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14 輿入れ

「これから私は族長の天幕へ行ってラク族のワンド様へ救援のお礼を申し上げて来ます」

「―――お役目ご苦労様です」

 再び不思議な光景が繰り広げられる。

 トクタル達が膝を着き続けている中、娘であるルミナへ母親のサラハが深々とお辞儀をしたのだ。

 それへ小さく返礼をしたルミナが俺に向かって微笑んだ。

「ザイン、私の代わりにその朱槍、大切にしてよ」

「・・・・・・何を言っている? これはお前の槍だ、返すぞ」

 俺がいつものように槍を投げる素振りを見せるとルミナの笑みが翳った気がした。

「ダメよ。これからお礼を言いに行くのだから武器を持っていては失礼でしょう?」

「―――それはそうかもしれないが・・・・・・」

「それより母様を近くの天幕へ入れてあげて。ケガの手当もお願いね」

 彼女に言われるまですっかり失念していたが、サラハは左腕から血を流していたのだ。

 二人を引き合わせたことで明らかに俺の気が抜けているのを少女から教えられ、恥ずかしさで思わず顔を背けてしまった。

「・・・・・・分かった」

「ありが―――とう」

 彼女は感謝の言葉をとても小さく呟くと、急いで踵を返し白馬へと向かった。

「ルミナ?」

 俺が驚いて振り返った時には、馬へ跨った小さな背中が野営地の奥へ駆け去っていた。


「ひとまずサラハ様をこちらへ」

 何とか無事な青い天幕へ俺は彼女を導いた。

「傷口を抑えるものと、水を探してきてくれ」

 トクタルへ頼みながら彼女から長槍を受け取り、俺は二本の槍を柱へと立て掛けた。

「サラハ様、ルミナはどういうつもりですか? それに先程の振る舞いも―――」

 ずっと気になっていたことが口にできた俺はわずかばかりの自己満足を得たが、その代償は計り知れなかった。

「ザイン―――その朱槍はあの子にはもう不要のものです」

「・・・・・・何を仰っているのです?」

「あの子は長槍を守る者になります」

「それは・・・・・・?」

「―――ラク族へ輿入れすることになりました」

 サラハはこれまでに聞いたことがないくらいか細い声だった。

 そして俺はと言えば何一つ声が出せなかった。

 ・・・・・・いつの間にだ?

「あの子も巫女の力を持っていますから婚姻の話は引きっきりなしにあります。ラク族だけではありません。族長の息子エランも望んでいましたし今回襲撃をして来た―――スコル族からもありました」

「えっ、それは!?」

「気づきましたか。スコルの第一の目的はルミナを奪うことでした。だから巫女は誰よりも強くなければならないのです」

 俺は何も分かっていなかった。

 将来の部族の導き手としてとても大切にされている恵まれた立場なのだと思っていたが、現実は遥かに苛酷であったのだ。


「あの子が一人であれば再びスコル族の襲撃があるかもしれません。エランと結ばれたとしたらラク族の力は借りられなくなります。だからと言ってスコルに嫁ぐことなど許せるわけがないのです」

「それは今回のようなことをする者達だからですか?」

「それもありますが、私の夫―――ルミナの父はスコルとの戦いで命を落としているのです」

 俺は再び言葉を失くす。

「ラクとの盟約を結んだのはそれからです。精霊ジンから不穏な空気が漂っていると教えられていたのですが、私もルミナも盟約を頼って心に油断があったようです」

 サラハは影のある笑いを浮かべる。

「ご自分を責め過ぎでは―――」

「部族の巫女の決断は時として族長よりも重いのです。一族を正しく導く役目を背負っているのですから仕方がありません」

「そう、ですか」

 親父が失踪をして潰れかけた商会を受け継いだが、結局再建できずに働いてくれていた者達を路頭に迷わせた俺には言葉もなかった。

「あの子の最後の我儘です。この朱槍を・・・・・・もらってくれませんか?」

 サラハは柱に立て掛けた短槍を両手に取ってゆっくり差し出した。

「―――分かりました」

 俺はためらいながら彼女の震える手から槍を受け取った。

 それは今まで感じたことがないくらい軽く頼りなかった。

「トクタル、遅いですね・・・・・・少し見てきます」

「―――ええ」

 俺は何だか居たたまれずサハラに断って天幕を後にした。


「ルミナ様の朱槍、受け取ったのか」

 少し離れた所から周囲をうかがっていたアバイが気まずそうに俺へと近づいて来る。

「ルミナ様?」

 今までとは違う呼び方に俺は眉を潜めた。

「ラク族の巫女になられるのが決まったのだ。もう呼び捨てはできないだろう」

「・・・・・・あんたも知っていたのか」

 部外者は俺だけなので当たり前の話だが、思わず口にせずにはいられなかった。

「まさかこれほど早くとは誰も思っていなかったがな」

「そう―――なのだろうな」

 彼女は立場上しっかりせざるを得ないので大人びて見えるが、まだ少女と言ってもいい年頃である。

「お前のお陰でここしばらくのルミナ様はとても楽しそうだった。礼を言わせてもらいたい」

 アバイが寂しそうに俺の肩を叩く。

 彼もトクタルも部族の中ではルミナと親しかったからだ。

「よせ。俺は彼女に助けてもらっただけだ。何もできてない」

 思わず俯き手にした朱槍を俺は見つめる。

 彼女が振るっていた時は見惚れてしまうほど生気を感じたのに、今では比べものにならないほど凡庸な木の棒に思える。

 ―――これは俺が持つべきものではない。

「アバイ、ルミナは族長のところから何時戻って来るんだ?」

 あるべき持ち主へ返すことを決めた俺は彼女の帰りを尋ねた。

「・・・・・・もう野営地(ここ)にはいない」

 俺とは視線を合わせることなくアバイが答えた。

「どういう―――ことだ?」

「ルミナ様は救援に来たラク族と一緒に彼らのところへ向かわれた」

 暗い東の空を見るアバイの声は少しかすれていた。

「サラハ様を頼むっ!!」

 俺は短槍を握り締めてまっすぐ栗毛のもとへ走る。

「あっ!? おいっ、ザイン!!」

 アバイの声に返事をする間も惜しい。

 天幕の横に繋がれた愛馬に飛び乗ると、まだ煙が上がり混乱気味の野営地をものともせずに突っ切る。

 ルミナやトクタルに鍛えられていて良かったとつくづく思った。

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