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12 夜襲

 俺と栗毛が息も絶え絶えに野営地の見える丘まで戻ると、夜とは思えない不気味な明るさが辺りを支配していた。

 炎に照らされる中を人馬がせわしなく行き交い、みな一様に長い槍を携えている。

 焚火の周囲には鍋や食器が散乱していることから、夕食に入る頃を狙って襲撃があったのだろう。

 くっそぉー!! 一体何者だっ!!?

 俺は腰の剣に手を当て無意識に舌打ちをした。

 槍を持っていればこのまま駆け下り突っ込むこともできるのに。

 俺が使っていたサラハの長槍は昼間の手合せでルミナに飛ばされて、目指す天幕から少し離れた場所に相変わらず刺さったままのはずだ。


 まったく様にならない―――。

 俺は苛立ちを感じながら剣を抜き放ち、栗毛に鞭を入れサラハのところを目指す。

 襲撃者達は夜をものともせず馬を巧みに操っていることから間違いなく騎馬の民の他の部族だ。

 二人とも無事でいてくれ。

 いや、ルミナが先に帰っているだろうから大丈夫なはずだ。

 己へ言い聞かせて先を急ぐ俺の前に二頭の馬が立ちはだかり、うち一頭はすぐに背後へと回った。

 目の前で槍を構える男はトクタルと同じような体格をしている。

 背後にいる奴はまだ年若そうで、興奮する馬の扱いに手を焼いているのが見て取れた。

 この若い男は混戦になれば手出しできるほどの馬捌きはない。

 そう考えた俺は前後から挟撃を受ける前に正面の男へ騎馬の民では決して取らない戦法を仕掛けた。

 目の前の男が槍を持つのは右手。

 馬の左側の敵には馬首が邪魔をして狙いがつけ難く反応も遅れる。

 俺はわざとらしく剣を持ち上げて燃える天蓋の炎を閃かせ、男の注意を一瞬引くと同時に馬の左側へ回り込みその前脚を刈った。

 ―――許せ。

 もちろん敵に謝ったのではない。

 戦利品である馬を最初から狙う騎馬の民はいない。

 この場では俺だけができる、彼らからすれば予想外で効果的な戦法だった。

 思惑通りに敵の男は崩れ落ちる馬と一緒に草地へ投げ出された。

 今だっ!

 俺は迷いなく男へ飛び掛かり渾身の一刀をお見舞いする。

 槍があれば馬から降りずに済んだことは当然気づいている。

 この地にあっては己の身を守るため、戦いを有利にするために槍は必要だった。

 残った若い男が目の前の状況に戸惑いつつも槍を構え直した。

 いくら相手が戦いに不慣れでも槍に剣では厳しいし、馬を狙う奇襲も二度目は警戒されるだろう。

 俺は剣の切っ先を男に向けて立ち上がり、目で牽制をしながら口笛を鋭く吹いた。

 騎馬の民が育てる馬は勇敢なうえにとても忠実だ。

 先程敵を倒すため犠牲にした馬へ心で詫びを入れた理由である。

 俺の栗毛も期待を違わずためらいなく敵との間に割って入ってくる。

 馬に気を取られた相手の隙をついて、俺は目的の物を手に入れ健気な相棒へと跨る。

 次の瞬間、若い男が驚愕の眼を開いて目にしたのは、仲間の長槍を構える俺の姿だった。


「貴様っ、それでも草原の戦士か!! 卑怯な!!」

 若い男の表情が憎悪に変わる様がはっきりと感じられたが、俺には露ほどの罪悪感も後悔も抱かせない。

 それどころか腹の底から湧き出る嘲りの言葉が抑えられなかった。

「お前にはこの髪、瞳が騎馬の民に見えるのか? そんな節穴だから己の未熟さに気づかないのだ」

 若さと愚かさは親しい友人だが、それも時と場合によりけりだ。

「何をっ!?」

 バカにされたことを感じた男は長槍を繰り出してきたが必ず俺だけを狙っている。

 これほど分かりやすく避けやすい攻撃はない。

「だから愚かなのさ。残念ながら見てのとおり西方の出身だ。だが俺にすれば夕食時に不意打ちを仕掛けたお前らの方が何十倍も卑怯だぜ!」

 奪った槍はサラハのものよりもはるかに軽いが何も問題はない。

 俺は金色の髪の少女を相手にしているときと同じく数回素早く槍を突き出すと、敵は受けきれずに体勢を崩し逃げるために馬首を返そうとした。

 やはりこの若い男など最初から敵でもなかった。

 つくづく俺は容赦なく鍛えられていたのだと感じさせられる。

 ―――頼む、俺はまだ一言も礼を言っていない。生きていてくれ。


「お前は何をしに来た!? ルミナの槍はもっと早い!! もっと強い!! この程度で戦いを仕掛けるとは恥を知れ!!!」

 俺は怒りに任せて無造作に男の槍を弾くと空いた脇腹を右から左まで貫通させた。

「ぐぅっ!!」

 敵の体から槍の柄に沿って黒い血が止めどなく流れ出す。

 男は最後の力を振り絞り、震える手で俺の槍を掴んだまま落馬をした。

 ―――しまった。

 せっかく手に入れた槍が引きづられ俺の手から離れてしまったのだ。

 槍を引き抜くために馬を降りるか俺は悩んだが、そのまま栗毛に鞭を入れる。

 今は一刻も早くサラハの天幕へ向かいたかった。

 この狭い野営地にどれだけの人数で襲撃を仕掛けたのか分からないが、かなりマズい状況なのは明らかだ。

 まだ見知った者を一人も見ていないのだ。

 俺はなりふりを構わず騎馬の民が使わない戦い方で十人以上を倒し、目的の場所へと辿り着いた。

 だがそこにあるはずの白い大きな天幕は、無残にも馬蹄で踏みにじられ汚されていた。


「サラハ―――っ!! ルミナ―――っ!! 返事をしろ―――っ!!!」

 すぐさま馬から飛び降りた俺は遮二無二辺りを探し回った。

 少し向こうの炎で照らされた地へ横たわる小柄な女性を見つけて(まろ)びながら駆け寄った。

 ―――違った。

 ルミナと井戸端会議を楽しそうにしていた、ナリマという名の女性の変わり果てた姿だった。

 近くの天幕だったので俺も少しだけ話をしたことがある。

 怒りが沸々と込み上げてくる―――が別の感情の方が強かった。

 ルミナではなくて本当に良かった・・・・・・。

 薄情かもしれないが俺は正直そう思った。

「サラハ―――っ!!! ルミナ―――っ!!! 頼むから返事をしてくれ―――っ!!!」

 俺は気を取り直して彼女らを探すために走り回った。

 この間も敵は何人も襲い掛かって来たが、武器が剣であることをなめてくれたお陰でことごとく返り討ちにできた。

 燃え盛る野営地の中、まだ無傷の天幕を視界の端にとらえた俺は、慎重に近づくと何人もの槍を持つ男達が馬から降りて半円を形どっている。

 その向こうには―――血の流れる左腕を抑えたサラハが、気丈な表情を浮かべトクタル達に守られていた。


 貴様ら―――っ!!!。

 俺は頭に血が上り思わず声を上げそうになったが、何とか唇を噛みぐっと堪える。

 苦い鉄の味が口の中一杯に広がった。

 まだ気づかれていない好機をみすみす潰すつもりはない。

 相手はサラハ達を遠巻きに槍を向けて囲むように集まっている。

 全員が完全に俺には背中を向けていた。

 己の数を頼りに勝利を信じて驕りきっている証拠だ。

 俺は剣を低く構えて静かに歩み寄る。

 喧騒が支配するこの場でそこまでする要はないだろうが油断はしない。

 サラハは最初から俺に気づいていたようで、すぐ横で彼女を守っているトクタルへ耳打ちをして俺に頷く。

 それを合図に俺は剣を目の前に立てて、最低限の急所を守りながら敵の背後から隊列へ斬り込んだ。

 最初の袈裟切り、次の薙ぎ払い、再び袈裟切り。

 倒れる敵を避けながら体を回転させそのまま剣を叩き込む。

 目を開けていなくても当たるほど周りは背中を向けた愚か者しかいない。

 バカバカしいと言うべきかついていると言うべきか、長い槍は奴ら自身の動きを極端に悪くさせている。

 か弱い女性に狭い場所で何本も槍先を向ける愚行を死んで詫びろ。

 一人、また一人、俺は着実に命を奪った。

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