見参! 学園ウルフ
突如、学園西棟の中庭へ現れた変質者こと自称学園ウルフは、三人の、ミューターと呼ばれる人種である男子生徒達を挑発する。少なくとも、これまでの言動はそのためだろうと俺は見ている。
「おいおい。あれってまさか………」
「うっそ、本当にいたの?」
俺以外にも、この騒動を聞きつけて集まった何人かの生徒達が囁き合う。みなが学園ウルフに夢中というわけだ。突如現れた変質者に目が離せないともいう。
(名前や存在くらいは知ってるみたいだけどな………)
この学園には歴史がそれほどあるわけでも無いのに、幾つか怪談話や不思議話が存在している。きっと、何が起こっても不思議じゃあないという学園の性質から来るものだろう。というか、事実が幾らか混じっている可能性すらあった。
学園ウルフもその一つだ。突如としてそれは現れ、争い事を収めてしまう。それも実力行使で。
「が、学園ウルフだぁ!? 気でも狂ってんのか? てめぇ!」
「どうせ魔法使いや異星人の連中の仲間かなんかだぜ!」
これだ。異質な奴らはどこにでもいるから、ちょっと不思議というか変なことが起こったとしても、そういうこともあるのだろうと受け止めてしまう。
学園ウルフは、そんな認識の間に存在する変質者である。普通なら通報されて捕まるのが常道であるのにそうはならない。変質者を身内だと考えてしまう困った症状が学園を蝕んでいるのだった。
(ちょっと言い過ぎか?)
学園ウルフの言動を見ていると、色々と考えてしまう。これは仕込まれたものであった。彼の言動、行為をちゃんと見て、“考えろ”と言われ続けていたから、嫌でも何がしかを考えてしまう。
「ふっ。ウルフは孤高! 誰にも属さぬものだ!」
「狼は群れるもんだろ!」
「そうだ! イヌ科舐めんなよ!」
「そういう冷静なツッコミはやめんか! ちょっと傷つくだろ!」
ああそうだとも。非常に馬鹿馬鹿しいやり取りと言えども、ちゃんと見なければならない苦行を強いられている。彼らはまだ言葉のやり取りを続けるだろうが、それも限度があると思われるので、それまでの我慢だ。
「学園ウルフとは! この学園を調停する正義の使者の名前だ! しっかり憶えてもらいたいものだな!」
いちいち説明をする学園ウルフであるが、聞き手となるはずの男子学生達は、苛立ちと混乱が混じった視線を向けるのみである。
「だいたいだ! 三人が一人を襲うなどという状況を学園ウルフが見過ごせるはずないだろう? 弱きを助け強きを挫かなければならんのだ。それはもう切実に。存在意義に関わって来るから!」
酷く情けない事を口にする学園ウルフ。そんな言動を見ていて、先に短気を起こしたのは男子学生達の方だった。
「良いからそこをどきやがれっ」
「どけと言われてどいていては、どこに立つこともできぬわけだからして―――っとぉ!!」
男子学生の一人が、歪な形右腕を学園ウルフへと横薙ぎに振った。ミューターが体を変異させた際の特徴は人それぞれであり、彼の場合は、右腕の、本来手のあるはずの場所からさらに皮膚が伸びており、その先端には手では無く肌色の丸い塊が存在していた。
腕から伸びた部分には関節が無いらしく、まるで鞭の様にしなる。その先端に存在している塊はそれなりの重量がありそうに見え、当たれば痣ができるどころか、骨を折ってしまいかねない勢いがあった。
しかしそれは当たればの話であろう。学園ウルフは横薙ぎのそれをただ屈むだけで避けたのだ。
さらに足を曲げる勢いで、前へと進む。元よりそれほど距離が離れているわけでは無いので、すぐに腕を振るった生徒へと接敵する。そして学園ウルフは生徒の右肩を掴み、少しだけ動かした。
「ぐっ……うあああああっ」
肩を掴まれた生徒が叫ぶ。きっと痛みからだ。学園ウルフがその手を放すと、生徒が右腕を下げた状態で動かせないでいる。肩を外されたのである。
武器となっていた腕を動かせなくなった生徒を、無力化したと考えたらしい学園ウルフは、残り二人の方を向く。
「お、おい。すごくねぇか?」
見物客となっている生徒達の一人が呟く。確かに、肩を掴んだだけで肩を外すなどという芸当、中々できるものではない。
ただ、その仕組みを自分は知っている。
(裾に仕込んである魔法だな)
学園ウルフが着込んだスーツには、その裾に魔法使い達が使う魔法技術が、魔法陣という形で仕込まれているのだ。それは重力を操るものである。
この地球にもたらされた魔法技術の内には、重力を制御するものが多種ある。魔法使いが箒を使って空を飛ぶというアレだ。
屋上から中庭へ降り立った時もそうなのだ。落ちる勢いを裾に仕込んだ魔法で中和し、安全な速度で降り立った。さらには生徒に接近して、肩を掴み、そこから自分の重量を上げることも可能だろう。
肩に想定以上の重量が掛かった生徒の肉体は、そのまま壊れてしまうより先に、肩を外したのである。
そして学園ウルフはその時点で生徒への攻撃を止めた。それ以上の事ができたが、それをしないという手加減という訳だ。
(魔法だけが種じゃあないな。体を重くしたり軽くできたりするって言っても、動かすのは自分の体に違いない)
重くなった腕は、余程器用に動かさねば自身の体に反動が及ぶ。手加減についても、少し力加減を間違えば、生徒を重傷に追い込んでしまう可能性もある。だが、生徒は肩を外されただけであり、整骨院にでも肩を嵌め直して貰えれば、捻挫した程度の怪我で済むはずだ。
「さて、降参するなら降参したまえ。掛かってくるなら掛かって来い。二人まとめてでも………できるぞ? 多分な」
学園ウルフは生徒を攻撃した細緻な攻撃に反して、大層な身振り手振りで、残りの生徒達に意思を伝える。
「ふ、ふざけんのは格好だけにしとけよ! おい! やるぞ!」
「お、おお………」
学生というのは総じて若いわけであるから、一旦振り上げた拳を、攻撃の意思なく降ろすことは殆どあるまい。しかもその拳が武器の様に変異しているとあっては、もう攻める以外のことを考えられないのだろう。
残った二人のうち一人は、長い刃物の様に右腕が変異している。もう一人については円錐状の形だ。もしかしたら槍の様に使うのかもしれない。
(二人で掛かるつもりか?)
恐らくはそうだろう。一人だけで攻撃した生徒は無力化されたのだ。じゃあ今度は二人でと普通は考える。
動きを合わせ、迫る二人の人影に対して、学園ウルフはどう行動するか。逐一観察していると、彼は左手を円錐状の右腕を持つ生徒へと向けた。
「ウルフビームッ!!」
それを叫ぶより早くに、学園ウルフの左手から電光の様なものが走る。それはまさしく電圧による稲妻だ。しかし、一見手から飛び出した様に見えるその稲妻、実は学園ウルフの左手ではなく、服の裾から飛び出したものであった。
「ぎゃっ………!」
稲光がぶつかった生徒は、短い叫び声の後に体が痺れたのであろうか、その場に倒れる。
これは魔法によるものでは無く、裾の内側にある小型の電圧銃によるものだろう。
外宇宙よりやってきた宇宙人達がもたらした技術の中には、人を効果的に無力化する武器というものも存在していた。離れた相手に電気ショックを与える武器というものがその一つだ。
ただし服の裾に隠せるぐらいに小型のものとなると、連発はできないらしい。一発撃てば、十数秒は使えなくなる。
(それより長く争いは続かない………か)
電圧銃からの電気ショックを一人の生徒へと放つと同時に、学園ウルフは別の行動を開始していた。一人は電気ショックで無力化できることは確定しているのだから、撃った直後にもう一人を狙う。そういう機転を利かせたのだ。
「だっ、うおおおっ!」
何が何だか分からない。一人、まだ動ける刃物腕の生徒は、そんな感じで手を振るう。ただし、それは敵をしっかり見据えてのものではない。学園ウルフが接敵する前の状態であったため、空振るのみだった。
「学内で刃物を振り回すのでは………なぁあああい!!!」
学園ウルフは叫ぶと同時に、振り回される刃物腕の腹にあたる部分に、自らの右手を沿わせた。そうしてほんの少しだけ外側へ弾く。
それだけの動きで良かった。魔法により重量を増した右手ならば、それだけの動作で、敵の懐へ飛び込む空間を作れる。そうして残った左手を、生徒の腹部へと当てた。
「がっ………ふぐっ………」
刃物腕の生徒が肺から空気を絞られた様な声を漏らす。それで終了だ。
速度は一応殺しているが、強く重く当てられた学園ウルフの左手に、生徒の内臓は驚嘆したのだろう。苦痛のメッセージが脳内へ送られ、結果、腹部を守ろうと、肉体は腰を曲げ、蹲る姿勢になったまま動かなくなる。
驚くべきは、学園ウルフがここまでの行動を、突進し左手を届かせる間の数瞬に行ったことだろう。しっかりと見なければ、何が起こったのかすら分からなかったに違いない。実際、大半の生徒が、刃物腕の生徒が何時の間にか倒れたと思っているはずだ。
というより、3人の男子生徒全員を倒すまでの行動そのものがとても素早いものであった。
「フハハハハッ! 悪と強きは何時か滅びる! さあって、そこの君!」
「えっ、ええ!? お、俺!?」
既にそこら中にいる見物客の一人を指差し、学園ウルフは声を掛ける。
「そろそろ教師が駆けつけてくるだろうが、駆けつけて来ない場合は呼んでくる様に! 彼らを医務室に運ばなければならんだろうからな! それではさらばだ!」
学園ウルフはそれだけの言い残すと、無力化した生徒三人と、その三人に追われていた生徒一人。そして多数の観客を残して去って行く。
足の方の重力を軽くして跳躍したのだ。そのまま校舎の窓や迫り出した柱部分を足場にしつつ、屋上へと登って行く。追える人間は、とりあえずこの場にはいなかった。そもそも追う気すら無かっただろうが。
「どうした!? 何事だ!」
学園ウルフが予告した通り、生徒の誰かが呼ぶまでも無く、教師が走ってやってきた。
それは俺自身にとっては不運の類であろう。なにせその真っ先にやってきた教師は、我が姉だったのだ。
凶暴な姉はその咢を開き、観客となっていた生徒から事情を聞き出すべく辺りを見渡す。そうして自らにとって都合が良い生け贄を見つけたわけである。そう、俺だ。
「おい! レン! これはどういうことだ!」
姉は俺のことをレンと呼ぶ。個人的には愛称よりちゃんと太郎まで含めて呼ばれる方が好きであるため、この姉に親近感は覚えない。覚えない理由はそれだけではないが
「どういうことだって………えっと………どういうことだろう?」
酷く説明が難しい事態であると思う。最初から最後までありのままを話すのは簡単だ。ただし目の前の獣が怒り出す可能性が限りなく高い。
「簡潔に話せ!!」
「学園ウルフとかいう変質者が生徒三人をのして帰って行きました! これで良いんだろ?」
「学園ウルフだと!? あいつがまた出たのか!!」
ほらみろ。顔を真っ赤にして吠え始めた。怒りはこちらでは無く別の物に対してなのだろうが、こちらに向いているのだから迷惑なことに違いは無い。
「姉さんも大変だよな。あんなのに振り回されて」
とりあえず口だけの同情はしておく。感情の伴わない口だけのそれであるが。
「そう思うなら何故、お前が捕まえなかった!!」
「俺が? どうやって? 普通の生徒が捕まえようとしたって、ああなるだけだろ」
悶絶したり痛がっている三人の男子生徒を指差す。さっさと介抱してやるべきだと思うのだが………。
「俺には見てることしかできなかったよ。学園ウルフは戦い慣れてる」
嘘偽り無く、学園ウルフは手練れであった。突如として現れ、突如として暴力行為をして、捕まえる暇もなく去って行く。そんな存在だと姉だって知っているはずだ。
「いや、お前だって―――
「俺は姉さんと違う」
この一言で、姉がそれ以上、こちらに対して何も言わなくなること知っていた。俺と姉さんの間にとって、これは卑怯な意味合いを持つ言葉なのである。
だけれども、これ以上、姉さんとは話したくない。そう考えてこの言葉を発した。
「怪我、してる奴もいるから、さっさと医務室運ぶ準備した方が良いよ。俺には関係ないことだけどな」
姉にそれだけ伝えてから中庭を離れて行く。俺だって忙しい。この後も予定があるのだ。予定が。
「そうやって逃げているから、父さんだって心配してるんだ!」
うるさい。あんたに何が分かる。逃げてなんているものか。そもそも、あの学園ウルフと俺に何の関わりがあるって言うんだ。
「関係はある。別に私が止めなくても、あの場は八島女史が介入して上手く収まっていたかもしれないが、それでも私があの喧嘩を止める必要があったのだ。この学園ウルフがな!」
現在、俺の目の前で、狼の覆面マスクとスーツを着た男。学園ウルフが声を発している。
ちなみに今いる場所は、繰り返す学園の増改築の中で、誰にも使われず忘れ去れていたという教室の一つだ。椅子も机も無い。というか本当に何も無い教室だ。ある程度の広さの部屋だけがあった。
この教室は校舎の奥まった場所にあり、人通りもまったく無い。学園ウルフはここを一応の隠れ家としているらしい。
どうして自分がこんなことを知っているかと言えば………
「つまり“先生”が言う、バランスの問題ってことで良いんですか?」
俺は学園ウルフを先生と呼んでいた。それがどういう意味かと言えば、それは正真正銘、自分が学園ウルフから教えを請う存在であるということである。
自分で考えても奇妙な関係性であることは理解している。
「そうだ。教師によっては、どこぞの陣営に肩入れしがちな者もいるし、一方で公平な見地から状況に対処したところで、ミューターの生徒が別の陣営の生徒を襲ったという事実には変わりあるまい?」
今もまた、俺は彼から授業を受けていた。授業内容は、如何に導火線へ火を点けること無く事を収めるか。というものである。
「どの様な理由があれ、あの場限りで言えばミューター陣営に非がある。そのまま普通に対処した場合、これはミューター陣営そのものの瑕疵だ。学園内で暴力行為を、それも他の陣営では無理な力を行使してとなれば、かなり大きなものとなるだろう」
そうなればミューター陣営は追い詰められる。学園内でミューターという存在が白い眼で見られ始めるだろう。結果、学内のミューターは、何がしかの反感を覚えるかもしれない。さらに反感は学外へも繋がり、何等かの事件を起こす可能性だって大袈裟な妄想ではあるまい。この学園はそういう場所だ。
そんな事を俺は学園ウルフから教わっている。
「けど先生。だったら先生の中庭での行動はミューター連中を庇った形になるんでしょう? そこまでしてやるほどの連中でしたかね?」
中庭で見た光景は、三人の生徒が一人の生徒をリンチしようとしていたものだ。そこにミューターという種族を混ぜるからややこしくなるのであって、非というのならば、明らかに襲った方の生徒にあるではないか。
「襲われた男子生徒が、日ごろからミューターに対する差別的な発言をしていたとしても………かね?」
「そんな事を?」
学内でどこの誰がどの様に悪評を立てているか。そんなことを俺は逐一把握していない。だが、学園ウルフは違うらしい。
「被害者と加害者というのは表裏一体だ。どちらかが一方的な。というのは限りなく少ない。だから裁判などという制度があるのだ。あの現場はね、未然に防いでいたとしても、何時かは噴出していた問題なのだよ。それだけの恨みを襲われた側が買っていた」
ミューターだけに非があると結論付ければ、襲われた側の生徒を全面的に肯定する事にも繋がる。そうなれば、ミューターへ差別的な意思を表立って向ける正当な理由にもなってしまうだろう。
「襲った三人は私、学園ウルフの手で痛い目を見た。一方で襲われた生徒も怖い思いをしただろう。それで手打ち。そうするのがもっとももっとも良いことだ。と、私の独断と偏見と熱い魂が訴えかけていたのだよ。だから私が動いたのだ」
「なるほど。変人はいちいち人様の人間関係にストーカーが如く顔を突っ込み、変態的な理由で問題を解決しようと試みたってことですね」
「おい君。そういう言い方をされると、何故か納得し難くなるという事がわからんのかね」
学園ウルフのツッコミは無視しつつ、彼のやり方は受け止めておく。灰色の決着を用意するという言い方もできるだろうが、それでも、後々に大きな問題へ発展するよりかは大分マシな決着である。
事情が判明してみると、あの中庭では、どうしようも無い感情の行き場が、爆発しようとしていた現場だと見る事ができた。そんな複雑で危なっかしい状況が、関係者がちょっとした怪我で解決したと言うのなら、万々歳なのでは。
「関係ないことですけど、感情云々は兎も角、あの場を収めるだけなら、教師が来るだけで解決できると言ってましたよね? けど、来たのがうちの姉だったとしてもそうですか?」
「なんだ? 変な事を聞くな、君は。実際来ただろう。八島女史ならまあ、腕を武器に変異させているとは言え、素人な生徒三人、容易く戦闘不能にしていただろうね」
そうなのだろうと俺も思う。この学園は厄介な生徒が本当に多くいるのだ。本人の性格だけではない。ちょっとした感情の昂りで破壊的な事態を引き起こす存在が幾らでもいる場所なのである。
そんな中で、学園の秩序側の存在である教師は、それらの事態に対処できる能力を兼ね備えなければならなかった。勿論全員では無いが、何割かの教師は、実際にその事態を収める力がある。
そのもっともたる力として、人工島『中之鳥』内だけならば、ある程度の警察権があるというものがある。
自分の姉、八島・鬼嶋子にしてもそうだ。彼女は八島流という怪しげな武術の使い手であり、暴力を扱う生徒に対して、同じく暴力で対処するという仕事を担っている。
いや、武術という表現は少し変かもしれない。
この地球に起こった大異変により、多種多様な価値観と人種に合わせて、技術も流入してきた。
それらを体系化して行くには、まだまだ歴史は流れていないというのが現状だ。あちこちで効率的な力の使い方はどの様な物かという議論が、実践を交えて考えられているのである。
八島流もそんな試行錯誤一つで、齎された力を戦闘行為に活かすためにはどうすれば良いか。という問いに対して、答えを考える派閥なのだった。
流派の開祖は、自分の祖父。八島・崇城であり、彼は元軍人であった。八島流などと言うが、その名は、新技術を歩兵単位で扱うための術という、血生臭い部分を隠す仮面のような物であるらしい。
「八島女史の新技術の扱い方は一級品だ。教師に支給されている治安維持用の武装の扱いに関して言えば、学園でもトップクラスだろうさ」
「やっぱり、そうなんでしょうね………」
学園ウルフ自身からも、あの姉の力は認められている。一方で俺はどうだろうか。実家が八島流という妙な流派であるというのは、あの姉だけの話ではない。
「ふむ? あれかな? 姉にはやはり敵わないとでも思っている? ああ、つまり、自分ではミューター三人相手でも、ちゃっちゃと無力化できる自信は無かった。だが姉は違うと、そういうわけか」
「そうやって一々相手の頭の中を口にすると、ますます変質者染みてきますよね、先生」
少し学園ウルフから目を離しつつ呟く。くだらない愚痴であることは俺自身分かっている。
「時々、君が私を尊敬していないのではないか。という疑いを覚えてしまう私を許してくれないか、教え子よ」
実際問題事実である。姉が八島流の使い手だとしたら、その弟の俺もそうである。
だが、俺は姉さんより飲み込みが悪かった。才能が無かったのだろう。姉ほどに新しい技術を習得できず、姉ほどに手に入れた技術を有用に使えなかった。だから早々に八島流を習う事を止めてしまっていたのである。
ちょっと体の動かし方を習った程度の半人前の自分。そんな俺が一流となった姉に苦手意識を覚えるのは仕方あるまいと思う。
そうして、そんな半端者だからこそ、目の前の学園ウルフと、この様な関係になってしまったのだろうか。
「さて、色々思うところはある様だがな、教え子よ。残念なことに講義の時間は終わりで、次は実践の時間だ」
学園ウルフはそう言うと、構えを取る。中庭でも見せた、戦闘を始める際の構えだ。その事に対して、俺は戸惑いを覚えない。何時ものことであるからだ。というより、ここからが本番だ。
「三人目の生徒を殴るまでの動き、あれ、先生の~あが影になって、いまいち見えませんでした」
学園ウルフに話し掛けつつ、こちらも構えを取る。と言っても、体を横向きにし、相手に体の中心を向けない様にした程度だ。
手はどうにでも動かせる様に曲げた状態で、中腰まで持ち上げる。
「なるほど。では今回はそれを再現してみようか。今この場でっ!」
学園ウルフがこちらへ飛び掛かってくる。その姿を見て、俺は彼との出会いを思い出していた。
あれは俺が学園の中等部に入ったばかりの頃だったと思う。それと同時に、人工島『中之鳥』にやってきたばかりの自分は、実家から逃げて来たという思いでいっぱいだった。
実際問題、自分には八島流の戦闘技術をまっとうできてはない。才能など無いことを自分で嫌というほど実感できていた。結果、八島流と縁を切るとまで言わないが、距離を置きたいと考えて、わざわざ受験までしてこの学園へやって来たのだ。逃げたと言って、何ら齟齬は無い。
そんな気分で、日がな一日憂鬱になっていたからか、当時も変わらず、誰もいない屋上を見つけてはそこでたそがれていた。
ちなみに屋上なので周囲の風景が良く見えた。なので、何故か地上で何人かの生徒(と言っても、魔法やらどこぞに隠していた武器を扱う人間だ)を蹴散らしている人影も見掛ける事が出来た。
「なんだあれ………」
酷く一般的な感想だと思う。距離の問題もあるため、まるでテレビのプロレスか、でなければバラエティ番組でも見ている気分だったのだが、そうも言っていられなくなった。
一通り生徒を倒し終えた人影が、屋上まで走って来たのである。そう、地上を走り、校舎の壁面すらも走り上がり、屋上へ一直線へと向かって来た。ちなみにワハハと笑いながらである。はっきり言って怖かった。
テレビの中から茶の間に出て来るなんてルール違反だと思うのだ。
「えっ、ちょっ、な、なんだ!?」
逃げるべきではないのかと身を翻した俺の目の前に、その人影は降り立った。単なる偶然だと思われるが、それは丁度、こちらの進行方向を塞ぐ形で着地したのだ。
「む? しまった。生徒がいたか」
人影。というか、白い狼の覆面を被ったそれは、学園ウルフと呼ばれる存在であったのだ。
多分、そのままこちらが何もしなかったら、彼は俺の目の前から去って行っただろう。
ただ何故か、本当に何故か。自分でも意味が分からないのであるが、その覆面の変質者に話し掛けてしまったのだ。
巡り合わせというか、その時の感情の起伏とやらもあるのだろう。地上で戦っていた学園ウルフの動きが、あまりにも見事であり、それを理解できる程度の知識が俺にはあった。そういうことでもあるのだ。
そうしてその後の一言が、俺と学園ウルフの関係性を決めてしまった。俺は目の前の、あからさまな変質者にこう尋ねたのだ。
「あんた。俺に戦い方を教えてくれないか?」
迫る拳に、一気に意識が揺り戻される。学園ウルフは手に白い手袋を付けており、それが一気にこちらの腹部へと向かっていた。
これをまともに受ければ、容易く自分は悶絶してしまうだろう。だから避けねばならない。体を半歩後退させ、学園ウルフの伸びきった右腕を、こちらの左手で払う。
あくまで訓練であるためか、学園ウルフは重力による腕の重量増加を行っておらず、こちらの腕力でも攻撃の軌道を逸らすことができた。
俺は次に、半歩後退させた体を、今度は相手へ踏み込む形で前進させ、こちらの右腕を相手の胸部へと届かせようとする。
まっすぐ突く様に進んだこちらの右腕だが、その拳が相手の左手に掴まれた。勢いを殺された状態のまま、今度はその腕を引っ張られ、姿勢を崩される。すぐさま右手を解放しようとするが、その前に学園ウルフの膝が、崩れてしまったこちらの胴体へとめり込む。
「がっ……ぐほっ」
メリメリと音が鳴りそうなほどの力強さで、腹にめり込む学園ウルフの膝。逃げる様に体を逸らそうとするも、掴まれたままの右腕がそれを許さない。もう少しで気が飛ぶだろうと言ったところで、漸く解放され、床に突っ伏した。
「心ここにあらず。と言った様子だったが?」
未だ腹の痛みに苦しみ、悶えるこちらに対して、学園ウルフは世間話でも続ける様に話し掛けてくる。
このまま苦しみ続ける姿を見せるのも癪であるため、痛みに耐えながら返答する。
「す………すみません………ねっ………」
強がろうとするも、その一言が精一杯だった。息を荒らげ、なんとか腹部から痛みを散らそうとする。ただ、中々正常には戻らない。
「別に悪いことじゃあない。どんな時でも余裕は必要だ。例えば先ほどの君の動きだが、私の手を払ったまでは良かった。さっき中庭で見せた、私の動きを真似たものだね?」
はい。と答えようとしたところで、声ではなく息が漏れた。強がりも難しいというのは、非常に悔しいことである。
「だがその後が駄目だ。全力で私を殴ろうとしていたが、私を倒すのに、そこまでする必要はあるまい?」
「そうでは………どうでしょう………か」
「無いのだ。あの勢いを全力とするなら、その3分の2の力でも私に十分なダメージを与えられる。そうして3分の1の余裕を残していれば、私が君の手を掴む前に、君は対処できたはずだ」
戦闘行為ができなくなった俺のために、講義の時間を再開したと言った風の学園ウルフ。今度は戦闘技術に関する物らしく、痛みに苦しみながらも聞き逃さない様にする。
戦闘技能の才能なんてものが無い自分だ。聞ける話はきっちり聞かなければ、どうしようもあるまい。
「戦いとは万理流転。時と場合で大きく変わって行くものだ。如何に正しい行動を取れるかより、如何に余裕ある行動を取れるかが重要なのだよ」
「無茶……言いますよね」
なんとか、ちゃんと声を出せる様になってきた。まだ痛みはあるが。
「無茶をなんとかするのが技術というものだ。初手は細かく動く様に。二手目は、初手よりかは大雑把になるだろうが、それでも最小限を心掛けたまえ。余りを常にどこかに作れば、一度や二度の失敗は補填できる」
学園ウルフ。彼はふざけた格好をしているが、こうやって戦いについてを語る時は、酷く理論だった内容を話すのである。
きっと自分と同じ様に……いや、自分よりもずっと多くの戦闘技術を学んでいるのだろう。そんな相手だからこそ、戦う術を教わろうと思ったのだ。
「どうかね。まだ立てるかね?」
「いえ………ちょっとまだ、無理っぽそうですね」
うつ伏せた状態から体を転がし、仰向けになるも、暫くはその姿勢から動けないだろうと予測を立てる。
「ならば、まだ講義の時間だ。良いかね?」
「了解です」
実と知識。その両方を、この人から俺は学んでいた。どの様な運命でこうなったかは、正直、自分でもまだ理解できていないが、それでもこの件に関して言えば、不幸な事では無かった。




