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学園HERO  作者: きーち
6/9

何者になるか

 ワンルームというのは、その殆どは人が一人住むための場所だ。ということは、人が二人になれば途端に狭く感じてしまうものである。

 座布団を二つ用意して、床に敷き、姉と向かい合って座れば、なんだか圧迫感が増してしまうのも、きっと部屋の狭さのせいだろう。そのはずだ。

 いや、自分を騙すのは止めよう。圧迫感を感じるのは怖い姉のせいである。認めなければ何も始まらない。

「だいたい考えている様で考えなしなんだ。お前という奴は。自分なりに何か建設的な事をしている様で、実際は何にもできないんだからな」

 姉の説教が始まってどれくらいだろうか。体感的に1時間くらいということは、だいたいまだ15分程度だろう。嫌な事ほど長く感じるのは、人類の構造的欠陥だと思うのだが。

「姉さんの話は耳にタコだって。ちゃんと考えあっての行動なのは認めてくれてるんだろう?」

 そうして姉の言う通り、考えて行動した様でいて、結局進展など無いという事実に気落ちする。

 それもまた仕方ないだろう。姉に恐怖を与えられ、尚且つ心まで折られそうとあっては気分も落ち込むというものだ。

 なので、できればそろそろ手加減して欲しい頃合いなのだが。

「ふん。結果を伴わなければ何の意味も無いということを、まず教えておくべきだったか。良いか? 金輪際、余計な事をするな。行動するな。只々大人しく学生をして学園を卒業しろ。それだけして、漸く真っ当レベルだ。いや、それよりもしかしたら下回るかもしれないが、それでも人に後ろ指刺されずに済む」

 なんて女だ。弟が弱気になっているというのに、まったく考慮して話すつもりが無いでやがる。むしろどんどん追い詰めてくるのだった。

(まあ、らしいと言えばらしいか。この人は何時だって変わらない。人様の部屋に来ているのに、スーツ姿で遠慮なく胡坐をかいているのもめちゃくちゃに会ってるしさ)

 そういう部分が時々羨ましくはあるが、見習いたいとは思わない。

「ええっと………それよりさ。さっき言った、今回の件って、何の事だよ?」

 何時までも姉の説教が続くというのなら、話の方向性をせめて気になっている部分へ向けてみようと試みた。

 姉にとってそれは失言の一つだったのだろう。黙り込み、自身の黒い髪を弄る仕草する。不気味なその動作を暫く続けた後、漸く変化が起こった。溜息を吐いたのだ。

(うん。黙ってくれるってのはありがたい事ではあるな)

 などと姉の様子を観察しながら思う。その咢を開かぬ限り、姉は目つきの悪いただの女となる。

 ただし、何時までも黙っているのなら、早急に部屋から出て欲しかった。そうでなければ、さっさと喋れと言いたい。怒られるので絶対に言わないが。

「………お前、今回の無断外出は、どこに行っていた」

「姉さんはどこだって思ってるんだ」

 簡単に答えて堪るものか。素直に話したら話したで、そっちは何も答えずに説教を再開するつもりだろうに。

 姉さんが俺の事を幾らか知っているのと同じくらいには、俺だって姉さんへの理解はある。その言葉の頭に相互と付かないのが、俺達姉弟の限界点と言えるのやも。

「今朝に喧嘩をした二人の顔でも見に行っていたんじゃあないのか?」

 かなり正解に近い。これは姉さんが俺の事を良く分かっているというより、そこに行って欲しく無いという考えがあるからだろう。

 だが、残念ながら自分で足を運び、そこの光景をきっちり目に収めて来た。

「姉さん。学生運動って知ってる? なんか歴史の授業でそういうのもあったらしいって聞くけど、あれってそうなんじゃあねえかなあ」

 学生寮へ行ったということを、暗に伝える。その事に姉が怒ると思ったのだが、意外な事に複雑そうな表情を浮かべるのみだった。

「そうか。やはりそうなっているか。どうだった? 生徒の動きは? どんな人種が集まっていた? やはり月からの生徒と太平洋大陸からの生徒達ばかりか?」

 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。どう答えたものか。幾つもの質問に対して少々混乱しながらも、なんとか言葉を発する。

「姉さんこそ、今の状況を良く分かってるんじゃあないのか? 魔法使いと宇宙人が集団で喧嘩を始めたんだろ? 教師はそれを止める立場だって思ってんだけどな」

 これで実は何も知らないとなれば、それはこの姉が無能力ということになるのだが、絶対にそうではないという確信だけはある。

「………今日、職員会議があった」

「で、すぐに対処するつもりって?」

「とりあえずどうなっているかを見る。事が大きくなっているなら、出張中の学園長が帰ってくるまで保留と、そういうことになった。ええい、手緩い!」

「ああ、そう」

 自分で話して勝手に熱くなっている姉は無視して、どうやら事はファリッサの言う通りになって来たなと考える。

(教師は暫く動かない。だからその前にデカい喧嘩をか。ったく。言葉にしたら単純かつ馬鹿らしい事態だって言うのに………)

 別に教師達が素早く動けたところで、事態がすべて解決してくれるわけではないが、魔法使い達と宇宙人達が直接ぶつかるなんて事は潰してくれた方が有り難いと思う。

 最善が無理でも最悪よりは離れた選択が成されたいと思うものの、残念ながらそれも望めない事を知る。

「姉さん自身はどう思ってるんだよ」

 教師達は動かない。だが、この姉ならば違うのではと、ふと考えてしまう。

「随分と聞きたがるんだな。いったいどんな心境だ?」

「今朝の喧嘩が発端だって言うなら、少しは責任感じてんだ。どうなるかって聞くのはそんなに変か?」

「………ふん。殊勝な意見ではあるな」

 この姉と話す際、上手く会話を続けるコツは、彼女の話を聞き入れたフリを続ける事だ。向こうは何かにつけて親切心から言葉を発しているので、それを受け入れる素振りさえ見せていれば、姉は上機嫌になる。

「私はちゃっちゃと潰すべきだと思っている。首謀者だけを厳罰に、なんて意見もあったが馬鹿らしい。暴れる奴らは何かと理由を付けて暴れたがるんだ。全員一度痛い目に遭わせた方が良いに決まってるだろう。それも素早くだ。やる前にとっちめないと、調子に乗るだろう?」

 よし、やはりこの女は野獣だ。サバンナ辺りに解き放った方がきっと上手く生きて行けるだろう。百獣の王だってこの野獣の女王には敵うまい。

 ただし、非常に直接的かつ野蛮な方法とは言え、最悪だけは回避できそうなのがこの姉の意見だった。

(全員、どっかの誰かが潰してくれれば、こんな手っ取り早い話は無い。種族間のバランスに無関係の人間だったら一番良いんだが、姉さんか………)

 この姉は教師陣営だ。そして教師はどちらかと言えば宇宙人寄りである。だが、それでも姉ならば、教師の枠すら越えた凶暴獣として認識されやしないか。

(いや……駄目だな。怖い教師だとは思われてるが、特有の凶暴性は巧みに隠してやがる)

 あくまで、八島・鬼嶋子は教師であるという認識を皆が抱いているはず。姉を焚きつけて、二つの学生寮に集まった学生達を潰させるというのは、とりあえず無しだ。

 もし本当ににっちもさっちも行かなくなれば、考えてみなくも無いが。

「何はともあれ、お前が動いたところでどうしようも無い。大人しく謹慎していろ。そもそも謹慎程度で済んでいるのは、さっき言った通り、学園長が出張しているからだ。とても幸運な事なんだぞ?」

 だから、目の前で大問題が起こっていても目を瞑っていろと言うのか。そんなにも俺は無力に見えるのか。

(姉さんにそう見えるって事は、実際にそうなんだろうけどな………)

 自嘲する様に心の中で呟いてから、ただ姉の言葉を聞き逃す事にした。もう聞きたい事など無い。どうしてだかこの姉と一緒にいると、自分がちっぽけに思えて仕方無いのだ。できれば今は、同じ場所に居たく無かった。




 結局、日没まで姉の説教は続いた。というか日が暮れ、空が暗くなって来たのを見て、漸くあの野獣が時間という概念を認識したと表現する方が正しい。

 そのまま姉はこの部屋を出て、学校かそれとも自宅かに帰って行ったのだ。何度も何度も、勝手な行動をするなと、様々な言葉で耳へ響かせられる辛い時間はとりあえず終わった。

「………晩飯はどうするか。くそっ、食欲が無いな」

 時間が来れば腹は減る。少なくともそんな程度には健康なつもりだったが、どうにも今は食事をする気分にはなれなかった。

 ストレスに寄るものか、自身への無気力性によるものか。そもそも夕食の材料なんて買い入れていないという根本的理由からか。兎に角、食事を取る気はまったく湧かない。

 変わりに部屋のベッドに寝転がり、天井を見つめる時間が続いている。

「………俺は何だ? 状況にすらなれないってか?」

 ふと、そんな言葉が口から洩れた。頭で考えた言葉では無いのだから、これは体が勝手に呟いたそれなのか。今日は随分と体が勝手に行動する。

 おかげで、俺自身ではどうしようも無い状況が存在し、どこまで行っても俺は無力であることをひたすらに理解させられている。

 頭ではもう止せと囁く声があるのに、それでもと動く肉体があった。しかし、その抵抗も無意味だったかもしれない。

 自分なりに出来る事をしたつもりなのだが、裏目になるか何の影響も与えられないか。その程度の結果しか残す事ができない。

(どうせ、なる様にしかならないってのなら、動かない方がマシってか?)

 何もする気が起きないというのは、こんな考えが起因しているのかもしれない。どうせ何もかも無駄だ。ならば何もかもを捨て置けば良い。

 目を瞑り、そのまま意識を飛ばしてしまおうか。明日の夜になれば魔法使い達は動き出して、何がしかの害を出すはずだし、結果、その害が学園外に飛び火して、どこかの国か種族か、それとも世界か、それらを燃やしたところで、俺の責任はどこにもあるまい。

 ただなる様にだけ見届ける。すべて終わった後に、どうしてこうなってしまったんだろうと後悔しつつ、また同じ何もしない日々を過ごして―――

「ふざけんなよ。そんなのは嫌だから、先生に戦い方を教わったんだろうに」

 ベッドから勢い良く上半身を持ち上げる。まだだ。まだ諦め無い。手の出しようが無かったとしても、タイムリミットまでは動き続けてやる。見っとも無く、何の意味も無いものだとしても、それが俺の意地だ。とっくの昔に決めた事なのだ。

(……って、待てよ。先生………先生か………)

 先生こと学園ウルフの顔を思い出し、何か忘れてはいないかと頭を働かせる。

 どうせ仕様も無いことだろうと、頭の奥に仕舞いこんだ記憶を掘り返す作業を開始した。なんだったろうか。何かを忘れている気がする。

「………そうだ。教室」

 藁をも掴む思いで、学園ウルフの言葉を思い出した。覆面変態であるが、それでもその力量、観察眼、そして状況への影響力は飛び抜けている。そんな彼が力を貸してくれると言った。

 何時も、組手をしていたあの教室で。彼は恐らくはいないはずだ。だが、それでも期待してしまう状況だった。

「外出するなとは言われたが、大人しく従うとは思われて無いよな」

 ベッドから立ち上がり、外出を決める。向かう先は勿論、何時も訓練をしているあの教室だった。




 夜の学園内。クラブ活動に励む生徒達も、完全に帰宅した頃合いだろうか。門は閉じられていたが、それでも広い校舎だ。いくらでも侵入する手はある。

 そもそも、島の住人の大半が学園関係者とあっては、外部の人間が無断に入ってくる可能性など低く、警備も厳しくは無い。

 万一誰かに見つかったところで、俺はこの学園の生徒なのだから、忘れ物を取りに来た等の言い訳をすれば良いのだから気分は楽だ。

(それとは別に、夜の校舎ってのは、問答無用で不気味で怖いってのはあるけどな)

 対人的な恐怖などは無いが、未知のものへの恐怖は勿論ある。だいたい宇宙人や魔法使いがいる世界だ。いきなり自分の知らぬ何かが出て来るという事は何時だって有り得る。ほら、あの柱の陰に、何かが潜んでいるかも。

「実際、そんなのは無いけどな」

 何事も無く、静かなままの校舎を歩き続ける。普段であれば人が行き来する廊下が、夜の闇によって静けさを与えられた様な感覚。

 清潔感すらも感じる廊下に、俺の靴音が響く。コツコツと言う音は思いの外小気味よく耳へと届いた。

「………さて」

 校舎の奥まった場所。昼間でさえ誰も寄りつかない教室。鍵が掛かっていたらどうしようかと心配したが、それも杞憂に終わる。

 一切の抵抗無く、教室の扉が開いた。扉の向こうには、昼間と変わらぬ何も無い教室の風景が―――

「うん? あれは………」

 教室の隅に、これまで無かったはずのロッカーが存在していた。何時の間に持ち込んだのだろうか。用意したのは学園ウルフであると分かるのだが。

「丁寧にメモまで……何々?」

 ロッカーの扉に貼られていたメモを見る。

『ここに来たということは! 私の力を借りに来たということだな! 教え子よ! やはり私が必要か! 教え子よ!』

 とりあえず最初の一文を見た時点で、メモ用紙を丸めて捨てたい衝動に駆られる。実際、そうする寸前だった。

 ただ、メモには続きがあるのと、捨てたら本当にここへ来た意味が無くなるので、なんとか耐えることができたのだ。

『さて、このロッカーには恐らくは君が望むための力がある。ただ、それはあくまで力だ。使い方を間違えれば何の意味も無いし、むしろ被害を広げてしまうかもしれない』

 大層な事が書いてあるが、あくまでそれは前置きだろう。とりあえず言っておいた方が良い程度の意味合いしかあるまい。さっさとその部分は読み飛ばし、本題の方へ視線を向ける。

『それでも力が欲しいというのなら、この問い答えてくれ。魔法使いと宇宙人。この二つが争った場合、どちらに肩入れするのが正しい? 正解だと思う方の鍵でロッカーを開けたまえ。鍵はメモが貼ってある横にある』

 言われた通り、メモが貼られている横に、鍵が二つ、同じようにテープで貼り付けられていた。鍵には、片方に宇宙人。もう片方に魔法使いと書かれている。

確認のためにロッカーの扉を軽く引いてみると、固く閉ざされたまま開きそうにない。鍵穴が一つあるので、鍵を使って開けろということなのだろうが、メモの続きにはこうあった。

『間違った方でロッカーを開けようとすれば、ロッカーは開かなくなる。貸すべき力も手に入れらなくなるだろうな。なので、良く考える事だ。PS.そう言えば君の実家。明太子が名産らしいが、師を尊敬する気持ちがあるのなら、一つおすそ分けしてくれても―――

 とりあえず必要な情報は手に入れたので、メモ用紙を丸めて放り捨てる。どうせ先生が掃除してくれるだろう。

「それにしても、宇宙人と魔法使いねぇ」

 間違った鍵を差し込めば開けられなくなるというのは本当だろうか? あの変人の事だから、そういう余計なギミックを付けていそうではある。

 ならば考えなければなるまい。もし何か事を成せる力を手に入れたとして、いったいどちらの陣営に立ち、その力を行使するか。

「あほらしい」

 俺はメモの内容を無視して、ロッカーに手を掛けた。鍵は一切無視する事にする。

「どっちにも力は貸さねえよ! ふざけんな! どっちも潰したいんだ、こっちはな!」

 固く閉ざされているはずのロッカーの扉を、力任せに引く。扉が壊れるかそれとも手の力に限界が来るかの力比べ。そうなるかと思いきや、一定の力に達した時点で、あっさりとロッカーの扉が開いた。

「なるほど。そういう仕掛けだったわけだ」

 どっちも選ばないのが正解だと学園ウルフも考えていたのだろう。どちらの鍵もダミーだ。どっちを使ったとしても、ロッカーの鍵は閉ざされてしまったに違い無い。

「で? 貸してくれる力ってのは………なんなんだ?」

 ロッカーには学生服が掛けられ、その下に灰色のフルフェイスヘルメットが置かれている。

 学生服については、学園の高等部の生徒が冬に着るタイプのものである。上から下まで浅い黒の色で、学園の校章が刻まれたボタンが付いている。島は冬でも本州よりかは比較的温暖なため、冬服と言っても薄地だ。それについては普通の学生服と変わらない

 ただ、一方で普通のものとは違う部分があった。つまり改造制服というものなのだろう。

 特に肘や膝などと関節部は、革っぽい柔らかさなのだが、金属光沢を持つ何がしかの材質で出来ている。それは他の部分より盛り上がっているため、学生服だというのに、鎧じみた外観になっていた。

 フルフェイスの方はと言えば、こちらは完全に金属だ。というかヘルメット型の機械と言った方が表現として正しい見た目だろう。

 表面はつるつるとしているが、ところどころにパーツを繋ぎ合わせたらしい溶接の跡があり、目線の位置だけには、金属では無く、ガラス質の何かが目の様に取り付けられている。

「………これが力?」

 いったい何なのだろうか、これは。疑問に思う気持ちが強くなっているところ、いきなりロッカー内から声が響いた。

『このロッカーを開けられたということは、君が私の同じ考えに至ったということだろうな!』

 それは学園ウルフの声だ。もっとも、素のままのそれでは無く、何かに録音した時の声と表現した方が正しい。ロッカーのギミックは鍵だけは無かった様である。なんとも凝った仕掛けだことで。

「先生………こんなん用意している暇なんてあったのか………」

 ならば今回の問題についても何とかして欲しかったと思うところであるが、今はいない相手に文句を言っても仕方ない。

『行き着いてしまった争いを手っ取り早く解決する方法。それは第三者が全部台無しにしてやることだ。ただ、君はもう第三者ではあるまい』

 そうして、台無しにできるだけの力も無い。だからここまで来たわけだが、いったい、どんな力がここにあるというのか。

『もし、本当の意味で第三者になりたいと考えているのなら、このロッカーにある衣装を着たまえ』

 衣装と言ったか、この音声は。いや、確かに衣装だ。改造学生服にヘルメット。着れば完全にコスプレだと言える。いったい何が元ネタかは分からぬが、完全に変人のそれだろう。

「顔を完全に隠せるヘルメットなのが救いだよな。着ているのが誰か分からな………そうか、分からないよな………」

 つまり、この服装を着ている限りは、八島・錬太郎は誰も知らない何者かになれる。俺とこの服装を繋ぐ関係性はまったく無いからだ。

 コスプレをした変人。例えば学園ウルフの様な存在だろうか。そんな存在が、喧嘩を始め様としている魔法使いと宇宙人を止められれば………。

「いや、たとえ第三者になれたとしても、実行できるかどうかは別―――

『この服が単なるコスプレなどとは思わないで欲しい。これは、私の衣装と同じ様なものなのだ』

 まるでこちらが考えるタイミングを読んでいたが如く、ロッカーは録音されているであろう声を再生していく。

『別にコスプレ機能だけを指して言っているわけではないぞ? 詳しくはヘルメットの脇にある説明書を見ると良い。この服の機能がすべてそこに書かれている。この服には、正真正銘の力が存在しているのだよ』

 それはつまり、学園ウルフが使っていたような、身体能力を増幅したり、魔法使いや宇宙人達等の技術を使った攻撃や防御の機能が仕込まれているという事。

 もっと分かりやすく言うなら、物事を成せる力がこの服にはある。敵対者を制圧できる力だ。武器と防具とも言える。

『さて、私が見込んだ君なら分かるはずだが、この服装は単なる凶器だ。暴力を扱う道具だ。それは少なくとも、一方的に害を与える事に使ってはいけない。建設的な事に使わなければ、本当に単なる暴力装置になってしまう』

 それはそうだろう。これはいわば、幾つかの異種的な技術を複合させた武器なのだ。戦うための道具である以上、誰かを傷つけることにしか使えない。そして誰かを傷つけるというのは、その事に何の理由も無ければ、罪として罰せられるのがこの国の法律だった。

「そんな事はわかってるさ。それで、俺にどうしろって言うのかも、だいたいわかる。なあ、先生。あなたが教えてくれていた事だろう?」

 別にここに学園ウルフはいない。ただ音声を記録したロッカーがあるのみであるが、それでも、学園ウルフに聞かせるつもりで呟く。

 なにせこれは、ある意味では本当に教え子として認められたという事なのだから。

『君は力の使い方くらいなら分かる人間だと思っている。教育もした。だからここで言おう。君は私、学園ウルフと共に、学園の問題が本格化する前に、未然に防ぐ手段になって欲しい』

 そうするために、あなたは俺を鍛えたのだろうか? それとも、鍛えた結果、自分を手伝わせようと決めたのか。俺にとっては、どちらでも良かった。

 学園ウルフの様に変人になるのは非常に抵抗を感じるが、一方で、彼の活動方針には共感を覚えていた。

(というよりは、やりたいことが完全に合致してるから、手を貸すことに一切の迷いが無いんだ)

 向こうも、もしかしたら一緒かもしれない。だからこそ、この衣装を貸してくれたのやも………。

『さて、私の仲間になる以上、名前が必要だな。八島・錬太郎では無く、もっと別の、違う何かにならねばならぬ故な』

 その点については、どうにも嫌な予感がするものの、別の名前が必要だというのは分かる。八島・錬太郎は、これから成す事に対して、その存在が邪魔なのだ。名前だって一時的にでも違うものを名乗らねば。

『この服装。見てみると、どこか兵士みたいじゃあないか? ここが学園であるならば、そこに存在する学生服の兵士と言える。ならば、その名は学園ソルジャーなんてどうだろう?』

 まったくもって恥ずかしい名前だが、そういうのでも別に構わない。俺がやろうとしている事は、言ってみれば恥ずかしい事なのだ。

 学園内のくだらぬ問題を、恥ずかしく馬鹿らしい方法で解決する。それが学園ソルジャー。

 なんとも間の抜けた名前だが、どうにもこれからする事に相応しい名前に思えた。

『さあ、ソルジャーよ。力を持ってして、事を成すが良い。できるだけ、事態が馬鹿らしくなる様にな?』

 そうして音声は途切れた。後に残るのは改造学生服とヘルメットを収納したロッカーのみ。

 とりあえず、ヘルメットの横にあるという衣装の説明書を取り出すため、ヘルメットを抱えて、ロッカーから出してみた。

 手には金属の冷たい感触。夜空の月に照らされたのだろうか。ヘルメットは一瞬、キラリと光を放った。




「ああ、うん。ちゃんと今日は部屋にいたって。そりゃあ食事のために外出はしたぜ? けど、その程度だって」

 姉から、電話越しに本日の注意を聞きつつ、俺は自分の部屋で準備をしていた。

 あの教室で学園ウルフからの贈り物を受け取ってから、もう一夜が過ぎている。それどころか、既に夕方だ。

 時間が過ぎるのは早いもの。できるだけ時間が欲しいと思っているのに、そういう時ほど体感的に時間は短くなっていく。

『おい、本当に大人しくしていたんだな? 昨日みたいに、どこか余計な場所へ行ったりはしていないんだな?』

「姉さんしつこいって。今日は自分の部屋から殆ど出て無いし、出たとしても行って問題ない場所だけ。それじゃあ切るからな。もう夜じゃんか」

『お、おい。待て。ちょ―――

 姉の言葉を遮って、携帯端末の電源を切る。あまり時間が無い。何時までも長話をしている場合では無いのだ。

 それに今日、部屋をあまり出ていないというのは事実である。なにせ、昨日手に入れた衣装の機能について試したり、訓練をしたりしていたのだから。

 例えば姉が心配している様な、学生寮に出向く暇は無かった。

 今日の夜。宇宙人達の学生寮へと向かうのである。魔法使い達の方もきっとそうだろう。そうなった時、俺がするべき事は決まっていた。決まっているのだから、それが始まるまでの時間は、出来る限り確実に事を成せる様に、訓練を続けていたのである。

(狭い部屋の中でとたばたしてたから、明日には苦情でも来るかもだが、まあそれも良いさ)

 叱られた場合、謝れば済む問題だ。騒音など、出す側が謝罪すればそれでまあ何とかなる。解決する方法が単純明快だ。これから挑む問題に対して、なんとも小さな悩みではないか。

 そうだ。これから自分も宇宙人達の学生寮へと向かわなければならない。だから早くこの衣装を着なければならないのだ。

(外見だけの改造ってわけでも無いから、着るのにちょっと時間が掛かるんだよな)

 自室にてベッドに腰を掛けながら、俺は学園ウルフから貰った改造学生服を着ようとしていた。

 まずは改造学生服に袖を通し、改造されている部分が俺自身の体に合う位置に来る様、調整する。

 ロッカー内にあったのはヘルメットと学生服だけで無く、革の黒手袋に安全靴の様にごつごつとした大きいブーツなどが入っていた。

 説明書を見るに、これらの装備にも様々な機能やギミックが存在しているらしい。まったくもってとんでもない衣装だと思う。学園ウルフは、どうやってこの様な装備を用意したのやら。

(なんていうか、あほらしい外見の割に、謎の多い人だよな。あの人も)

 学園ウルフが何者か。そんな謎が大きくなっていくも、今は無視をする。やるべき事が先にある。

「よし。これで良いか」

 一通りの衣装を装着し、確認のために屈伸をする。体に違和感は無い。服やブーツがズレるということも無かった。

(できれば、もう少し訓練しておきたかったけどな………)

 時間が足りなかったため、この衣装の機能。そのすべてを扱える状態では無い。ただ、それでもやるべきことをやれるくらいにはなったと思いたい。

「先生の変わりか………」

 俺がやるべきこととはそれだ。普段、学園ウルフがやっていることを、彼が留守の間に俺が行う。普段から変態だなんだと言っているが、彼の力量を理解しているだけに、それがどういう難度のものかも理解していた。

「はっ。それくらい難しい方が、手に入る結果も相応って事だろ?」

 自分を鼓舞する様に呟いてから、俺は最後の衣装であるフルフェイスのヘルメットを掴んだ。

 そうして暗くなり始めた外の景色を、部屋の窓から見る。

「待ってろよ? 馬鹿馬鹿しい喧嘩には、馬鹿馬鹿しい横やりがあるって事、しっかり分からさせてやるよ」

 魔法使い、宇宙人。そうして異種族やら人間関係やらでややこしいこの世の中に対して、言葉をぶつける。

 夜闇に響きもしないその言葉であったが、それは俺の宣戦布告でもあった。言葉にしたら、ちょっとばかり気分が良い。壊し屋の快感という奴だろうか。

 だが、あまりそれに溺れるのもどうだろうと思い。目を閉じた。心を静め、ただ手にあるヘルメットの感触に集中していく。

 そうしてヘルメットを持ち上げ、頭に被る。こうして俺は八島・錬太郎の姿から、学園ソルジャーの姿へと変わる。再度、目を開く頃には、心までも。

「………」

 外観からは視界領域が狭い様に見えるヘルメットだったが、被ってみると、それほど支障は無い。

 中から強化ガラスを通して外側を見るわけだが、どうにもカメラも仕込まれている様なのだ。それはヘルメットを被る事でスイッチが入り、内側から見ると、ガラスとその外側がディスプレイとなり、ガラスを通して見る光景の補助として、さらなる視界を与えてくれる。

「さあ、今夜の戦いの始まりだ!」

 キザっぽく呟いた後、俺は部屋を飛び出した。部屋の窓を開き、そこから正真正銘、夜空へと飛んだのだった。


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