7 新天地(挿絵あり)
「ザイン、来たわね」
朝から荷解きをしていると、白馬に乗ったルミナが颯爽と近づいて来た。
「今戻ったのか?」
「そうよ」
彼女は野営地を決めてからもずっと周囲の確認をする役目で出掛けていたのだ。
「お前がここを見つけたんだよな、すごいじゃないか」
俺は心から賛辞を贈る。
若草が青々と生い茂り心地良い風が吹き抜ける。
小さな二つの丘に挟まれた平らな場所に俺達は立っていた。
「私も部族の巫女だから当然でしょ。でも一月後にはまた立つのよ」
自慢げに小さな胸を張るの姿はとても微笑ましい。
「何よ、ニヤニヤしてっ」
「いや、一月とは思ったより早いな」
「これからの時期は牧草がどんどん育つから一箇所にとどまるより動く方が良いのよ。そう言えば結構日焼けして騎馬の民らしくなってきたんじゃない?」
「そうだな。トクタル達に混じって忙しかったが楽しかったよ。そうそう、出発前に口利きをしておいてくれたおかげですぐに溶け込めて助かったよ」
多少誇張されておかしな話も混じっていたが、そこは目をつむろう。
「べ、別に大したことじゃないわよ」
ルミナは少し顔を赤くして横を向いてしまった。
「今日もこれから手が空いたら馬か槍を教えてくれるって言ってたんだが、まだ来ないな」
「そ、そうなの?」
この野宮地は先日までとは違って広々と場所が取れるので天幕がそこそこ離れている。
だが俺とサラハ達の天幕は相変わらず近くに設営されている。
俺がしたんじゃないぞ、昨日のうちにサラハから指示があったのだ。
「迎えに行ってみるか」
「な、なら私も付き合おうかしら。トクタルへ頼んだのは私だし、見届ける義務があるわよ、ねえ?」
ルミナは横顔のまましっかりと目だけはこちらを向いている。
しかし何故疑問形なんだ?
「巫女は何かと忙しいのではないのか?」
「私の役は次の移動まで無いわ。あー、何だか疲れたけど今日から暇だなー、何しよっかな-」
白々しく空を見上げるな!
口笛を吹くな! 音、鳴ってないぞ。
巫女として大切にされているせいで、普通に接する者はあまりいないだろうことは何となく分かる。
現に今も一人だったし。
構って欲しい空気が出まくってるぞ。
だが俺にとっても好都合だ。
「ルミナ、馬に乗るの相当上手いよな」
これはお世辞ではない。
初めて会った時からこいつの手綱捌きは目を見張るものがあった。
ついでにひどい目に遭わされたのもしっかりと記憶に焼きついている、関係ないが。
「な、何っ、突然!」
・・・・・・あからさまに目を輝かせるなよ。
「トクタルもサートも俺に構ってばかりでは申し訳ない。馬はルミナが教えてくれたら有難いのだが、ダメか?」
「わ、私も、忙しいけど、と、特別に教えて上げないわけでもないわよっ」
・・・・・・お前、暇だって言ってたよな。
まあ俺はそんな細かいことは気にしない男だ。
昔はそうでもなかったが、特に最近おおらかになった気がする。
船乗りの息子のくせに船酔いが激しくて商いの役に立てなかったり、挙句に商会が潰れたりで散々な目に遭ったからって投げやりになっているわけじゃないぞ?
「そうか、ではよろしく頼む」
「し、しょうがないわね。ほんと世話が焼けるわ」
ニヤけながら嬉しそうに言われても俺の方が困るのだが。
「どうやら良い師匠がついたみたいだな。馬か? 槍か?」
振り向くと俺の背丈の倍近くありそうな長い木の棒を二本持っているトクタルが笑っていた。
「馬を頼んだところだ」
「そうか、なら俺とサートは長槍だな。しかし―――早めに基礎を叩き込む必要があるな」
トクタルは片眉を上げて真剣な表情でルミナと俺を交互に見る。
「何だ?」
「何よ?」
「いや、それより始めてもいいか?」
俺はトクタルが投げて寄越した木の棒を受け取った。
「これは?」
「練習槍だ。刀身が付いたものはまだ危ないからな」
「確かに」
だが先端は平べったい刃の形になっている。
「柄の太さ大きさは俺達が待つ長槍と同じ。つまり刃以外は本物だ。これで暫くは基礎訓練をして慣れたら本物を使うことにしよう」
「分かった。ルミナ、頼んでおいてすまないがこちらが先約なんだ。馬は午後からでも良いか?」
「仕方ないわね。だったらここで見ていても構わないでしょ?」
何だ? その何かを期待する目は。
ひょっとして俺がコテンパンにされるのを待っているのか?
「きっと面白くも何ともないと思うぞ?」
「そう? 私、父様の長槍の稽古とか見てて結構楽しかったわよ?」
「ルミナ、それを言われるとザインだけじゃなく俺も気の毒だぞ。ムラートさんは部族一の使い手だったのだから」
頭を掻いたトクタルが困ったような視線を彼女へ向けた。
「そうなのか?」
「まあねっ、うっ」
いつもの如く小さな胸を張ろうとして体の前に抱えた槍が邪魔をしたようだ。
「短槍ならルミナが一番だろうよ」
「ほー」
「な、何よっ」
「お前、小さいのに大したものだな」
「ど、何処見てるのよっ!」
「お前が抱いている槍だけど?」
「うっ」
どこにあるかは言わずにおいてやろう。
視線でバレてるだろうけど。
「あ-、そろそろ始めてもいいか?」
かなり呆れ気味のトクタルに俺は頷いた。
「よろしく頼む」
ルミナは少し離れて座り短槍を置くと胸から何かを取り出している。
物が入っていてあの膨らみか―――何も言わなくて良かった。
だがあの丸いものはたしか・・・・・・。
俺の視線に気づいたトクタルも彼女を見遣る。
「ルミナ・・・・・・そのダンゴはひょっとして朝飯がまだだったのか?」
「そうよ。早朝にラク族のところでもらって先に私だけ帰ってきたの」
「あっちで食って来れば良かったのにか?」
「えっ、だ、だって気を遣うじゃない」
答えた彼女は串に刺さったまん丸い食べ物を一度目の高さ持ち上げてからおいしそうに頬張った。
東方についての噂では聞いたことがあったが、俺も見るのは初めてだった。
トクタルが何故か一度俺を見て再びルミナに尋ねる。
「ラクの野営地は近いのか?」
「ムニャ、ここから半日くらい、ムニャ、かしら」
「―――そうか。エランは?」
「ムニャ、まだラクで、ムニャ、話をしているんじゃ、ムニャ、ないかしら、ムニャ」
食うかしゃべるかどっちかにしろ・・・・・・。