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第八話:壊れる虚言

 中道と楽座はクローゼットのある六畳の部屋で息を(ひそ)めながら、再びクローゼットを開けた。そのクローゼットの下に先ほどと同じ女性物の黒いバッグを取り出した。そして、中道はそのバッグの中に七瀬の遺書と一緒に入っていた、もう一枚の紙を取り出した。

 中道は最初、何故こんな紙がこのバッグの中に入っていたのかさっぱり分からなかった。七瀬の遺書は月代宛。この紙の宛先は行政機関であることは間違いないが、一回、伏木を経由してから行政機関に届くはずである。

 と言うことは、この黒いバッグは伏木の私物なのだろうか。それにしては、妙に真新しい。よれた感じも汚れた感じも全く見受けられない。買って箱から取り出してそのままの状態だった。

 ドタドタと乱暴に歩く音が聞こえる。どうやら、月代の死体があるリビングの方に行ったようだ。少し足音が止む。どうやら中道と楽座を探しているようだ。探している間に足とかをぶつけているのだろうか、ガタンと言う音が時折聞こえる。そして、しばらくするとまた乱暴な足音がする。今度は中道と楽座のいる部屋、つまり六畳の部屋に近付いてくる。

 六畳の部屋の目の前で一度足音が止まる――次の瞬間、思い切り蹴飛ばされてドアが勢いよく開いた。あまりの勢いにドアは一度壁に当たり、勢いを殺されてドアが少しではあるが揺れながらゆっくりと動く――そして止まる。ドアの前にはナイフを持ち狂気の笑顔を浮かべた伏木が立っていた。

「おーおー、おっかねぇなぁ」

 と中道はニヤリと笑いながら伏木を見る。

「ここにいらっしゃったんですか〜。無意味な行動は(つつし)んだ方が良いんじゃないですか? 結局のところあなた達はここで私に殺されるわけですし、そんな抵抗(ていこう)をしたって意味がないんですよ」

 伏木はケタケタ笑いながら死んだような輝きのない目を中道に向ける。

「何故、こんなことを?」

 楽座が聞く。伏木の死んだ目を楽座に向けた。顔は先ほどの狂気の笑顔ではなく真顔だった。

「何故? あなたは随分と愚問を投げたがるようですね……単純なことですよ。あいつが不倫(ふりん)をしていたからですよ」

 と真顔だった伏木の顔がニタァと笑い始める。その笑みは先ほどのそれだ……いや、それ以上だ。その顔を見た楽座は背筋が凍るような、腰の辺りから頭にかけて(しび)れるような感覚があった。恐怖というのはこういうことを言うのだろうか。楽座の額と背中には一気に冷たい汗が()き出した。

「不倫をしていた証拠ってのは掴んでたのかよ」

 中道は伏木に問う。伏木は再び中道の方に死んだ目を向けた。

「ええ、あいつが携帯を壊した後、僚子ちゃんは家の電話にかけてきてたんですよ。私が出るといつも用があるのはあの男でしたし……。それにあなた達の後ろにあるクローゼットに僚子ちゃんのバッグが置いてありますし」

「あれは、七瀬のだったのか」

 中道はクローゼットの中にある黒い女物のバッグを思い出した。

「ええ、そうよ。大方、車に忘れたんでしょう。それをあの男がクローゼットに隠した。私はそれを見て、あまりに腹が立ったの、バッグの中に入っていたものを全部捨てたの。そしたら、あの男慌てて『何てことするんだ』って騒いでたの……この私に向かって」

 伏木は大きく目を見開いて言う。さっき――事務所に居たときとは全く雰囲気が違う。

「それで、月代と七瀬を殺した……そうなんだな?」

「ええ、この計画を立てるのにどれだけの時間を費やしたか……」

「あたし達の事務所に依頼を出したのは、アリバイ工作のためだろ」

「その通りですよ。あなた達が困った人のところへ駆けつけるというのも調べましたし、私が事務所にいけないということを書いておけば、確実にあなた達は私のところへ来ますしね」

「月代にナイフを持たせて、あたし達を襲わせたのは確実にアリバイを作るためだな」

「ええ。あいつが襲ってくるとなれば『白波荘』の周辺に居させると危険が生じる。事務所につれて帰るというのも予想していましたからね」

 伏木は中道の問いに対して、淡々と語った。

「あなた達が榛葉さんと関わりがあったことも知っていましたし、『白波荘』から近いことも知っていました。おかげでうまい具合に事が進みました」

「七瀬の妹を殺したのは何故だ?」

「ああ、琴美(ことみ)ちゃん……私の計画を知ってしまったからよ。それに、あの子もお姉さんのところに行きたいと思っていたでしょうし」

 その言葉を聞いた楽座がキッと伏木を(にら)む。

「ふざけんな! お前のその勝手な行動で三人も死んでんだぞ! なんとも思わないのか!? その三人がどれだけ苦しんで死んだと思ってるんだ!!!」

 楽座が思い切り怒鳴る。しかし、今の伏木にはそんなもの通用しない。

「関係ないわ……何人死のうが、私を愛してくれていない人はみんな死んでいいの」

 伏木はニタリと笑って視線を楽座に向ける。

「どうやって、ここまで来た?」

 中道は伏木の言葉には動じる様子もなく、冷静に質問を続けた。

「お前はあたし達より後に事務所を出たはずだ。どうやってあたし達よりも早く着いた?」

 中道が未だに解けていないこの謎。確かに、伏木は中道たちよりも後に事務所を出たはずだ。なのに、中道たちが「白波荘」に到着する前に月代を殺している。

「私一人だけでやったと思ってるんですか?」

 その伏木の言葉の後、ドアがガタンと閉まる音がした。そして、六畳の部屋に近付いてくる足音。

「なんだ……ばれちゃったの? 可南子ちゃん……」

 と女性の声。伏木の後ろに立っていたのは黒く長い髪を三つ編みにし、紺色で無地のワンピースを着た女性だった。背は伏木と同じくらいで体系は痩せ型。青いヘアピンをしていた。

「ごめんね……僚子ちゃん」

 僚子――。その名前に中道と楽座は驚きを隠せなかった。

「七瀬は……死んだんじゃなかったのか!」

「誰が死んだって言ったんですか?」

 伏木はニタリと笑って中道に言う。中道はポケットに入っていた封筒を取り出し、伏木に見せた。

「ここに遺書ってのがあんだけどよ」

 それを見た伏木と七瀬は「あははははは」と大きな声で、部屋中に響くくらいに笑った。

「本物だと思ってたんですか?」

 と伏木が嘲笑(あざけわら)って言う。中道はニヤリと笑って、

「やるじゃねぇか、この糞共(くそども)

 と吐き捨てた。

「全ては月代だけを(だま)すための計画だったのか。一人の男を縛りつけ挙句に殺した……理由は不倫じゃねぇな?」

 中道が伏木と七瀬に問う。その問いに対して、伏木は呆れたように諦めたように明らかな嘘を明るみだすかのように語り始めた。

「本当のことを言いましょう……確かに不倫も理由の一つだったんですよ。でも、月代の選んだ不倫相手が悪すぎたんですよ……その相手は……僚子ちゃんの妹――琴美ちゃんだったんですよ」

 伏木は七瀬の顔を見てしんみりとした風に言う。しかし、目は死んでいる。

「私の妹……琴美は月代に殺されたのよ。(もてあそ)んだ挙句に平気で()てた……妹はそれが辛くて自殺したのよ!」

「お前の妹は月代と付き合っていたのか」

「……私が月代と初めて出会った去年の大晦日より前に、既に知り合っていた」

「月代は琴美ちゃんと付き合っているうちに、僚子ちゃんの妹だということに気づいたんですよ。ばれる事を恐れた月代は琴美ちゃんを平気で棄てました」

「てことは、あの車に乗っていたのは……七瀬本人だったわけか」

「ええ」

 中道はふと、窓を見た。六畳の部屋には小さな窓がついている。その窓の外は廊下だ。しかし、その窓から脱出することは不可能だった。ジャロジー(何枚ものガラス板をブラインドの様に構成してある窓で、明かり取りや外気の取り入れに使われる)になっており、人が一人通れるようなものではなかった。

 不意に中道が傍に置いてあったアナログ式の目覚まし時計を伏木目掛けて投げた。目覚まし時計は伏木のナイフを持っている左手に当たり、伏木はその衝撃でナイフを落とした。そこからは一瞬の出来事だった。中道はダッと伏木の方へと奔っていき、首筋に袈裟斬(けさぎ)りチョップを食らわせた。瞬間、伏木の体は力を失いその場に崩れる。続いて、中道は七瀬の首を掴み、若干締めるかのようにして七瀬を後ろに押した。リビングと洗面所の間にある柱に七瀬の体が叩きつけられる。中道は七瀬の首を少しグイッと上に押し上げた。すると、七瀬の体は伏木と同じように力を失い崩れた。

「陽ちゃん! 警察に連絡だ」

 中道は手をパンパンと払うと、楽座にそう指示した。

 楽座は急いで携帯電話を手に警察へと連絡をした。それを確認した中道は。先ほどバッグから取り出した一枚の紙を開いて、

「月代は琴美ちゃんを殺したかも知れねぇけどよ。本当に愛していたのはお前だったんだよ、伏木」

 と言って、パサリと紙を床に落とした。その紙には緑色の字で「婚姻届」と書いてあり、既に月代の名前が書かれ、印鑑まで押してあった。後は伏木が名前を書き、印鑑を押せば提出できる。そんな状態だった。

「奔るぞ!」

 と言って、突如として奔り出した。楽座はその後を慌てて追いかけ、二人は惨劇の部屋――「白波荘」二〇一号室を後にした。


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