仕事の終わり……あとは
アーグウーツなんとかかんとか。確かそんな名前の、宇宙人達が使用する作業機械。ひたすらに長ったらしい名前が付くのが宇宙人達の道具であるが、それが今、学生寮から現れた代物だ。
日本語的な意味であっても作業重機83号・型式53番というものになるそうで、やはり長い。そんな重機であるが、月面での労働作業に使われているのを、地球用に改造したもの………だった気がする。実はそこまで詳しく無い。
立体長方形に幾つもの箱が取り付けられた様な外見の本体は、完全装甲らしく外部からの衝撃に強そうだ。両横から伸びる武骨なマニピュレーターは、一見鉄棒の様な2本の腕で、器用に物を持ち運んだり、使用したり、破壊したりもできると聞く。
『ははは! どうした! 怖くって声もでないか!』
悪役そのものの言葉を発するレイレリス。確かあの作業機械は有人用だったと思うので、中にレイレリスが入っているのだろう。
他の宇宙人の様子はどうかと見てみれば、まさかあれを持ち出すなんて………と言う様な、引き気味の表情を浮かべているのが殆どだ。そうでない人間は、只々唖然としている。
(そりゃあまあ………あんなもん持ち出したとあっちゃあ、学園側が黙ってないよな)
どの様な方法で取り寄せたのかは知らないが、所有だけで懲罰対象だろうに。
ルールを守りたがるのが宇宙人であるが、あの重機の持ち込みに関しては、いったいどの様な理屈があるのか聞きたいものである。
「お前………そう。お前だ」
作業機械へ指を差し、尋ねる。
『な、なんだ!』
「随分と自信満々だが、そのデカブツでどうするつもりだ? まさか………俺を倒せるとでも思っているのか?」
あんな物を持ち出したとあっては仕方ない。こちらに関しても俺が叩き潰し、重機の不法所持に関しても、くだらぬ喧嘩の一場面にして見せなければ。
『お、お前ぇ! さっきからずっと目立って! さらに言うに事欠いて、倒せるか? だとぉ! 良い度胸ではないか!』
随分と興奮しているらしいレイレリス。彼女の操る作業機械が、両脇に付いたキャタピラを回転させ、こちらへ突貫してくる。このまま黙って立ち止まっていればペシャンコになってしまうので、左横に跳んで避けるのだが―――
(こりゃあ……思った以上に小回りが利くのか!?)
さすがは宇宙人の技術と言ったところか。凄まじい速さで作業機械は回転し、その暴力の先端を俺へ向ける。
それだけでは無く、マニピュレーターを器用に伸ばし、俺の体を掴みかかろうとして来た。
「どう操縦しているか見てみたいものだな!」
俺を掴もうとする左のマニピュレーターを掻い潜り、動きを邪魔する右のマニュピレーターを両手で受け止めながら叫ぶ。
『はっ! 我々の技術を舐めるな! 発展したAI技術は、複雑な操作というものから人を解放してくれるのだ!』
随分とハイテンションに解説しているが、要するにレイレリスの操縦技能が高いわけではないらしい。
(ただ、厄介な物は厄介だよな)
レイレリスの操縦技能が高くなくても、重機の方は機能的に動くということに変わり無い。
例えば今の状況、俺がマニピュレーターを受け止めたというのは、つまるところ相手に捕まっている事に等しい。
移動力を固定されてしまった俺は格好の的。そのまま作業機械は前進し、再度、俺を引き潰そうとしてくる。が―――
(その程度でやられるほど………戦いは単純じゃあないんでね!)
受け止めた右のマニピュレーターを、今度は支えにする。両手で掴み、そこを軸としながら、自分自身の体を持ち上げる。
『んなっ!?』
間抜けな声を上げるレイレリスを尻目に、上がった足を回転させ、マニュピレーターの上へ。そのままタイミングを合わせ、マニピュレーターを掴む手を離し、右マニピュレーターの上部へと着地した。
魔法技術により強化された身体は、どこか一点でも接地させることができれば、その部分から他の部分を持ち上げることができる程の柔軟性と力があった。
こちらの曲芸じみた動きに、相手は驚いているに違いない。
(外付けで機能を付与していく宇宙人達には、身体がそのまま強化されてるのは驚きってか?)
敵の技術と同じそれで対抗しようとしてはならない。むしろ敵の意表を突ける別の技術で対抗すべし。それは学園ウルフに教えられた戦い方であり、奇しくも、八島流の考え方の根本でもあった。
幾つもの技術やその技術によって作られる道具。それの扱い方を父から教えられた。
(敵と正面からやり合うのは愚策。大半の敵は自分自身を上回る力を持つと思え)
父からそんな風にも教わった気がする。そうして学園ウルフからはこうも教わった。
(1の強大な力を持とうと思うな。それは余裕の無い行いだ。強大な力は、さらに強大な力と相対すれば、あっさりやられる。そもそも、強大な力を得ようとするなら、それはとても労力がいる)
師の言葉を思い出しながら、俺はマニピュレーターを駆け上がる。
勿論、俺を振り下ろそうと、レイレリスは作業機械とそのマニピュレーターを動かすものの、それを俺の強化された身体が、ハチャメチャなバランス能力により避け、さらに進む。マニピュレーターを駆け上がって行く。
(そんな事に労力を使うなら、10の弱い力を持つ事に専念しろ。その方が効率が良いし、何より、余裕を持てる)
マニピュレーターの根元には、勿論、作業機械本体がある。その本体の上部に辿り着き、視線を巡らせる。
(じゃんけんでは、あいこのグーに勝てるグーのみを出せる人間より、グーチョキパーすべてを出せる人間の方が強い。君もそうなる事をお勧めする………だったか)
学園ヒーローの言葉はとてもしっくり来るものだった。そもそも、八島流というごちゃ混ぜの戦闘技術を、基礎くらいは教わった俺だ。彼の教えへの理解は早かった。
そうして、浅い知識、浅い技術、浅い戦闘方法を学んで行く。広く浅く。この学園ソルジャーの衣装も同じだ。本物の魔法使いにも、宇宙人達の作業機械にも、それぞれの技術においては劣る。しかし、それでも勝ててしまえる。
(確かこの型だと、出入口は………あそこか!)
乗り物には必ず乗り込むための入口がある。当たり前の話だ。そうしてこの機械は戦闘をするためのものでは無く、作業用のもの。乗り込み口の耐久性はそれほどでもあるまい。
作業機械であれば、何がしか事故が起こった時、自力で脱出できる様に、その入口の蓋はむしろ、外し易い様になっているはずなのだ。
『ぬ!? 貴様! いったい何を!?』
どうやら機体上部は死角になっているらしい。あくまで作業機械だ。上を見たければ出入り口の蓋を開けて確認しろ。というタイプの作りなのだろう。好都合だ。
マニピュレーターがあらぬ場所を探っている。それが偶然、俺の体に当たったりしない内に、この作業機械の乗り込み口近くに立ち、蓋の取っ手に手を掛けて、力任せに引いていく。
恐らくは鍵が掛かっているのだろう、固く、中々開かない蓋であるが、それでも力を込めれば込める程に、形が歪んでいく。
『はっ!? そうか! そこにいるのだな!?』
さすがに出入り口が破壊せようとしているのは、作業機械の中からでも分かるらしい。こちらへとマニピュレーターが伸び、さらに機体が激しく旋回することで、俺を振り落とそうとしてきた。
蓋を無理矢理開くまであと少しと言ったところで、その場から跳ぶ。
限界だったのだ。先ほどまで居た部分を太いマニピュレーターが通り過ぎ、さらに勢いを増した動きで、再度の着地すらも作業機械は妨害してきた。
(無茶はしない。常に違う手を使える余裕を! これなら……どうだ!)
中空に跳んだまま、右手と左手。どちらも作業機械へ向け、両方の空気圧縮機から衝撃波を放つ。
二つ合わさった衝撃波が作業機械を襲うものの、頑丈な作業機械は、少しだけ軋む音を立てただけで無事のままだ。まあ、無事なのは作業機械だけであるが。
『うななな! な、な、何をぉおおお!!?』
衝撃波は歪んだ乗り込み口の蓋から、その隙間を通って操縦席まで届いたらしい。かなりの減衰はしているだろうが、それでもレイレリスを怯えさせる事ができたのなら上出来だ。
固い装甲で身を守っているというのは、自分の身への危機に敏感であることを祈る。
「油断はいけないな。少しの油断で、馬鹿をみるぞ?」
挑発しながら着地する。できれば再度、作業機械の上部へと着地したいところだったが、圧縮空気を放った影響で、少し離れた場所に立つ事となった。
『おのれぇ! 小癪な真似を!』
「そういう台詞は小物のそれだと言っている!」
再度、こちらへ突貫しようとして来る作業機械を見て、その進路から体を逃していく。右へ左へ。あくまで再度、乗り込み口を狙う演技を欠かさない。
(まあ、隙あらば、あの蓋を開けるって考えはあるんだけどな)
だが、持つべきものは余裕だ。幾つもの手である。あの馬鹿デカい鉄の塊を倒すのは、何も一つの方法に拘ることは無い。ただ、操縦者にはそう思わせておいた方が良いだろう。
相手がこちらの動きを警戒し、予想しようとすればするほどに、相手の余裕は無くなっていく。
『そう何度も同じ手を喰らうものか! 上部を取られるなど、その様な失態は二度起こさない! それこそが我々の優れた部分であることを知れ!』
頭が固いのは、この場面にとっては良いことだと俺も思う。俺にとって都合が良いことという意味であるが。
「なるほどなるほど。確かに見事な操縦捌きだ。誰でもできる簡単操縦らしいが、それにしたって実に複雑怪奇な動きをしている。いっそ一芸にしていまえばどうだ?」
胴体はこちらを引き潰そうとしながらも、一方で俺の動きには警戒し、マニピュレーターは縦横無尽に動いている。俺自身も、作業機械の動きに合わせて、あちらこちらに動いていた。
別に時間を無為に過ごそうとしているのではない。恐らくはそろそろであるし、そろそろで無ければ、別の手を。そんな風に考えて行動しているだけだ。
ただ、別の手を考える必要は無くなった様子。作業機械が、唐突に動かなくなったのである。
『う………うぇ………』
作業機械から聞こえる、スピーカー越しの呻き声。何かを吐きそうで我慢している様な。そんな声であった。
突如として動かなくなった作業機械に近づきつつ、その反応見た俺は、正面から近づき、重機の正面装甲に右足の裏をぶつける。ぶつけた瞬間、周囲に金属音が響いた。
「乗り物酔いになった気分はどうだ? いくら操縦が簡単だって、車体の動きが激しければそうもなるだろう? 簡易操作で満足してるってことは、君本人はこういう重機に乗り慣れていないってことでもあるな? さっき、俺が撃った衝撃波も幾らか君の頭を揺さぶったか?」
中に乗るレイレリスがどれくらい乗り物酔いに強いか。この手はそこに掛かっていたが、まんまと引っ掛かってくれたらしい。
頑丈そうな重機であるため、重機そのものは狙わないのである。狙いはその重機を操る人間だ。
出来る限り頭を揺さぶり、気持ち悪くするのだ。こうやって質問を投げかけたり挑発するのも、相手の脳を無駄に使用させるためである。
『ま、まだだ……私はまだ……ぐぐぐ』
「そんな調子でまだ戦うかい? 俺は良いんだが……君の方は降りて戦う事をオススメするよ。このままだと、周りに醜態を晒すだけだ。違うか?」
作業機械越しにレイレリスを睨んだ。こっちはこっちでヘルメットなので、視線は伝わらないだろうが、そこは語気に含みを入れる。
『お、おのれ…………その様な言葉にぃ!』
「ああ、そうかい!」
レイレリスは諦めず重機を動かす。左のマニピュレーターを上部へと振り上げ、そのまま俺を叩き潰そうとしてきた。これ以上は酷かと思えていたが、こうなっては仕方ない。トドメまで行かせてもらおう。
振り下ろされたマニピュレーターを僅かに避け、すぐにそのマニピュレーターを両手で掴む。マニピュレーターの勢いは地面にそれがぶつかるまで続くだろう。その一瞬の勢いを利用し、こちらの強化された腕力も足してやるのだ。
「作業機械は! 戦うものじゃあない!!」
マニピュレーターを振り下ろすだけの力だったはずが、俺の力も足されることによって、作業機械本体がほんの少し傾く。
傾きを見逃さず、さらにバランスを崩させる形で力を込めれば、作業機械は一気に横向きへと倒れて行く事になる。
大きな音を立てながら、完全に倒れた作業機械であるが、頑丈なそれであるから、壊れて動けなくなるということもあるまい。ただし、中の人間は別だ。
『きょ、今日はこのくらいで……勘弁して………ううっ―――
倒れた作業機械からレイレリスの声が暫くは聞こえていたのであるが、途中でスピーカーが切れた音がして、声は聞こえなくなった。
中で何が起こっているかは、あえて想像しない。武士の情け染みた感覚である。
そうして、こちらもこちらで周囲を見渡した。未だ夜の闇の中、倒れた十何人かの学生と、立ったまま、もう戦う意思の見えぬ人影も同じくらい。残りは白けた様子で頭を掻いたり、視線をきょろきょろさせていたりする。
(ふぅ………ということは………)
ヘルメットの中で、少し乾いていた目を閉じ、再び目蓋を開けてから、俺は大声を上げた。
「今日の喧嘩はこれでお終いだ! 良いな! 今立っている者は、倒れた人間を介抱してやると良い! 自分の仲間だけでも良いから!」
こちらの言葉を聞き、立っていた人間はハッとした様子で、近くで倒れている仲間に駆け寄り始めた。これで喧嘩は終了だ。
皆、終わったものとして、後始末を始めたのだから。
ここから再度、喧嘩に発展するには、それなりに気力が必要だろう。ここにいる彼らの中で、それだけの気力がある人間はいない様子である。それに………
(さすがにそろそろ、教師や警察も来るだろうしな)
どこからかサイレンの音が聞こえ始めた。それが徐々に近くなっている。厄介な事になる前に、俺もそろそろこの場を去らねば。
「さて、それでは喧嘩も終わった事だし、俺は去らせて貰おう! 学園ソルジャーの名前を決して忘れるなよ! お前達が暴力沙汰を起こす時、常に俺はやってくるからな!」
恥ずかしい。大変恥ずかしい台詞であるが、こうすることで彼らの記憶に、学園ソルジャーの存在を刻み込むのである。
その事に成功できたならば、彼らは今回の喧嘩について、揃いも揃ってこう説明するはずだ。魔法使いと宇宙人がぶつかろうとした瞬間、妙な変人がやってきて、何もかも台無しにしたと。
いったい誰かそんな喧嘩を真剣に取り合うというのか。ここで起こった事は、すべてが笑い話の一場面として処理される事になるだろう。
(はっ。まったくの道化だが、中々気分が良いじゃないか)
そんな事を考えながら、走り、跳び、住宅の屋根を駆けながら、学生寮から離れて行った。ぼんやりとした視線を、何人かの学生達から向けられていたが、別に気にも留めなかい。
(いやいや、そうでもないか。これもこれで、ちょっとは気分が良いかもしれない)
学園ウルフの真似事をしたせいか、言動や心情まで近くなってしまったのかもしれない。かなりの末期的だなと自分で思いながらも、ヘルメットの中の俺の表情は、笑みを浮かべていた。
自室に戻った俺は、真っ先に衣装を脱ぎ、一式をベッドの下に詰め込むと、そのままベッドにダイブした。
(やっちまったな。まさかって話だよ、まったく。派手にやらかした。体だってボロボロだ)
一気に疲れが襲ってきたのである。体の節々が痛い。一夜の戦いは、しこたま俺の筋肉にダメージを与えていた。打ち身や擦り傷と言った部分は幾つもある。
今は高揚感から痛みはそれほどでも無いものの、きっとこれから腫れであったり痛みが酷くなったりするのだろう。
だが………
「ああ、俺はずっとこうしたかった。最悪の事態を想像して、その事態を避けるために動く。それだけが望みだったんだ」
今日の行動の結果が、どの様になるかはまだ分からない。もしかしたら、自分のやったことがすべて無駄に終わる可能性だってまだある。しかしだ。
(全力を尽くせた。そうだ。俺はずっと全力を出したかった。それが出来たって言うのは、幸運さ。きっとな)
学園ソルジャーのマスクを被ることで、やりたいことができた。であれば、これからどの様な結果になろうとも、俺はその結果を受け止める事ができる。そう思える。
もし、また厄介な事態になったとしたら、今度もまた動いてやる。そのために学園ウルフから学園ソルジャーの名前を貰ったのだ。
しかし、今は休息の時間だ。人を殴る感触や、金属を叩く感触では無い、ベッドの柔らかさを感じ、心地良さに浸りながら、目を瞑る。
(どうせなら、このまま寝ちまおう。その方が痛い体に悩まなくて済む)
そう言えば夕食はまだだったか。腹はそれなりに減っていたが、それもまた別に構わない。今は疲れた体を、なんとか休ませてやりたいのであった。
朝になり、目を覚ます。空腹と体の痛みと、ちょっとしたハイテンションから急に冷静になった自分に嫌悪感が襲ってくる朝だ。
「うっわー………ちょっと、やるだけやっちまったんじゃねえか? 俺?」
動揺し続ける頭の中であるが、体の方はなんとか動く。痛い体を無理矢理起こし、とりあえずシャワーを浴びた。
ぬるい湯で体をほぐしつつ、今日はどうしようか。事の成り行きがどう確かめようかと悩んでいると、部屋のチャイムが鳴った。
シャワー中なのですぐに出ることはできぬ。できればシャワーの音でそれを察して欲しい。そうしてそのまま去って欲しい。人と会うのは、あと一時間は待ってくれ。
そんな願いも空しく、何度も。そう何度もチャイムが鳴らされる。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「くっそ! 煩せぇな!」
シャワーを浴びるのを止め、浴室から出てから体をタオルで拭い、服を着る。その間もひたすらに鳴り続けるチャイムの音。
音はそれだけで無く、ドアノブを激しく動かす音も聞こえ始めた。腕が何本あるか知らないが、扉を叩く音すら聞こえ始める。
「おい! 止めろ、止めろぉ! むしろ怖い! 怖いっておい!」
慌てて玄関へと向かう。いったい誰だ。鍵を開くことに躊躇するも、開けなければ開けないでドアを破壊されそうな勢いだった。それにこの様な事をする人間に心当たりがある。
「おい。遅いぞ」
「やっぱり姉さんかよ…………おはよう」
実際は当たって欲しく無かったのだが、ドアの開けた先には、案の定、人を襲う事を憶えた獣がなんとか人の皮を被って化けているとしか思えない女。八島・鬼嶋子が、苛立った表情で立っていた。
「おはようじゃない! お前! いったい何をしでかしたんだ!」
「え?」
たてがみ兼黒髪を振り乱しながら姉は叫ぶ。きっとどころではない威嚇のポーズだ。
「えっと……何のこと?」
心当たりなら山ほどある。昨日の夜の一件についてだ。俺は当事者も当事者なのだから、何かをしたと言うのなら、確かに大きな問題を起こした。学園ソルジャーの身元がバレていればの話であるが。
(待て待て。ということは、俺が学園ソルジャーになっていたのがバレたのか? 変装についてはばっちりだったはずだぞ? そりゃあ現場の鑑定なんて詳しくされれば、俺の身元に辿り着く可能性は零じゃあないだろうが………)
そこまで事件から一日も経たない状況で、そうなるとは思えなかった。であれば、この姉は何を慌てて俺を怒鳴りに来たのか。
「何はこっちの台詞だ! お前を連れてこいと学園長に言われて! ええい。この忙しい状況で何だって言うんだ………」
「学園長が? 何でだよ?」
「だーかーらーこっちが聞きたいと言っている!」
鼻息荒く、足をタンタンと床に叩きつけている姉。さっさと準備をして、早く学園へ行くぞというポーズだ。あまり待たせていると実力行使に出るタイプであるため、とにかく外出の準備をする。
と言っても、学生服を着て財布と携帯端末をポケットに入れるだけである。
「終わったな! ならさっさと行くぞ!」
ひたすら急いで準備をしたはずなのだが、その時間も姉にとってはじれったいものであったらしい。
あれだろうか? 最近は時間の感覚も常人とは離れて来ているのだろうか。心根が野生に生きている人間とは、どうにも付き合いが難しい。
「そういえば忙しい状況って、あの魔法使いと宇宙人達が何かしそうな件だろ? 進展あったのかよ?」
しっかりと戸締りをしつつ、いけしゃあしゃあとそんな事を尋ねてみる。
進展は絶対にあったはずなのだ。なにせ両者はぶつかり、ところが第三者の介入によって、おかしな方向で終息したのであるから。
「進展も何も………ついに集団で喧嘩だ喧嘩。しかも妙なその………まあとにかく、全員が全員、妙な事を言っていると来た。女々しい言い訳だろうとは思いたいが、どっちも示し合わせてるって言うのは本当に妙だな」
「妙なことって?」
「妙なことは妙なことだ」
要するに、全員が学園ソルジャーの存在を証言しているのだろう。そうして教師達はそれを偽証だと判断している。
(良い傾向なのか? とりあえず、問題点があやふやになっている。この状態のままなら、本当に良く分からない喧嘩のままで終われるかもしれない)
喧嘩の全容がさっぱりな状態のままでは、誰かがその喧嘩について知って、事態を大事化するというのも無理だろう。なら喧嘩そのものが、これ以上の何がしかに発展する事は無いと思いたい。
「んじゃあ、学園長もその件で呼び出して来たのかもなあ」
「なんでそう言える」
寮を出て、学園までの道を歩きながら話を続ける。この野獣も、今では立派な情報源だ。昨日あった事の顛末について、聞ける分は聞き出してやる。
「要するにその喧嘩。俺も関係者だって考えてるんだろ、学園長は。それで俺も呼び出し。なんかしたんじゃないのかって聞くつもりなんだ」
「なるほど……くそっ。そういうことか」
何やら悔しげな表情を浮かべる姉。なんだろう。もしかしたら獲物を横取りされたと言った気分なのかもしれない。
「で、姉さんはどう考えてるんだ?」
「うん?」
「いや、今回の喧嘩。どうなんのかなぁって」
こう聞いておけば、苛立つ姉なら、自分が想像している展開を幾らでも口にしてくれるはずだ。
「どうだろうな。生徒共が妙なこと……ここだけの話、変な学生が乱入してきて、全部滅茶苦茶にして帰って行ったとか言っていたが………」
「ははは。それって、本当に何かの言い訳かもな」
傍から聞けばそうとしか思えない。事実を知る側であれば、生徒達は正直な事を言っている事が分かるものの。
「………だと良いんだが」
「違うと思ってんだ。姉さんは」
何か含みある表現をする姉。こういう場合、何か思うところがあるのかと聞いてやると、彼女は上機嫌になる。
子どもの頃からの付き合いは伊達ではない。獣が腹を立てず、こちらを食い殺そうとしない様に牽制する手段を、俺は常日頃から学び続けているのである。別に悲しくなんか無いぞ。
「その学生が、学園ソルジャーと名乗っていたとしてもか?」
だから実に笑えるんじゃないか。学園ソルジャーだぞ。学園ソルジャー。非常に馬鹿馬鹿しい存在だ。魔法使いと宇宙人達の戦いなんてのも、そんな馬鹿話の一端でしかない。そうなってしまえ。
「学園ソルジャーかぁ………そういえばあの変人と似た語感だな。学園ウルフだっけか」
「自分が一度攫われた相手くらいしっかり覚えておけ。そうだ。学園ウルフのやり口と、とても似ている。要するに新たな不穏分子だな」
姉の苛立ちの正体。それはつまり学園ソルジャーに関わる事なのだろう。姉にとっての敵が現れた。その事に腹が立っている。
「同一人物だったりしてなぁ」
「………かもしれんが、ああいう輩は早々に姿を変えんだろ。変態なりに誇りを持っていると見ている。むしろ模倣犯か、もしくは仲間かと言う点で見るべきだ」
案外鋭い女だ。獣なら獣らしく、頭では無く体と牙を動かしてくれれば……いや、それもまた怖い。
「じゃあ、この島にまた不思議な奴が増えたわけだ」
「そうなる。まったく、なんでこうも馬鹿な奴らが多いんだ。この島は!」
憤る姉を見ながら、別にそれでも良いじゃないかと心の中で思う。
(この島が馬鹿な島なら、どんな問題も馬鹿らしいものになるじゃないか。だったら、問題は島を出て行かない。それがこの島の良い姿だと思うけどな)
さて、これで綺麗に何事も終われば良いのだが、学園の教室で他の生徒と暴力込みの喧嘩をした事は変わらない。
それに対する懲罰が謹慎だったのであるが、今回、学園長に呼び出されたということは、暫定的だった処分に対して、正式なものが決まったということである。
憂鬱な気分ではあるが、幸運な事に、学園長室までは姉はついて来ないらしい。さすがにそこへは一人で行けと言われた。それだけで心の重しが一つ外れた気分になるのだから、姉というのは、まったくもって厄介な存在である。
(さてと………どんな事を言われるのかねぇ)
頭を掻きつつ、学園長室の扉を開く。
「あ」
「あら?」
学園長室の扉を開けたつもりだったが、その前にある応接室らしき場所に扉は繋がっていた。それはまあ別に構わない。そういう構造だったというだけである。が、そこに居た人物については、ちょっと勘弁して貰いたかった。
「あらあら。やっぱりあなたも呼び出されてたのねぇ」
ファリッサ・ルイ・コートナー。見る限りはお嬢様然とした彼女が、らしい姿で足を組み、応接室のソファーに深々と腰を降ろしていた。一応、学内にいる間は学生服であるものの。
それだけではない。彼女の隣には、頭部に鉢巻のように包帯を巻いた、レイレリス・アクネイターが座っていた。こっちは背筋を伸ばしながら肩っ苦しい姿勢だ。
様子はと言えば、ファリッサの方は鼻歌でも歌いそうなほどに陽気そうで、反してレイレリスは非常に不機嫌そうであった。
何故仲が悪い二人が並んで座っているのかと首を傾げたくなるが、想像したって、あんまり良い予想が浮かびそうも無いため、止めておく。
「やっぱりってのは、つまり前の喧嘩について、そっちも呼び出されたってことか」
話をしつつ、俺も彼女らと並んで。という気分では無いため、彼女達の対面にある別のソファーへと座る。それならそれで、彼女らと正面で顔を合わせなければならないのだが。
(ああ、それが嫌で彼女らは並んでるのか)
横並びなら相手を見なくて済むから、二人はあの位置で座っているのである。良く考えられている。なんというか感心した。彼女らの動きはある程度の法則性があったのである。
「わたくし達の場合、それだけじゃあありませんけれどね?」
横目でレイレリスを見るファリッサだが、レイレリスはその視線から顔をズラす。とことんである。
「ふん! 私達だけというのが気に食わないがな!」
含みある台詞を吐くレイレリス。彼女が言いたいのは、この場には少なくとも別の人間がいるべきだという事なのだろうが、それはいったいどういう対象なのか。
「なんかあったのか? それにその怪我」
レイレリスは頭部だけで無く、あちこちに包帯を巻いていた。ファリッサの方はそんな事は無さそうなのが意外であるが。
(直接蹴りを入れた彼女の方が怪我は多いと思ったんだが………あれか、服で隠してるタイプか)
ファリッサらしいと言えばらしい。強がりというのでも無く、怪我なんぞ人に見せるものではないと思っているのかもしれない。
一方で、怒りと共に怪我を隠そうとしていないのがレイレリスだった。
「あの学園ソルジャーなどという不審人物がここにいないというのが納得いかんのだ!」
ソファーの前にあるテーブルを強く叩きつけるレイレリス。
「落ち着きなさいな。八島くんは知らないでしょう? その名前」
ここに来るべきもう一人の人物とは学園ウルフのことであったらしい。ならば今、既に来ていることになる。
「いや、その名前については、さっき姉さんから名前は聞いたよ。あれ、本当だったのか? 昨日の夜、魔法使いと宇宙人達がぶつかったって言うのも」
こうやって尋ねつつ、知らないフリをしなければならないというのは面倒だ。しかし、逐一やっていくのが正体を隠すという事である。だから仕方ない。
「本当も本当だ! くそ……! もしまた会う事があれば、今度こそこの手で……!!」
レイレリスは大声で叫ぶものの、作業機械を操って、俺こと学園ソルジャーを倒そうとしていた事実を忘れているらしい。この手とは機械の手の事か?
「おいおい随分と頭にきてるみたいじゃないか」
レイレリスは完全に学園ソルジャーを敵としてみている。当たり前と言えば当たり前か。
「そうみたいですわねぇ。わたくしなんて、気分の良い喧嘩だと思っているんですけれど、この娘ったら、その喧嘩でなんと吐―――
「それ以上言えば殺す………絶対に殺す」
ああ、なるほど。これが殺気という奴か。確かにあれを言葉にされるのは嫌だろう。こっちだって多少なりとも申しわけなく思っているし。
「あら失礼。あなたが女性であることを忘れていましたわ。ごめんあそばせ?」
怪我人同士だと言うのに、喧嘩は何時も通りしている二人。その姿を見て、頭が痛くなって来たとしても、それはきっと仕方ない事だろう?
「おいおい。いい加減にしとけよ? 二人とも痛い目に遭ったんじゃあないのか? それをまた………うん?」
話の途中であるが、俺を含む3人の視線が別の方を向く。それは応接室の奥。学園長室へと向かう扉の方であった。
その扉が開いたのである。
「おお。3人ともそろっているみたいだね。待たせて悪かったが、さっそく入りたまえ。話がある」
学園長室から現れた男、少し色の薄い黒髪の短髪で、スーツ姿をビシッと決めた、見た目40代前半。眼鏡が良く似合う理知的さわやか系な姿をしているその男は、俺達に部屋へ入る様に促してきた。
勿論、俺達はそれに従う。当たり前だ。俺達は彼に呼び出されていたのだ。
そう、彼こそがこの複雑怪奇。ややこしく厄介な問題が溢れんばかりのこの学園で一人、学園長を務める人物。加崎・慶介その人であったのだから。




