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第四話:香れる煙草

「ふと、疑問に思ったことがあんだけどよ」

 中道は楽座を呼び出して、別の部屋に入ったあと突然切り出した。中道は頭を()きながら困った顔を浮かべていた。楽座にしてみればそんな姿を見たのは久しぶりだった。いつもは強行突破あたりまえ、破天荒よろしくな中道ではあるが、突如としてこういう顔を浮かべることがしばしばある。

「何か引っかかる点でも?」

 しかし、楽座はいつもと変わらず話をする。変に気を使ってしまうと、順調に行っていたことまで悪い方向へと進んでしまうのではないか、と思っているからだ。

「あのオッサンが何でこの建物に入って来なかったんかなあって」

「どういう意味ですか?」

 中道は天井を見ながら、

「遠く離されていたからっつっても、あたし達の姿は見えていたはずだ。この建物に入るのだって見てるはずだ」

 と言う。楽座はハッとしたが、

「準備が整っていなかったとか、知らない建物に入るのは気が引けたとか、そういったことがあったからじゃないんですか?」

 と返した。しかし、中道の顔は納得の表情を浮かべない。

「準備は整ってたろ。何てったってナイフを持っていたんだからな。さっきあたしが予想したように一本一本、劣等感を込めた新しいナイフであたし達を刺すって手は使わねぇだろ。あいつはあたし達に劣等感を感じているわけじゃあ無さそうだったしな。そもそも、あいつにとって可南子さんは何よりも拘束したい人物なんだからよ、単純にそれを奪ったあたし達を刺せば全ては終わるわけだろ? そうだとすれば、知らない建物に入るのだって気が引けるどころか、ズカズカと入ってくるだろうよ」

「じゃあ、月代の狙いは?」

 中道は頭をガジガジと掻いた。相当煮詰まっているらしい。

「まぁ、あの時中道さんが誘導してくれなかったら、俺達は月代に捕まって刺されてたかもしれないわけですし、いずれにせよ助かったじゃないですか」

 楽座は相当言葉に悩んだらしく、結構苦しい返ししか出来なかった。

 しかし、中道の手は頭を掻くのをやめた。

「……陽ちゃん。今なんつった?」

 中道は楽座のほうを見た。その顔は悩んでいる顔ではなく、閉ざされた道が開かれたような顔をしていた。

「助かったじゃないですか?」

「違う。その前だ」

「捕まって?」

「違ぇよ。その前だ」

「あの時中道さんが誘導してくれなかったら?」

「それだ!」

「?」

 楽座は理解できなかった。この言葉に一体何が隠されているのかを。

「そうだ誘導だ」

「は?」

「誘導だよ。陽ちゃん」

「誘導ですか?」

「誘導と言うよりは、指示ってのが合ってるかもしんねぇな」

「指示……?」

 中道は未だにピンと来ていない楽座を見て少し呆れ、ため息をついた。

「はぁ……わかんねぇか?」

「あ、はい……」

「あのオッサンを指示していた奴がいるとするなら、この建物に入ってこなかったってのも筋が通る」

 楽座はまだピンときていない。中道はそんな楽座の肩に手をやり、グイッと楽座の耳を自分の口元へと近づけた。あまり突然のことで、楽座はどうすることも出来ず、唯一出来ることといえば、頬を赤くするだけだった。

「いいか? あのオッサンが仮に誰かに指示されて動いていたとするよな?」

 と、中道は小声で話し始めた。

「オッサンにはあたし達の姿が見えていて、しかも、この建物に入ったのも見てるよな?」

「はい」

「だが、誰かに『その建物には入るな』と指示されていたとしたらどうだ?」

 楽座はハッとした顔をした。確かに、誰かに指示されていたとすれば月代はそれに従うだろう。

「でも、中道さん?」

 しかし、楽座は納得していなかった。

「ん?」

「誰かに指示されているとしたら、トランシーバーとか使わないと出来ないんじゃないですか? だって、俺達は急遽(きゅうきょ)この建物に入ったんですから」

「陽ちゃん……まだまだ甘いな」

「はい?」

「トランシーバーが無くても、指示はできるだろ?」

「どうやって?」

「陽ちゃん、一生懸命奔ってたから気づかなかったかも知れねぇけどよ……車が一台止まってたんだよ」

「車ですか?」

「ああ、黒い色の……車種までは分からなかったけどよ。ここから五〇メートル手前の十字路にいたんだよ。あたし達の進行方向に対して左側にハザード点けて止まってたんだよ」

「……」

「仮に、その車の運転手が指示を出している奴だとするよな。大体の十字路にはカーブミラーってのが付いてるよな。そのカーブミラーであたし達がこの建物に入ったのを見たとする。遠く離されたオッサンに指示を出すには十分な距離だ」

「どうやって指示を出すんです?」

「そこまではわかんねぇけど、ウィンカーをつけたり、パッシングしたりすりゃあ、オッサンへの指示は出来るだろ」

 中道はある程度の予想が出来た。あくまで予想。真実はこれからだ。

「じゃあ、その車の運転手は?」

「それを調べるのは、これからの仕事だ。とりあえず、可南子さんはうちの事務所で保護する。鍵をしておけば問題ねぇだろ」

「軽く監禁ですね」

 楽座は中道の顔が普段と同じように戻ったのを見計らって、冗談を言った。

 ズバシと中道のチョップが楽座の頭を直撃する。

「保護っつったろ。あんなオッサンと一緒にすんな」

 と、笑いながら言った。


 中道と楽座が榛葉と伏木のいる部屋に戻ると、そこは沈黙の場と化していた。結構長い時間、中道と楽座は話をしていたが、その間全く会話はなかったらしい。榛葉はマルボロを吸いながら床を呆と見ているし、伏木は遠い目をしていた。

「うっわぁ、なんだよこの重い空気は」

 そう言いながら、よっこらしょと中道は床に座り、麦茶を飲む。楽座も床に座り麦茶を飲んだ。

「……」

「……」

 二人は相変わらず沈黙をしている。中道は半ば呆れて煙草(たばこ)の箱をポケットから取り出した。黒い煙草を一本取り出して、ライターで火をつける。辺りにココナッツの香りが(ただよ)う。「ブラック・デビル」という一風変わった煙草だ。

 それを見て、ようやく榛葉が口を開いた。

「『JPS』じゃにゃくにゃったんだね」

 「JPS」とは煙草の銘柄の一つ。

「あ? ああ、ありゃ外見だけが黒くて、中は黒くねぇからな」

 パッケージは黒いが、中身は普通の煙草と変わらない白と茶色のカラー。「ブラック・デビル」はパッケージも黒ければ、中身も黒い。周りの人からしてみれば「毒々しい」とか「珍しい」と思える。

「いい匂いだね」

 榛葉は何故かしんみりした様に言う。

「……この匂い……()いだ事ある……」

 と、遠い目をしていた伏木がふと、そんなことを言った。

「へぇ、珍しいな。この煙草、吸ってるやつって少ねぇんだよ。あたしの周りで同じの吸ってる奴もいねぇからな。何処で嗅いだ?」

 中道は伏木に聞いた。

「彼から、この煙草と同じようなココナッツの匂いがしていたことがあったんです」

「月代から? 可南子さん。そのことについて詳しく聞かせてくんねぇか?」

 中道は興味津々に尋ねた。何か新しい情報があるかもしれない。

「彼も煙草を吸うんです。あまり見たことがない煙草だったんですけど……確か『HIP HOP』っていうパッケージが黄色の煙草だったと思います」

 「HIP HOP」。伏木の言っている黄色のパッケージはバニラの匂いがする。フィルターが甘く、どちらかといえば女の子が吸いそうな煙草である。

「『HIP HOP』か……珍しいな。それで?」

「はい。いつもは、彼の服からその煙草の匂いがしていたんですけど、三週間くらい前なんですけど、全然違う匂いがしたんです」

「それが、この煙草の匂いと同じだったって訳か?」

「はい」

 中道はプカリと煙を吐き、

「彼の知り合いとかのことは知ってっか?」

 と伏木に聞いた。しかし伏木は首を横に振った。月代の交友関係については全く知らないらしい。

「あ、でも……」

 伏木は思い出したかのように、

「私の友達に中道さんと同じ煙草を吸っている子がいます」

 と言った。

 中道はまたプカリと煙を吐いた。楽座はポケットから煙草の箱を取り出し、一本の煙草を取って火をつけた。こちらは「アメリカン・スピリット」。もちろん、黄色いパッケージの方。

「その友達の名前を教えてくんねぇかな?」

七瀬僚子(ななせりょうこ)という子です」

 その名前を聞いて中道は少々考える。これからどうするかについてもう一度考えているのだ。そして、

「陽ちゃん。それ吸ったら行くぞ」

 と楽座に言った。

「へ? 何処へです?」

「事務所に決まってんだろ……陽ちゃん大体の目星は付いたぜ。後はこの一件の締めを楽しむんだよ」

「本当ですか?」

「あたしが嘘吐いた事あったか? あたしは嘘とドタキャンが大嫌いだ。この宴会の締めで抜け出すなんざ許さねぇからな」

 中道はそう言って、ニヤリと笑った。


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