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学園HERO  作者: きーち
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こちらとそちらの違い

 魔法使いは部屋数が多い住居を好むと聞く。なんでも魔法の練習や実験などはそういう場所が好ましいのだとか。

 ただし部屋数を多くする代償として、一部屋一部屋の面積はそう広く無いそうである。

 ファリッサ・ルイ・コートナーの部屋もそんな魔法使い的な物だった。

 寮は魔法使い用に、個人が複数の個室を持てる様な作りになっているが、かと言って居住面積が増えているわけではない。

「わたくしがこういう部屋に住んでいるというのは意外かしら?」

 こういうとは、それほど他の魔法使いとの違いが無いということだろうか。

「郊外の洋館に住んでる方が似合ってそうとは思うね」

 ファリッサに半ば脅しの様な形で部屋へと案内された俺だが、そのまま修羅場とはならず、客人として持て成されている。もっとも、紅茶を出された程度であるが。

(言っといてなんだが、こういうのも似合ってそうではあるか)

 案内された部屋は、恐らくは彼女が普段生活している場所だろう。狭苦しい部屋の中心に、紅茶が置かれたテーブルと、隅に小さ目のベッド。シーツが赤黒い色のそれであるのは大変悪趣味だ。

 悪趣味な色合いはベッドのシーツだけでなく、壁紙の方も黒を少し薄くした程度の、普段暮らすなら俺は御免こうむりたい感じの色だ。

 しかも、何やら良く分からない単語が書かれたメモがあちこちに突き刺さっていた。規則性がある様にも思うが、その規則はファリッサだけにしか分かるまい。

 窓からの明かりを遮っているのは真っ赤で分厚いカーテンだ。明るいはずの日差しが、なんとか少量カーテンを突き抜ければ、そこにはカーテンと同じく真っ赤に染まった光となって部屋内を染める。

 部屋内の光源は赤い陽射しと、明滅している天井の電灯のみであるため、非常に薄暗かった。

 部屋の主人と良く似合っているデザインだと思う。テーブルを挟んだ目の前で、椅子に座りながら優雅そうに紅茶を飲むファリッサは、この血で彩った様な部屋と大変マッチしていた。

(2、3時間いれば気が狂うな。きっと)

 だからさっさと部屋から退散したいところであるが、肝心のファリッサがそれを許してくれそうにない。

「………郊外に洋館を建てられるのでしたら、そりゃあ建てたいところですけれど、残念ながらそこまでの権力も資金力もございませんの」

 一口だけ紅茶に口を付けたあと、カップをソーサーに戻してから、彼女は口を開いた。どうやら茶に毒は入っていない様子で一安心であるが、話の本題はまだまだと言った様子だ。

「君は確か例の大陸じゃあ貴族の子女だって聞いてるんだが………」

 それなりに権力を持っているから、今、この状況になっているのではと言いたい。

「だからどうなのかって話ですわね。この島の居住面積を広げる事に、その地位が繋がるのかしら? 他人から土地を勝手に奪えるほど大層なものではなし」

 貴族などという言葉を、歴史の中だけしかしらない俺にとってみれば、その貴族の縁者であると聞くファリッサならば、それくらいしてしまえるのではと思っていた。

 が、実際はそこまででは無いらしい。

「上には上が。どこまでもいるものですわ。郊外に洋館を建てられるほどの相手に、わたくしったら負けてしまう程度の価値しかありませんの」

 本当にそうだろうか? 存外、やってのけてしまいそうな存在感はある様な。

「そうやって自分の立場を理解しているのなら、教室ではなんで宇宙人と喧嘩を繰り返してるんだ………」

 ファリッサの世間話はまだまだ続きそうだった。なので、俺の方から踏み込んでみる。こっちは彼女以上に権力なんてものと無縁に生きているのだ。財力に関しては、食事に掛かる費用を如何にして減らすかに苦慮する程度。

 このまま話を続ければ続けるほど、彼女との相違が広がる一方である。そうなる前に、話せるだけ話しておくべきだ。

「だって、腹が立ちませんこと? あの子ったら、いっつもいっつも正しいことを率先して。自分だけじゃなく他人も。そんな風に接して来るのよ?」

 正しいことばかり言う相手が気に入らないのは分かる。何もかも正しい存在がいたとして、そんなのと付き合える人間はそう多く無いのだ。正しいことをしているだけあって、文句も言えない。

「確かにむかつく部分はあるが、それを良く思う奴もいる。大半の奴は折り合いをつけて付き合うか無視してる。君だけはそれができないなんてのは、単なる我が侭だろう?」

 いくらレイレリスに腹が立ったと言っても、ファリッサとて同じくらいに問題の多い生徒であるはずだ。向こうが悪いからこっちは仕方ないなんて論法が通用するものか。

 だが、俺のそんな言葉に対して、ファリッサは怒りも動揺もせずに涼しげなままであった。

「わたくし、こう思うの。我慢したって性根にもやもやした感情が溜まるだけ。何時かは大爆発して大変な事になる。でしたら、毎日小さいながらも爆発させたら大事にはならないでしょう?」

 小まめに鬱憤を発散していた。それはむしろ健全な事であるとファリッサは口にする。

「で、この謹慎と、寮そのものの状況を見て、小さい爆発なら構わないなんて思ってるのか?」

「そうですわねぇ。想定外の事って、こういう事を言うのかしら………」

 困り顔を浮かべるファリッサ。わざとらしくて失笑しか出ない。ちなみに俺は紅茶に口を付けないままだ。いくらファリッサが先に飲んだと言っても、こっち側のカップに何を混ぜられているか知れたものではない。

 その程度には裏がある女だと、俺はファリッサの事を見ていた。

「想定外ってのはどっちだ? 喧嘩から謹慎に発展したことか? それとも、学生寮を学生が占拠するなんて状況になったことか?」

「前者も後者も、どちらも。前者に関してはちょっと面白い発見だったけれど」

 俺を見て、今度は嬉しそうに笑った。ポーズのそれでなく、本当に楽しそうにだ。いったいこちらをどう見ている?

「あなた。いっつも仏頂面で、機嫌が悪そうにしてるじゃない? お友達だってそう多くは見えないのだけれど………」

「顔は生まれつき、友人は選ぶってだけだ。間違っても教室内で毎日喧嘩をする様な人種と付き合いが生まれない様にな。まったくいないわけじゃあない」

 そんな学生生活に不満なんて………数えるほどしか……まあ、辛うじて数えられる程度しか無いわけであるが、残念な事に、目の前の女との付き合いは出来てしまった様だ。

「けれど、まさかわたくし達の喧嘩に参加してくるなんて思ってもみませんでしたわ」

「………君が言う通り、ストレスってのを溜めてたら、何時かは大爆発するもんだってことだろうな。日頃から君らの喧嘩にはイライラしてたんだ」

「こちらが自重しないから行動で示してみたってところかしら? そういう行動を伴った意地って言うのかしら? わたくし好きよ?」

 なんとまあ、今朝に喧嘩をしたって言うのに、意外な事に好感を持たれていたらしい。根性が何重にも捻じれているのではあるまいか。

「その割に何度か魔法を向けられた憶えが………」

「あら? 好意と敵対する事って、別に矛盾するわけではありませんわよね? こちらでは何と言ったかしら、ロミオとジュリエット……あとは………オセロ? まあ、その様な話、わたくし達の大陸でも沢山ありますわ」

 どっちも恋愛絡みのバッドエンドじゃねえか。からかわれているのは確実であるが、想像しただけで怖気が出そうな言葉は口にするもんじゃあない。

「冗談はさておき、謹慎に関しては、それほど不満のある事じゃあなくってよ。良い経験とすら思っていますの。喧嘩の一つや二つをすれば、こうなるのはとても当たり前。特段、恥とも考えていませんし」

「じゃあ、主に不満を持っているってのは学生寮を占拠された事か。となると、君の意思が元になってるわけじゃあ無いみたいだな」

 その事を確認できれば、ここでの話にも実りがあると言える。既に事は当事者の手から離れているのだろう。

「意思に元があるのなら、やっぱり喧嘩したわたくしじゃなくって?」

「君の性格がそのままだとして、魔法使いじゃあ無かったのなら、こうはならないだろう?」

 今朝と同じ様な喧嘩は起こっていたかもしれないが、それで終わりだ。こうやって他の魔法使いが集まるということはまず無かっただろう。

「かもしれませんわね。だとしたら、魔法使いと宇宙人が一ヵ所にいる事が一番の原因ってことになるのかしら?」

 冗談を言う様にファリッサが口にする。実際、本人は冗談のつもりなのだろう。だが………。

「そうだよ。本当は一つの教室に宇宙人と魔法使いが集まるべきじゃあないんだ」

「あらやだ………まさかあなた、差別主義者?」

「混ぜて危険な洗剤を、区別なく混ぜちまう事に反対してるってだけだ。もしそれが差別だって言うんなら、そういう奴らの喧嘩も買ってやるさ」

 現状、事はファリッサやレイレリスだけの問題では無くなっている。ということは、最初から彼女らの問題では無かったということなのだ。

「…………確かに、それが良いのかもしれませんわね」

 何度目かの笑い顔をファリッサは浮かべた。今度のそれは苦笑いだ。ころころと変わる彼女の表情であるが、今回の表情の意味は、彼女だって事態の深刻さを分かっているということなのだろう。であれば、何もしていないのはどういうことだ。

「学生寮を占拠したって時間の問題だ。すぐに教師連中がやってきて解散させられる。暴力行為も含めてだ。少なくとも君は、教師達より早く、下の玄関やらに溜まっている魔法使い達を解散させた方が良いんじゃないか?」

 教師達が来るまでに彼らを解散させる事ができたのなら、大事にはなるまい。ちょっと怪しい動きをしたが、それだけだ。

「訳知り顔で話す割に、あまりこちらの事を理解していらっしゃらない様ですわね」

「………」

 その点に関しては、まあそうだ。俺は魔法使いでも宇宙人でも無い。だから彼女らを完全に理解などできない。

「魔法使いって、好き勝手に生きてるって思われているけれど、そうでもありませんの。感情に生きているというのは正解な物言いですけれど、それも本質とは言えませんわね」

「じゃあなんだってんだよ」

 こっちは理解できないかもしれないが、理解させるための説明を勿体ぶるというのは、それはそれでこちらへの無理解ではないか。

「魔法使いとは、感情を達成するために理性を働かせる生き物。ですわ」

 ファリッサが話しをしながら人差し指をピンと立てる。感情のままに生きるタイプより余程厄介な存在だと自ら語っているらしい。

「欲しい物があったとして、泣いて転がって手に入れられるのなんて、子どもの時分でも稀ですわよね? だから理性を働かせるのですわ。如何にそれを素早く、効率的に手に入れられるか」

「………欲しいものに関しては、それが本当に有用かどうかなんてのは二の次って事か」

「ええ。感情的な生き物である事は違いありませんもの」

 やりたいと思った瞬間に、それがどんなものであれ、全力で理性や知性を働かせ、実行する。実行した結果、自分が不利益を被っても、それはまあ仕方ない。例え事前に予測できていたとしても。と言った具合だろうか。

(個人ならともかく、種族からしてそうだって言うなら、確かに相容れないな。特に宇宙人なんかとは)

 地球人種だって、そんなタイプの人間はいるにはいる。だが少数だろう。宇宙人ならさらに数が少なくなる。その数の差こそが種族の差異なのだと思う。

「魔法という力がそもそもそういうものなのですわ。奇跡を起こすために世界のシステムに手を加える。過程はとても細緻かつ理論立っているのだけれど、結果はまるで出鱈目な現象になる。わたくし達が魔法使いと呼ばれるのは、多分、その魔法というシステムに、とても相性が良いからなのでしょう」

 魔法を使うために種族してそんな性格になったのか、そんな種族だから魔法を使える様になったのか。卵が先か鳥が先か。そういう問題なのだろうが、それでも間違い無く、彼女らは“魔法使い”という種族なのだ。

「で、そんな魔法使いがこうやって学生寮を占拠してるって事は、それぞれの感情から出てることであって、解散なんてできるはずも無いって事を言いたいのか?」

「最初の方で言ってませんでしたかしら? 他人をどうこうできるほど、力のある立場じゃございませんの」

 会話では一本取られたと言うことだろうか。実際、俺から彼女に何かを要求できる段階は終わってしまった。

「なら、教師連中に叱られる事くらいは覚悟済みって事か。魔法使いの何人かは退学させられるかもしれないぞ」

「それくらいで済めば良いのだけれど………」

 先程までの威勢はどこへやら、ファリッサは急に浮かない顔になる。彼女が心配していることはなんなのか。嫌な予想が立ち、それを確認してみたくなる。

「何か、この後の展開が見えてるな?」

「そうですわねぇ。ここで一つ問題。宇宙人と魔法使い。叱られて喜ぶのはどちらでしょうか」

「…………」

 冗談っぽく口にしているが、案外、重要な問い掛けをされたかもしれない。少しばかり考え、至った結論を口にする。

「宇宙人だな」

「あら? それじゃあなぞなぞの答えも分かった?」

「教師は平等に君らを叱るだろう。対処もする。なまじっか両方問題児な分、出来る限り杓子定規にだ」

 その点に関しては信用している。こんなややこしい学園において教師をしている以上、思想的なバランス感覚は良くなければいけない。

「宇宙人さん側は納得しますわよねぇ? 仕方ない。けれど、わたくし達は違う」

「どれだけ教師達が平等に動いたところで、魔法使いはその事に不満を覚えるってことか」

 性質の問題なのだ。教師というのがルールを守る側の人間である限り、その立場は宇宙人達に近く、魔法使い達から遠い。彼らが動けば、それだけ種族間のバランスが崩れてしまう。

(どんなどん詰まりだ、これは。問題を解決できる人間が誰もいないじゃあないか)

 教師が介入したところで対立は終わらない。むしろ力関係が崩れ、もっと厄介な事態に発展する可能性が高い。

 なにせこのまま事が進めば、魔法使い達が不満を持つはずなのだ。どうして自分達だけが不当な扱いを受けるのかと。

「将来に向けて不満が溜まるってだけなら、まだ猶予はありますけど、そう悠長な問題では無いと考えるべきですわね。なにせ………」

 部屋の中から、寮の玄関がある方向をファリッサは見た。それが何を意味しているか。俺にでも分かった。

「宇宙人達の寮は誰かが攻めてくるのが分かってるみたいに防御を固めてたな。玄関に机やら家具やらを並べて………だってのに、こっちはそうでも無い。集まって学生寮を占拠してやがるのに、学生寮それ自体には興味無いみたいだ」

「あらあら。学生寮には興味あるはずですわ?」

「こっちの学生寮じゃあないだろ? 宇宙人達の学生寮に攻め込むつもりなんだ。どうせ教師に制圧される将来が待ってるなら、いっそ派手に喧嘩をしようって腹か」

 魔法使いは感情の生き物。その感情を達成するためにしっかりと目標を見据える。そんな集団であることを、ここに来て理解する。

「大正解。商品は何がよろしいかしら? 紅茶はあまりお気に召していない様ですけれど?」

 パチパチと拍手をされたところで嬉しくもなんともない。むしろ、嫌な予想がしっかりと当たったせいで、状況が最悪なものになったと感じる。

「そんな事してみろ! 学生同士の喧嘩じゃあ収まらなくなるぞ! 君らがどんな風に思おうと、学外の社会が騒ぎ出す! 馬鹿な奴らはこう考えるはずだ! どうやら確執は終わってないらしい! それなら自分達もってな!」

 一度のぶつかりが学内どころか島を抜け出し、世界中へ広がる。この島はそういう場所だ。小競り合いはもしかしたら戦争に発展するかもしれない。それくらい火薬庫なのだ。この中之鳥学園は。

「懸念というのならそれよ? わたくしの本国は、わたくし達の行動とその理由を聞けば、わたくし達は正当な行動に出たと評価するはず。だって、同じ魔法使いですもの。だと言うのに罰せられるとはどういうことか。もしや、宇宙人達が何やら裏でちょっかいを出したのか? とも思うはずですわね」

 最悪だ。宇宙人側だって、魔法使い達は道理も知らぬ獣か何かだと思うに違いない。この島の生徒だけで無く、月に仮住まいしている奴らもだ。

 不満が溜まり、何がしかの形で爆発するのは学園と変わらない。学園は凝縮された、異種族達が現れたばかりの世界そのものだった。

 小さな火種が重なり、大戦争へと繋がる。多くの人間が死んでいった大馬鹿な戦争へと。

(糞喰らえだ! 事情も感情も知った事があるか! 今ですら、生徒同士の喧嘩なんて馬鹿な事態だってのに、それが悪化して戦争にだと!?)

 止める人間が必要だ。馬鹿な事を本当に陳腐にしてしまえる様な人間が。教師達にそれを頼みたいところだが、彼らもこの状況を悪化させる一因でしか無い。

(先生は………クソッ。暫くは留守だった。なら………)

 なんとかできそうな人間を一人思い浮かべて、その選択肢が既に無くなっていることを思い出す。

 誰かに頼れぬと言うのなら、俺自身で行動するしかないのでは。しかし俺は既にこの問題に関わってしまっている。俺もまたこのあほらしい状況を構成する一つの要因でしか無くなっているのだ。

「部屋へあなたを案内したのは他でも無いのだけれど、実は勧誘ですの。わたくし達と一緒に暴れない? あなた、どちらかと言えばこちら側に見えますわ」

 ほら見た事か。既に自分は魔法使い側として考えられているらしい。宇宙人側からは敵だ。自分が何がしかこの状況を変えたところで、それは魔法使い側の行動として見られてしまう。

「………冗談じゃあない。そんなのは御免被る」

 断るのは当たり前だ。だが、断った後、俺はいったい何ができるのだろうか?

「あら残念。ならお話はこれでおしまい。残念ですけれど、実はこれから用事がたくさんあって忙しいんですの。お茶の時間もこれまでですわね」

 笑みを浮かべるファリッサであるが、そこには決別の意味が込められていそうだった。別にそうだったとしても構うものか。こっちもこっちで考えるべき事が出来てしまっている。

 考えてから行動に移れるかは別にしておいて。

「待て、最後に聞いておくが、動くなら今日か明日か?」

 もし魔法使い達が、教師達が動く前に行動しようとするなら、明後日くらいまでがリミットだろう。教師が生徒達の動向を知り、会議し、どの様な制裁を加えるが決定するまでの時間はそんなところだ。

「何事も無ければ、明日の夜、あちらの学生寮で決行予定ですわ。もしお暇がございますなら、是非いらして? わたくし達の方は歓迎しますわよ?」

「………」

 まるでパーティーにでも誘う様なファリッサを無視して、俺は彼女に背を向けた。今度もまた魔法を撃ちこまれるかもしれないと思ったが、知った事かと意地でも振り向かなかった。




(どうする? どうする? タイムリミットは明日の夜まで。どう動けば、こんな馬鹿な事態を変えられる?)

 向かう先は自分の寮の部屋だった。早歩きであるが、着いたところですることは無いのが一番の問題だ。できる手がまったく浮かばない。焦りだけが募り、無為に時間だけが過ぎて行く。

「…………いや、やる事なら決まってる。だけど、それができる立場じゃあない」

 先生……学園ウルフの言葉が未だに耳に響く。朝の喧嘩などに、迂闊にも参加するべきで無かったと強く後悔してしまう。

 どうせ、この様な事態になるのであれば、それまで無関係のままで居れば良かったのだ。ならば魔法使いと宇宙人の喧嘩に突如参加したとしても、まったくの第三者として場を荒らし、本当に、種族の確執など関係無く、単なる喧嘩として何もかもを終わらせられたかも………。

(俺は……本当に馬鹿者か?)

 終わらせられたかも……だと? 終わらせられる力量などどこにある。俺は少しばかり喧嘩の腕はあるが、妙な道具を私有している宇宙人や危険な魔法を使う魔法使い達に対抗できるはずがないだろう。

 自分の力を過大評価しているのか、俺と言う愚か者は。しかも縋っている力にしたって、今日、姉に二度と使うなと言われたばかりじゃないか。

「そうだ………姉さん………姉さん? いや、待て。ちょっと待てよ?」

 本日何度目かの冷や汗が流れる。何かを忘れている。酷く重要な事であったが、中々思い出せないのだ。いや、思い出す事を躊躇っている。

 きっと俺にとって、思い出せばショックを受ける事であるため、自ら思い出すのを止めているのだろう。

 だが、肉体は思い出さなければもっと酷い事になるぞと、勝手に動き始めた。本当にそんな動作だったのだ。嘘じゃあない。

 いつの間にか、右手がズボンのポケットに伸びていた。記憶に無いのだから、頭で考えた行動では無いはず。

 だが、視界はしっかりとズボンから取り出した携帯端末を見ていた。ずっとマナーモードにしていたせいで気が付かなかったが、何件もの着信履歴が残るそれを確認すると、姉(有害危険生物)と登録された名前がズラリ。

「ああ。そうだよなぁ。俺、自宅謹慎中だし、定期的に教師と連絡取れって言われてたっけか?」

 恐ろしいなんて恐ろしいんだ。俺の謹慎中の連絡相手は、何故か身内の姉であった。きっと凶悪な姉が他の教師達を脅し、その地位を奪い取ったに違いない。弟を喰らうのは姉の役目だと言わんばかりに。

「…………留守電まで残ってやがる。いやだなぁ。聞くのはちょっと遠慮したいなぁ」

 先程までの焦りはどこへやら、今ではどうにかしてこの島から姉にバレず脱出する方法は無いものかと頭を巡らせていた。

(中之鳥七不思議の一つに、ひっそりと島を離れる漁船の話があったか。それを利用して………ああくそ。だからなんで俺の体は勝手に留守電再生ボタンを………)

 頭脳に従わぬビビりな肉体は、姉の音声が入った留守電を再生しようと試みた。脳みその方はせめてもの抵抗として、最新の一件のみの再生で留めて置く様に指先へ命令。結果、その指令だけにはちゃんと従ってくれた。

『部屋に戻って来い。殺すぞ』

 ああ。電話越し、しかも留守電で良かった。きっと生で聞いていれば、心臓を持って行かれたに違い無い。それも物理的に。

 さあ逃げ出そう。できれば誰も居ないネバーランドへ。そこへ行って、小さな家を建てるのだ。窓も扉も無いその部屋の中で、一人じっとして、そのまま死んで行こう。きっとその方が平和だ。これから起こる事よりはずっと。

「ははっ。体の馬鹿野郎め。なんで寮の近くまで俺を案内したよ」

 既に俺が住む学生寮は目の前だ。姉の姿は勿論あった。寮の出入り口にて、じっとこちらを睨んでいる。あの女の背の高さは、こういう時にとても便利なのだろう。どこでだろうと獲物をすぐに捉える事ができる。

 ならば長い黒髪を最近になってウェーブヘアにしたのは、ライオンのたてがみの理屈かもしれない! 威圧感を与え、一目見ただけで力関係を意識させる。良かった、色気づいたわけでは無かったらしい。本当に良かった。

 そんな猛獣的要素が沢山詰まった姉であるが、助走を付けて飛び掛かってこないところを見るに、今日は俺の方から生け贄として歩いて来ることをお望みらしい。

(よし、逃げよう)

 思考と肉体が手を組んだ。すぐさまその場を立ち去り、向かう先のアテも無く走り出そうと―――

「どうした? お前の部屋はここだろう?」

 何時の間にかすぐ側まで迫っていた猛禽類に肩を掴まれる。いや、野獣。いやいや姉だった。

「あれ? そうだったけ? いやあ………なんだ。本当にそうだっけなあ………」

 実はここは自分の寮で無く、目の前の女も姉では無いのではないか? もしやこれは単なるカツアゲか? そうであれば逃げ……いや、無理か。この相手ならば大人しく財布を差し出すしかあるまい。

「おい。どうしで財布をポケットから取り出す。ここがお前の寮か疑わしいのなら、今からお前の部屋を見に行くか?」

 肩に置かれた手の力がどんどん強くなる。痛い。とても痛いのだ。おかげで財布を差し出せないでは無いか! これでは金をさっさと渡してお引き取り願うことなど出来ようはずもない。

「姉さん悪い! 痛い! めっちゃ痛いから! 認める! 認めるから離してくれよ! 部屋にだって大人しく向かうからさあ!」

 大嘘だ。手を離したらすぐにでもここから走って逃げてやる。

「肩は離さない。そのまま痛みに耐えて部屋まで向かえ。お前のことだから、すぐにでも逃げ出すつもりだろうからな」

 なんてことだ。この黒毛の野獣はこちらの動作パターンを見切っているらしい。そう言えば、昔やったことのある組み手やら訓練やらでもそうであったか。

 何にしても、可愛い弟を追い詰めるのが好きな姉だもの。

「ったく。信用ねえなぁ。自分の部屋に帰るくらい、姉さんの手を借りなくたってできるってのに」

 心の怯えを見せぬ様に、当たり前の如く寮へと入って行く。なんとか自分の部屋へ帰るまでに姉から逃げる術を考えなければと強く思いながら。

 いや、多分、絶対に無理だろうけれども。

「部屋に入ってから、じっくりと聞くつもりだが、ここでも一応聞いて置く。どうして部屋を出た。お前は謹慎中―――

「お腹が空いたけど、冷蔵庫に備蓄が無かったので昼食を買いに出掛けてました。って、言い訳になるかな?」

「言い訳なのか?」

「いや、そういう理由で出掛けたのはホント」

 寮の廊下の窓から空を見る。既に日は暮れかかっていた。昼食に出掛けたにしては時間が掛かり過ぎだ。昼食の後、何をしていたかと聞かれるに決まっている。

「また、余計な事に首を突っ込んでいたか」

「………またってなんだよ」

 予想より違った言葉が出て来たので、少し戸惑う。ほんの少しだけだ。

「お前は何時もそうだ。普段は怠そうな顔をしながら、無駄に行動力がある」

 怠そうな顔をするのは姉のあなたの前だけです。とは口にしない。余計な言葉はいらぬ厄介を抱え込むだけだろう。特にこの姉相手の場合は。

「この学園へ進学を決めたのもそうだ」

「親元を離れたいなんて思う奴、そこら中に居るだろ」

「小学校を卒業したばかりの子どもが思うのは特殊だ。違うか?」

 そうだろうか? 少なくとも俺自身はそう思った。実家に何時までもいたって、八島流などという稼業を継げる程の力は得られまい。

 努力を続けた結果にどれほどのものとなるか。それを理解できない程、才を見る目が眩んでいたわけでも無い。比較対象がすぐ近くにいたのだから、より理解できた。

 だから早々に距離を置きたいと考え、そのチャンスを手にした。それだけの事だろう。そんな子どもは珍しいと言われたって、実際そうだったとしか言えないではないか。

「じゃあさ。姉さんはなんでこの学園で教師なんてする様になったんだ。俺を追ってきたのか、なんて馬鹿な質問はしないぜ? ただ、実家を離れた先で身内に会うなんて、馬鹿げてる」

「単に腕を買われただけだ。教師という職も悪く無いと思った。今回の件にしたって………」

 姉が突然口をつぐんだ。何だ? 今回の件がどうしたと言うんだ。そもそも今回の件とは何を指す? 俺が喧嘩して謹慎処分になった事か? こうやって俺が無断で外出した事か? それとも………

「とりあえず、部屋、着いたから、いい加減肩を離してくれよ。話ならこの中でなんだろ?」

 もう逃げる気は無くなっていた。姉からも話を聞かなければならぬかもしれない。今回の騒動に関してを言えばだ。



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