参上! 学園ソルジャー!
一団を率いるというのは気分が良いか。そう尋ねられれば、ファリッサ・ルイ・コートナーは状況に寄ると答える。
実際、自分の才覚で凡才を連れて回すというのはそこそこに気分が良いものだ。自分の力というものを実感できるし、羨望、嫉妬、興味。それらの感情を向けられる事に対しては、喜びの感情で答える性質なのである。自分でも、随分歪んでいるとの実感はある。
だが、率いている集団が自分を神輿にしているというのなら話は別であろう。そこに自分の意思は無く、ただ担がれるだけ。とても気分の良いものではない。極論を言えば、ファリッサと名前を付けた人形があればそれで済んでしまうのだから。
これまで、そんな事態にはならなかったので、もしその様な状況になれば、怒りを覚えると思っていた。だが、実際は違う。
(はぁ……憂鬱。とても憂鬱ですわ………)
怒りよりも、面倒くさい。関わりたくない。そんな感情が先立つ。
そもそも、こんな星と月が照らす夜に、外出するという事が気に入らない。夜はまだまだ長いが、これからする事はきっと遅くまで続くに違いないのだ。
寝不足は女にとっての天敵だ。さらに言えば自分は良く寝る方なのである。魔法使いは夜に薄笑いを浮かべて、大釜を混ぜているなどと思われがちだが、自分の場合は、夜更かしをしなければならないというだけで不機嫌になってしまう。
「コートナーお嬢様。そろそろですね。お嬢様は後ろの方にいてくれればそれで宜しいですから、どうか無事で」
「あー、はいはい」
隣を歩くなんとかいう男が話し掛けて来た。名前も覚えていない男だ。確か大学生であり、うちの家の領地に近い場所に住む魔法使いと聞く。
今回、積極的に魔法使いを集めたのは彼だったと思う。今回の件の、本当意味での中心人物は彼かもしれない。
学園では先輩各であるが、家格はこっちの方が上。ということで、何やら先輩風を吹かせながらも、妙にへりくだった態度を取る男だと記憶している。
そういう事情からか、彼が積極的に動いていたというのに、彼自身はこちらが中心人物だと思っている節があった。自分としては御免被る事態であり、そうなると中心人物がいないという妙な構造となってしまう。
(まったく。動いたなら、自分の成果だと喧伝して欲しいところですわ)
本人は忠臣気取っているらしき部分があるのだが、たかが学生同士、何の遊びだと言いたい。
(遊び………そうですわね。遊びであれば気分が楽なんですけれど………)
辿り着いた場所には、どうみても遊びでは無いという表情で迎えてくれる人達が。
宇宙人の方々だ。彼らはここ、宇宙人達の学生寮の前に立っていたり、学生寮の窓から顔を出していたりする。かなりの数だろう。20人は下るまい。そうして、こっちも同じくらいの数がいる。
「空の彼方からやってきた下賤な不法侵入者よ! ここに今告げる! 貴様らの蛮行もこれまでだ! 我々気高き魔法使いが、然るべき報いを授けにやってきたぞ!」
先頭を歩いていた、また別の魔法使いが、宇宙人達に告げる。静かな夜だというのに、迷惑な大声である。
(馬鹿な宇宙人たちめ。存在自体が前々から気に入らなかったんだ。今度という今度は、俺達魔法使いが許さないからな)
頭の中で、先ほどの男の言葉を、分かりやすい形で翻訳してみる。別に馬鹿にしているわけでなく、正真正銘、これくらいの意味しか無いのである。
堂々と喧嘩を売ったその台詞に対して、宇宙人達の方も一番先頭にいる男が答えた。
「ふん。道理を知らぬ獣め。面妖で非合理な手品に人生を賭けているかと思いきや、他人の顔を見て物を考える頭はあったと見える。だが、そうならその頭を下げて謝ろうとは思わないのか?」
(何時もむかつく奴らめ。良く分からん研究を続けてれば良いのに、乗り込んでくるとは良い度胸じゃないか。謝るなら今の内だぞ? って内容であってますわよね?)
宇宙人の考え方はまったく分からないので、誤訳の可能性はあるが、大凡、こういう意味だと理解した。もっと単純化して表現するのなら、魔法使い側が間抜けと言い、宇宙人側が馬鹿めと答えたという事だ。
(ほんと………子どもっぽい喧嘩)
今現在、不機嫌になってしまっている理由の一つがそれだ。そんな喧嘩に自分が参加してしまっており、尚且つただ状況も変えられずに眺めている。
それどころか、余計な事をする人間のせいで、今回の中心人物は自分という事になってしまっている。
つまり、この子どもっぽい喧嘩の首謀者が誰になるかと言えば、自分なのである。なんてことだ。自分はここまで成り下がったか。
「誰がお前らに頭を下げるか。それはこちらの台詞だろう?」
こちらの気も知らないで、罵り合いが続いている。
「はんっ。だから道理を知らないと言ったんだ。駄目だと言われることをしたら、自分が頭を下げるんじゃあなく、相手が頭を下げるんだと習ったのか? まったく。大陸の野蛮人共はその習慣でも不気味だな」
お互い、第一声からかなり不躾な内容になってきている。喧嘩なんてそんなものだ。始める段階では、それなりに理由と言うものを大切にしているが、ぶつかった時点でそれが邪魔になるのだ。
なにせ根本にあるのが、相手に腹が立つという感情的なものなのだから。理屈は感情を邪魔する障害でしかない。
「俺達だけじゃなく、種族全体を貶したな!?」
「それの何が悪い! 実際、その程度の種族だろうが!」
もう外聞など気にしない罵詈雑言である。話し合いでは無く、殴り合う前のウォーミングアップと言ったところか。
まあ、最初からそうであったと言われれば反論の仕様が無いのであるが。
(あと一言ずつかしら?)
言葉を交わしてその程度。あとは殴り合いか、そうでなければ、お互いが持つ火力を使った、もっと派手な殴り合い。
「てめぇ! いい加減にしろよ!」
「夜中にやってきたのはお前達のほうだろうが!!」
と、ついにお互いが拳を振りかぶり、今夜初の暴力が行なわれようとした瞬間、目に黒い風が映った。
風は殴り合おうとする二人の間へ吹き、そのまま二人の間に滞在する。
(って………どうして風だなんて思ったのかしら)
目に映る黒いそれは、勿論、風などでは無かった。それがあまりにも早かったため、一陣の風に見えたのだ。
(なに? あれ?)
それは人だった。正確に言えば人型である。ただその姿がこう………なんというか変であった。
灰色のヘルメットをしている男子学生。表現するならそんな存在だろうか。男子学生だと思ったのは、そのヘルメット男が男子の学生服を着ているからだ。
なんだろう………この。なんだろう。みんなが状況を理解できずにいた。自分達はついさっきまで、種族同士で喧嘩をしようとしていたはずだ。そこに、何故かヘルメット男が乱入してきた。宇宙人だろうか? それとも魔法使い? できればそのどちらでもあって欲しく無い。
先頭の二人も同じ感想だろうと思う。振り被った拳をヘルメット男に掴まれつつ、茫然としている。
「こんな夜に喧嘩はいけないな………」
「え?」
「は?」
ヘルメット男が一言何か告げるが、拳を掴まれた二人は未だ状況を理解できず、言葉の意味を飲み込むことに時間を要していた。
ちなみにファリッサも暫く思考を停止させていた。
「喧嘩はいけないと言ったんだ。喧嘩はもっとこう……やるべき場所とやるべき人数がある」
「な、なんだお前!?」
「いきなり現れて意味わかんないんですけどぉ!?」
ヘルメット男の言葉はとりあえず置いて、何者かを確認することにした二人。ファリッサも勿論、気になった。一体、何と答えるのだろうか。
「………」
ヘルメット男は相手の言葉に、何故かは知らないが暫く沈黙した後、漸く言葉を発した。
「俺はソルジャー………学園ソルジャーだ!」
名乗りを上げつつ、俺、八島・錬太郎こと学園ソルジャーは、静止した宇宙人達と魔法使い達を見た。声はヘルメット備え付けのボイスチェンジャーのおかげで、そこから正体がバレることはないだろう。
しかしだ。正体がバレないと言っても、名乗りを上げるというのは恥ずかしいものがある。ヘルメットが無ければ、赤くなった頬を見られていたかも。
ただ、何時までもそのことに気を使ってはいられない。
「ふざけてんのか!? おい!」
拳を掴んでいる二人の内、魔法使いの側である男が、空いた方の腕でこっちを殴ろうとしてきた。暴力へ至るのが随分と早い。もっと情緒というものが無いのだろうか?
「喧嘩はいけないと……言ってるだろうがぁ!」
「うげぇっ?!」
掴んだ拳をあちら側からこちら側へと引いた。力任せに引かれた腕は、魔法使いの体ごとこちらへと運び、姿勢を崩させる。そのまま俺が手を離せば、魔法使いは無様に地面を転がって行くという寸法だ。
バランスを崩され、尚且つ放り出された形になる魔法使いは、何回転かした後に学生寮を囲む塀へぶつかり、倒れたままとなった。
(力の使い方は………こんなもんか)
相手の勢いを利用した対処であったが、普段の俺ならここまでの事はできまい。できて、相手のバランスを崩させる程度だ。
しかし、この改造学生服があると話は違ってくる。学生服に仕込まれた身体強化の術法により、自分の膂力は普段と比べものにならぬくらい向上しているのである。
この身体強化には魔法的な技術が使われているらしい。便利な様に思えるが、気を付けなければ、手加減を間違えた攻撃となってしまい、対象を気絶させる程度では済まなくなる。力加減が難しい技術と言えた。
(問題はそれだけじゃないが、まあ良い!)
拳を掴んでいたもう一方の男が、力任せに腕を振り払ってくる。このまま掴んでいる事もできたのだが、あえてこちらも放す。
解放された男は俺から距離を置き、そのまま突進する様に飛び掛かって来た。
(まっすぐ進むのは度胸があって悪く無いがな、ちょっと単純すぎるだろ?)
そんな男の脇腹に向けて、横蹴りを一発。蹴りは男の体を浮かせ、蹴りの勢いのままに横方向へと飛んだ。地面に擦れ、やはり転がる男は、倒れたまま、少しだけ痙攣を繰り返した後に動かなくなる。
「ふん? お前ら。何人かは見逃してやるから、倒れた人間の介抱を忘れない様にな?」
挑発する様に、この場にいる俺以外の人間へ声を向ける。実際、全員を相手にするつもりだった。全員叩き潰す事で、この喧嘩を本当にただの喧嘩にしてやる。と―――
「あっ、外し………はぁ!?」
宇宙人の寮の二階の窓から、電圧銃を構えた女を見つけたので、地面を跳び、その窓へ向かった。
一足で跳び、もう一足で寮の壁を登り、窓へと到着する。曲芸染みた動きなのであるが、それくらいの事ができてしまえる。
驚いている女生徒であるが、こっちはもっとであろう。簡単に自分の体を跳ばせる力が、この改造学生服には存在するのだ。その反作用を防ぐため、関節部には衝撃吸収用の素材と人工筋繊維が仕込まれている。それでも注意して扱わなければ、相手を倒す前に自分の体が潰れてしまうだろう。
「飛び道具は………卑怯じゃあないかな?」
女生徒………レイレリスと同じ特徴的な銀髪のため、勿論、宇宙人側である。そんな彼女の目の前で、彼女が握っていた電圧銃を力ずくで奪い、握りつぶした。
「は……へ………」
腰を抜かして、床へと座り込む女生徒。これでさらに一人無力化できた。足を掛けていた窓枠からさらに跳び、再度、宇宙人と魔法使いがぶつかる学生寮の玄関前へ着地した。
「………で、お前ら。どうする?」
俺が始めた行動に対して、多くの生徒は茫然としていた。俺の行動を見て、即、電圧銃を撃とうとしたあの女生徒は稀な反応だったのだ。
はっきり言って、いきなり皆があの様に俺を攻撃してきたとしたら、危ないところだったろう。
しかしパフォーマンスが上手くいったおかげで、全員が混乱し、尚且つ恐怖し、しかし引けぬ状況というのを作り出すことができた。
この後、覆面の不審者相手に彼らはどう出るか。期待しながら待っていると、期待通りの動きが起る。
「ぜ、全員でやっちまえ!!」
「武器だ! 武器を使って対処すればっ!」
魔法使い側がまず、物量に任せての行動を開始する。それに呼応して、宇宙人側は武器を使った攻撃を行おうと試みる。
勿論、この両者は息を合わせられる行動など出来ようはずが無く………
「ぎゃあ!!」
「どさくさに紛れてやりやがったな!」
「相手にするのはあの変な奴でしょう!?」
「もう知らねえ!!!」
この通り、簡単に乱戦となってしまう。宇宙人側が電圧銃を何丁か持っているのを確認し、その的とならぬ様に俺が咄嗟に動いた結果、電圧銃の電撃が俺の近くにいた魔法使いへとぶつかる。
悲鳴を上げて倒れる魔法使いを見て、仲間の魔法使いが、撃った宇宙人を批難する。勿論、宇宙人側はそんな魔法使いの言葉など聞き入れるわけが無い。彼らは元々敵対しているのだ。第三者が現れただけで団結できるものか。
(何もしなくても、頭数は減ってくれる……はずだよなっ)
電圧銃の光線が、何条も自分を狙うものの、その度に改造学生服の力を借り、跳び、避け、その幾つかが魔法使いへとぶつかる。
最初は一方的に魔法使いが減るのみだったが、魔法使い側も反撃に出始めた。ある者は火を、ある者は冷気を、ある者は風を魔法にて引き起こし、場をどんどん混乱させていく。
ただし狙うのは俺で無く、主に宇宙人達であった。やはり一番ムカつくのは俺では無いということなのだろうが、状況が俺を中心にで無くなってしまうのはいけない事だ。
これで俺がこの場から置き去りにされてしまえば、やはり宇宙人と魔法使いの争いになってしまうし、何より、俺は手加減できるが、他の人間はそうでも無いから、万一の事が起こってしまう可能性もある。だから―――
「だから、飛び道具は止めろと………言ってるだろう!!」
明らかに場違いな威力の炎を、手から放とうとしていた魔法使いの男子学生。その学生へ、叫びながら接近する。男子学生は条件反射的に、炎の魔法をこちら側へと向けた。
そのまま正面からぶつかればこちらが焼けてしまう。出来る限り姿勢を低くして走り、炎の軌道から体をズラしていく。
飛び来る炎の塊。避けつつ相手に近づく方法は? その下側を潜るのだ。炎が視線のすぐそばへ。そこからさらに姿勢を低くした自分の頭の上へ。視界から炎が消えて、背中が一瞬熱くなる。だが数瞬後にはその熱さも無くなる。炎は自分の背を燃やさず、そのまま通り過ぎてくれた。
(学生服………多少は耐熱性もあって助かったか!)
魔法というのは集中力を必要とする技能らしく、連発はできない。だから一度避けてしまえば、相手の懐に飛び込むのは容易い。
「ひぃっがっ……ぐぇ……」
走り寄る勢いそのままに男子学生の腹部に膝を入れる。息と少量の胃液を口から出した魔法使いの男子学生が、腰を曲げるのを見届ける。
その後、俺はすぐに膝を離し、その場を跳び退いた。
すると倒れた男子学生のすぐ側を、礫のようなものが襲う。別の魔法使いが、小石を幾つか魔法に浮かせ、それを飛ばして来たのである。もし倒れた男子学生が無事のままであれば、彼ごとだったかもしれない。今は俺も彼も、その害を被ってはいないが。
それを行ったのは長い髪をポニーテールにした女学生だ。
(あれなら連発できるのか………)
浮かせて飛ばす。飛ばす石さえ用意していれば、その魔法だけで何発も撃てるという寸法だろう。石は事前に用意していたものだろうか。丁度良い大きさに思える。
喧嘩をやるとなって、色々と準備をしていた生徒なのだろうと思う。
ただ、威力自体はそれほどでもあるまい。危険を承知で突っ込めば倒せるだろうと予想する。しかし―――
「後ろもか……!」
女生徒と俺を挟み込む様に、後方から男子学生が近づいてくるのが分かる。ヘルメット内に仕込まれたカメラが後方への視界を幾らか提供してくれているのだ。
こっちはスキンヘッドの男。どうやら女生徒の方と目配せできる程度には連携が取れている様である。カップルだろうか?
(俺があのポニーテールに突っ込んでるうちに、後ろからってところだろうが……!)
そうは問屋が卸さない。躊躇せず、女生徒の方へと走る。策に引っ掛かったと笑う彼女の表情を見て、こっちも笑いたくなった。ヘルメットのせいで表情など見せられないのが残念だ。
(飛び道具を持つのは……そっちだけじゃあねぇんだよ!!)
女生徒へ完全に接近する2、3歩前で左手を突きだし、引き金を引くイメージを思い浮かべる。スイッチはそれだ。
明確な思考が電気信号となり、改造学生服の左腕の裾部分へと伝わる。結果、そこに隠されたある装置を起動させる。
「なっ……きゃあああ!!」
威力は試し撃ちなので最小限に。それだけだと言うのに、俺の左手部分から強烈な衝撃波が飛び、女学生を吹き飛ばした。
まだそこでは止まらぬ。衝撃波を飛ばした反動に対して、あえて堪えず、反作用で後方へと吹き飛ぶ。ただし体の軸をズラしつつだ。
ふわりと浮かぶ感覚と、その軌道を無理矢理変える気分の悪い感覚。それに襲われながらも、なんとか三半規管を働かせる。ここで転ぶわけにはいかない。
学生服により強化、補助された肉体は、苦痛を訴えながらも、こちらの指示に従ってくれた。
体を捻り、後方にいたスキンヘッドに体を向ける。すると俺の体のすぐ横を、今度は冷気が通り過ぎて行った。どうやらこの前、ファリッサにやられた魔法と同じタイプの魔法を使ったらしい。
(そっちの魔法は………連発できねぇよなぁ!)
魔法を避けつつ、ほんの少しの浮遊から着地した俺は、そのまま勢いを極力殺さぬ様に、スキンヘッドに足が届く距離まで一気に接近。スキンヘッドが着ている服の襟を掴み―――
「ふおっ!? うごおおおおお!? がひぃっ!!」
そのまま勢い良く持ち上げ、そこから一気に地面へ叩きつけた。そこそこに体格が良い学生だったが、これくらいやっておけば、暫くは立ち上がれまい。
一気に三名の戦闘力を奪ったところで、さきほど衝撃波を撃った左手の裾をチラリと見る。
これは服の裾部分に仕込まれた、空気圧縮機という装置の機能らしい。この装置は周辺の大気を吸引し、それを一気に噴出させる機能を持った宇宙人達の技術だ。
本来は宇宙空間など呼吸できぬ場所において、効率よく空気を携帯するための装置らしいが、先ほどの様に、敵を無力化する飛び道具にも使えた。
(試してみて分かる事は、こっちも手加減が難しいし、再度の使用に十何秒かくらい掛かるってのが難点って事か)
空気圧縮機は右袖と左袖に一つずつ。連発はそれほど速い頻度ではできないだろう。それに使いどころを間違えれば、やはりこれも凶器と成り得る。
(だが………使える!)
飛び道具の使用はいけないと言ったが、やはり便利は便利だ。認めよう。
おかげで、集団の視線が再度、俺へと向かう。派手な技はそれだけ人目を惹くし、それだけで俺という存在をこの場でアピールできる。
(まだ半数以上が残ってるか?)
視線が集まるということは、それだけの数に狙われるということ。上等であるが、些か数は多く面倒だ。
(もうちょっと潰し合う様に誘導してみ―――
集まる視線の何割かが、別の方向を見ているのを確認し、前方へと跳んだ。このまま立ち止まっているのはヤバい。第六感か経験則か。それとももっと違う何かのせいか。何にせよ、その直感は正解だった。
さきほどまで立っていた場所を、赤黒い塊が通り過ぎたのである。振り向き確認してみれば、そこには手に炎を纏わせたファリッサがいる。
赤い髪と赤黒いドレス。そして真っ赤な炎をその右手に。その手でこちらを殴り付けようとしたのだろう。
なんとも恐ろしいのは似合ったその姿であろう。暴力溢れることの空間に、彼女の姿はとても馴染んでいた。
そんな彼女の表情であるが、とても嬉しそうに笑っている。
(はっ。満面の笑顔ってやつか。案外似合ってる……いや、案外ってわけでもねぇな。おい)
姿だけを見れば、彼女は戦闘狂だった。未だに魔法や武器の撃ち合い。蹴り合い殴り合いも混じっているこの状況を、むしろ楽しんでいる様にさえ見える。
そんな姿の彼女であるが、どうにも明確に俺を狙っているらしい。
「ははっ! 何だと思ったら、とても愉快ですわ! まさかこの憂鬱な状況で、まったくの他人が参加してくるんですもの! そこのあなた。ありがとうございますわね?」
なんだろう………どうやら感謝されているらしい。それにしては今にも飛び掛かって来そうであるし、実際、さっき殴られかけた。
「礼を言われてしまったか。少しは学園を守る戦士らしい事ができたということかな?」
なんとなく、彼女に対してキザに反応してみせる事にした。
「別にそんなことはどうでも宜しいですけれど」
どうでも良いらしい。ちょっとショックだ。
「名前は……なんでしたかしら……学園―――
「学園ソルジャー………学園の争いを調停する者」
名乗りだけは奪わせない。そうして名乗りを上げた後は、突撃するのだ。だいたい、魔法使いを相手にするのなら、離れて戦うより近寄って殴り合う方が正しいやり方なのだ。
「あなたの戦い方、さきほどまでじっくり見させていただいたけれど」
接近するこちらに対して、ファリッサは後方へと跳んだ。随分と身軽だ。もしや重力中和の魔法でも使っているのだろうか?
「どうにも魔法を使う様子ですわね? それ以外も………」
確かに魔法的技術がこの改造学生服に使われている。だが、恐らくそれだけではファリッサには敵わぬだろうことを知っている。
ファリッサの体は軽やかだ。やはり重力を中和しているのだろう。魔法使いが得意とする魔法であるのだから、ファリッサが使えない道理は無い。
「わたくし、先ほどまで、とっても退屈していましたのよ? あなたが現れるまで」
言葉を発しながら、さらに彼女はそれと並行して、手の平にビー玉らしきものを出現させた。
(二つの魔法を平行して使えるのか!?)
逃げるファリッサを追うが、追い付くまで数秒掛かるだろう。その数秒のうちで、ファリッサは手のひらにビー玉を乗せて、息を吹きかける様な動作をした。その瞬間―――
「つっ!!!」
手のひらのビー玉が、凄まじい速度でこちらへ飛んで来たのだ。それは銃火器によるその速度に匹敵する。
それがヘルメットに突き刺さり、こちらの頭蓋を抉るほどにならなかったのは、ファリッサの動作に対して、咄嗟に屈んだからに他ならない。
だが、無事避ける事ができたものの、肉体に痛みが走る。咄嗟の動き過ぎたのだ。体は反応し、その反応を改造学生服が強化してくれる。しかしその動きの激しさから肉体を守る手段は無い。
いくらかの衝撃吸収機能は働いただろうが、無理をした反動の幾らかは俺自身の肉体へと及んでしまう。
(まだ……戦えなくなるほどじゃあないが………!)
この様な動きを何度もしていられない。身体強化は魔法的技術。魔法使い相手にそれだけで戦って、魔法使いで無い自分が勝てる道理は無いだろう。
「肉体強化の術法は危険と隣り合わせ。それを使う魔法使いは少ないですわ。なにせ、こうやって距離を置く事に徹すれば幾らか対応できるうえ、自らの肉体をいじめるだけなんですもの。本物の魔法使いなら、幾らでも対処の仕様がありますし、なにより、もっと効率的に事を成せる魔法は万とありますわ」
本物の魔法使い。ファリッサのその名乗りは、虚勢では決してあるまい。さっきまで相手をしていた魔法使い達とは一味違う。種族、魔法使いとして、そうではない相手に絶対に劣らぬ力を身に付けている。だが―――
「なるほど………では、戦い方を変えさせてもらおう」
単純に強化された身体のみで、ファリッサを追うことを止める。そのまま、構えは右腕を上げる形に。手のひらを相手の方へ。
「何を……」
「さっきみただろう?」
圧縮された空気を今ここに解放する。魔法では無く先端的な機械技術による一撃。地球のそれより何倍も進んだその技術を、勿論、魔法使いは知る由も無い。そして………
「その様な技、大人しく当たるわたくしでは無くって………げほっ……! どこへ!?」
圧縮空気の衝撃波はファリッサには当たらない。そもそも当たる様に放ってはいない。だが、その事をファリッサは分からないはずだ。彼女は魔法使いであり宇宙人的な技術者では無い。
衝撃波の軌道を見極めきれずに、ファリッサは空へと飛んだ。だが、一撃目の衝撃波は目暗ましだ。地面にぶつかった衝撃波は埃やアスファルトの粉塵を巻き上げ、ファリッサの視界を奪う。咳もしており、彼女から集中力を幾分か奪う事にも成功している。
「ここだ!」
彼女の動きを予測していた俺は、彼女が飛んださらに上部へと跳んでいる。彼女の真上に位置できる上空での戦い。それは一瞬で決着が付く。
「なっ!?」
話し掛ける時にはもう遅い。空中にて、再充填が終わった左袖の空気圧縮機から、衝撃波を撃ち放ったのだ。彼女にではない、彼女がいる方と正反対の方向へだ。
反作用で俺の体は彼女がいる方向へと跳ねる。彼女にぶつかる瞬間、なんとか右足を向ける事に成功。
「ソルジャあああああキック!!!」
彼女の胴体に向けての蹴り。そのまま重力に従い、そのまま彼女と共に地面へと向かう。彼女の肉体は重力を幾分か中和し、恐ろしい事に、自分へ向かう質量すらも中和していた。生半可な攻撃はその魔法により防がれていたろうが、こちらは空中で加速し、さらなる質量を押し付ける形となった。
おかげで、彼女に蹴りが届いた状態でも、戦闘能力を奪う程度の衝撃にはなってくれた。
「かっ……はっ……!」
地面に叩きつけられるファリッサ。俺の方はと言えば、蹴りつけた反動のおかげで地面への落下に多少のズレが発生していた。
そのズレを利用し、彼女を踏みつけぬ様にそのすぐ横へ着地。受け身を取りつつ、体を襲う激痛に耐えた。
やはりこの動きも中々に無茶だ。圧縮空気の衝撃波で自分を弾丸の様に跳ばすなど、頭のおかしいやり方であろう。ただ、魔法使いとやり合うにはこれくらいの無茶はせねば。
「やり……ます………わねっ………」
「!!!」
驚きファリッサを見ると、彼女はその言葉を発した後に、目を閉じて気絶した。なんて女だ。あれだけの衝撃に遭いながらも、最後の言葉をきっちり残すために、数秒であるが意識を保ったのである。
彼女を倒せたのは運が良かった。こうなっていたのは俺の方かもしれぬと、ヘルメットの中で冷や汗が流れる。
「あとは……!」
ファリッサへの驚愕を抑えつつ立ち上がり、辺りを見渡す。魔法使い側は、頭目である予定のファリッサがやられたせいで、士気が落ちている。というか皆立ち止まり、何が何やらと呆気に取られている様子。彼らはもうこれ以上、喧嘩をしようとする気概は無くなったのかもしれない。
(そうであれば楽で良いんだが………)
次に宇宙人達を見る。彼らは魔法使い達ほどに士気が落ちた様子は無いものの、それでも一旦は動きを止めていた。
(派手にやった甲斐はある………か?)
もしかしたら、両陣営共に戦意を失ってくれたのだろうか。そうであれば今夜の戦いはこれにて終了だ。いい加減、俺の方も疲労が見え始めて来ており、ここでの喧嘩終了はとてもありがたい話と言えた。
(………なんか忘れている様な?)
まだ何かやり残した事がある様な気がする。なんだったか。喧嘩に第三者が介入し、何もかも台無しにしてやろうという狙いは、ファリッサの撃破により達成したと思うのだが………。
「あっ」
ファリッサは魔法使い達の中心だ。だが、宇宙人達の中心はどこにいる? レイレリス・アクネイターの姿をまだ見ていない。その事に気が付いた瞬間、スピーカー越しの様な声がこの場に響いた。
『不躾な不埒者め! 我々の戦いを辱めに来たかぁ!!!』
その声はレイレリスのそれだった。だが、彼女は現れない。変わりに学生寮の玄関を粉砕しながら現れたそれは、白塗りの金属塊とすら表現できる、腕の生えた重機であった。
『あの女狐用に用意していたが、まさかお前の様な輩に使う事になろうとはなぁ!』




