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第三話:乱れる実状

「陽ちゃん」

 ふと、中道が楽座の耳元で呼びかけた。

「何ですか?」

 同じように楽座も中道の耳元で返事をした。

「奔れるか?」

「奔る?」

「おうよ。あの気の狂ったオッサンを切り抜けるには奔るしかねぇだろ」

 階段を上りきったところで、オッサン……失礼、男――月代圭輔(つきしろけいすけ)(うつ)ろな目をしていた。手には恒常(こうじょう)のナイフが凶悪に輝いている。月代は白いTシャツを着ていたが、もはや半分以上は赤い色に染められていた。一体、その赤は何処(どこ)で付けたのだろう。その赤は(いや)しく塗りたくられていた。人の手形まで付いている。

「普通に正当防衛だって言って、蹴飛(けと)ばせばいいじゃないですか?」

「いいか? 陽ちゃん。あの気の狂ったオッサンを相手に蹴りとか食らわしてみろ。あんなに血をべったり塗りたくったTシャツを大事に着てるんだからよ、そうとうナイフには慣れてるはずだ。(すね)あたりをグサッとやられんぞ」

「殴ってみたらどうなります?」

「まぁ、至近距離まで行ったら確実にやられるな」

 いかにもヤバそうな状況なのにも関わらず、中道と楽座は冷静に話をしていた。

「…………気だ?」

 月代が何やらぼそぼそと呟いた。

「ん? 何だって?」

 中道が聞き返す。

「可南子をどうする気だ?」

 月代の口から出たその言葉は、あらゆる憎悪(ぞうお)が込められているようだった。(すご)く低い声が壁や廊下を這い蹲(はいつくば)うかのように中道と楽座に届く。月代の虚ろだった目はぎょろりと中道を(にら)みつけている。手はナイフを強く握り締めている。

「中道さん?」

 楽座はふと後ろを見て唖然(あぜん)とした。

「後ろに逃げ道はありませんよ?」

 後ろには二〇二号室と二〇三号室、そして奥は壁だ。通路はそこで途切れているし階段すらない。

「陽ちゃん……」

 中道は(なか)ば呆れたように言う。

「勝手に逃げ道が無いなんて言うんじゃねぇよ」

「は?」

「逃げ道が無いんじゃない。お前が見つけられねぇだけだよ」

 楽座は理解できなかった。一体、中道が何を考えているのかも。

 ふと楽座が気づいたときには、ベルトを外された伏木は中道に(かつ)がれていた。

「中道さん? 一体何をする気ですか?」

「行くぞ。陽ちゃん」

 中道は伏木を担いだまま立ち上がった。

「可南子を返せ……!」

 月代が一歩、中道と楽座に近づく。

「へっ! てめぇに返すもんはねぇよ」

 中道はにやりと笑って、廊下の手すりに足をかける。

「中道さん! まさかっ!」

「そのまさかだよ! もっと頭を使いな、陽ちゃん!」

 次の瞬間、中道は手すりに乗っていた。そして、伏木を担いだまま――。

 そこから――跳んだ。

「中道さん!」

「可南子を返せぇぇっっ!!!!!」

 楽座と月代の声が(かぶ)る。

 スタッと静かに音がした。慌てて、楽座が手すりから下を見る。

 中道は見事に着地をしていた。

「大丈夫ですか!? 中道さん!」

「お前なあ、そこは二階だぜ。跳べねぇ方がどうかしてるぜ」

 中道はにやりと笑って、楽座に言った。

「カナコォォォォオォォォォオオオッォォオ!!!!!!!」

 月代の低い声が廊下に響く。楽座はハッとして、今の自分がどれだけ危ない状態かをすぐさま判断した。

「早く飛び降りろ! 殺されっぞ」

 中道は楽座に叫ぶ。楽座はすぐさま、手すりに手を付き飛び降りた。

 ドンッと若干大きな音がする。楽座は何とか着地に成功した。

「奔るぞ! 陽ちゃん!」

「はいっ!」

 伏木を担いだ中道と楽座はダッと(はし)り出した。

「カナコォォォオォオォオォォオォオォ!!!!!!!!!!!」

 月代は叫んだ後、階段を急いで降りて行き、中道と楽座を追った。


「中道さん」

 奔りながら楽座は疑問に思ったことがあった。

「ん? どうした?」

「あいつ、どうしてここまで伏木さんを?」

「一種のインフェリオリティー・コンプレックスだろうな」

「インフェリオリティー・コンプレックス? 何ですかそれ?」

「劣等感だ」

「劣等感……?」

「あのオッサン、可南子さんをベルトで拘束し、暴力を振るっていやがった。これは可南子さんへの異常な愛情なんかじゃねぇ。あいつが可南子さんに対して感じている劣等感が可南子さんへの暴力へと(つな)がっていやがんだ……いや、可南子さんだけに感じているわけじゃあ無さそうだな」

「どういうことです?」

「あいつのTシャツを見れば分かるとおり、あいつは何人かナイフで刺したんだ」

「でも、あのナイフを見る限りでは刺した形跡(けいせき)は見られませんでしたよ?」

「ああ、普通だったら、ナイフに血痕(けっこん)が付いてるはずだ。だが、一滴(いってき)も付いていなかった。血を拭き取ったような跡も無かった」

「……よくわかりません」

「あいつはナイフを何本か用意していたんだろうな」

「と、言うことは……」

「一人一本ずつ、真新しいナイフで刺したってことだろうな」

「何故、わざわざ新しいナイフを?」

「それだけ、あいつは自分が劣っていると思う部分が多いってことだろ。一本一本に自分が(おと)っている部分を込めて刺したって訳だ」

「用意周到と言うか、七面倒と言うか……」

「ま、あくまで予想だけどな。本来ならあいつに聞いてみるのが一番早ぇんだけどよ」

「聞くに聞けないですからね」

「今のあいつに聞いてみろ。確実にあたしたちもやられっぞ」

 中道は奔りながらふと、後ろを振り返った。遠くにいるが、確実に月代は追いかけてきている。あの劣等感が込められたナイフを握り締めたまま。

「警察を呼びますか?」

「いや、警察は呼んだらまずい。出てきた瞬間に奴らは銃をぶっ放す――それだけはご免だ。今のあいつを下手に挑発はしたくねぇし、あいつに聞きてぇことは山ほどあるんだ。それに……これはあたしたちの問題だっ!」

 急に中道は道を折れる。

「中道さん! どこ行くんです?」

「いいから黙って付いて来い! 今はあいつを(けむ)に巻くしかねぇんだよ!」

 楽座も慌てて中道の後を奔る。中道と楽座の持久力はすさまじい物だった。白波荘から全力で奔り続けて結構時間が経っているのにも(かかわ)らず、汗は出ているものの息は上がっていない。

「中道さん……この道って」

「ああ、そうだ。あいつの所にちょっと厄介(やっかい)になろうぜ!」

 先ほど道を折れたところから五〇〇メートル奔ったところに白を基調とした大きなバイクが見えた。

「あ、あのバイクは」

「いつ見てもかっけぇな。あのバイクの黒いのが欲しいんだけどな」

 HONDAのシャドウ。750cc(排気量実質745cc)のバイク。キャンディーグローリーレッドが白を基調としたバイクにうまく絡み合い、スタイルの良さを(かも)し出していた。ちなみに、中道の言っている黒いシャドウもある。

 そのシャドウを鼻歌を歌いながら磨いている女性がいる。赤いツナギを着た背の低い女性(はたして、ちゃんとシャドウに乗れるのか心配になる)。マルボロを吸いながら、機嫌よくそして大事そうに磨いていた。

「お〜い! (けい)〜!」

 中道は奔りながらその女性を呼ぶ。

「ほぇ?」

 その女性――榛葉慧(しんばけい)は少々間の抜けた感じで返事をした。

「おお、誰かと思ったら凛ちゃんじゃにゃいですか〜。どうしたんですか〜?」

 と間の抜けた、間延びした感じで中道に問う。

「ちょっと匿ってくれ!」

 その言葉を聞いたとき、榛葉は中道と楽座の後ろに誰かいるのを見た。

月代だ。だが、中道や楽座のような持久力は持っていなかったようで、先ほどよりもかなり差をつけられていた。

「おっけー。こっちこっちぃ」

 緊張感の無い感じがどうも歯がゆいが、中道と楽座は榛葉の誘導で建物の中に入っていった。その建物の前を月代が立ち止まり、辺りを見回している。だが、しばらくしてまた走り去った。

 中道と楽座はさすがに息が荒くなっていた。結構な距離を走っていたから無理もない。

「はぁ……はぁ、助かったよ慧……」

「珍しいねぇ。凛ちゃんが顔を出すにゃんて」

「はぁはぁはぁ……お久しぶりです。榛葉さん」

「お、陽ちゃんも一緒かぁ。久しぶりだね〜」

 どうも、この榛葉。若干幼児っぽい所があるらしく、いちいちの行動が妙に子供っぽい。

「まぁ、ちょっと待っててょ。麦茶持ってくるから」

「お、わりぃな」

 ふと、中道に担がれていた伏木がもぞっと動いた。

「ん……」

「お、気づいたか。もう、大丈夫だからな」

 中道は目を覚ました伏木を肩から下ろし、床に座らせた。

「こ……ここは?」

「ここは、あたしの友達んちだ」

「おまたせぇ〜」

 と、麦茶を持って榛葉がやってきた。

「お、さんきゅー」

「はい、おねぇさんも飲んで飲んで!」

 榛葉は伏木にも麦茶を差し出した。

「ありがとうございま……あれ?」

「どうした?」

「どうしたんですか?」

「どうしたの〜?」

 伏木の「あれ?」に中道、楽座、榛葉はキョトンとした。

「榛葉さん?」

「ほぇ?」

 突然な呼びかけに少し戸惑い気味の榛葉。だが、しばらくして榛葉は気づいたらしく。

「可南ちゃん?」

 榛葉と伏木のやり取りを、しばらく呆然と見ていた中道と楽座。

「ん〜、知り合いか? 慧」

「高校のクラスメイトだよ。卒業式以来だったんだよ〜」

「慧ちゃん変わってないね」

 久しぶりに会った元クラスメイトに笑顔をこぼす伏木。

「可南ちゃん……」

 だが、榛葉のほうは少し悲しそうな顔をした。嬉しくなかったのだろうか。

「……可南ちゃん、変わりすぎだよ。どうしたの? 疲れてるよ? 顔とか傷だらけだよ? 何があったの?」

 と、伏木の顔を見て次々と聞く榛葉。

「慧、落ち着け。変わりすぎてっかもしれねぇが、とりあえず可南子さんを休ませねぇと」

 中道は榛葉を止めた。伏木のほうは物悲しいような顔をしている。

 そのやり取りを楽座は見ているだけで何もすることが出来なかった。

 元クラスメイトが見ただけで、あまりに変わってしまったことが分かった伏木。伏木が月代と出会ったときから……出会ってしまった時から、伏木の歯車は狂い始めたのだ。まさか、元クラスメイトがこれほど自分を心配するまで自分が変わってしまったことに、伏木はこのとき、やっと気づいたのだった。

「陽ちゃん、休んでるとこわりぃけど、どうするか考えるからちょっと手伝ってくれ」

 中道はどうして良いか分からない楽座を呼び、二人は部屋を出た。伏木と榛葉の間に会話は無く、ただ時間だけが過ぎていた。

【参考資料】

本文中に出てきた、HONDAの「シャドウ」(バイク)についての資料は、

こちらを参考にしました。


HONDA Shadow

http://www.honda.co.jp/motor-lineup/shadow_750/


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