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6 出立

「―――本当に乗るくらいはできるぞ?」

 俺は笑われっぱなしが気に入らず少し言い返す。

 これでも陸路の隊商では一年の半分以上は馬に乗る生活を以前はしていたのだ。

「そういうことにしといてやるよ」

 トクタル、何だその上から目線は―――多分、上手いんだろうけど。

「ここは俺達で何とかするから、一頭でも二頭でも適当に暴れさせないようにしてくれればいい」

「分かった」

 そして馬柵の中は一種の戦場の様相を呈し、俺は己の間違いを目の当たりにした。

 トクタル達は裸馬を易々と乗りこなしているのだ。

 俺が乗れると言ったのはごく普通に鞍や手綱のある馬だ。

 もちろん奴には分かっていたのだろう。

 昨日見たルミナだけでなく、トクタルや他の者達も本当に驚くほど達者だった。

 何のためらいもなく近場にいる馬の首をどんどんと押して柵の外まで誘導し、鞍も手綱もないまま跨ってどこかへ駆けて行く。

 俺はその手際の良さと技量に感心した。

 しかしいつまでも見惚れている場合ではない。

 俺も頼まれたとおり目の前に来た見事な栗毛の首をしっかりと抱えることに専念をする。

 多少暴れても抑え込むつもりで足を踏ん張って意気込んでいたのだが、この馬は暴れるどころか逆に俺の方へすり寄ってくるといきなり顔を舐め始めたのだ。

「お、おいっ」

 思わず俺は自由の利く右手でその馬面を押しのけたが、お構いなしで長い舌を出して近づけてくる。

「く、くそっ」

 何とか避けたいのだが、狭い柵の中で大きく動くと作業をしている者達へ迷惑を掛けてしまう。

 しばらく抵抗をしたものの仕方なく俺は栗毛の好きにさせてやった。

 とりあえず親愛の証だと思えば悪い気もしない。

 人でも馬でも嫌いな奴にこんなことはしないだろう。


 一切暴れそうにない栗毛の首を見た目だけ抱えながら、俺は端っこの方で騎馬の民の男達が馬を引き出す様子を見ていた。

「ザイン、こっちだ!」

 その声の主は四頭目の裸馬に跨って馬柵から今にも出ようとしているトクタルだった。

 俺などは最初からずっと汗だくだったが、さすがのトクタルもここに来ては顔中に玉のような汗を浮かべていた。

「そいつと一緒に俺の後ろに続いてくれ!」

「分かった!」

 俺は慎重に栗毛を首ごと引っ張り、トクタルを追いかける。

「すぐ向こうで馬に移動用の隊列を組ませるための杭がある。そこへ繋ぎに行く」

 トクタルも疲れているようでいつもの軽口は一切出てこない。

 俺はいたって大人しい栗毛を連れて、空いている杭の前へ行って馬具を着けてから繋いだ。

 その後も次々とやってくる馬を同じ様にトクタルと一緒になって繋いだ。

「どうやらあれで終わりだな」

 肩が凝ったのか、腕を上下に回すトクタルの視線の先には馬上で勢いよく手を振るサートがいた。

「木の柵はもう解いたぞ! あとは自分たちの荷造りだけだ!」

「そうか! 思ったより早かったな!」

 トクタルはサートが飛び降りた馬へ手早く手綱を着けて一番前の杭へ繋ぎ、一仕事を終えた満足感から笑みを見せる。

「俺達も急いで荷物をまとめるとするか」

「俺は荷物などこの剣と革袋くらいだぞ?」

 ここで生活をしている人間ではない俺は身軽そのものだ。

「そう言われればそうだな―――ザイン、槍は使ったことがあるのか?」

 俺の腰を見ながら少し不思議そうにサートが口を開いた。


 彼らも小さなナイフを帯びてはいるがあくまで草や綱を切るためのもので、彼らにとって武器と言えば槍である。

「触ったこともないな」

 俺は正直に答える。

「らしいぞ、トクタル」

「まあ予想通りだ。しかしルミナから槍も頼まれてはいるが、本当はエランの方が良いだろうな。俺達の悪手では槍が曲がっちまうわ。がははは!」

「まったくだ。槍が上手けりゃ俺もトクタルも先遣隊になってこんな後始末などしてやいないさ、はははっ」

 ・・・・・・あれだけの馬捌きができればそうなのだろうが、トクタル、サート、そこは笑うところではない。

「ところでエランって誰だ?」

「ルミナと一緒に次の野営地を見に行っている族長の息子だ。今の部族では長槍の一番の使い手だ」

「しかし教えてくれるかは微妙だぞ。何せお前は基礎ができてないからな」

「サート、そうではないだろう。がははは!」

 傷のある眉を器用に上げてトクタルはサートに合図を送る。

 その表情に俺は見覚えがあった

「おっ、そうか。逆にコテンパンに教えてくれるかもな、はははっ」

 おい、がははは兄弟。俺にも分かるように話をしろ。

「短槍ならルミナが良いだろうが、お前は男だから長槍を使えないと一人前には見て貰えないぞ」

 いつの間に俺は騎馬の民を目指すことになったのだ?

「基礎くらいは俺達で見てやろう。なあ、トクタル」

「ああ、エランがちょっかいを出してくる前に少しはものになればいいが、所詮は他人事だ。がははは!」

「そりゃそうだ。はははっ」

 俺を無視して騒がしいニ人組は話が落ち着いたらしい。


「ザイン、最後にとても重要な話だ」

 それまでの馬鹿笑いを収めたトクタルが声を潜める。

 俺も思わず顔を寄せて小声になった。

「何だ?」

「・・・・・・お前、こっちはどうだ?」

 丸太のような腕を曲げてトクタルが酒を飲む仕草を見せる。

「任せておけ!」

 俺も腕を曲げ、拳を握り力瘤を見せる。

 幼い・・・・・・ではない、そこそこの年の頃から港で四六時中酒臭い男達に囲まれて鍛えられた、いや、世話になったのがここでも役に立つようだ。

「だったらそいつは今夜からだ!」

「おっ、楽しみだぜ!」

「さっさと片すぞ!」

 がははは兄弟は意気揚々と彼等の天幕がある方へ歩き出す。

 ・・・・・・明日からの移動に差し支えないと良いのだが。

 そして心配は杞憂に終わる。

 こいつらは正真正銘の底なしだった―――。

 俺はその日から気の良い騎馬の民に混じっての作業で朝から晩まで汗をかき、夜には飲んでは騒いで汗をかき、移動すること十日目の夕刻に次の野営地へと辿りついた。

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