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第十話 [鉄級冒険者]

「20万ボルですか、ワイバーンを丸ごと売り払った割りに、大した儲けにはなりませんでしたね」

 テーブルの上に置かれた鉄色の(﹅﹅﹅)冒険者プレートを前にルシアが軽くため息をついた。


「ワイバーンは所詮は亜竜だからな~。肉はマズいし、骨も脆いし、歯も小さくて加工できないから、ほとんど魔石の代金だって、受付の小母さんも言ってたから仕方ないよ、ルシア姉ちゃん」

 受付のエマはまだ二十歳そこそこだろうが、妊婦であることから『母親=よその子の小母さん』という図式がフェリオの中では確定しているらしい。

 まあ、面と向かってそう言われても、彼女なら気にしないでしょうね、と思いながらルシアはちらりと視線を対面に向けた。

「やはり〈古竜〉(エンシェントドラゴン)を素材にすればよかったかも知れませんね」

 途端、同じテーブルで酒を呑んでいた赤毛の若者が、呑んでいた酒精を吹き出した。

「いやいやいや、姉ちゃんが何もない空間からワイバーンを取り出しただけでも、ギルドの解体屋が目を剥いていたくらいいだから! 〈古竜〉(エンシェントドラゴン)とか、偉い騒ぎになるって。……それにほら、お陰で特例の二段階昇進で俺も姉ちゃんも鉛級(レッド)から、鉄級(アイアン)になれたわけだし、こっちのドラゴンの兄ちゃんも冒険者登録できたんだし、待遇を考えればプラスだって」

「そうはいってもココから水網都市マレントゥスまでの道筋を思えば、20万ボル程度では手元不如意もいいところです。数億ボルにのぼる財宝とやらを期待したのに、取りに行けないとか期待外れもいいところでしたし」

「仕方なかろう! 入ってくるのは可能だが、グルグルと同じところに出て、どうあっても出ることは不可能な結界が張られているんだ!」


 ルシアの蔑みの視線に対して、赤毛の大男――真名(まな)が『テギトゥル・ティモル』という火竜の化身――が、身を乗り出すようにして弁明する。

 ちなみに冒険者登録をする際には『ティモス』という名で登録していた。

 ルシアは勝手に『クリスティーヌ剛田』という名で申請しようとして、すったもんだがあったのだがそれについては思い出すのも阿呆らしいので、フェリオは忘れることにしたのだった。


「空中にも作用する結界ですか……。外からくる分には問題なく、出ようとすると同じ場所に出る……奇門遁甲に似た結界のようですね。いまだに戻ってきて騒ぎになっていないのは、おそらく外に出ようとした者たちは、軒並み待ち構えていた魔族の餌になっているからでしょう」

 それにしても騒ぎになるのは時間の問題でしょう。物価が高騰したり、出し渋られる前に必要な物資を買い揃えておくべきでしょう。と、付け加えて、自分の分のカップに入ったジュースを飲み干すルシア。隣ではウーラがエールの入った杯を傾けて、オッサン臭くゲップをしていた。

 その様子を冷ややかに眺めながら、

「私は先に宿に戻ってアニスの様子を確認してきますので、その間にフェリオとクリスティーヌは、日持ちする食料を中心に市場(バザール)に行って、予算15万ボル内で買えるだけ買ってきてください」

 その指示にフェリオは、柑橘類で香りをつけられた冷えた水を飲み干して頷く。


 一方、 

「誰がクリスティーヌだ、誰が!? つーか、こんな餓鬼のお守か?」

 反応の芳しくないティモスの態度に、ルシアの冷淡な視線が巡らされた。

「嫌なら構いませんよ。貴方のスキルはすべてリーディング済みです。私が動くとランスの仲間たちが騒ぐので、雑用に使えるかと連れて来ただけで、使えないのでしたら脳味噌を破壊して、お金に換えるだけです」

 ニギニギと白い繊手を握る仕草をするルシア。

 途端、顔色を変えて頭を押さえるティモス。

「や、やめてくれ! やる、なんでもやるからやめてくれ!」

 直接、脳味噌に刻まれた呪詛によって、ルシアに逆らったり、反抗した場合には、即座に脳味噌がトコロテンになる呪いの恐怖に身悶えする。

「ふん。下等な竜族風情が、陛下のご下命を何と心得る……」

 ウーラがお代わりを欲しそうな態度で、グラスを振り回しながら吐き捨てるのを、軽く無視しながらルシアは手を蠢かせるのをやめた。


「姉ちゃんエゲツナイな~」

 頭蓋骨を貫通して、直接ドラゴンの脳味噌に呪詛をかける現場を目撃したフェリオが、思い出してゲンナリと呟く。

「異世界の正義の味方の罰則規定を参考にしただけです。要は裏切らなければいいだけなので、他の魔王のように絶対服従とか自由意志の剥奪などという、非人道的対応をしていないだけマシだと思いますが」

「いろいろとわかんねーけど、最初の話題に戻るけどさ。その結界って姉ちゃんでも破れないの?」

「破れますよ。――多分」

 頼りになるんだかならないんだか、微妙な返答に面食らってフェリオは頭を捻った。


「ですが私なら確実に二重三重に罠を仕掛けておきます。最初から罠とわかっているところに飛び込むのはバカ――です」

 微妙に最後、言葉を濁したルシアの若干煮え切らない態度に小首を傾げるフェリオ。

「――いえ、自分から火中の栗を拾うようなバカな勇者に心当たりがあるものですから」

「ああ~~」

 心から納得するフェリオであった。


「せめて相手がわかれば対処のしようもあるのですが……まあ、まず他の魔王(シャイタン)と直接交戦することはないですから、多少の策を弄されても力づくで突破できる自信はありますが」

 逆に言えば他の魔王(シャイタン)と直接交戦すれば負けるという意味である。

第九番目(エナトス)の魔王ってあんまし強くないの?」

 フェリオの素朴な疑問に、ウーラが「この無礼者の小僧が!」と、いきり立ち、当のルシアはあっさりと首を縦に振った。


「ええ、いまのところ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)私が最弱でしょうね。言うまでもなく、どんな武器や道具でも初期のものに比べて後に作られたものの方が性能が高いのが当然で、これは魔王(シャイタン)にも当てはまります。最終型の私は基礎性能で他の魔王(シャイタン)を圧倒していますが、道具ならぬ魔王(シャイタン)は学習効果によって学習し、能力を増加させ、また多くの配下を持つことで、強大な力を持つに至ったわけです。それに比べて私はまだ未完成な魔王(シャイタン)ですから、直接間接的にも他の魔王(シャイタン)との戦闘は避けるべきでしょう」

「ふ~ん」

 わかったようなわからないような顔で、フェリオは相槌を打った。

 ティモスは仏頂面で明後日の方を向いていた。


「どこかの野良魔族か、人間の呪術師でも黒幕なら問題はないのですが、水網都市マレントゥスの主席の孫を狙って攫い、長時間人質として保護する頭がある相手となると、魔王(シャイタン)の部下クラスが介在している可能性が高いので、私が表立って動くのは難しいところですね」

 そう締め括ったルシアの言葉を合図に、席を立ったフェリオとティモスは市場(バザール)へ、ウーラを肩に乗せたルシアは転移術で、アニスとランスが思いがけずに顔を合わせたであろう宿へと転移するのだった。


 ☆ ☆ ☆


「よし、わかった。じゃあ僕がなにがあっても、どんな妨害があっても、水網都市マレントゥスのエドガルド・バウア首席の元へ連れ帰ってあげるよ」

「本当ですか、勇者様!? あ、でも、ルシアお姉様もそうおっしゃってくださっていますし……」

「そうか、ルシアらしいな。じゃあ、僕とルシアとで協力して、アニスとお兄ちゃんを守るよ」

「ええっ、それは嬉しいですけれど。でも、勇者様は、そのルシアお姉様を……」

「大丈夫。喧嘩なんかしないし、他の仲間たちにもルシアに手を出さないように説得するから」


 胸を叩いて約束をする。

 ランスロットの後先考えない安請け合いに、アニスは感激して、戻ってきたルシアは呆れ返った。

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