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第三話 [再会]

 交易商であるブランドン率いる移動商人(キャラバン)が魔物に襲撃された件を、倒した〈六角妖牛(ヘキサオックス)〉の魔石と、ブランドン当人の証言を加えてホウチーの町にある冒険者ギルド支部に報告を終えたランスたち一行。

 面倒なお役所仕事を終えた開放感から、ギルド支部の玄関をくぐって外に出ると同時に、全員が申し合わせたかのように、

「「「「「「はぁ~~~~……」」」」」」

 と、ため息をついた。


「やれやれ、すっかり肩がこったわい。一杯、燃料を引っ掛けねばやっとられんわ」

 洞矮族(ドワーフ)らしく、真昼間から飲むつもりでいる気満々のゴヴァンに、

「まったく同感ですな。民族衣装をまとった美しい女給相手に地酒を嗜む。旅の醍醐味でしょう」

 伊達男のボールドウィンがすかさず同意する。

 この男、魔術都市サラトガ出身の男爵位を持つ優秀な魔術師なのだが、変人揃いの魔術師の例にもれず『飲む・打つ・買う』三拍子揃ったダメ人間でもあった。


「真昼間からお酒と女性ですか……」

 不謹慎だと言わんばかりの顔で閉口するランス。


「まあまあ、兄ちゃん。ギルドじゃろくな情報がなかったんだから、こういう時には酒場で噂話とか集めるのは冒険者の常識だよ」


 気楽な口調と態度で、伸び上がってランスの肩を叩くのは、見た目十歳くらいの旅妖精(ハーフリング)のダグである。


「それはまあ、わかってはいるけれど……」

 モラル的に納得はできないという顔のランス。


「あと、こういう市場だと、外から来る人間の話って意外と馬鹿にできないんだよ。と言うことで、ボクとイーディス姉ちゃんは広場で歌と踊りで情報を集めてくるよ!」

 そうさっさと決めると、近くにいた半妖精族(ハーフ・エルフ)の少女――イーディス――の手を掴んで、人通りの多い方へと引っ張って行く。


「お、おい、わたしは承知したわけじゃないぞ! あと、『姉ちゃん』と呼ぶな。お前の方が年上だろうが――」

 無理やり引っ張られていったイーディスの抗議の声と、

「まあまあ、いいからいいから。楽器できるの姉ちゃんだけだし」

「勝手に決めるな。だいたいお前の目的は情報じゃなくてオヒネリだろう!?」

 ダグの気楽な声が、人波の喧騒の中へと消えていった。


「んじゃ、そういうことで」

「うむ。適当な所で飲んでくる。夜までには宿に戻るわい」

 どさくさに紛れてボールドウィンとゴヴァンもそそくさとその場を離れる。


「「………」」

 後に取り残されたのは一行のリーダーであるランスと、女性神官のエリィだけであった。


「――しかたない。このまま宿へ戻ってもやることはないし、僕たちも市場あたりで聞き込みをしよう」

「そ、そうですね。ランス様」


 嘆息するランスと、思いがけずにふたりだけで行動することになり、若干、頬を染めながら頷くエリィ。


 市場と言ってもこの街自体が市場のようなものである。

 適当にぶらつくランスと、その背後に付き従うように進むエリィ。


「やっぱりこのあたりは珍しい物が多いね。毛織物とかなかなか精巧でいいな。旅の途中で荷物にならなければ、国元へ土産に持って帰りたいくらいだね」

「そうですね。このあたりは羊の牧畜が盛んですから」

「さすがは草原国家オーガスタってところかな。看板に偽りなしだね」

「そうですね。いろいろと物珍しくて目が回りそうで――ああ、お菓子とかも随分と贅沢にバターを使っていますね」


 露店で売っているお菓子に目を留めてのエリィの感想に、

「ああ、そういえばバターの良い匂いがするね。……お菓子か。ルシアがいれば山ほど買っていただろうな」

 懐かしそうにランスが目を細める。


 旅の途中、珍しいお菓子を見つけると必ず購入して、仲間たちにもおすそ分けしていたルシア。

 酒好きのゴヴァンは閉口していたけれど、それでも誰も文句を言わずに山盛りのお菓子を食べるのが恒例行事のようになっていた。 

 あの細い体のどこに入るのか。どうして太らないのか。

 いつもイーディスが絡んでいた、甘くていまとなってはほろ苦い思い出。


 しんみりしたランスをおもんばかってか、エリィが珍しく積極的に話しかける。


「……いまだから話せますけど、ルシア様って嫌なことやムシャクシャしたことがあった時に、気持ちを発散させるためにお菓子を食べていたんです。よくルシア様が冗談めかして言っていました。ゴヴァンさんみたいにお酒好きだったら、間違いなく呑兵衛聖女ができあがるところだったって」


 その告白に、えっ!? とランスは目を丸くした。

 いつも穏やかでににこにこ微笑んでいたルシア。人の悪意や愚かさを目にしても、決して怒りや嘆きを見せなかった彼女を皆が『聖女』と呼び、ランス自身も彼女を無限の包容力と慈しみをもった女性だと無意識に思っていた。

 だが、そんなルシアにも、人に言えない悩みがあったなんて……!


 いや、考えてみれば当たり前だ。この世に完全無欠の人間……いや、天使ですらいないって。

 

 在りし日の彼女の言葉が脳裏に蘇る――。


「ねえ、ランス。一般的に天は無謬(むびょう)の存在だと教えられていますが、天使様の神託にも間違いがあるのはあなたもご存じでしょう?」

「それは、天に背く存在が神託を歪めるもので……」

「別に魔族が絡まない事例でも、ちょくちょく予想外の事は起きているわ。間に教団が介在しているので、大事になる前にカバーしているけれど」

「………」

「だから思うの。この世に完全無欠のものなどないって、だけどたとえ不完全でもそこにはきっと意味があると思うわ」


 あの時にはどうにも納得ができなかったけれど、もしかするとあれは自分と言う不完全な人間を本当に理解して欲しいという、ルシアの切なる願いだったのかも知れない。

 埒もない思いに浸るランス。


 ルシア。君は本当に消えてしまったのかい? 僕の守護天使である第二大天使(ラキア)様は、

「ルシア・フィリールはもはや存在せず。心して聞け。ルシア・フィリールの姿をした者は神敵である! 次に相まみえる時があれば、汝の剣にて浄化せよ!!」

 と、強い口調で神託を下した。


 どういうことなんだ? 君はいったい? そして僕はどうすれば……?


 重いため息を付いたランスを元気づけようと、エリィは必死に明るい声をかける。


「ランス様、ここの名物のお菓子ってパイ生地に砕いたピスタチオとバターを入れて糖蜜をかけて焼くパイだそうですよ。美味しそうですね。あっちの露店で売っているそうですけど、もしかするとルシア様がひょっこり買いに来ているかも知れませんよ」


 エリィの気づかいに、ランスも形だけ微笑みながら、

「そうだね。案外、ルシアがひょっこり――」

 続く言葉が途切れる。


 エリィの指さす先、並ぶ天幕(テント)の数張先で、焼かれたパイに引き寄せられているローブにフードを被った人物は、

「ルシアーーーーーーーーーーーッ!!!」

 考えるよりも先に、ランスは絶叫とともに駆け出していた。


     ◆ ◇ ◆ ◇


「ルシア姉ちゃん。なんか騎士みたいな金髪の兄ちゃんが、えらい剣幕で姉ちゃん目がけてくるぞ」


 マイペースに露店で店の親父と交渉をしているルシアの袖を引っ張るフェリオ。

 明らかに異国人で、身分も高いであろう若者が、人と天幕(テント)を薙ぎ倒さんばかりの勢いで全力疾走しているのだ。目立たないわけがない。


「人違いじゃないですか?」

 振り返りもしないで答えるルシア。目線の先はいままさに焼きあがろうとしているパイに夢中である。


「いやいや、ちゃんと姉ちゃんの名前を呼んでるから。すげー、血相を変えてるけど、なんかしたのか?」

「さあ? ストーカーじゃないでしょうか?」

「すとーかー?」


 言葉の意味は分からないけれど、なんとなくニュアンス的に半分くらい正解なんじゃなかろうかと、明らかに常軌を逸した若者と冷淡なルシアの背中を見比べるフェリオ。

 そうこう言っているうちに若者がこの場にたどり着いた。


「……ルシア……?」

 この期に及んで背中を向けたままのルシアを前にして、途端、来た時の勢いが尻つぼみになり、恐る恐る声をかける騎士の若者。


「人違いです。――あ、おじさん、パイは丸ごとまとめて五個ください」

「そんだけ食うなんて、絶対にルシアだろう!? ルシア・フィリール! 僕だ、ランスロット・ハウエルだ!」


 その言葉に、胡乱な目つきで若者を見ていたフェリオの目が丸くなる。


「“フィリール”って、ルシア姉ちゃん、もしかして聖堂都市レナトゥスの公爵家のお姫様なのか!? んでもって、こっちは勇者ランスロット卿!?」

「そうだ」

「違います」


 ふたりの口から同時にまったく逆の答えが返ってきた。


 困惑するランスとフェリオを無視して、商品を前に交渉していたルシアだが、ふと「――ああ、そうですね」いいこと思いついたとばかり、ポンッと手を叩いて振り返った。


 そのまま無造作にフードを下ろして、ランスの顔を正面から見る形になるルシア。


 あっさりと再会できたルシアの変わりない美貌と銀髪紫瞳を確認して、長い長い旅の果てに重い荷物をようやく下せたかのように、安堵の笑みとともにランスの肩から力が抜けた。

 そんなランスから横に視線をずらせたルシアは、困惑しているフェリオに言い含める。


「何度も言いますけど、今の私は公女(プリンセス)ではなくて、魔王(シャイタン)です。……もっとも魔王にランクアップしたというのに、暮らしぶりは文無し、宿無し、仕事無しなのですが。と言うことで、ランス」


 不意に『ランス』と気負いなく呼ばれ、天にも昇る気持ちで満面の笑みを浮かべるランスの前に、ひょいと見慣れた白金色のギルド証が差し出された。


「これなんとかなりませんか? ギルドで貯金を下ろそうと思ったら、使用不能になっていたんです。――と言うことで、おじさん。彼が立て替えてくれます」

「あ、ああ、行方不明に失効中だから。じゃあ代わりに払うよ」


 ノリで反射的に財布を出すランス。


「……悪魔だ。男を手玉に取る悪魔がいる。女ってこえー」

 その手管に蒼然と背筋を震わせるフェリオ。(よわい)十三歳にして女性の魔性を知った瞬間であった。


 刹那――。


「聖なる光よ、断罪の剣となり、穢れし者たちを調伏せよ。――“ジャッジメント”」


 ランスの後方から少女の聖句とともに、フェリオも一度見たことのある光の奔流がルシアを襲う。


「聖なる光よ、断罪の剣となり、穢れし者たちを調伏せよ。――“ジャッジメント”」


 すかさずルシアも、まったく同じ神聖魔術を使って迎撃した。


「――ッ!?!」


 まったく同じ軌道で放たれた『ジャッジメント』の光が、空中で衝突して互いに消え去る。

 これはつまり、先に放たれた魔術を即座に看破して、余裕をもって対応されたということである。

 だが、それにしても使われたのが神聖魔術であったという事実に、術を放ったエリィが呆然となった。


「なにをするんだ、エリィ!?」

 困惑するランスと、

「ちょっと見ない間に術が下手になりましたね、エリィ。力任せで繊細さがありません。実戦も結構ですが、大事なのは普段の練習の積み重ねだと言ったでしょう?」

 面白くもない顔で冷静に指摘するルシア。


 変わらない声で名前を呼ばれて、一瞬、泣き笑いのような表情を浮かべたエリィだが、そんな感傷を即座に捨て去って、鋭い目でルシアを睨みつけた。


「お忘れですか、ランス様。次にまみえた時にはルシア様は別人に取って代わられていると神託を受けたことを。そして、わたしはこの耳で聞きました、いまのルシア様は魔王(シャイタン)だと」


 その言葉に胸を抉られたような表情で、改めてルシアの超然とした顔を見詰めるランス。


「まさか。本当なのかい、ルシア……?」


 嘘だと言ってよッ! という無言のランスの願いも虚しく。


「私が第九番目(エナトス)の魔王というのは本当ですよ」


 あっさりと肯定されて、ランスは足元……どころか、世界すべてが崩れ落ちるような感覚に陥った。


「いやいや、まってくれよ、勇者様! 確かにルシア姉ちゃんは魔王だけど、良い魔王なんだ!」


 必死にルシアを擁護するフェリオ。ちなみにマグヌス派の教典では魔王は邪悪の化身であり、更正の余地なく滅殺する対象である。


 そのひたむきな姿に、少年の存在にいま気付いたような顔で、ランスはノロノロと沈んだ目を向けた。


「……君は?」

「俺は姉ちゃんに助けられた、フェリオ。フェリオ・バウアって言うんだ」


「フェリオ・バウア?! 水網都市マレントゥス首席のお孫さんの!?」

 素っ頓狂な声を上げるエリィ。


「ああ。そうだけど……」


 なんで知ってるんだ? と続ける前に、エリィとランスの瞳が哀しみに曇った。


「――っっっ。そうか、そういうことか。魔物に拐われたはずの君がそんなにやつれ果てて、ルシアと一緒にいる。つまり、そういうことなんだね……?」


「「……?」」

 どういうこと? と思わず顔を見合わせるルシアとフェリオ。


 と、ランスの腰の神剣が、いますぐに自分を抜け! 神敵を滅ぼせ!! とばかりガタガタと鞘の中で揺れ出した。


「――神剣『至高の栄光(ル・ソレイユ)』ですか。相変わらず鬱陶しいですね」


 微かにこぼれる神剣の光を目にしたルシアは、不快げに顔をしかめた。

 それから真顔でランスを見詰め、

「では、お支払いはお願いします」

 しっかりと袋詰めされたお菓子やら食料品やらを片手に、もう片方の手をフェリオの肩に置いた。


 その次の瞬間、ぐらりとフェリオの目の前の世界が入れ替わって、いつの間にか市場(バザール)を見渡せる高い屋根の建物の屋上に転移していた。


「あ……れ?」

「面倒そうだったので宿屋の屋上へ転移しました。さあ、戻って食事の支度をしましょう」


 最前までの騒動などなかったかのような顔で、フェリオを促して屋上から下りる階段に足を掛けるルシア。


「あ、ああ……。――うん。なんかややこしくなりそうだったから、しょうがねえよなー」

 慌ててその後について下りるフェリオ。

 それから、ふと、気になって尋ねた。

「つーか、やっぱ魔王って神剣は怖いの?」


 口に出してから、魔王の弱点に関することとか、かなりヤバい質問したんじゃね!? と、軽はずみな問い掛けを自覚して、全身から脂汗が流れる。

 対して、いつも通り淡々とした口調でルシアは答える。 


「怖いと言うよりも、生理的に気持ちが悪いという感じですね。傍に寄られただけでも、台所の害虫を百倍大きくして一万倍気持ち悪くした虫の大群にたかられている気分です」

「うへぇ~~っ」

「それと、私は二重の意味で経験がないですけど、斬られるともの凄い異物感で、ほとんどレイプされている感覚だそうです。なので、進んで神剣や聖剣と対峙しようとは思いませんね。斬られて喜ぶような変態は第八番目(オグドオス)の魔王だけで十分です」


 喜ぶ魔王もいるのか!?! と、ルシアが語る裏話に慄然とするフェリオであった。


「にしても、あの勇者の兄ちゃんも人の話聞かねえ相手だったなァ。あれ姉ちゃんの恋人? 顔はいいけど、面倒そうな相手だなあ」

「……そうですね。私もそう思います」


 どことなくしみじみとしたルシアの同意が返ってきた。

1/24 ご指摘があったので、一部表現を変えました。

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