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プロローグ [再誕の日]

最近、書いている内容がマンネリでなおかつお笑い系になっているので、ちょっとリハビリを兼ねて本格的なファンタジーを書いてみました。お楽しみいただければ幸いです。

 目覚めたところは巨大な洞窟――いや、古代遺跡のようなひび割れた地下神殿の中心だった。


「……ふむ」


 かつては壮麗な祭壇であったであろう、石造りの小さなピラミッドのような台座の上で、“私”は上半身を起こした。

 完全に朽ち果てた遺跡にしか見えない神殿だが、何らかの魔術的機能が生きているのか、ひび割れた天井がぼんやりと光って室内に薄明かりを灯している。


「………」

 特に視覚に頼る必要はないのだが、この“(うつわ)”が人であった頃の惰性に従って、台座に座ったまま視線を巡らせる。


 薄明るいとは言え、夜行性の生き物でもなければ碌に視界も効かないであろう半ば闇に沈んだ室内。

 だが、私の眼は明瞭に周囲の光景を写し取ることができた。


 その事に特に疑問に思うことなく、一通り周囲の状況を確認した私は、続いて手を握ったり肩を回したりしながら器の具合を確かめる。


 多少、動きがぎこちないがまあ仕方ないか。なにしろ私はたったいま(、、、、、)産声を上げたばかりなのだから。


 いわば今日は私の記念すべき再誕の日(リ・ボーンズ・デイ)である。……もっとも、この世界が私という存在の誕生を祝福しているかどうかは定かではない。

 いや、少なくとも『神の使徒』とその眷属であれば、唾棄と怨嗟、呪詛の叫びを嵐のように浴びせかけることだろう。


「――御生誕心より奉祝申し上げます。第九魔王(エナトス)陛下」


 と、不意に傍らから声がかかった。

 そちらの方へ視線を巡らせると――やたら長い銀色の髪が鬱陶しいが、これが私という存在の象徴でもあるのでしかたがない――台座の脇に平伏すような形で、一抱えほどの犬とも小熊ともつかないクリーム色の生物(?)が、両手両膝を突いて蹲っていた。


「?」


 訝しげな私の視線に気づいたのだろう、一見してヌイグルミのようなその生物が、下を向いて恭順の姿勢を貫いたまま名乗りをあげた。


魔帝神(ゴエーテイ)聖下の主命により参上いたしました。陛下の麗しきご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉りまする。それがしはウーラ。第九番目(エナトス)の魔王陛下の下僕(しもべ)にございます」

「魔帝神聖下……? 第九の魔王……? ふむ……?」


 思いの他、高く澄んだ声が紡がれる。はて、私の声はこんなだったろうか?

 疑問に思った瞬間、不意になぜか脳裏に青い惑星と弓状の列島が脳裏に浮かんだ。


(……ンター試験の会場へ急がないと……)

(こんな日に大雪でバスが……)

(あなたは……? スリップ事故で俺/わたし/僕/あたしは死んだ……?)

(……魔王の器? 異界の魂を定着……まって、あなたは……あなた様は?)

(は? 第九の魔王……?? 異世界??? そもそも何をすれば……)

(くっ――情報量が異質かつ多すぎて整理しきれな……)


 同時に、いまの私自身と、この世界〈円環をなす大地(アルクスギア)〉に関する知識が堰を切ったように流れ込んできた。

 

「……なるほど、理解した。しかし“下僕”とは? 妖獣族とは本来、魔素に汚染された妖精種が独自の進化を遂げた生き物であろう? ――ああ、そのままでは会話が面倒だ。おもてを上げるが良い」


 そう促してもしばし逡巡していたウーラだが、おずおずとした態度で(ひざまず)いたまま顔を上げる。

 見た目通りくりっと丸い目と愛嬌のある獣相があらわになった。


「……可愛い」

 反射的に思ったことを口に出していた。

 短い手足にもふもふした見た目といい、動くマスコットと言っても過言ではないだろう。


「お目汚し申し訳ございません。それがしは妖獣族の中でもさほど力を持たぬ矮小なる存在。それゆえこの姿であり、またそのため陛下の器として、そのような力弱き者を媒体をせざるを得ませんでした。我が身の非力さ、不甲斐なさ、平に……平にご容赦くださいませ!」

 悲痛な声で訴えかけるウーラ。


 と、言葉と同時に念話――魔族であれば誰しもが持つ基本能力のひとつである――思念による説明がなされた。


 太古の昔より預言されていた第九番目の魔王である私が、ついにこの世界に顕現するとの啓示を得たウーラは、約束された刻限までに私を現世に受肉させるための媒体――つまりは生贄――を探し回った。

 魔王の本体はかつて全能神(アルコーン)との最終決戦で、ともに滅びた魔帝神(ゴエーテイ)の肉体(実際には霊体に近い)である。

 九つに分断された魔帝神(ゴエーテイ)の部品を核として、天と地の機が満ちた時、肉体的・霊的に優れた存在へ受肉させることで魔王(シャイタン)は生まれる。


 理想としては強大な亜神、竜種、英雄、精霊王……これらがベストであるが、残念ながらその伝手(つて)もなければ、ウーラのような非力な存在に狩られるような彼らでもなかった。


 そこでウーラが白羽の矢を立てたのは、人間種としてはおよそ千年に一度現れるかどうかというほどの高い霊力を持ち、なおかつ妖精王にも匹敵するほど清らかな乙女であった。生贄としての条件にはどうにか適合する。


 問題があるとすれば、少女が全能神(アルコーン)を崇める神殿において、まさしく掌中の珠――いや、至宝のように厳重に護られていたことだが、いまだ世界を知らず悪意に無頓着な彼女には、十分に付け入る隙がある。そう看破したウーラはひとつの計画を立てた。


 まずは彼女が月に一度、市外に巡礼に歩く際、たまたま(、、、、)他の魔物に追われ傷ついたフリをして少女の同情と庇護を得ることに成功した。

 そうして彼女に懐いたフリをして、甲斐甲斐しく取り入ったウーラを、彼女は数ヶ月に渡ってペット感覚で匿った。


 これは危うい賭けであった。万が一、神殿の関係者にウーラの存在がバレたのなら、おそらくは有無を言わせず討伐されていたことだろう。


 だが、すっかり油断しきっていた少女は疑うことも知らず、ウーラの術中にはまり、意識を失ったまま連れ去られ、そうして約束された今日この時、私――第九番目(エナトス)の魔王の顕現と相成ったのだ。


 もっとも、力こそがすべてである魔族においては、いかに霊力が高かろうがこのような脆弱な器はどうしても見劣りがする。ウーラとしては、叶うものなら勇者あたりを媒体としたかったのだろう。

 忸怩たる表情がそれを物語っていた。


「……いや、私は別に気にはしていない。それで、そなたは誰か? そもそもここはどこか?」


「はっ。ここは忘れ去られた魔帝神(ゴエーテイ)聖下の奥津城(おくつき)にございます。そしてそれがしは魔帝神聖下の聖骸をお守りする、いえ、お守りしていた魔神官一族の最後の末裔にございます。それゆえに、いまは第九魔王(エナトス)陛下の下僕にございます」


 なぜそれが『それゆえ』私の下僕となるのか……? と問い掛けかけて、すぐに答えが自分の知識の中から返ってきた。


「ああ、なるほど……かつて全能神(アルコーン)によって九つに分けられた魔帝神(ゴエーテイ)の骸。それを密かに守護していた墓守がお前なのだな?」


「左様でございます。遥か神話の時代。怨敵である『全能神(アルコーン)』を打ち滅ぼすのと引き換えに分かたれた魔帝神(ゴエーテイ)聖下の聖骸。それをお守りするのが我らの役目でありました……ですが、第一の(プロートス)魔王陛下が顕現されてより五千年。最もお若い第八の(オグドオス)陛下ですらこの世界に現れたのは六百年もの昔のこと。さらに同じ魔王陛下同士であってさえ……いえ、ともかくも、昔日の栄光は忘れ去られ、いまやこの地は天からも地からも忘れ去られた廃墟と化しました。我ら墓守もそれがしを最後として途絶えようとしております」


 だが最後の最後に私の顕現という大事を成し遂げられた、その安堵と喪失感がウーラの思念を彩っていた。


 ふむ、つまり最大の目的を達成したため、その埋め合わせとして私の下僕に収まるというわけか……。

 言葉と思念は殊勝だが、どうにも胡散臭いな。この古狸が。というのが私の感想だった。

 あるいはいいように騙され、利用されたこの器の少女の怨みつらみがまだ残っているのかも知れない。


 ウーラは表面上はにこやかに話を続ける。

「それにしてもようございました。これで予言された魔王(シャイタン)陛下九柱がすべて揃い、忌々しい七大天使を駆逐することも可能でしょう」


「――? 九柱の魔王が揃わねば七大天使と対抗できないのか? 魔王とはそれほど弱い存在なのか?」


 私の素朴な疑問に、ウーラは己の失言を悟って顔色を失くしたが、私からの問い掛けを無視するいかず、しぶしぶ一度閉じた口を開いた。

魔王(シャイタン)陛下と称しましても、実際のところ魔帝神(ゴエーテイ)聖下の直系たる御方は御三方だけ……おっと、第九魔王(エナトス)陛下を加えて四柱のみであり、残りは畏れ多くも本来の魔王(シャイタン)陛下を弑逆(しいぎゃく)し、魔帝神(ゴエーテイ)聖下の核を奪い取った逆賊。所詮はまがい物に過ぎません。対して天使(アイオーン)どもの統率者である七大天使は、半数以上の四名が真なる全能神(アルコーン)の分霊でございます。つまりこたびの陛下の御生誕で、ようやく四対四の同数となったわけでございます」


「なるほど。魔族といい魔王といい天使どもといい、まこといろいろとあるのだな」


「はい。畏れ多いことながら……」


「……ふむ」

 瞑目した私はしばし思考を巡らせ、

「やはり、単純な知識のみでは量れぬな。しばしこの世界を己の目で見て、足で歩くことにしてみよう」

 どうにも情報が不足している。と判断した私は台座から落ちて石造りの床に立ち上がった。


「は? それはいかような……?」


 目を何度も瞬かせるウーラに向かって、私は――かつてこの器の主であった少女巫女ルシア・フィリールがそうしたように――笑いかける。

 初めて作った笑みの形はさぞかし奇怪なものであっただろう。

 いまにして思えば、困惑したウーラの顔は私のその不器用な表情が原因であったかも知れない。


「決まっている。この世界〈円環をなす大地(アルクスギア)〉では、人間種がもっとも数が多く、多様な文化を生み出しているのであろう? そして私の器はもともと人のものである。ならば人の世に混じって学ぶことが最も自然であろう」

「はっ――はあ!?」


 素っ頓狂な声をあげるウーラを片手で抱き上げて、私はとりあえず器の記憶と人の気配を手繰って、人間の住む都市へと瞬間移動をすべく、おおまかな座標を定めた。

 まあ適当に遊んで、飽きたら壊すなりすればいいだろう。


 気楽な気持ちで、私はこの世界に第一歩を踏み出したのだった。

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