1,人生の終電と始発。
俺はとある中学校の2年生。もう勉強だのなんだのに飽き飽きしていて学校内でも、「おかしな奴」という認識があったにちがいない。友達はたくさんいたし、顔だってこれでも、中の上くらいだったから2ヶ月前から付き合っている彼女がいる。中2という時期は稀で、この時期になるとまれに発症する病がある。それは「空間変質」だ。俺はその病によ様々な異空間へと移動できる、、、という設定で日々を過ごしている。自覚してる分マシだろ?
俺の未来のベクトルが間違った方向に進みだしたのは間違いなくこの時だろう。俺は魔力の多さ、もとい可愛さに惚れ込んだ彼女と一緒に塾からの家路についていた。
いつも通りの道であったからには、前からくる男の持つ刃物に気付けというのも酷な話だろう。
彼女の繋いだ手が離れるのと、男の持つ刃物が彼女の腹から引き抜かれたのは同時だった。
世界が止まる。思考が止まる。
この血の匂いはなんだ?なぜ俺は動かなかった?1秒でも早く反応すれば自分が代わりに刺されるくらい可能だったのではないか?
なぜ前の男は血の滴る刃物を見て笑みを浮かべているのだ。
殺人の興奮によりあらゆる所から液体を溢す男の手が振り落とされる時、俺は初めて俺をやめた。
彼女の体を眼に焼き付けるかのようして、眼は鳶色へと輝き同時に「俺」の視点は上空からへと変化した。
それは一瞬の事。迷いなく右手で男の心臓を貫き、右足で彼女の顔を踏み砕いた。
この時の俺は運が良かった。たまたま下を見たおかげで、彼女の頭があった部分に残る脳“だった”白い肉片を見たおかげで、「俺」を取り戻すことができたのだから。
足を引き抜く。血が飛ぶ。顔につく。目に入る。目に入る。血を拭かなければ。擦る。擦る。擦る。擦る。眼から血が出る。良かった。血は拭えただろう。
目をこするのを止めると、目の前に居たのは燕尾服を着こなした執事のような男性だった。俺の一つ目の人生の終止符を打たれた時に見た背景は、執事のような男と、今まで俺が使ってきた身体だった。
次に見た景色は「白」そのものだった。
上、下、どの方向を向いても白で覆われている。ただ1箇所。自分の座っているアンティーク調の椅子と向かいにある同じデザインの椅子。そして男の燕尾服は逆らうような黒を放っていた。
男は口元がすこし引きつった状態で聞いてきた。「今のお前の望みはなんだ?」と。
そんなの考えられるわけがない。そもそもここはどこなのかすら理解してない。この男はなんだ?俺の何を知っている?
男はもう一度聞いた。「お前の望みは何なんだ?」俺は答えた。「そんなことよりここはどこだ」男は口元を閉め、こう言った「それがお前の望みなのだな?」
俺は嫌な感じがした。それは多分誰でも思うだろう。奇妙。不快。この気持ちを表すのは様々あるが、今はそんなことはどうでもいい。この男は俺のすべてを知った上で聞いてきている。
「ま、待て!」俺がそう叫ぶがもう遅い。
「どこだか教えてやろう。力を与えたんだから、せいぜい楽しませろ。」
その言葉とともに燕尾服の男が消え、「白」にひびがはいる。それと同時に一瞬、酷い倦怠感を覚えた。今思えばあれが契約だったのだろう。
倦怠感が完全に抜け、「白」が崩れ去ると、人間を五人つなげたサイズのムカデのようなものが辺りを囲んでいた。
生まれて初めて息をするように、それは本能的に逃げなければいけないと思考より先に身体が反応し、走り出した。
景色は暗く色付き、街灯の灯りがこぼれ、目の前を照らしていた。そして深呼吸をし、自分を思い出した。
「ははっ」
乾いた笑いが出る。淀んだ思いが出る。足は覚束ず考えはまとまらない。明治初期のようなガス灯の下、俺は意識を闇へと手放したのだった。