第七話:怒れる絶対
「白波荘」の周りには警察官の姿は一人も見られなかった。中道が警察に通報しなかったことで、この問題は中道、楽座、伏木、七瀬だけの問題になった。
中道は月代の死因について、調べてみた。まずは月代の胸に刺さっていたナイフ。これは昨日、月代が持っていたものと同じ物。刃渡りは15センチと長かった。その長い刃が四分の三ほど月代の胸に入っていた。とすれば、刃先は完全に心臓に到達しているものと考えられる。
次に死亡推定時刻。死後硬直が見られなかったことと、血液がまだ凝固しておらず、液体の状態で落ちていたことを判断すると刺されて一時間以上は経っていないものと考えられる。少し前に刺されて死んだ。
「ここまでナイフを突き刺すたぁ、いい度胸と腕してんな」
中道は感心したように言った。
一方の楽座は月代と七瀬が会っていたという証拠を掴むために、家宅捜索をしていた。いくら、伏木がしていた青いヘアピンが落ちていたからと言って、完全に伏木が犯人だと決まったわけではない。中道と楽座は七瀬がどういう人物なのか知らない。もしかしたら、七瀬も青いヘアピンをつけていたという可能性がある。楽座には納得と理解が出来ていなかったというのも捜索の理由だ。
クローゼットのある部屋は一つだけ。楽座はその部屋を中心に探していた。月代の物と思われる上着を片っ端から調べていく。ちゃんと手袋ははめている。
「ん?」
楽座は上着を調べている中、ふとクローゼットの下を見た。女性物のバッグが置いてあった。
「伏木さんのかな?」
失礼して中を開けて見る。中は空っぽで何も入っていない――いや、よく見るとバッグのポケットの中に白い紙の様なものが二つ見えた。
「何だこれ」
楽座はその紙を取り出した。
「!!!」
楽座は仰天した。そして
「中道さん!!!!」
とすぐさま中道を呼んだ。検死をしていた中道が急いで楽座の元にやってきた。
「どうした?」
「こ、これ……」
楽座は驚きを隠せない状況でその紙を中道に見せた。
「白い封筒じゃねぇか……っ!?」
中道は封筒を楽座から受け取り、その表面を見てハッとした。
一見、真新しい綺麗な封筒なのだが、その封筒には「遺書」と書かれており、裏には「七瀬僚子」の文字があった。
「遺書……七瀬の遺書か?」
「そのようですね。伏木さんの字とは違います」
楽座は伏木が送ってきた手紙の内容を思い出した。あの字とこの遺書の字、全く違う。女性らしい綺麗な字ではあるが、バランスが全く違う。
中道は封筒を開けて中の手紙を取り出した。封筒の中を見ると、「ブラック・デビル」が一本だけ入っていた。
「圭輔君へ……この間は誕生日プレゼントありがとう。とっても綺麗なピアスだからいつも着けてるよ。でも、可南子ちゃんにバレちゃったね。私たちが付き合ってたこと……。私、可南子ちゃんにあんなに怒られたのは初めてだったから、なんだかショック受けちゃった。
私、あれからずっと可南子ちゃんに嫌がらせされてるんだ。本当は私が悪いんだけど、結構酷いの。警察にも相談したんだけど、全然相手にしてくれなくて……辛くなっちゃった。こんなことで死のうなんて思っちゃうなんて、私って弱い人間なんだね。
今までありがとう。もう、私どうしたらいいかわからなくなっちゃって。多分、間違った道なんだろうけど……私の決めたことだから。また、圭輔君にどこかで会えたらいいな。じゃあね、バイバイ。
追伸:妹には内緒にしておいてね。あの子、私が死んだこと知ったらどうなるか分からないから」
中道は手紙を読んだ後、静かに封筒の中に仕舞った。
「何が……」
と中道は静かに呟いた。
「え?」
「何が……助けてくださいだよ……」
「中道さん?」
「全部、あいつが悪ぃんじゃねぇか。人を二人も死なせやがってよ……」
封筒を持つ中道の手は震えていた。怒りによる震えだ。
「あいつを探すぞ……あいつを……伏木を」
キッと睨みつけて、中道は部屋を出た。慌てて楽座も部屋を後にした。
「中道さん! 待ってください。まだ、伏木さんがやったとは決まってないですよ」
怒り心頭の中道を楽座は必死で止めようとする。
「楽座! 良いか、よく聞け。あたしが嫌ぇなものは二つあるよな? さぁ、その嫌いなものとはなんだった?」
楽座は「陽ちゃん」とは呼ばない中道が本気で怒っていることを判断した。ああ、こうなったら手を焼くかもなとも考えたし、中道の嫌いなものを思い出し始めた。
「嘘とドタキャン」
「だよな? 伏木はな、そのうちの『嘘』の方を平気で選んだんだよ。しかも、あたし達を本気で陥れるぐらいのマジな『嘘』をな。あたしはあいつを絶対許さねぇからな」
中道は歩きながら手の関節をポキポキと鳴らしている。
「あの、質問していいですか?」
楽座はそんな中道を見ながら、恐る恐る聞いた。
「何だ?」
怒っていながらも、ちゃんと聞いてあげる中道だった。
「伏木さんは月代に拘束されていたんですよね?」
「違ぇな。その逆だ」
「月代が伏木さんに拘束されていたってことですか?」
「そうだ」
「何故、そうだと?」
「月代の死体の傍に物がいっぱい落ちてたろ? ありゃあ、抵抗した跡だ。それに月代の死体にも色んなところに傷があったからな。もみ合いの末、グサってな」
「?」
「いいか? 伏木は拘束をされていたはずだよな? 力関係的には月代の方が強いはずだよな? じゃあ、何で月代がもみ合いになるほど抵抗をしていたのか。ナイフを持っていたとしても拘束されるぐらいの人間じゃ太刀打ちできずに、また拘束されんだろ」
「そうですよね」
「でも、月代は必死で抵抗をしていた。これは、伏木が圧倒的に有利な立場に居たからなんじゃないか?」
「じゃあ、俺たちが最初、あの部屋に行ったときに伏木さんが拘束されていたのは?」
「多分、伏木の指示だろうな」
「じゃあ、俺たちが逃げているときに見かけたって車は?」
「そこなんだよ」
「え?」
「今、全然わからなくなってんのは……あそこに事前に車を置いたとしても、中に乗っていた女は誰だ?」
中道は考えをめぐらす。
「妹……?」
「はい?」
「七瀬の妹か? 七瀬の遺書に書いてあったろ? 『妹』って」
「あ……」
「月代は七瀬の妹とも面識があったんだ。昨日、その妹を乗せてあそこに車を止めるように言われたんだ」
「誰にです?」
「決まってんだろ! 伏木だよ……あたしの推理はこうだ。まず、月代よりも力関係的に上の伏木は月代に対して簡単に指示ができるはずだ。『やらなかったら殺す』とでも脅されたんじゃねぇのか? 月代は伏木をベルトで拘束した後、事前に呼び出しておいた七瀬の妹を車に乗せ、慧んちの近くの十字路に止めた。そんで、ナイフを持ってまた『白波荘』に戻ってあたし達を襲わせた」
「そうだとしても、月代の着ていた血のTシャツは?」
「あれ、あたしも後で気づいたんだけどよ。血なんかじゃねぇんだよ」
「じゃあ……」
「ありゃ、ペンキだ」
「ペンキ……」
「血は乾いたら黒ずんでくる。あんだけの距離を走ったんなら、血も乾いてくんだろうよ。だが、あのTシャツの赤は黒ずまずにずっと鮮やかだったんだ」
「じゃあ、全ては……」
「あそこにいる奴の入念な計画だったって訳だよ」
中道の見る先には、中道が貸した黒いTシャツ、黒いジーンズを身に纏った伏木がいた。中道と楽座の方へと歩いてくる。その手にはナイフ――だが、赤い液体が付いている。
「よう、嘘吐きさんよ?」
中道は軽く挨拶するように吐き捨てた。
「いかがでした? 私に暴力を振るっていた男の亡骸は……?」
伏木は微笑みながら言う。足は止まらず、中道と楽座に近付いてくる。
「それ以上、こっちくんな」
中道は伏木に制止するように言う。だが、伏木は聞く耳を持たずに歩いてくる。
「ちっ。そのナイフ……」
伏木の手にあるナイフを見た。血がべったりと付いている。
「七瀬の妹か?」
「ええ、そうよ……お姉さんと同じ所にイかせてあげようかと思って」
「狂ってんな」
「お褒めに預かり恐縮です」
「褒めてねぇよ、ばーか」
中道は伏木の目を見ながら後ずさり、楽座に耳打ちをした。
「陽ちゃん、奔れっか?」
「え?」
「奔れるかって聞いてんだよ」
「……はい」
突如として、中道と楽座は奔り出した。その後ろをやはり伏木が走って追いかけてくる。
「中道さん! 何処へ行くんです?」
「『白波荘』だ。あそこにもう一つおもしれぇもんがあった」
中道はニヤリと笑った。
「白波荘」からはそんなに離れていなかったので、早くついた。そして、中道と楽座は再び、二〇一号室に入った。その後を伏木も追いかけてくる。
中道は部屋に入るなり、先ほどのクローゼットのある部屋に入った。伏木が乱暴に部屋のドアを開ける音がしんとしていた部屋の中を不気味に震わせた。