11 自覚
「どうした?」
「いいえ、何でもないの」
「そうか?」
「ザイン・・・・・・巫女って何なのかしら」
「急にどうした?」
「ごめん、忘れて!」
エランと会った後からどこかおかしいルミナが急に立ち上がり、白馬の手綱を引いて駆け出した。
「おい、待て!」
俺も慌てて栗毛に跨り追いかける。
夜目は俺よりも利くかもしれないが、この暗い中であんなに飛ばしては危険すぎる。
「ルミナっ! 止まれ!!」
大声で何度も俺は叫んだ。
しかしどんどん白い影は遠くなる。
やっぱり手加減していたじゃないか。
嘘つき娘が。
だからと言ってあきらめるわけにはいかない。
俺は目を細め、ただ見失わないように必死だった。
しばらくすると俺の栗毛が更に遅れ始める。
草の夜露で蹄が滑り出したのだ。
このままではマズい。
俺が首筋に嫌な汗を感じたその瞬間、ルミナの白馬の姿が一瞬消え、また現れるともう動かなくなった。
「まったくお前は何をやっている!? 頼むから心配させるな!!」
俺は転倒した白馬に追いつき、まだ呆然と座り込んだままの彼女の前へ膝を着いて整った顔に付いた草や滴を拭きとった。
きっと落馬をしたのは久しぶりなのだろう。
「おい、大丈夫か? 立てるか?」
「私を心配―――してくれるの?」
青い目を大きく見開いた彼女が俺を見つめる。
「あ、当たり前だ!!」
口走った俺自身、驚いてしまった。
世話になった恩返しのつもりで彼女を追っていたはずだったが、そんなに心配していたのか?
何時からだ?
慌ただしく俺は考える。
その間も俺へ向けるルミナの瞳には満点の星が輝き、思わず胸の高鳴りを覚えてしまっている。
そ、そう、これはキラキラ星効果だ。
今の俺もきっと普通じゃないんだ。
かぶりついた器の飲み物で白髭を作り、落としたダンゴを食っているような子供に俺がときめくはずがない―――と信じたい。
ま、まあ、このかわいい顔で何かと頼りにされたら満更でもない、と少しは思っているかもしれない・・・・・・他人事のように言っているが俺自身の話だ。
ちっ、ああ、そうさ、認めてやるよ!
俺は彼女から目が離せなくなっている。
見ていて飽きないからではないぞ? 確かに相当面白いが。
ルミナはいつも役目を果たすために一生懸命で、周囲を心配させないよう笑顔を絶やさないが、どこか無理をしている感があった。
かつての俺と同じように。
だから何となく気にはなっていた。
だがそれは認めたくはなかった、彼女は俺とは違う、違うはずなのだ。
しかしそれも俺の勝手な思い込みに過ぎない。
彼女はきっと見た目どおりの少女なのだ・・・・・・。
「何か俺にできることはあるか?」
出会った最初から見知らぬ俺を助けくれて、仲間達に受け入れられるよう心を砕いてくれた彼女の力になりたい。
今、心から思った。
「・・・・・・もう大丈夫よ」
少し力ない笑みを浮かべたルミナは答えると、俺の肩に掴まって立ち上がった。
「―――そうか、無理はするな」
強がりと分かっていても、彼女が背負う目に見えない大きなものを考えるとそれ以上は言えなかった。
「私達の天幕は―――あっちね」
俺から顔を逸らした彼女は星の位置を見て指差した。
「―――南へ来ていたのか?」
俺は信じられず思わず口走った。
旅の途中に太陽や星から方角を調べるのは慣れていたはずだった。
しかし故郷にいる時の感覚で空を見て、知らず知らずに誤った判断をしていたようなのだ。
「そうよ。母様が心配しているから早く帰りましょう―――ありがとう、ごめんね」
愛馬の首を抱いて口にした言葉は俺にか白馬へか、どちらに向けたものか分からない。
ルミナと俺は急いで鞍へと跨った。
俺達が野営地を目指し黙々と馬を走らせる最中、急にルミナが遅れ出した。
俺が彼女へ振り返ると、馬上で手を握り合わせて目をつむり何か呟いていた。
以前にも似たような光景を見たことがある。
巫女の力を使い精霊の声を聞いているのだ。
「えっ!? 嘘!?」
後ろを走る白馬へ栗毛を寄せようとした時、突然驚きの声を上げた彼女が激しく鞭を入れた。
「ルミナ!! どうした!?」
咄嗟に俺も栗毛を走らせるが情けないことにまったく追いつけない。
一瞬彼女が苦しげに振り向いて口を開いていたが、この距離と暗さでは何も分からなかった。
やはり俺の腕はたかが知れている。
悔しがる暇もなく追いかけたが、二つほど小さな丘を越える頃にはまったく彼女が見えなくなった。
その代わり俺の視界には不気味に赤々と色づく北の空が広がった。
―――あれは野営地がある辺りだ。
何が起こっている!?
俺は急に喉の渇きを覚えながら、これまでにないくらい激しく鞭を振るう。
彼女の驚き、精霊の声、突然の疾走、燃え盛る空―――ほぼ答えは分かっている。
それでもこの目で見るまでは信じたくなかった。




