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第七話 [獅子身中の虫]

 魔鋼の鍛え方、魔鋼製の武器の製作方法は洞矮族(ドワーフ)の鍛治職人の秘伝中の秘伝になる。


 当然、目の前でその過程を見られるわけもなく、また、製品そのものも最低でも五十万ボル以上の値札がつく貴重品であるので、虎の子のように大切に店の奥にしまわれ、一般人では滅多に見ることもできないし、まして触れる機会など一生ない。


 なお、魔石を使った魔道具(魔術師用の杖など)の製作、販売は魔術師や錬金術師の独壇場だが、こちらも基本的に軍事用が優先されて、民間向けの製品は非常に高価で数も少ないので、同様にまず庶民がお目にかかることはできない、高嶺の花である(なくてもどうにでもなるものでもあるので)。


 そんなわけで、慣れた足取りで向かったランスに続いて、鍛冶屋の天幕(テント)をくぐったルシアとフェリオの目に映ったのは、所狭しと並べられた剣や斧、槍などといったごくありきたりの鉄製の武器と、同じ割合で並ぶや鍬や鎌などの農具の数々であった。

 新品はごく一部で、大部分は錆びたり壊れたりした品物を打ち直したり、修繕したりした中古品である。

 鉄製といっても侮るなかれ。一般人にとっては鉄製の農具といえども、十分に高級品であり、娘を売って泣く泣く壊れた鋤の代わりを購入するなど、割とありふれた話なのであった。


「女将さん、ちょっといいかな?」

「うちには顔を隠して来るような客はいないよ!」


 天幕(テント)の奥に泰然自若と座っているのは、店主らしい髪に白いものの混じり始めた中年女性の洞矮族(ドワーフ)であるが、気さくに話しかけたランスを、ちらりと一瞥すると叩き付けるように言い放った。

 女性なので髭こそ生えていないが、洞矮族(ドワーフ)らしく上下以外、どこもかしこも太くて愛想が悪い。


 苦笑しながらここにくるまで、ずっと被っていたフードを下すランス。

 それに合わせてルシアも無造作にフードを下し、慌ててフェリオも顔を見せた。


 途端、目を見張り、

「!! なんだい、勇者様じゃないか! なんだってまた、今日はそんな格好で……」

 言いかけたところで、隣に佇むルシアの美貌に気が付いて、訳知り顔で頷く。

「ははは~んっ。そういうことかい。勇者様も隅に置けないねェ」


 偏屈な職人から、下町のおばちゃんへと一瞬で変貌した女将さんを前に、

「いやいや、勘違いしないでくれよ。彼女は、えーと……」


 そこで言葉に詰まるランスの代わりに、ルシアが軽く一礼をした。


「はじめまして。ランスとは十年来のお付き合いをさせていただいています」


「おやおや! てっきり行きずりの関係かと勘ぐっちまったけど、なんだい、お似合いの本命がいたんだねぇ! なんか安心したよっ」

 がははははっ、と野太い声で呵呵大笑する女将さん。

「あー、そうすると、やっぱり、この間、一緒にいた娘っこたちは別かい? どっちも可愛い子だったけどさ」


「ほう……」

 女将さんの暴露に、もともと平坦だったルシアのランスを見る視線が、それはそれは冷たくなった。


「まってくれ、違うんだ、ルシア! エリィとイーディスのことだよ!」


「ああ、そんな名前だったかね。神官と半妖精族(ハーフ・エルフ)の娘さんたちだったけど、あれは勇者様にホの字の顔だったね」

 わざわざ火に油をぶちまけてくださる女将さん。さすがは鍛冶屋だけのことはある。


「へぇ、女の子ふたりと仲良く別行動しているわけですか」

 視線が絶対零度と化した。


「違うんだ!! 魔鋼製の矢や武器を補充するのに、女性ふたりだと面倒だからって言うから、用心のためについてきただけで!」


 そんなふたりのやり取りを微笑ましそうに見守っていた女将さんが、しみじみと遠い目をして語る。

「うんうん、死んだ亭主との痴話喧嘩を思い出すよ。あの宿六が生きていた時は、ちょくちょく浮気してねえ。あたしも若かったから、斧とハンマーを持ち出して足腰立たなくなるまでぶちのめしたもんだよ」


「それはさすがに……。あと、旦那さんの死因については怖くて聞けないな……」

「私とランスが本気でぶつかったら国のひとつくらい一夜で滅びますけど……」


 ほっこりエピソード風にまとめようとしているようだが、いろいろと聞き捨てならない話にランスとルシアのツッコミが入る。

   

「でも、なんだね。やっぱ本命の相手と一緒にいる時は、男も女も顔つきが全然違うねえ。本当にまあふたりとも幸せそうだこと!」


 強引にまとめる女将さん。


「……そうなんですか?」

「いや、僕に聞かれても……」


 思わず顔を見合わせるルシアとランスを前に、またも女将さんはひとしきり大笑いをした。


「で、勇者様。今日はなんの用事なんだい?」

「それなんですが、実はこの間、材料持ち込みで依頼した予備の魔鋼製の剣や矢に、もう一点、追加で作ってもらいたいものがあって、お願いに来たんですよ」

「ああ、材料は残ってるからよほどの大物でなければ問題はないよ。なにを作るんだい?」

「それなんですが……。この子に合った武器を、なるべく急いでお任せでお願いできませんか、女将さん?」


 そう言って紹介されたフェリオを、上から下までジロジロと無遠慮に眺め回す女将さん。


「棒っきれみたいな小僧だねえ。魔鋼製の武器なんて十年早いんじゃないかい? それに、いまから作るとなると、細剣(レイピア)一本でも二十日は見てもらわないとねぇ」


 しごく真っ当な評価にランスは苦笑して、フェリオは頬を膨らませた。


「そこをなんとか、チートでもインスタントでいいので、合宿免許並みに半月くらいで使えるようにしたいのですが」

「できるかい!! そもそも“ちーと”とか“いんすたんと”ってなんだい!?」


 無茶を言うルシアにノリツッコミで怒鳴った女将さんだが、ある程度事情があるらしいと見て取って、ため息をつきながら立ち上がり、そこらへんに転がっていた標準サイズの鉄剣を一本手に取って、フェリオに渡した。


「とりあえず振ってみな。それを見て決めるよ」

「お、おう! 任せといてくれ、こう見えても小醜鬼(ゴブリン)なら余裕だしな!」


 気合十分で剣を受け取ったフェリオは、その場で剣を構えて上下に素振りを始める。

 体格の問題でやや剣に振り回されている感はあるものの、ルシアがダウンロードしたスキル『剣術』のお陰か(レベル0でも、あるのとないのとでは体にかかる補正効果が違う)、そこそこ形になった姿勢と動きであった。


 しばしその様子を眺めていた女将さんだが、「もういいよ」と、息切れしてきた頃にフェリオの動きを止めると、難しい顔で腕を組んだ。


「なんつーか、あれだね。剣を振るよりも石の塊でも振り回していた方が似合う腰つきだね。いっそ加工しない魔鋼の塊を、そのままぶん回して使った方がいいんじゃないかねえ?」


「慧眼ですね」

 軽く目を見張るルシア。

 さすがはプロの眼力である。あとついでに、恐るべし『蛮人Lv3』の効果。


「この道三十年。女の細腕で切り盛りしているのは伊達じゃないよ」

 とうてい“細腕”とは言えない、ぶっ太い腕を誇示する女将さんに向かって、

「それは最後の手段で、なんとか頼みますよ、女将さん」

 拝み倒すランス。


 ランスに重ねて頭を下げられ、女将さんはしぶしぶ腕組みを解いた。


「……まあ、まるっきりど素人ってわけじゃないから、なんとかなるかね。本当なら、子供に武器なんて持たせたくないんだけどねえ。しゃあない、じゃあ隣に作業場があるから、ついてきな小僧」

「小僧じゃねえよ、フェリオだよ、おばちゃん!」

「おばちゃんじゃない。おねえさんと呼びな!」

「えええ~~っ!」

 と、心外そうに口を尖らせたフェリオが思いっきり頭をどつかれた。

「んじゃ、ちょっと後ろの作業場にしている天幕(テント)で、小僧のサイズや握力なんかを計ってるんで、万一、急ぎの客が来たら声をかけておくれよ」

「「わかりました」」


 声を揃えるふたりに向かって、去り際、女将さんが意味ありげにウインクをする。


「じゃあ30分くらいで戻るから、それまでは存分にイチャイチャしてて構わないよ」


「「………」」


 テンションの乱高下が激しいふたりがいなくなった後、売り場用の天幕(テント)に残されたランスとルシアの間に気まずい沈黙が落ちる。

 正確には、女将さんの冷やかしで、一方的にランスが隣のルシアを意識しているだけなのだが。


「……あー、その、ルシア」

「なんでしょう、接吻(キス)でもご所望ですか?」

「なんでそうなるんだ!?」

「いえ、何か期待されているようですので、世間の期待に応えてこその勇者かと」

「それ勇者の意味合いが違う!!」

「冗談です。あなたがその方面は奥手どころか、ヘタレなのはいまに始まったことではないので」

「……ヘタレで悪かったなぁ。僕はただ君のことが大事で大事で、本当に大事にしたくて」

「それで毎回、角を矯めて牛を殺すんですよね」


 実際、思いを遂げる前に関係が修復不能になった恋人から言われては、ぐうの音も出ないランスであった。


「それはともかく。えーと、その、なんでフェリオを冒険者ギルドに登録させて、戦えるようにしているの? なんか急いでいるみたいだし」

「アニスはまだ回復していないので、戦わせるのは無理だからです」

「……。いや、そうじゃなくて。いまの君なら、ふたりを連れて一気に水網都市マレントゥスまで転移することだってできるだろう? なんでそうしないで、戦う術を教えてるわけなのかなと思ってさ」

「確かにやろうと思えば長距離転移もできますが、いまのところその予定はありません」

「なんで?」

「いくつか理由はありますが、転移中は意外と無防備なので、そこを攻撃された場合、ふたりを守りきる自信がないからです。それと、私も五日前に気付いたのですが、この町の近辺にはかなり強力な転移妨害用の妖血陣が張られているので、いま現在は外へ転移することが難しいからです」


 妖血陣というのは魔族が多用する人や魔物の血を使った魔法陣の一種である。

 人間の魔術師が使う魔法陣よりも遥かに強力であるが(そもそも魔法陣が、この妖血陣のモノマネという説もある)、基本的に使い捨てで、効果時間も短いので、そうそう簡単に使えるものではない。



「そうなると通常の方法で移動することになりますが、当然妨害もあるでしょう。それで万一の際は、彼らが自力で生き延びられるよう手配しておきたかったからです」


 ランスがその言葉の意味を理解するのに、たっぷり十呼吸はかかった。


「ちょっと待て! まだ狙われているのか!? いや、魔王である君の転移を妨害できて、さらに数日に渡って妖血陣を構成できる相手って――」

「ええ、他の《魔王(シャイタン)》か、それに近い存在の可能性が極めて高いです」


 あっさり頷かれて絶句したランスだが、こうした事態の変化にはさすがに慣れたもので、すぐに身を乗り出すようにして、ルシアに畳み込むように尋ねた。


「誰だ? どの魔王なんだ?」

「判断材料が不足しています。怪しいと言えばほとんどの魔王が怪しいでしょうね。私は第二番目(デウテラー)の魔王とは比較的友好的な関係を築けていますが、あくまで“比較的”ですし、他は言わずもがな。いつ寝首をかかれるか不明の関係ですから」

「“第二番目(デウテラー)の魔王”……“デウテロス”じゃなくて女性形の“デウテラー”ってことは女なのか。それにしても、話には聞いていたけど、やっぱり魔王同士でも対立は激しいらしいね」

「お互いに我が強いですからね。逆に《天使(アイオーン)》の方は、機械か蜂のように全体として疑似的な超自我を形成しているので、金太郎飴……判で捺したように同じです。『一にして全、全にして一』もしくは『我らは主命を果たすのみ』ですね。その調子で七大天使以外は個性がほとんどありませんし、また七大天使も受け継がれた個性を複写されただけなんですけど」


 結構、重要なことを話しているのだが、いまいちランスには通じていなかった。


「とりあえずは、アニスの回復を待って行動を起すつもりですが、さすがにその前に相手も痺れを切らすでしょうから、事前に打てるべき手は打っておきたいのです」

 予想外に逼迫した情勢だと理解して、顔を強張らせるランスに向かって、ルシアは畳みかける。

「ですから、常に神剣は帯刀するようにしておいてください。もしかすると、この瞬間にも敵が襲ってくるかも知れません」


 淡々とほのめかされたその事実に、ランスの顔つきが変わった。

 戦いを前にした勇者の顔に。


「へえ。そいつは楽しみだ」


 相手が魔王、もしくはそれに類する強敵だと知っても怖気づくことなく、楽しみだと言ってのける。

 これこそが勇者であった。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 夕方、ランスが宿の部屋――といっても、五階建のホテルの最上階をほぼ半分を借り切っているのだが――へ戻ると、外に出ていた仲間たちが全員戻っていた。


「おかえりなさいませ、勇者様」

 慎ましく出迎えてくれるエリィに「ただいま」と返し。


「どこ行ってたのよ、ランス?」

 やや不満そうに訊ねるイーディスには、「気分転換に町の外を散策していたんだ」と、適当にはぐらかした答えを返す。


「おやおや、我らの目を盗んで麗しい女性をエスコートしているものだとばかり思いましたよ、我らが勇者は」

 意外と鋭いところを見せるボールドウィンだが、彼の場合は口を開けば女性の話なので、これはただ単に正解の方が勝手にその口へ飛び込んだと見るべきだろう。


「あんたじゃあるまいし、ランスは真面目なのよ!」

「そうですよ、ボールドウィン卿」


 即座にイーディスとエリィが口々にランスの擁護をするが、これが逆にランスの苦笑を深くする理由となった。


「ふむ。気のせいか朝に比べてすっきりした顔をしておるぞ、ランス」


 ブランデーの瓶を抱え、中身を水みたいに飲んでいたゴヴァンが、ランスの微妙な表情の変化に気付いて声をかけてきた。


「そう……かな?」

「うむ。今朝までは辛気臭くて葬式帰りみたいじゃった、いまはまるで憑きものが落ちたようにスッキリしておる。まるでルシ……いや、気のせいじゃわい」


 ルシアの話題を口に出しかけて、さすがに無神経に過ぎると思ったのか、言葉を濁して代わりにブランデーを煽る。


「そういえば、兄ちゃん。昼間、冒険者ギルドに行かなかったかい?」

 部屋の隅で珍しく大人しくしていたダグ(、、)が、椅子に座って足をブラブラさせながら無邪気な表情で訊ねた。


「ああ、ちょっと小醜鬼(ゴブリン)を狩ったので、その報告でね」


 まるっきり嘘でもないし、事前に訊かれたらこう返そうと想定もしていたので、ランスはごく自然に返せた。

 それから部屋に備え付けのクローゼットから、神剣《至高の栄光(ル・ソレイユ)》を取り出して腰に佩いていた練習用の魔鋼製の剣と替える。


「ん? どうかしのか。神剣なんぞ持ち出して?」

「単なる気持ちの問題ですよ」


 怪訝そうに眉を寄せるゴヴァンにそう返してから、ランスは一同の顔を見回した。


「ところで皆は晩御飯はもう食べたのかな? まだならギルドの受け付けの人から、美味しい郷土料理の店を聞いたので、皆で食べにいきませんか?」

「それは願ってもないことだけど、えーと、その、いいの?」


 ここのところ落ち込んでいたランスの事情を斟酌して、イーディスが柄にもなく気を使って確認するが。


「落ち込んでいる時こそ、美味いものを食べて、美味い酒を飲んで、綺麗な女性に囲まれて、馬鹿話をするのが長生きの秘訣……でしたよね?」

 茶目っ気たっぷりにウィンクされて、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったゴヴァンとボールドウィンだったが、

「言い寄るわ!」

「いや、その通り!」

 たちまち破顔したふたりは、立ち上がるとランスをお互いに両脇から支えるように肩を組んで、善は急げとばかり連れ立って夜の町へと繰り出した。


「ゆ、勇者様!?」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 慌てて上着を羽織ったエリィとイーディスがそれを追う。


 最後にダグが、ランスの腰にある神剣をちらりと確認して、「ちっ」と、舌打ちしながら一同の後に続いた。

2/2 誤字修正しました。

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