我、謹慎中
結局、学園ウルフからは説教らしい説教も無かった。彼にはこの後に関する余裕も無いというのが実際なのだろう。
「教室での件は中途半端に終わったのだろうが、君の行動で暫くはぶつかるということもあるまい。君含め、喧嘩に参加した人間は何日かの停学ということになるだろうしな」
停学ということは学園に来ず、お互いに顔も会わせないということ。その期間に関しては確かに安心だろう。
もしかしたら、これから暇が無くなるらしい学園ウルフに関しても、再度戻ってくるまでは問題は起こらないかもしれない。だが、停学なんてものを無視して、事が起こってしまう可能性も無いわけでは無い。学園ウルフはそうも話した。
「もし、もしだ。私がいない間に、レイレリス嬢とファリッサ嬢がぶつかる。というか、宇宙人陣営と魔法使い陣営の確執が表面化しそうになったのなら、この教室に来ると良い」
地面というより、教室の床を学園ウルフは指差す。
「先生は暫くいないんですよね? いったいこの教室に来て何をしろって言うんですか。先生を懐かしんだりすれば良いんですか? 絶対しませんよ。先生がこれから惨たらしく爆散してもしません」
「さ、さすがに爆死したらこう……死後を思って欲しいなぁ…………と、こほんっ。そういうことで無くてだな。私がいなくても、貸せる力はある。ということだ」
「貸せるって………え?」
いったい何を言いだすのだろうか。俺に力を貸すというのがどういう意味か、学園ウルフは分かっているのか?
「君は今回、私と同じ様に学園で発生する問題を、最小限で押し留めようとした。たとえ未熟だったとしても自分の意思でだ。言ってみれば同志なのだよ。貸せるものがあるなら貸すさ」
学園ウルフのその言葉は、妙に納得できるものであった。あったのだが、かなり気恥ずかしさを覚える内容でもある。
「………まあ、貸してくれるっていうのなら、有り難く頼りますけど」
なんだか、微妙にくすぐったい気分だ。学園ウルフに何がしかを認められたからと言って、こういう気分になるのは納得し難い。どこまで行っても、彼は覆面変質者なのだし………。
「うむ。良く憶えておく様に。さて、私もそろそろ活動限界だ。そうして君も、さっさと君の姉に会ってくるが良い。学内での喧嘩。その沙汰が下されるだろうからな」
「たぶん、今日はそれが一番難題になりそうですよ」
どうしたものかと頭を掻いた。なにせあの姉に叱られつつ、どうして喧嘩をしたのかの説明をしなければならないからだ。
(レイレリスとファリッサの二人が喧嘩した場合に起こる問題を防ぎたかったなんて説明。するわけにもいかないよなぁ。何か当たり障りの無い理由、考えとくか)
非情に悩ましいことなのであるが、この件に関して言えば、学園ウルフは力を貸してくれそうになかった。
結局俺は、二、三日の自室謹慎という形になった。正式な処分では無く、一時的なものとのこと。レイレリスとファリッサ、そしてファリッサの二人の連れについても同様だろう。
というわけで、自室。人工島内にある学生用の寮の一室で、ただぼーっとしているしか無くなってしまう。
「………暫くは何もないとは思うんだが」
ワンルームの部屋のほぼ3分の1を占めるベッドに寝転びながら、天井の電灯を見る。まだ昼間なので明かりは点いていない。
反省文を書くように言われているが、それをする気分にはなれず、暇な時間であった。
(二度と八島流を使うな……か)
目を閉じ、俺に自宅謹慎を命じた姉の言葉を思い出す。姉には、学園ウルフと別れ、教師である彼女の元へ向かった時、まずは学園ウルフに何をされたかを聞かれた。
説教をされただけだと答える俺に、姉は失望したような顔でそんな言葉を口にしたのだ。つまり、俺には八島流を使う資格は無いとのこと。
(俺が喧嘩をしたから? それとも学園ウルフを捕まえられなかったからか? まあ、どっちもで良いさ………)
本当にどうでも良い。俺にとっての問題はそんなところには無い。姉には一切伝わらないが、それはもう仕方ない。
(真正面から俺の考えを伝えて納得してくれる人じゃあないんだよ)
だからまあ、どんな言葉を向けられようと、どんな顔をされようとも関係無い。今はそういうことにしておきたかった。
「…………ああ、くそっ」
後ろ向きな考えばかりが頭を過ぎ、勢いでベッドから起き上がった。認めよう。姉にその言葉を向けられたのはかなりショックだ。
ついにはこの人に見捨てられたかという思いがある。これでも姉と弟という家族の繋がりを信じていたのだ。ただ、信じていただけで、それを維持する努力を疎かにした。結果がこれだ。
失った信頼はそうそう帰ってこない。劇的な回復手段も無い。花一輪でも渡したらどうにかなってくれる生易しい女ではないのである。あの凶暴な女は。
「とりあえず姉さんについては放置だ。人生最大級の悩みは今日明日でなんとかできるもんじゃあない」
認めはしたが、認めた後に心の隅に隠しておくが健全である。そう決めるとベッドから立ち上がり、昼食の準備を始めようと―――
「………そうだよなぁ。冷蔵庫の中身が勝手に増えるなんてことは無いよなぁ」
冷蔵庫を開き、調味料類しか無い事を確認して、少々思案する。
(自室謹慎は学園の修業時間だけ。夕方まで待てば外出しても咎められないが………)
昼食を抜くべきか否かを逡巡し、スーパーに食糧を買い出しに行くくらいは学生の権利として許されるだろうとの結論を出す。要するに腹が減ったので部屋を出ることにしたのだ。
人工島『中之鳥』にスーパーは幾つも無い。そんな数少ないスーパーの一つがスーパー『中の鳥』だ。“の”の部分がひらがななのがポイントだとのこと。
食品だけでなく、生活必需品、娯楽品、噂で聞くところによると、年齢制限がある商品も販売しているとか。
ただし高等部までの学生には縁が無い話だと思う。いや、同級生の間でそういう物を貸し借りが行なわれているところを見るに、きっと抜け道があるのだろう。
何はともあれ、スーパー『中の鳥』は百貨店と表現しても遜色ない。
(商業スペースが3階規模である店がスーパー名乗るなよな………)
とりあえず目的の場所は1階の食品販売コーナーだ。凝った料理を作る気分でも無いため、周る場所は主に惣菜スペース。
何時もは値引きされる時間帯を狙うのであるが、今は昼間。一切の割引無し、容赦だけが抜かれた絶賛フルプライス中なのであった。
(野菜コロッケで良いか。野菜コロッケで良いよな?)
腹に溜まり、尚且つ安いものを探す。昼過ぎという時間帯のおかげで、まだ温かい揚げ物であれば、味も余程不味いものでなければ保障されている。
問題は夕食分についてどうするかだ。夕食は時間を改めてセールの時間帯に来れば安く買える。しかしわざわざ寮とスーパーを往復するのは難ありだ。足の疲労と生活費を天秤に掛けて悩んでいると、話し掛けて来る人が。
「あら。八島くんじゃん。何やってんの? こんな時間に?」
スーパーの惣菜コーナーでアルバイトをしている女性。日江良木・良子さんに話し掛けられた。
良子さんは茶の入った長髪を後ろでまとめた、豪快に笑うタイプの女性だ。身長も俺より少し低い程度で大人びている。
実際、彼女は学園大学部の学生であり、俺より年上だ。年上らしい女性の代表格と言うほどでは無いが、うちの姉より余程らしい人なのだ。
彼女は講義を取ってない時間はだいたいこのスーパーの惣菜コーナーでアルバイトをしているらしい。
俺の知り合いというか、彼女曰く、このスーパーに頼る人間の大半の名前と顔が一致しているとのこと。風の噂ではその数は人工島の人口3分の1にも及ぶのではなどと実しやかに囁かれている。
「いやあ、ちょっと学園でやらかしまして………」
噂になるだけあって、彼女は島内の事情に詳しく、発生した事件を知るまでがとても早い。
今日の朝に起こった教室での喧嘩について、顔の広い彼女のことであるから、既に何か知っている可能性だってある。いや、考え過ぎかもしれないが………。
「あー。なんか魔法使いと宇宙人相手に喧嘩吹っ掛けた奴がいるって話聞いたけど、あれ、八島くんだったんだ?」
この通りだ。彼女の事であるから、本来、学園で授業を受けているはずの俺がスーパーで買い物をしている状況から、俺の自宅謹慎を類推し、彼女自身が聞いた噂を統合。結果、ほぼ正しい結論に至ったのだろう。
(恐ろしいなんてもんじゃあないぞ!?)
彼女がテレパシーの使い手であるとした方がまだ安心できる。ただし彼女は俺と同じく生粋の地球人類だった。
げに恐ろしきは情報網と理論立った想像力だ。田舎はだいたい話の周りが早いというのが相場であり、田舎くらいに社会がコンパクトなこの中之鳥島においても同様なのかもしれない。
話の周りを早くしている要因の一つが彼女なのだろう。
「事情って言うのがね……色々あるんですよ。高校生には」
言い訳になっていない言い訳で話を濁す。喧嘩吹っ掛けて謹慎中なのはどうしようもない事実だ。そこに関しては誤魔化し様が無いのであった。
「気を付けなさいねー。なんかその喧嘩の件で、人が集まってるみたいだからさー」
「へえ………って、ちょっと待って。なんて言いました?」
「あれ? 知らない? 確か喧嘩相手の魔法使いと宇宙人。同じ様に謹慎してるそうなんだけど、不当だって言う連中が、ぞろぞろ集まってるそうよ? 詳しくは知んないけどさあ」
良子さんの話にゾッとする。そりゃあ確かに火は燻ったままだと思っていたが、まさかのまさか。もう周囲を燃やし始めたらしい。
「ちょっと用事思い出しました。これ、一つください。できるだけ会計は早く」
「はいはーい。野菜コロッケ二つねー!」
元気が無駄に溢れる良子さんの笑顔を見るが、ちっとも心が穏やかになりやがらない。謹慎中とは言え、確認しない事には落ち着かないのは確実だ。
確認したらしたで、厄介な事実が待ち受けているだろう事が予想できるので、その事も腹立たしくあった。
急いで向かうのはレイレリスとファリッサが住む学生寮である。人が集まるとしたらそこだ。
揚げたてのコロッケを齧りながら、目的地に向かう。レイレリスとファリッサの寮がどこであるかは、昨日の内に調査済みだ。
こういう事態もあり得るかと考えての事だったが、実際に起こってしまえばクソッタレと心の中で叫んでしまうのを誰が止められる?
とりあえず比較的スーパーに近いレイレリスの寮に到着したが、見た光景にさっそくうんざりとした。
(なんて言うんだっけか? 学生運動? 寮を占拠するなんて事、実際にするもんなんだな)
寮は俗に言う宇宙人達用の物であり、酷く無機質かつ機械的な外見しているのであるが、その寮の入口に、何故か机やら椅子やらが積み上げられている。
完全に塞がれてはいないが、寮内に部屋がある生徒は、帰宅の際にちょっとしたアスレチックで運動をしなければならないだろう。
さらにと言えば良いのか、入口の脇に立つ男と女が一人ずつ。男が角刈りで、女がショートカットなので、それぞれ角刈りとショートと呼ぶことにしようか。
特に隠れもせず、じっくりと様子を観察していたため、角刈りの方がこちらへ近づいて来た。
「おい、お前。なんだジロジロと」
「あー、いや、粗大ゴミの日じゃあなかったよな。今日」
「違う………」
知っている。だが玄関先に大量の家具やらが並ぶ状況と言えば、ゴミを出す日か引っ越しの日と相場は決まっている。できればそのどちらかが良いなぁと考えているのだが。
「ここは今、コードがアクネイターと振られた者とその賛同者が集まっている。外部の人間は去るが良い」
コード………確か宇宙人達にとっての姓みたいなものだったか。もしやレイレリスの親戚やらその知り合いやらが集まっているのかも………。
「本当か? どう見たって単なる学生寮なんだが。あ、もしかして、最近は自分の寮をそう表現するのが流行りだったり? いや、確かに俺のところの寮も、マイキャッスル桃色まみれ。とか表現する奴がいるから、そういうのも有り得るかぁ」
「だから違う………」
違うらしい。がっかりだ。意味をそのまま取るという事ならば、宇宙人達が集まって、何やら企んでいるということになってしまうではないか。
「じゃあいったい何なんだよ。見世物でも無いって言うんだろう?」
「だから………我々、来訪者が不当な扱いを受けた事に対する会議、及び抗議運動を行っている!」
角刈りが強い語気で話す。宇宙人は自称を来訪者と表現している。つまり宇宙人達は、自分達にとってむかつく事が多いから、ちょっと徒党を組んで抵抗運動を始めたと言うのだろう。
やはり嫌な予感が当たってしまった。予感というより予測であるのだが、本来の予測より随分と早く起こってしまった事に焦る。
(くそっ。先生が帰ってくるまでは大人しくしてるんじゃあないかと期待してみればこの様だ!)
即日行動に過ぎるのではないだろうか。それだけ、鬱憤が溜まっていたのかもしれないが。
「抵抗運動ねぇ………何か嫌な事でもあったのか? 出た食事にごぼうが入ってたとか」
他に思いつくものと言えば、鍵穴に鍵が中々入らず苛ついたりとか、朝、寝癖がなかなか直らなかったとか。もしかしたらその辺りやもしれぬ。
「そういう単純な問題ではない! それもあるが………」
あるらしい。まあ、世の中や社会に対する鬱屈なんぞそんなもんだろう。一つ一つ小さくても、重なり合えば何時かは大きな問題として表面化する。
(仕方ないっちゃあ仕方ない事だが、タイミングが悪いんだよ)
できれば、もうちょっと余裕のある時期にこういう問題が起こって欲しい。
「それもこれも、すべて魔法使い達の企みなのだ! やつら……ルールも守らぬ癖に、いつもいつも我が物顔で島を歩きまわって!」
傍から聞けば、単に相手が気に食わないという言葉でしかないし、実際問題、その程度の事でしかない。だというのに大事化しているのである。恐らくは、ここと同じ様な事が、魔法使い達の学生寮でも起こっているはずだ。
要求はどちらも相手側の排除。もしくは自分達を相手側より優遇しろ。と言ったところだろうか。
宇宙人と魔法使い達の対立は、何もレイレリスとファリッサに限った話ではないのだ。この対立がどこから来ているかと言えば、彼らの考え方が根本から違っているという部分からだろうか。
宇宙人はシステム万能というか条理主義な部分が多々ある。彼らが従う条理が学園の規則であればまだ良いのだが、どちらかと言えば、宇宙人内部でのそれを根本としているせいで、他の異種族との思考のズレが良く見受けられる。
一方で魔法使いはと言えば、典型的自由主義だ。最低限以外のルールは守らないタイプが数多いのである。さらにルールがあればその裏をかこうともする。こちらも当然ながら他の異種族と思考回路がややズレている。
この二つの種族がかち合えばどうなるか。宇宙人は魔法使いの行動一つ一つに苛立ち、一方で魔法使い側も、杓子定規な宇宙人に腹を立てる。同じ場所にいるだけでもこれなのだ。いざ喧嘩となれば留まる事を知らない。妥協はそれ即ち、種族としての感性を変えろということなのだから。
「あの害悪しかもたらさないイカサマ人間どもに、いい加減、学園は何かしらの罰を与えるべきだ! これまで、どれだけ我々が苦渋を飲んできた事か!」
学生寮の占拠も、確か学園の罰則対象だった様に思うのだが、そこらへんは無視するらしい。
「わかったわかった。何してんのかはよおおおおく分かった。ただ一つ忠告しとくが、絶対に教師連中が来るぞ? そうなって、さっきの………なんだったか、会議と抵抗運動? それをしてますなんて言ったところで、あんまり意味無いと思うけどなぁ」
実際、問答無用で潰されると思う。この島の教師達は限定的な武力行使が許されており、勿論、今回の学生寮占拠というのは、その限定的な状況である。
多数の種族が集まるこの島に置いて、狭い場所ですら、一つの種族が占有するとなれば、それは他の種族すべてに喧嘩を売るということなのだ。そんな状況を早急に解決する責任が、教師達にはあった。
「既に魔法使い共も自らの陣を整えている! 我々だけが責められるなど納得できるか!」
「ああくっそ。頭が固いな! そういうことじゃなくてだなぁ―――
「待て、お前、そう言えば顔に見覚えがあるぞ」
角刈りとの話し合いがヒートアップしそうになったところで、水を差す様にショートの女が口を挟んきた。失礼な事に、こちらの顔を指差してだ。
「なんだ。知ってるのか?」
角刈りがショートに尋ねると、彼女は頷き答えた。
「ああ、確かレイレリス・アクネイターと魔法使い。そうしてもう一人とが今日の朝に教室でぶつかったという話だっただろう?」
「元々の原因はそのもう一人が、いきなり喧嘩を売って来たのが原因と聞くが………」
(げっ………)
少しだけ角刈りから距離を取る。これは少々、自分にとって厄介な事になって来た様な。
「それがそこの男だ」
「何ぃ!? あ、貴様! 何故逃げようとしている!」
距離を取り続け、素知らぬ顔でこの場を離れようとしていたのに見つかってしまう。
「悪いけど用が済んだんで! いやあ、抵抗運動頑張ってくれ! ホント応援してる! インスタント食品の備蓄は忘れない様にするのがオススメ。それじゃあな!」
そう口にしてから、背を向けて走り出した。背後から追ってくる足音が聞こえるものの。
「待てと言っているだろうがぁあああああ!!!」
「悪い! 何だって!?」
全力で走っているので聞こえない。聞こえたとしても聞こえないのである。だいたい逃げなければ俺にとって良い状況になるわけでも無いだろうに。
学生寮から離れ、路地に入り、コンクリートの曲がり角を曲がった後、そこで少し待つ。
「逃げるんじゃあな―――あああぐっ!?」
振り向き、姿勢を低くし、まだ追って来ていた角刈りの足に、右の足を引っ掛ける。曲がり角で虚を突かれた角刈りは、転び、地面に正面から顔をぶつける。そんな角刈りの姿を確認してから、起き上がれない様に体に乗って、さらに頭に手を置く。
「きさっ貴様! 体を退けっいだだだだ!!」
角刈りがなんとか体勢を立て直そうとしたので、体重を乗せた手を動かす。角刈りの頭を地面に押え付けているのだ。
「固まったアスファルトは痛いだろう? 離して欲しけりゃ、ちょおおおっと俺と話してくれないかなぁ」
「何を言って痛い痛い! 顔と地面が擦れて熱いぃいいいい!!」
「話したって別にそっちの痛手にはならないって。良いか? お前らを寮に集めたのは、レイレリスか?」
とりあえず、学生寮の一件は個人の判断で行われているかどうかを確認する。
「レイレリス・アクネイター個人だけではない! 我々の総意が、魔法使いに鉄槌を!! 痛い痛い! 割れる! 止めてくれぇ!!」
話の途中、こっちの拘束を解こうとしてきたので、さらに手に力を入れる。今回は地面に擦らせるのでなく、握力で試してみた。痛がるくらいには力がある様で満足だ。
(さて、どうにもレイレリス個人の陰謀やらなんやらじゃあ無く、今朝の一件で、周りの不満が爆発した形になるんだろうな)
それはそれで厄介だ。レイレリス個人をどうこうしたところで、問題は収拾が付かない状況だということなのだから。
「つーぎーの質問だ。魔法使いについては、どうなったら満足する? 抗議するにしても、要求ってものがあるだろ」
「我々は我々の扱いについては要求しない! ただひたすらに、魔法使い達に罰を与えてくれと頼むのみ! これは正義の行いだからなぁおおおお!!! な、何故力を込めるぅううう!!!」
とりあえずはそれ以上話さなくとも良いので、手に力を込めて黙らせる。さて、他に聞くことは………。
「これで最後になるが、罰を与えてくれと頼むんなら、教師連中が動く事に関しては、文句は無いのか?」
自分達の状況と、魔法使い達への悪態は口にするのに、真っ先にぶつかる事になりそうな教師達については、何も言ってない事が気になった。
「何を言ってるんだ? 教師達がまともに動いてくれるのなら、それですべて解決するだろう?」
「ふぅん。なるほどねぇ。よーし分かった。これで聞きたいことは終わりだ。解放してやろうと思うけど、また追われるのも面倒だから………」
「お、おい。どうして服を脱がせようと……やめろぉ!」
別に男を脱がせる趣味などない。ただ、上着を脱がして角刈りの足をキツく縛りたいだけだ。
「よし。これで完了。時間掛ければ自分で解けると思うから、がんばれよー」
「お、おい! めっちゃ固いぞ! 解けない! 解けないぞこれ!」
地面に転がる角刈りを残して、とりあえずその場を走って立ち去る。次に向かうのはファリッサが住居としている、魔法使い達の学生寮だ。
やはりというか性格の違いがこうもでるのかと言うか、魔法使い達の学生寮は、宇宙人達の無機質なそれとは大きく違っている。
派手と言う表現は正しいのであるが、どちらかと言えばおどろおどろしいという表現の方が的確かもしれない。
どうにも曲線が多いデザインに、意味のまったくわからない紋様が、コンクリの壁のあちこちに刻まれている。
どこかの学生は植物をベランダで育てているのだろうが、生命力豊かが過ぎるその植物が、ベランダ側の壁の4分の1くらいを蔦まみれにしてしまっていた。
また、別の窓からは良く分からぬ黒い液体が流れ出しており、その下の階の窓には、その液体避けのトタン屋根が打ち付けられている。きっと許可なんて取ってもいないのだろう。
(自由というか個人主義というか………他人から迷惑被ったとしても、とりあえず対処できるうちは何にも言わないって事なんだろうけど………)
ならば尚更奇妙だなと学生寮の玄関口を見た。そこには学生達がたむろしている。恐らくは、どれも魔法使い達だろう。まだ授業時間中であるはずだから、堂々とサボりをしている生徒が殆どだろう。
彼らもまた、朝にあった喧嘩を発端にして、学生寮を占拠したのだと思われる。
(しっかし、魔法使いがそんな事するかぁ?)
魔法使いだって、組織立っての行動はする。そもそも、地球に現れたのは大陸とそこを支配する国家なのだから、彼らだって集団行動の意味くらいは理解している。
ただし、そこはやはり魔法使い。能力主義な部分が多々あるため、トップは強力な才能を持つ一族が、その下の貴族もやはり才能重視。という様な組織構造となる。
もし、魔法使い達が集まって組織的な動きをするとなると、それは中心に才能ある魔法使いがいるはずなのだ。
(ファリッサは確か、魔法使いとしては才能がある方なんだっけ? なら彼女が? とりあえず確認してみない事には………)
宇宙人達の学生寮の様に直接聞いて見るべきか。ただ、また顔を知られている人間がいて、追われるのもことである。
(ったく。先生の言う通り、一度問題起こしたら警戒されて、動く事もできなくなるな)
俺自身のミスであるから誰かには当たれない。ただし苛立ちを感じるなと言われても、人間は感情の生き物であるからして、心がざわついてしまうのは仕方ない。
時には、こういう感情も役に立つ時はあるのだし。
「なあ、ちょっと良いか?」
影から学生寮を見ていたところで仕方が無い。なので思い切って接触して見る事にした。危険な事は知っているが、もしかしたら向こうはこっちの顔を知らない可能性だって少ないながらもあるのだ。
立ち止まっていたら苛立ちだけが募る。だから思い切って賭けに出るのが人間らしいやり方だろう?
「あん? なんだ?」
玄関口に立つ学生は四人ほど。三人が男で女は一人。制服からして男の二人と女の一人は中等部の生徒だ。残りの一人は私服であるが、恐らくは高等部の生徒か大学生。
私服の男が、四人の中で一番大人びているため、彼がこの中のリーダー格だろう。だから彼に話し掛けた。
「何か剣呑な雰囲気に見えるんだが、余所でもこんな感じだったから、何事かと思ってさ。何かあったのか?」
余所。つまりは宇宙人達の学生寮の事だ。魔法使い達もそれくらいは分かっているだろう。こっちは二つの学生寮を見て、何事かあったのだろうが、その何事が分からないと人間である事を演出する。
上手く行けば、この学生寮側の状態も判明するだろう。こっちの立場がバレなければの話でしか無いものの。
「お前、魔法使いか宇宙人か?」
「……いや? 根っからの日本人だけども」
「なら安心しろ。お前には関係無い。どうせあと一日二日で全部終わる」
「はぁ?」
全部とは何の全部なのか。この学生寮の占拠があと一日二日で終わると?
その期間占拠すれば、今回のイベントは大変有意義な事でした。この経験を活かし、今後、益々の成長を期待して、日々を過ごして下さい。などと挨拶してから、全員がそのまま解散してくれるとでも言うのだろうか?
「だーかーらー。嫌でも終わるから、部外者は無関係なままでいろって言ってるんだ」
私服の男の言動から、どうにも魔法使い側は比較的冷静に事の成り行きを見ているのが分かる。
(だからこそ、何をどう予想してるのかが気になるな………)
詳しく聞きたいところだが、向こうはこっちに親切心から関わるなと言って来ている様子。ここで無理に聞き出そうとすれば、不審に思われて、また追われる事になるかもしれない。
(どうしたもんかね。ここは一旦離れて別の場所で……あ)
ヤバい。かなりヤバい。冷や汗が流れる。と言うのも、玄関口から見知った人影がやってきたのだ。
赤い髪の色と同じくらいに赤いドレスを着込んだファリッサ・ルイ・コートナーだ。そりゃあ彼女の寮なのだから、彼女は居て当然だ。しかも俺と同じ謹慎中。この寮内にいる可能性はかなり高い。
(自宅謹慎中だろ? 自分の部屋から出てくんなって!)
自分自身の事を棚に上げつつ、内心で愚痴る。そうして背を向けて逃げ出そうとした。ここでの話は、彼女が出て来た時点で終了だ。
さっさと逃げなければまた厄介事が発生する。そう思っての行動だったが、残念ながら彼女、ファリッサの方が行動は早かった。
「あら、あなた………ちょっと待ちなさいな」
あなた。と呼び掛けられた時点で、俺の横顔に炎が通り過ぎた。振り向き直し、ファリッサを見ると、彼女が人差し指をこちらへ向けていた。その人差し指からは何やら煙が。
(躊躇無く撃ちやがったな、あの女………!)
前々からずっと思っていたが、彼女一人だけでも十分危険人物だ。早急に距離を置きたいものの、視線をズラした結果として、ついさっき完全に隙を突かれたため、もう彼女を視界から外すなど馬鹿な真似はできなくなってしまう。
「よ、よう。奇遇だな?」
「ええ。とっても奇遇ねぇ。ところでここ、わたくしが住んでいる寮なのは知っていらしゃるかしら?」
薄く笑うファリッサ。その笑顔は親愛の情の変わりに威圧感が詰め込まれた表情なため、一切安心という感情を抱かない。彼女の赤い髪も血のそれと比較したくなるくらいには怖い存在に見えてしまう。
今更になって、俺は彼女に喧嘩売ったのだなと感慨深くなる。恐れはしていない。本当だ。
「ああ、君の寮? へぇ。ここが。そりゃあまた。そんな偶然もあるもんだ」
「この偶然を祝して、ちょっとわたくしの部屋まで来ないかしら? それなりにおもてなしするわよ?」
断るなんて許さない。そんな意味合いが含まれていそうな言葉である。さっきまで話していた魔法使いの男も、ファリッサの雰囲気に気圧されて、いっさい口を開こうとしなかった。
(ちょっとはなんか言えよ! 逃げ出す口実にもできないだろうが!)
心の中でどれほどの感情を向けようとも、相手はテレパシストで無いため通じない。悲しいかな、心とは違う言葉を発しなければならないというのが社会の常だった。
「それじゃあ、遠慮なく案内されてみるかな」




