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15 野盗

 夜露に濡れた草原を俺は天空の道標を頼りに東へと疾駆する。

 丘を三つほど越える頃には背後の野営地の喧噪も遠くなり、周囲にはいつもと変わらぬ虫の声と馬蹄だけが響き渡る。

 ラク族の野営地は俺達のところから半日だと聞いた。

 この場合の距離は放牧での移動を基本とした計算のため全力の馬ならその半分も掛からない。

 俺は栗毛を走らせながらふと違和感を覚える。

 虫の声が消えた?

 その直後、突然馬が前のめりに倒れ、俺はそのまま勢いよく草の上へ投げ飛ばされた。

 いくら騎馬の民の鍛えられた馬とはいえ昼間からずっと無理をさせ過ぎたか?

 運良く近くへ落ちた朱槍を杖に立ち上がると、すぐ向こうに無事な四肢で体から草を振るい落としている栗毛がいた。

 無事だったようだな。

 安堵の溜め息を吐いたのも束の間、耳障りな男の声が聞こえ俺は身を固くする。

「まだ逃亡者が居たのか。この腰抜けがっ」

 目の前の小高いところから馬を連れた三人の男が俺を見下ろしていた。


 そのうちに松明(たいまつ)を待つ一人が俺を蔑むように照らす。

「その髪の色、どうやらジャハン族ではないみたいだが、俺達は獲物が何でも構わないからな」

「そうなのか? スコル族も落ち武者狩りを俺達に押しつけやがって何様のつもりだ。ペッ!」

 おいおい暗闇でいきなり唾を吐くな。危うくかかるところだったぜ。

「そのお陰で草原を自由に行き来できるのだ。文句を言うな、兄弟」

 ・・・・・・戦いの場から逃げる者を狙った三人組の野盗か。

 他にも同じような奴らがいたらルミナが危ない。

 俺は槍を握り直し構える。

「ほう、こいつやる気だぜ、兄弟」

「やめとけやめとけ。どうせ逃げて来たんだろう、ペッ!」

「腰抜けのくせに生意気だぜ」

 先程とは逆の順で男達が俺を完全に舐め切った言葉を吐く。

 その間に俺は静かに相手を見極める。

 一番厄介そうなのは―――見かけ倒しでなければ仲間を兄弟と呼ぶ真ん中の大男だろう。

 体は俺も含めてここにいる者の中で最も大きく、肩には穂先が広大な刃になっている槍を担いでいる。

 あれはトクタルか誰かが言っていた斬馬刀と言うものだな。

 他のニ人、唾吐き野郎と松明野郎は槍ではなく刃の反った剣、シミターを構えていた。

 普通に考えると狙われやすい松明野郎の方が唾吐き野郎よりは腕が立つと見るか、それとも雑務を押し付けられているだけか。


 いずれにしても野盗のくせして生意気にも役割分担ができているようだ。

 いや、そのくらいでないと生き残ることもできないか。

 こんな風に相手のことを悠長に感心しているには理由がある。

 敵はほぼ間違いなく大男中心の戦いを行ってくるだろう。

 斬馬刀は優れた者が使えば非常に厄介で強力には間違いない。

 見た目で圧倒され気後れしてしまうと、こちらの切っ先も鈍ってしまうだろう。

 しかし欠点も多い。

 例えば無駄に重いため体力が必要で、使い手が余程の者でなければ大した速さも出ないし避けるのも容易だ。

 また振るわれる範囲内は敵味方関係なく被害を受けるため、他の二人から手出しは限られる。

 飛び道具がない前提ではあるが、この暗さでは持っていてもそうそう使うまい。

 はっきり言えば、剣が有効な状況ならこの程度の野盗は物の数ではない。

 俺は運が良いのか悪いのか、冒険者になると決めた時からずっと恐ろしい速さと正確さを併せ持つ剣の使い手から苛烈な手ほどきを受け続けている。

 死にそうな目に何度も遭わされ、その人へ何度も何度も負け惜しみを口にした。

「それでもあんたは神父かっ、もっと優しく教えろ!!」

 今は心から感謝している。

 この草原で剽悍な騎馬の民とも互角に立ち会える程の腕に鍛え上げてくれていたのだ。

 そしてもう一つ、俺にはこの朱槍がある―――。


 これまで幾度も目にしたとおり、守りに徹するなら相手が斬馬刀でもシミターでも短槍で何も問題ない。

 シミターに限れば問合いはこちらが有利になり、相手が隙を見せるまで持ちこたえれば勝利は更に確実となるだろう。

 だが今はとにかく時間が惜しい。

 俺は槍の前後を入れ替えて、愚策と知りながら左端に立つ松明野郎へ突っ込んだ。

 己の身をさらすことになる明かりを手にしながら悠長に構えているのは間違いなく油断だろう。

 ありがたくつけ入らせてもらう。

 まさか先に仕掛けて懐へ飛び込んでくると思っていなかったらしい野盗共の反応は鈍かった。

 斬馬刀のようなバカ重い得物なら尚更だ。

 大男が少し前に俺が居た場所へ振り下ろす頃には、松明野郎が松明と一緒に草の上ヘ転がり俺は足でそれを踏み消していた。

「おいおい、火事になるだろう。気をつけろよ」

「何っ!?」

 大男が刀を担ぎ直しながら驚きの声を上げる。

「この槍は速いんだよ。穂先なら刃が光を反射したかもしれないが、せっかく松明を持っていたのに見えなくて残念だったな」

 俺は穂先ではなく反対側の細く鋭い石突(いしづき)で突き倒したのだ。


「刃が大きいのも善し悪しだな。大男、お前のは月明かりでも丸見えだぜ」

 火はなくなったが冴え冴えとした月が俺達を照らしている。

「貴様の銀の髪もな。しっかり頭を守れよ!」

 大男が意外な言い回しで余裕を見せて斬馬刀を大きく振り下ろし斬り掛かって来た。

 それをやり過ごそうと後ろへ下がる俺へ唾吐き野郎のシミターが横から襲って来る。

 やはり懐まで入られると槍は辛い。

 俺は柄を立てて反った刃を凌ぎながら機会を狙う。

 大男の達者な口振りはこの連携に自信があったのだろう。

 斬馬刀とシミターがお互いの様子を見ながら交互に俺へ攻撃を仕掛ける。

 さすがに横へ斬ると仲間まで撒き込む恐れがあるためか、大男は右肩に担いでの袈裟切りを多用している。

 だが得物の重さと大きさからどうしても攻撃が単調になり、徐々に手数が減り始めた。

 そうすると唾吐き野郎が攻撃を増やして時間を稼ぎ、大男の体力回復を手助けする。

 本当に良く考えている。

 だが、それでは俺を倒せない。

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