の豊満な胸があった。
「うわぁあああああああああああっ!」
と再び悲鳴を上げる楽座。それを見て中道はニヤリと笑う。
「ちょっと陽ちゃん初心過ぎるな……どうだ? 触ってみっか?」
と中道は楽座の手を取って言う。
「じょ、冗談は止めてくださいよ」
楽座は顔を真っ赤にしてたじろいだ。
「冗談なんかじゃねぇよ。あたしが陽ちゃんを教育してやろうとしてんじゃねぇか」
「教育って、何の教育ですかっっ!?」
「あまりに陽ちゃんが初心過ぎっからよ、ちょっとした女に対する抗体をつけてやろうと思ってんだよ」
「遠慮して……」
「おきます」と言う間も与えず、中道は無理矢理、楽座の手を自分の胸へと押し当てた。ふにっと沈む楽座の手。そのあまりにもやわらかい感触に、
「ふにゃああぁぁ」
と楽座は猫のような声を上げ、漫画のように鼻血を噴き出し、机に突っ伏した。たちまち机には赤い液体が広がっていく。
「あちゃぁ、やり過ぎちまったか?」
と中道はニヤリと笑って言い、
「可愛いやつだなぁ」
と楽座の頭を撫でて呟いた。
中道は鼻血を流したままの楽座を放置して「浴室」へと戻っていった。バタンと閉まるドア。
事務所の中を窓から入ってくる風がクルクルと回る。外からはスズメの歌声が聞こえ、道を走る車の音が聞こえる。空は晴れ渡り雲がゆっくりと流れている。なんとも平和な一日が始まっていた。
「はっ」
と楽座はガバッと起き上がった。顔には自分の鼻血がべったりと付いている。
「おわっ!」
楽座は急いで事務所の片隅にある掃除用具入れを開く。事務所のドアと同じようにギィと軋む音がした。掃除用具入れの下においてある一箇所大きく凹んだバケツの中に、無造作に入れられた汚い雑巾を取り出し、「給湯室」へと入った。
かすかにコーヒーの香りのする「給湯室」に設置されている少し汚い水道で雑巾を濡らし、自分の机へと戻り自分の出した鼻血の処理をした。
「浴室」のドアが開き、黒いキャミソールを着て、黒いショートパンツを履いた中道が髪をタオルで拭きながら出てきた。
「おはようございます。中道さん」
その姿を見た楽座が挨拶をする。
「おっす。陽ちゃん」
短い挨拶をした中道は髪を拭きながら、掃除用具入れの隣にある本棚――の隣にある棚の上にドンと置かれた二十インチのテレビの電源を入れた。そして「給湯室」へとはいって行く。「給湯室」には冷蔵庫が置いてあり、いつもその中にはコカ・コーラZEROとエネルゲンが入っている。中道は冷蔵庫を開けコカ・コーラZEROを手に取り「給湯室」から出て、自分の机――極端に汚い机に座り、自分の机に置かれた封筒を一通手に取った。
「……」
封筒に書かれた差出人の名前を見て黙る中道。
「陽ちゃん」
中道に呼ばれ、テレビを見ていた楽座はクルリと中道の方を向いた。
「なんですか?」
「これ、今度の依頼人なんだけどよ」
と中道は封筒の差出人の名前を見せる。そこには「伺去祐依」と綺麗な字で書いてある。
「ん? なんて読むんですか?」
「さぁ……伺い去るんだろ?」
中道と楽座はうーんと考え始めた。
「振り仮名ぐらい付けとけよな……読めねぇじゃん」
ボソリと中道は文句を言う。
コンコンとドアの方で音がした。
「陽ちゃん。出てくんねぇか?」
「あ、はい」
中道に言われ、ドアの方へ行く楽座。再びコンコンと音がした。
「はい」
と重そうにあける楽座。ギィーっと音がする。
「あの……こちらは『道楽遊戯』さんですか?」
と白いTシャツを着、膝下くらいの丈の白いスカートを履いた気の弱そうな、「お嬢様」と言う感じの女性が立っており、ドアを開けた楽座に聞いた。
「はい、そうですが……どちら様でしょうか?」
楽座が尋ねると、女性はあたふたと慌て始めた。
「あ、あ、す、すみません。わ、私、先日お手紙を出させていただきました、伺去と申します。今日、事務所に来てくれと連絡がありましたのでお尋ねしました」
どもりながら、自分の名前を告げる伺去。
「あ、伺去祐依さんですね。お待ちしておりました。どうぞ、中へお入りください」
楽座はドアを締まらないように体で押さえ、伺去を中へと招き入れた。伺去を中へ入れると、楽座はドアから体を離した。ドアはゆっくりと閉まっていき、バタンと……閉まらなかった。中から楽座が引っ張ったのだろう、遅れてバタンと閉まった。
最近、「道楽遊戯」でチラシを作ったらしい。そのチラシは大体、新聞に混じって入っている。もしかしたら、あなたの街でも「道楽遊戯」の名前が見られるかもしれない。
■ ■ ■
ここは、困った人を助ける「お助け屋・道楽遊戯」です。
事務所は所長の中道と所員の楽座で切り盛りしています。
困ったことがあったときは、お気軽にご相談ください。
あなたのために尽力いたします。
「道楽遊戯」は琴原駅を出まして、市役所方面を歩いていただき、
約十分ほどで見えてきます「傘ビル」の三階にございます。
お手紙でもご相談を受け付けております。お気軽にお送りください。
お電話でもご相談を受け付けております。お気軽にお掛けください。
お助け屋「道楽遊戯」
事務所長:中道凛 所員:楽座陽太郎
所在地:某県某市某町某番地 電話番号:●●●(▲▲▲)■■■■
この度はご閲覧ありがとうございました。
これにて「奔れ!道楽遊戯」は終了となります。
この「道楽遊戯」もうちょっと続けようかと思います。
なんだか、このキャラたちをこのまま終わらせたらもったいない感じがしたんで(笑)
それでは、近いうちにまたお会いしましょう。