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第八話 [魔鋼製の武器]

 上空から巨大な影が音もなく舞い降りてくる。


 広げた翼の端から端まで三十メルほどもあるだろうか。蝙蝠のような被膜のある翼と蛇のような長い首。蜥蜴のようにうねる尻尾。そして一対の角の生えた魁偉な顔。

 一般的に《ワイバーン》と呼ばれる竜の一種が、その巨体からは信じられないほど静かに、地上の獲物目がけて舞い降りてきた。


「………」


 無言のままその場に佇むルシアは、〈ワイバーン〉が咆哮を放った瞬間、手近にあった魔鋼製の投槍(ジャベリン)を無造作に掴んで放り投げた。

「シフト・シェイプ――『ブーメラン』」

 投げる瞬間、そうルシアが唱えると、投槍(ジャベリン)は見る見るフォルムを変えて、魔鋼製のブーメランと化して飛んでいく。


 直線的な軌道ではない、弧を描くブーメランの不規則な動きに咄嗟に対処できず、空中で焦りながら回避しようとする〈ワイバーン〉だが、ブーメランは狙い(あやま)たず左の翼の被膜をズタズタに引き裂いた。

 

「GAHHHHHHH!!」

 怒号とも悲鳴ともつかない咆哮を放ちながら、もんどりうって地面へ激突する〈ワイバーン〉。


 と、投擲した瞬間から、その落下地点を予測して走り出していたルシアの手にブーメランが戻てくる。


「シフト・シェイプ――『ハンドアックス』」

 先ほど同様にブーメランは再び姿を変え、身悶えする〈ワイバーン〉の元へたどり着いたルシア手には、魔鋼製の手斧が握られていた。


「GAAAAAAAAAAAAH!?」


 反射的に顔を上げた〈ワイバーン〉の瞳に最期に映ったのは、日の光を反射して鈍く光る手斧の刃であった。

 ズンッ!! と、重い音ともに一撃で《ワイバーン》の急所である眉間が叩き割られた。


 ★★★★★★


「……と、こんな感じで魔鋼製の武器があれば、〈ワイバーン〉程度なら非力な女子供でも倒せます」


 眉間に手斧が突き刺さしたまま絶命した〈ワイバーン〉。振り返ったルシアが事もなげにフェリオに言い聞かせる。


「いやいやっ。むりむり! ルシア姉ちゃんならともかく、いきなり〈ワイバーン〉とか無理っ!」


 血相を変えるフェリオを無視して、手斧――できたばかりの魔鋼製の武器――の柄に手を掛けて引っこ抜いて回収したルシアは、

「スキルは『恐慌Ⅱ』と『風魔法Ⅳ』ですか。まあまあですね」

 いつもの調子で《ワイバーン》の背中に乗って、その心臓部にある魔石からスキルも吸収した。


「――なかなか淡泊で美味ですな。特にこの脳味噌のコクが」

 そんなルシアの足元では、今回はついてきたウーラがちょろちょろしながら、〈ワイバーン〉の死骸を貪り食っている。


「………」

 ふと視線を感じて、ウーラが血まみれの頭を上げると、ルシアがどことなく辟易した視線でその背中を見ていた。


「どうかなさいましたか、陛下?」

「……いいえ、別に」


 素っ気なく答えたルシアだが、ほとんど聞こえないくらい小さな声で、「……マスコット詐欺」と続けた。


 それから気を取り直して、フェリオへ手斧を差し出したが、

「だから無理だって! そもそも〈小醜鬼(ゴブリン)〉から〈ワイバーン〉とか、順番を素っ飛ばし過ぎだって!」

 フェリオは必死に受け取りを拒否する。


「大丈夫ですよ。いま私はスキルを使わない素の状態でしたし、五日で作ったにしてはこの魔鋼製の武器も良い出来ですし」


 今回、予想外に早目に魔鋼製の武器が仕上がったのは、

「僕たちの武器は後でいいから、先にフェリオの武器をお願いします」

 というランスの鶴の一言のお陰である。

 もともとランスのサブウエポンとして仕上がりかけていたコレを、フェリオ用に流用した結果であった。


 ちなみに今回作られた魔鋼製の武器は、材料に敵に応じて六変化する〈六角妖牛(ヘキサオックス)〉の角が用いられているため、幾通りかの形態変化を可能としたなかなかの逸品である。


「なんぼ武器が良くても無理だって! 〈小醜鬼(ゴブリン)〉ならともかく、〈ワイバーン〉とか! 俺、まだ十三歳だよ!?」

「ランスは十三歳の時に、鋼鉄製の武器で〈ワイバーン〉を屠ってましたけど?」

「いやいや。それ比較対象がおかしいから!」


 断固として受け取りを拒否するフェリオの態度に、ルシアは「ふむ……」と考え込んだ。


「――ならばこうしましょう。とりあえずいま習得した『恐慌Ⅱ』で、私が低レベルの魔物の戦意を挫きます。それを倒すことでまずは武器の習得に専念しましょう」

「まあ……それなら」


 実体はともかく、見た目は(はかな)げな美少女にそこまで言われては、さすがに男子としてこれ以上嫌だと駄々をこねるのも憚れて、フェリオはしぶしぶ同意して、差し出された手斧状になった魔鋼製の武器を受け取った。


「んじゃ、適当な魔物を探しにいこうぜ、姉ちゃん!」


 単純なもので、武器を手にした途端、威勢のよくなったフェリオの様子をしばし眺めていたルシアだが、ついとその視線が地平線の彼方へ流れた。


「いえ、その必要はありません。死肉の臭いを嗅ぎつけて、何か近づいてきていますから」


 その言葉に応えるかのように、遥か彼方から『ドドドドドーッ!!!』と、太鼓を叩いているかのような凄まじい足音と地響きが近づいてくる。


「――〈屍食竜(スカベンジャー)〉がおよそ三十匹。〈ワイバーン〉と違って制空権を占有されない分、手頃でしょう」


 別名直立竜スタンディングドラゴンとも呼ばれる、肉食恐竜に酷似したフォルムの全高五~七メルある肉食竜(〈屍食竜(スカベンジャー)〉と言うが、生の獲物も普通に狩る)を前に、淡々と言い切るルシア。


「いやいやいやいやっ!! 死ぬ! 喰われるって!!!」

「大丈夫です。私の髪の毛で防御は固めているので、亜竜程度の牙は通りません。ちょっと痛いけど」

「ちょっとってどのくらい?!」

「……奥歯を五~六本まとめて無理やり引っこ抜くくらいの痛みですね」

「死ぬっ!!」

「まったく。不甲斐ないですのぉ。陛下がこれほどご厚情をかけているというのに……」


 ルシアの左肩のあたりへ這い上がったウーラが、傲然と胸を張ってフェリオを見下す。


「……しかたがありません。確かにランスと比較するのが酷でした」

『でも、がっかりしました』と、言わんばかりのルシアの嘆息を受けて、フェリオの闘志に火が付いた。


「やっ――やってやらー!!」


 半ばヤケクソで、手斧状態になったままの魔鋼製の武器を手に、〈屍食竜(スカベンジャー)〉の群れに向かって走り出すフェリオ。

 傍目には自殺志願者にしか見えない特攻である。


「ファイトー」

 その背中へルシアの熱のない声援が飛んだ。


     ◆ ◇ ◆ ◇


 宿の三階。普段は通り過ぎるだけのフロアだが、ちょうどひとりで階段を下りてきたランスは、部屋着でふらふらと廊下を歩いている少女に気付いて足を止めた。


 十歳くらいだろうか。目鼻立ちのくっきりした――気のせいか誰かに似ているような気もするが――なかなかの美少女である。

 病気でもしているのか痩せぎすで、この年代であればふっくらしている筈の頬に頬骨が浮かんでいるが、血色は悪くない。


 と、廊下の壁に沿って歩いていた少女だが、少しだけ足元にあった段差に気付かず、躓いて倒れそうになった。


「きゃっ!」

「――おっと」


 素早く駆け寄ったランスが危なげなく片手で抱きとめる。

 どんな生活を送っていたのか、悲しいほど軽いその重さにやり切れない思いを抱きながら、ランスは優しく微笑んだ。


「大丈夫かい? ここに宿泊しているんだったら、部屋まで送るよ」


「あ、ありがとうございます」

 一瞬、驚いた顔をした少女だが、下心のないランスの表情に無邪気な笑みを浮かべて、はにかんだように礼を言った。


「どういたしまして」


 ルシアも以前はこんな風に笑っていたなぁ……。と、感慨深く思ったところで、あれ? と、ランスは内心首を捻った。

 いや、待てよ。十年前に出合ったばかりのルシアって、無茶苦茶愛想悪かったぞ。


 そうだ、いまのルシアにあんまり違和感を感じないのは、もともとあんな風だったからだ。

 それからだんだんと表情豊かになってきて……。


「あの……?」


 突然考え込んだランスに、怪訝な視線を向ける少女。


「あ、ごめん。ちょっと知り合いの女の子を思い出していたもので」


 言い訳にならない言い訳に、少女は訳知り顔で微笑んだ。


「恋人さんですか?」

「え? い、いや。そういうわけじゃ……いや、僕はいまでもそのつもりなんだけど。彼女の方はどう思っているのか」


 そういえばもう五日も会っていないな。――あ、たかだか五日だった。


「そうなんですか? お兄さん優しいしハンサムだから、絶対に女の子だったら嫌いになるはずないと思いますよ」


 慰められてランスは苦笑した。


「そうだったらいいんだけれど。ああ、自己紹介がまだだったね。僕はランスロット。ランスって呼んでくれ」

「私はアニスです。――って、もしかして勇者ランスロット様ですか? ルシア姉様の想い人の?」


 軽く目を見張るアニスの言葉に、今度はランスが呆気にとられて目を丸くした。

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